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星間覇道――死んだ宇宙に笑い声――  作者: 黒鯛の刺身♪


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第七話……裏切りの位相鉄鉱石

 クロイツ準男爵邸。

 ――重厚な石造りの館の奥、誰も知らぬ隠し部屋。


 その暗闇の中、極低周波通信機のスクリーンには、隣接星系イーグルを支配するトブルク伯爵の姿が映し出されていた。


「閣下。ご指示どおり、惑星ヴァルカンの掌握を完了しました。例の鉱脈の探索も始めております。よって、その……」


「覚えているよ、クロイツ君。」


 伯爵の声は低く、しかし柔らかく響いた。


「中央への推薦状はすでに手配してある。君を正式に“男爵”にしてやろう」


「……あ、ありがとうございます!」



「さて――肝心の位相鉄鉱石は、いつこちらに届くのかね?」


「はっ、一か月後を目途に輸送を開始できる見込みであります。」


「うむ。励めよ。」


「ははっ!」


 通信が切れ、青白い光が部屋から消える。

 クロイツは深く息を吐き、机上の通信機をそっと撫でた。


 やがてベルを鳴らし、執事を呼びつける。


「――86鉱区の探査を最優先せよ。人員を倍増だ。」


「はっ、ただちに!」


 86鉱区――それは、かつてヴァルカンの前統治者アストレア子爵が密かに試掘していた秘密鉱区。

 そこから得られる位相鉄鉱石は、現存する金属で最高を誇る強度を誇るとされていたのだ。。


 その存在を知ったトブルク伯爵の甘い言葉により、クロイツは主君を裏切り、反乱を起こしたのである。

 今や彼は伯爵の操り人形に過ぎなかった。


 それでも、宇宙港の桟橋で輸送船団を見送るクロイツの顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。

 ワインの杯を掲げ、血のように赤い液体を傾けながら、彼は呟く。


「これが――俺の、覇道への始まりよ」




◇◇◇◇◇


 エールパ星系外縁部――惑星ヴァルカンから二日航行ほど離れた、無数の岩塊が漂う小惑星帯。

 地方政府の監視も届かぬその宙域で、一隻の大型輸送船が一隻の海賊船に襲われていた。


「……機関を停止せよ。さもなくば撃沈する」


 通信越しに響く冷たい声。

 その発言者は、女海賊ツーシームだった。


「お、お待ちを! 恐れ多くも、この船はトブルク伯爵家の輸送船であるぞ!」


 船長が青ざめた顔で叫ぶ。


 トブルク伯爵といえば、この辺境宙域を実質的に支配する有力貴族。

 報復を恐れ、通常の海賊ならその旗を掲げた船には決して手を出さない。


 だがツーシームは、艦橋で脚を組みながら淡々と答えた。


「……知らないね。それで――停船するか? それとも宇宙の藻屑になるかい?」


 モリガンの艦首がわずかに旋回し、ビーム砲塔が輸送船を捕捉する。

 青白い光が収束し、空間がわずかに歪む。


「ま、待て! 降伏する! 我々の命は助けてくれ!」


「……ああ、いいよ。その条件で手を打とう。」


 合意が成立した瞬間、モリガンの副長レッドベアが行動を開始した。

 二メートル五十の巨躯に強化外骨格をまとい、転送装置で敵船に乗り込む。


 彼は操舵室に突入し、船長を壁に叩きつけて舵を奪うと、無言で航路を変更した。

 大型輸送船は小惑星帯の影へと消え、やがて海賊団の秘密拠点へと引き込まれていく。


 艦橋のスクリーンにそれを見届けながら、ツーシームはワインを傾けた。


「トブルク伯爵の船……お偉いさんの貨物にしては、警護が甘いね」


 その口元には、獲物を前にした獣のような笑みが浮かんでいた。




◇◇◇◇◇



 比較的大きな小惑星をくり抜いて造られた、ツーシーム一味のアジト。

 内部は再利用された船体や鉄骨で補強され、奥ではジェネレーターの唸りが低く響いている。


「……ほう、やっぱり積んでたのは“お宝”だったね」


 ツーシームが笑う。開封されたコンテナの中には、鈍く輝く赤褐色の鉱石――位相鉄鉱石がぎっしりと詰まっていた。


「これでようやく、皆に給料が払えるわい」


 隣で鼻を鳴らすのは、会計係のゾル婆。白髪を三つ編みに束ね、眼鏡越しに硬貨を数える姿はまるで強欲な金庫番だ。


「みんなに十分に報いてやれよ」


 ツーシームが言うと、ゾルはにやりと笑って答えた。


「いやいや、命なんざ金より軽いさ。わしら海賊はそうやって生きとるんじゃ」


 やがてゾルは、古びた金庫から財貨を取り出し、部下たちへ報酬を配り始めた。

 プラチナ貨、銀貨、銅貨――それぞれの袋が机に叩きつけられるたび、部屋の空気がざらつく。


「おいゾル、俺の分、安くないか?」


「ふん、お前は前回、遅刻二回に病欠一回じゃ。帳簿は嘘をつかんよ、うっしっしっ」


 彼女の気味の悪い笑い声に、部下たちは苦笑いしながらも逆らえない。

 ツーシームはその様子を見て、安煙草をくわえたまま肩をすくめた。


「で、婆さん――この位相鉄鉱石、どのくらいで売れそうだい?」


 ゾルは片眼鏡を上げ、携帯端末にデータを打ち込みながら呟く。


「ふむ……純度が予想以上に高い。こりゃあ、あの辺境の秘密精錬所が泣いて欲しがる代物だねぇ。ざっとこのくらい……」


 提示された数字を見て、ツーシームはにやりと笑う。


「上等だね。じゃあ、その価格で頼むわ。」


「へいへい、ツーシーム姐さんの仰せのままに。」


 ゾル婆は端末の通信スイッチを押す。


 青い光が彼女の皺だらけの顔を照らし、短い信号音が響く――。


「さて、あの金の亡者どもがどんな顔をするか、楽しみじゃのう」

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