第十九話……ヴァルハラ陥落
惑星ヴァルカン・政庁作戦会議室。
招集された地方領主――準男爵らが緊迫の面持ちで席につく。
ユリウスが立ち上がり、声を張った。
「トブルク伯爵が、惑星ヴァルカンの大地を狙っています。放置すれば……我々の未来はありません」
ツーシームがすぐさま横でモニターを操作。
伯爵が統治するイーグル星系の星図が投影される。
「……であるゆえ、先に イーグル星系を叩く」
低い声が響いた。
会議室に一瞬、ざわつきが走る。
「ま、待たれよ!帝国中央が黙っておるわけがない!」
「反逆と取られる危険が――!」
その叫びを遮るように、ツーシームは言葉を畳みかける。
「伯爵がやらかした罪、証拠は山ほどある。位相鉄の利権のために反乱を起こし、ユリウス坊っちゃんの親父を殺した」
準男爵たちの背筋が凍る。
その真実は多くが知らなかった事実だった。
ユリウスが続く。
「位相鉄が帝国中央に知られたら……この星は直轄領になり、皆さんの領地は没収される」
沈黙。
準爵たちの顔色が変わった。
彼らは気づいたのだ。
•今の繁栄は、自分の領地の税収を押し上げている
•しかし価値が上がりすぎれば、中央に目をつけられ――剥奪対象になる
自分たちの利権と未来を守るため、彼らは少年領主の策にのるしかない。
一人の準爵が立ち上がり、声を張る。
「我らは子爵閣下に従う! この繁栄を、ヴァルカンだけのものとせねばならん!」別の者も続く。
「そうだ! 帝国に良い顔をされても、領地を失っては終わりだ!」
次々と賛同の声が上がる。
ツーシームは薄く笑った。
政治というのは、こうして動く。
ユリウスは胸の内で拳を握る。
(本音はどうであれ……、きっと僕と一緒に戦ってくれるだろう)
ツーシームが宣言する。
「標的はただ一つ。トブルク伯爵の首だ」
準爵たちは膝を打ち、声を合わせた。
「バルバロッサ外縁攻略――成功させるぞ!」
ヴァルカンは今、利権と誇りと未来を守るための戦に踏み出した。
◇◇◇◇◇
聖帝国暦 六四四年四月初旬――
イーグル星系、外縁宙域の小惑星帯。
巡洋艦アストレアと旧式の駆逐艦三隻――
四隻の小艦隊が、闇の海を一直線に突き進む。
対するトブルク伯爵側は、守りの堅い縦深陣形を敷き、圧倒的な数で待ち受けていた。
「ワープ可能宙域から一直線で進んで来おって、そんな浅い戦略で我らと戦う気か?」
敵旗艦からの嘲笑が通信を満たす。ユリウスは震える拳を握りしめた。
(父上を殺した……元凶はトブルク伯爵。今日、終止符を打つ――!)
義憤でなく、復讐。
少年は、覚悟を固めた戦士の目をしていた。
伯爵側の艦隊が徐々に包囲陣形を取る。
ビーム照準がアストレアへ集束し始めた……。
「全艦、単横陣形をくずすな! ――今こそ我らの民と領土を守るのだ!」
艦橋が一瞬静まり返る。
少年の言葉は、利己的でもある地方領主たちの胸をうった。
だが、戦力差は絶望的。
電磁防壁が裂け、白光の槍が艦列へ次々に突き刺さった。
タングステン合金の装甲が一瞬で溶け、艦体が内側へ凹む。
各種ニッケル基でできた艦体の主要区画も悲鳴を上げ、一瞬後に爆発が追いすがった。
「二番艦、直撃……!」
無線が砂嵐に呑まれる。
黒煙が噴き上がり、艦が大きく傾く。
二射目がさらに押し潰し、破片が星に散った。
艦列が乱れ、老臣のグレゴールが震えた声で喚く。
「若様! 正面装甲が持ちません!このままでは……!」
敵の弾幕が集中し、四隻は押しつぶされようとしていた。
絶対的な優位をさとった伯爵側の艦艇は、個々に陣形を解き、我先に子爵側の艦艇に殺到する。
その刹那――
敵陣の後方で爆光が咲いた。
『なっ、何が起きた!?』
『後方警戒! 後方だ!!』
混乱が走る敵通信。
ユリウスは静かに言った。
「――来たか」
司令席の端末が震え、個人回線が開く。
画面には、赤い長髪の女。
片手剣を肩に乗せた、威圧感と笑みを併せ持つ女ツーシーム。
「良いタイミングだろ、坊っちゃん?」
彼女はユリウスと密かに作戦を共有していたのだ。
黒い高速艦――宇宙海賊船モリガン。
彼女の船は事前に小惑星の陰に隠れており、敵陣形の乱れを突き急進、一気に敵旗艦ヴァルハラの横腹へ、艦首の〈重力衝突角〉を突き立てたのだ。
伯爵の乗る旗艦は半分に折れ、爆発を経て、機関を停止させてしまう。
「やることは一つ。伯爵の首を落とす」
ユリウスは立ち上がり、全軍へ命じた。
「全艦――モルガンに続けッ!!この戦いは、アストレア家の決戦だ!!」
混乱する敵艦隊。
逆に闘志に火がついたヴァルカン小艦隊。
少年の復讐と女海賊の策略が交わり、巨悪を穿つ刃と化していった。
◇◇◇◇◇
「総員、突入だ!」
ツーシームの命令が艦内通信に響き、装甲服をまとった海賊たちが一斉に飛び出した。磁着ブーツが金属甲板を鳴らし、獲物を構えたまま敵旗艦の裂け目へと侵入する。
慣れた動きだった。要所の制圧班、動力部の爆破班。手際よく緊要区画を奪い取っていく。
伯爵側の随伴艦はその光景に恐れをなし、次々とスラスターを噴かして撤退。
残された旗艦へ、〈アストレア〉の船腹が押し当てられた。
キィンと高音を響かせながら、耐熱カッターが扉装甲を赤く焼き切っていく。白い蒸気が漏れ、視界がかすむ。
その向こうに、艦橋へと続く通路。
「この先だな!」
巨漢レッドベアは途中で合流したユリウスの肩を叩き、荒々しく頷く。
次の瞬間、彼らは閃光弾を投げ込み、最奥の指令室へと怒涛の突入をかけた――。




