第九話……バリスタ強襲
海賊船モリガンの薄暗い作戦室に、惑星ヴァルカンの立体投影が浮かぶ。
青く光る地表の各地に、赤い灯が点滅していた。そこはすべて、今の支配者――クロイツ男爵の軍が占拠している。
ツーシームは腕を組み、ホログラムを見上げながら言った。
「敵の地上軍の主力は二個戦車大隊。領主館にはクロイツの親衛隊も陣取っている。よって、まずは防備の手薄な宇宙港バリスタを落とす」
部下たちのざわめきの中、若い砲術士の一人が遠慮がちに手を上げた。
「……姐さん、ひとつ聞いていいですか?」
「なんだい?」
「今回は……その、ちゃんと報酬、もらえるんですよね? 前回みたいに“領地の四割”が幻になったりは……」
その瞬間、金属椅子がグシャリと潰れる音とともに、巨体の副長、レッドベアがゆっくり立ち上がった。
そして、猛獣が低く唸るような声が室内を震わせた。
「船長の決めた仕事に疑いを挟むな。前回の件は過去だ。今回は契約書もある――それでも払わねば、今回は力づくで奪い取るまでだ!!」
若い砲術士はたじろぎ、慌てて頭を下げる。
「し、失礼しました……!」
ツーシームは笑いもせず、静かに煙草を口にくわえた。
「……いいんだよ、マテオ。疑うのも当然さ。だが、今回は違う。」
彼女は端末を操作し、契約データを宙に映し出す。
そこには、ユリウス・アストレアの署名と、正式な帝国認証コードが輝いていた。
「クロイツの時代はすぐに終わる。今度こそ、惑星ヴァルカンを“元の持ち主”に返すだけの話さ」
レッドベアがゆっくりとうなずく。
「発進準備急げ! 敵上空の防衛衛星はゾルがすでにハッキング中だ!」
ツーシームはモリガンの艦章を映したモニターを一瞥し、低く笑う。
「クロイツ男爵ね……あの男、戦場で会うのは二度目だ。前は“海賊風情”と笑ってくれたっけ。――なら、今度は満足に口が開けないようにしてやる」
彼女の言葉に、作戦室の空気が変わった。
誰もが黙り、全員が立ち上がる。
ツーシームは最後に一言だけ告げた。
「報酬は四割と半年分の利息――取り立ての時間だ。行くぞ、我が海賊船モリガン、発進!」
明るい照明が落ち、赤黒い非常灯に置き換わる。
惑星ヴァルカン奪回作戦が、静かに動き出した。
◇◇◇◇◇
老婆であるゾルが、情報端末の前で指を踊らせると、海賊船モリガンの薄暗い電子作戦室に、青白い数字の雨が降り注ぐ。
「衛星群、順次無能化――衛星軌道宙域クリア」
彼女の声は楽しげで、どこか子どものように無邪気だった。だがその指先は冷徹だ。
衛星軌道上の防御網を成す惑星ヴァルカンの防衛衛星群は、普段は侵入を試みる者たちを震え上がらせていた。
だがゾルはその目を次々と曇らせた。
偽装パッチ、誤報電文、そして微小指向性電磁パルスの連鎖。衛星は軌道上で一瞬ひかり、次いで無為に転がり落ちるように墜ちていった。
「上空のハエは潰したな……」
レッドベアが低く笑う。
そしてモリガンの船体側面に居並ぶ突撃艇に戦闘令が発せられた。
次々に突撃艇が地上に降下していく。
宇宙港バリスタは、惑星ヴァルカンの物流と人の移動を握る巨大なハブだ。
上空から見下ろすと、宇宙船用の桟橋に繋がれた輸送艦と、無数のコンテナ群が蜂の子のように並ぶ。
ツーシームによる明け方の奇襲は冷徹だった。
突撃艇が宇宙港の防空網を掻い潜り、それを遮ろうとする警備艇には、モルガンが艦砲射撃で薙ぎ払う。
レッドベア率いる特別上陸班が突入し、宇宙港の桟橋は瞬く間に制圧された。
ツーシームは艦橋で笑みを浮かべ、通信でレッドベアに指示を飛ばす。
「指揮所の制圧を優先、民間被害は極力抑えろ。各所の通信施設は順次封鎖していけ」
「了解!」
バリスタの防御部隊は局地的に健闘したが、肝心の防御衛星からの情報支援を失っていたことで指揮系統は大混乱した。
海賊たちは素早く指揮系統と情報を押さえ、宇宙港を掌握していく。
明け方の街灯の海に浮かぶ影が、やがてツーシームの旗を映したのであった。
◇◇◇◇◇
バリスタの制圧から6時間後。
――ツーシームは作戦室の立体地図を叩いた。
「やはり問題は、以前からクロイツの治める街、アーバレストか……」
クロイツ男爵の本拠地アーバレスト――今や行政中枢も抱える小さな街は、宇宙港から険阻な山間へ数百キロ先の堅牢な地にあった。
幹線道路脇には電磁砲列、そして民間人の避難シェルターを兼ねた要塞群が配されていた。
さらに、クロイツ男爵が惑星ヴァルカンの各地から徴用した私兵隊が要地を守る。
それは、以前アストレア子爵家館が備えていた防御施設とは、全く次元の違うものであった。
ツーシームの顔が引き締まる。
「バリスタは取れた。だがアーバレストは骨が折れる。そして力押しでは無理な地形も敵だ――」
レッドベアが静かに拳を握った。
「……しかたない。性には合わんが、今回は搦手から崩すぞ」
ツーシームはそう呟いた後、ユリウス少年となにやらひそひそと密談。
それから、彼女は情報端末を扱うゾルに、小声で指示を伝えていった。
「……ふふふ、任せとき。ちゃんと連中に伝えてやるさ」
猫背のゾルはそう返事をして小さく笑う。
照明の下で、ツーシームは短く息を吐いた。夜空の向こう、アーバレストの灯りが薄く輝く。
「7割せしめるつもりだったが、やっぱり4割くらいになっちまうかな?」
……そして、力押しではなく、より狡猾な段取りが動き始めたのであった。
日曜分の投稿分です。
遅れて誠にすみません (;^_^A




