第四話……ヴァルカン急襲作戦
――それから数時間後。
惑星ヴァルカンの灰色の雲を突き破り、黒き海賊船モリガンが稲妻とともに姿を現した。
空気との摩擦で船体が赤く焼け、尾を引くプラズマ光が空を裂く。
制動装置が壊れた様、まるで獲物に飛びかかる飛竜のように――急降下。
「減速制御、限界値ぎりぎり!」
「いいから続けな、レッドベア!」
操舵席で副長の低い声が響く中、ツーシームは冷笑を浮かべた。
モリガンは宇宙港の上空数百メートルでようやく制動。
防御重力場を展開し、港全体を覆うように上空を支配する。
その威圧的な重低音が空気を震わせ、空港施設の窓ガラスを爆散させた。
「宇宙港管制塔、応答なし!」
「そりゃあそうさ。最初から沈黙してもらうつもりだ」
ツーシームは立ち上がり、操舵席横のスクリーンに映る港の全景を見下ろす。
逃げ惑う係員、混乱する使役ロボット、そして滑走路で沈黙する小型警備艇。
そこへ、海賊船の影が覆いかぶさる。
「降下部隊、出せ。獲物を逃がすな」
「了解!」
艦腹のハッチが開き、突撃ポッドが次々と射出された。
火を引く金属弾頭が降下し、着地と同時に分離。
内部から飛び出すのは、黒い装甲服の海賊兵たち。
各々がプラズマ式の突撃銃を構え、宇宙港湾の主要施設を手際よく制圧していく。
「第1班、補給タンク確保! 第2班、通信指令室の掌握完了!」
極周波無線に報告が飛び交い、赤い警報灯が港を染めた。
大方の防衛部隊は投降。警備ドローンは次々と撃墜され、管制塔は火柱を上げる。
モリガン艦橋の窓越しに、その光景を見下ろすツーシーム。
彼女は腰の剣の鞘を軽く叩き、満足げに息を吐いた。
「いいねぇ。やっぱり正面から潰すのが一番手っ取り早い」
「宇宙港、完全制圧。残敵、散発的抵抗のみ」
地上のレッドベアの報告に、ツーシームは頷いた。
「よし、港は取った。これでクロイツの退路はない。次は本命だ。クロイツの犬どもに、“ご挨拶”を届けてやろうじゃないか」
艦内の空気が一変する。
わずか十数分――それだけで辺境惑星とはいえ、アストレア子爵家が誇る宇宙港が完全に沈黙したのだ。
その様子を、後方の観測窓から見ていたユリウスは息を呑んだ。
「……たった、十分かそこらで……?」
信じられない光景だった。
誰もが無秩序な盗賊と思っていた海賊たちが、まるで訓練された軍隊のように動き、一糸乱れぬ連携で制圧を終わらせていた。
隣で老家臣グレゴールも、ただその光景を見つめていた。
「……これは、戦争ですな。だが――子爵様の兵よりも統率が取れている」
ユリウスは言葉を失い、艦橋に立つツーシームの背中を見た。
薄い煙が漂う中、安煙草を咥えた女は、ただ静かに笑っていた。
◇◇◇◇◇
――数時間前、アストレア子爵家館。
「報告! 第九宙域を哨戒中の巡視艦隊が――消息を絶ちました!」
部下の声が執務室に飛び込み、クロイツ準男爵は思わず椅子を蹴り飛ばした。
「なに!? 全滅だと!? あの艦隊を沈めるだと……馬鹿を言うな!」
報告兵は顔を引きつらせながら、震える手でデータパッドを差し出した。
「映像が……残っておりました。これです」
ホログラムが起動し、淡い光が室内を照らす。
そこに映し出されたのは、虚空に現れた黒い艦影。
一瞬の閃光、そして4隻の巡視艦が串刺しになるように沈黙していく光景だった。
通信士の声が記録の中から途切れ途切れに響く。
『回避不能――っ、敵艦……側面に――!』
映像が途切れる。室内に、沈黙が落ちた。
クロイツは額に汗を浮かべ、唇をかすかに震わせる。
「……たった一隻で……四隻を、瞬く間に……?」
彼の背筋を冷たいものが走った。
それは怒りでも屈辱でもなく、純粋な恐怖だった。
「馬鹿な……あの女海賊の船は、せいぜい旧式の武装艇のはずだ。あんな動き――あり得ん! 空間の概念を超えている!」
側に控える副官が口を開く。
「準男爵閣下、まさかとは思いますが……伝説の“重力視覚”を持つ者が、現れたとか――」
「黙れ!」
クロイツは怒鳴り、机を叩きつけた。
「そんな馬鹿げた古の怪談を信じるものか! 現実的に考えろ!」
だが、怒声の裏にあったのは、どうしようもない不安だった。
そのとき、警報音が執務室の壁一面に鳴り響いた。
「報告! 敵艦、惑星ヴァルカンの衛星軌道上に侵入! 現在、大気圏内降下中!」
「なっ……!? もう来たのか!?」
側近の武官が青ざめた顔で叫ぶ。
「ま、まさか、戦闘後の補給も整備もせずに……!?」
「ありえん! そんな無茶な――」
クロイツは言葉を失った。
窓の外、灰色の雲を裂いて、黒き艦影が降下してくる。
雷鳴のような重力音が空気を震わせ、館の窓ガラスが細かく揺れた。
「……すぐの反撃など、ありえんと思っていた……」
自分でも気づかぬほど小さな声で、準男爵は呟いた。
その三十分後、邸全体に激震がともいえる報告が舞い込む。
モリガンが主要居住区画の上空を制圧し、宇宙港を占拠したのだ。
「全兵、配置につけ! 館を死守せよ!」
クロイツは怒鳴り、無理やり声を張り上げた。
だが、その指先は小刻みに震えていた。
外の空を見上げると、飛竜の紋章が光を反射していた。
まるで天から裁きを下す神話の獣のように。




