第八話……冷凍睡眠の貴族
――6か月後。
ツーシームたちは、襲撃した輸送船から持ち帰った積荷を順に検分していた。
その中に、一際異様な箱があった。
厚い断熱素材に覆われ、表面には惑星ヴァルカン医療局の封印と警告文。
〈生体貨物――要冷保持〉と刻まれている。
「……生体貨物? まさか臓器の密輸じゃないだろうね?」
ゾル婆が眉をひそめる。
ツーシームは腕を組み、冷たい視線でその箱を見つめた。
「開けるしかないね。誰のものか、確かめてやろうじゃないか」
レッドベアが溶断機を操作すると、金属が焦げる臭いとともに蓋が開く。
白い冷気が噴き出し、室内を覆った。
その中には――少年がひとり、薄青い液体のカプセルに沈んでいた。
冷凍睡眠装置だ。
凍結された瞳は閉じられ、呼吸すら見えない。
だが、制服の襟元に、名札が半ば凍りついたまま光っていた。
“ユリウス・フォン・アストレア”
ツーシームは一瞬、言葉を失った。
「……冗談だろ。あのガキが、こんなとこで……?」
レッドベアがコンソールを覗き込み、低く唸る。
「生命反応あります。低温休眠状態ですね。割高な医療を施せば目を覚まさせられるが……」
ツーシームは唇を噛んだ。
かつて、自分が雇われ、共に戦った“雇い主”の名。
その彼が――貨物として扱われ、ここに眠っている。
「……最低の冗談だね、伯爵の連中」
ツーシームは煙草を取り出し、火をつけた。
「レッドベア、こいつを医務区画へ運べ。ゾル、装置を解析して目を覚まさせる方法を探しな」
「了解」
ツーシームは立ち去り際、もう一度カプセルを見た。
冷気の向こう、少年の顔は穏やかに眠っている。
「生きかえりゃ――また、あの時みたいに頼み事をしてくるんだろうね。……まったく、厄介な奴だよ。」
彼女は残念を装いつつも、なぜか懐かしく温かい感情を抱かずにいられなかった。
◇◇◇◇◇
低い唸りとともに、冷凍装置の蓋がゆっくりと開いた。
白い冷気が医務室に溢れ、そこから一人の少年が吐息を漏らす。
「……う……ここは……?」
ユリウスのまつげが震え、薄く目を開く。
ぼやけた視界の中に、安煙草の煙と、腰に片手を当てた女の影が見えた。
「おはよう、坊っちゃん。一年半ぶりかね?」
その声に、ユリウスの目が見開かれる。
「ツーシーム!? 君……どうしてここに……」
「どうしてもなにも、準男爵、ちがった今は男爵の輸送船の貨物の中に入ってたんだよ。冷凍保存付きの“特別貨物”としてね。」
ツーシームは煙を吐き、皮肉げに笑う。
「……にしても、“雇い主”のくせに、報酬を踏み倒したガキがさ、医療費までかけやがって……」
ユリウスは顔をこわばらせた。
「……あの時は、戦後の混乱で……領地が奪われて、資金が――」
「言い訳はいらないよ。」
ツーシームの声が低くなる。
「契約は契約だ。アンタが約束を破ったせいで、あたしは半年間、ろくに飯も食えなかった」
沈黙が落ちる。
ユリウスは視線を落とし、かすかに頭を下げた。
「……すまない。あの時のことは、ずっと心に刺さっていた。今は、弁明する資格もない」
ツーシームはしばらく彼を見つめ、ふっと息を吐いた。
「まあ、いいさ。死人から金は取れないし、冷凍のガキからもね」
その口調は軽いが、瞳には怒りとも哀れみともつかぬ光が宿っていた。
ユリウスは顔を上げる。
「……ツーシーム。もう一度、僕に力を貸してくれ。この手で、父の領地を取り戻したいんだ……」
少年の話を聞くと、どうやらあの後、クロイツ男爵にすべての実権を奪われたらしい。
ツーシームは煙草を口から外し、灰皿に押しつけた。
「――ほう。今度は報酬はどうする?」
「好きなだけ取るといい。今度こそ、約束は破らない」
女海賊の口元がゆるむ。
「そう言うと思ったよ、坊っちゃん」
そして彼女は笑った――
あの頃と変わらぬ、財貨のためか人情のためか分からない、あの危うい笑みで……。
◇◇◇◇◇
ツーシームは、電子端末から一枚の契約書データを投影した。
青白い光が、医務区画の薄闇を照らす。
ツーシームは口の端をゆがめ、長い脚を組んだ。
「じゃあ、これにサインしな。」
ユリウスが画面をのぞくと、契約条項が並んでいた。
【契約条項】
1.海賊船〈モリガン〉および艦長ツーシームは、ユリウス・フォン・アストレアの領地奪還作戦に協力する。
2.成功の暁には、惑星ヴァルカンの四割を報酬として譲渡する。
3.ただし、過去に未払いとなった報酬の延滞利息として一年半分の利息を上乗せする。
4.契約不履行の場合、依頼主は全資産および生命をもって債務を清算する。
ユリウスは目を丸くした。
「……待て、利息!? 傭兵契約に利息なんて聞いたことがない!」
「あるさ。未払いがあった場合は加算をつける。うちは慈善団体じゃないんでね」
ツーシームは安煙草をくわえ、火をつけながらさらりと言った。
「一年半分の延滞、金利換算でざっとこれくらい――」
端末に数字が表示され、ユリウスは息をのむ。
「……これ、領地の7割近くになるじゃないか!」
「計算は正確だよ。うちの会計ゾルが夜通しやったんだから」
「ひどい……」
「ひどいのは約束破ったアンタだろ?」
一瞬の沈黙。
ツーシームの金色の瞳がわずかに柔らぐ。
「ま、坊っちゃん。借金は返すもんだ。だが——返すと約束するならば、ちゃんと味方してやる」
ユリウスは深く息を吸い、ためらいながらもサインを記す。
ピッという音が鳴り、電子印章が確定した。
ツーシームはにやりと笑い、端末を閉じた。
「よし。これで契約成立。今度こそ、借りは倍で返してもらうよ」
ユリウスは苦笑いを浮かべる。
「……君は相変わらず、金の亡者だね」
「そうとも。金のために戦って、金のために生きる。でも――約束を守る相手とは、命懸けで戦うさ。」
ツーシームの笑みは獲物を狙う猛禽のそれだった。
冷たい恒星の光が二人の影を重ね、
新たな“傭兵契約”が、血と金の匂いとともに締結された。




