表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間覇道――死んだ宇宙に笑い声――  作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/23

第六話……戦果は紙の上で

 反乱鎮圧から七日後、惑星ヴァルカンの子爵館。

 焼け焦げた壁の匂いがまだ残る広間に、元家臣たちが列をなし、少年の前にひざまずいていた。


 「このたびは誠に遺憾な事件でございましたな、若君」

 「我らはあくまで平和を保ち、館を守っておりました」

 「戦後の秩序維持のためにも、何かしらの褒賞を――」


  ひとりが言えば、続くように皆が頭を下げる。

  その衣の袖には血の匂いではなく、贅沢な香油の匂いがした。

 

「……それと、閣下」


 一人の家臣が、恐る恐る口を開く。


 「クロイツ殿は反省しておられます。何かの誤解があっての反乱であったと聞き及んでおりまする。旧来の功績もございますゆえ、どうか寛大な処置を――」


 ざわめき。

 少年の拳が静かに震える。


 彼の父母を殺し、館を焼いた男の名が、その場で平然と口にされたのだ。


 「……誤解、か」


 少年の声はまだ幼く細い。だが、その静けさに誰もが息を呑んだ。


 「では、父の首を掲げたのも誤解だったと?」


 怒りの言葉が空気を震わせた。

 少年は立ち上がり、玉座の階段を踏み鳴らす。


 「父の仇を赦せと言うのか! そんな理があるものか!」


 そのとき、年長の老臣が一歩前に出た。


 「……若君」


 低く、しかし明瞭な声だった。


 「この惑星は、アストレア子爵家お一人のものではございません。領地の統治は、古来より家臣団の合議により成り立っております。彼らの協力なしには、ヴァルカンの政も産業も、何ひとつ動きませぬ」


 少年の瞳が揺れる。

 怒りは理解に変わり、理解は無力の苦味へと沈んでいく。


 「……では私は、父の仇にも頭を下げねばならぬのか」


 その呟きに、老臣は答えなかった。

 広間に沈黙が落ちる。


 家臣たちは互いの顔を見合わせ、誰も言葉を継げぬまま、ひとり、またひとりと退室していった。

 残されたのは、焦げた旗と、少年の影だけ。




◇◇◇◇◇


 翌日、子爵館の大広間では合議が開かれた。


 乾いた議論は長く、果てしなく無常であった。

 反乱の首謀者クロイツ準男爵は、二割の領地削減にとどまり、家臣団への恩賞として、子爵家の直轄地からも広大な土地が分割された。


 会議が終わる頃には、アストレア家の地図は見る影もなかった。

 北方の鉱山群は戦傷者への補償に、南方の牧地は分与、宇宙港湾税も家臣団の共同管理へ。



 合議が終わった夜、館の灯はほとんど消えていた。

 広間の机の上には、焼け焦げた地図と、帳簿の断片だけが残る。


 領地は四方に分割され、子爵家の印が残るのは、わずかに鉱山跡と一つの港町だけだった。


 扉が開き、ツーシームが現れた。

 焦げ跡の床に、長い外套の裾が音もなく擦れる。


「聞いたよ」


 彼女は机上の帳簿を見下ろした。


 「準男爵は二割の削減、家臣には恩賞、で――私への報酬は、白紙のままか」


 少年は唇を噛んだ。


 「……出せない。合議で決まってしまったんだ。財庫も、もう何も……」


 ツーシームは笑わなかった。

 机に片手をつき、もう片方の指で少年の胸を軽く押す。


 「――あんた、私をタダ働きさせたのか」


 その声には怒鳴りも嘲りもなく、ただ冷たかった。


「戦士の血は、財貨で埋め合わせるのが道理だ。それを守らなきゃ、誰も次は戦ってくれない」


 少年は顔を上げる。


「でも……守りたかったんだ。皆を。領地を……」


 ツーシームの目が細くなる。


「守る? 誰を? 自分の保身に忠実な連中をか? あんたが流させた血は、紙切れ一枚の合議で帳消しにされた。それが、あんた流の“秩序”だよ」


 少年は言葉が出なかった。

 机の端に手をつき、肩を震わせる。


 ツーシームは一歩だけ離れ、視線をそらした。


 「この戦いで死んだ私の部下の家族はどうなる?――物乞いでもしろっていうのか!!」


 その声は静かで、痛烈だった。


 そして彼女は、何も言わずに背を向ける。

 外套がひるがえり、焦げた空気を切り裂いた。


 扉が閉まる。


 少年はその場に崩れ落ち、拳で床を叩いた。

 音が響くたびに、涙が一粒ずつこぼれ落ちる。


 燃え残った地図が風に揺れ、ひとすじの灰が蝋燭の炎に吸い込まれていった。


 ――その夜、少年は泣き疲れて眠るまで、誰にも聞かれぬ声で何度も呟いた。


「……父上、助けてください。父上、父上」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ