第十八話……繁栄の影、迫る伯爵の手
第八外征艦隊が去って数週間後。
惑星ヴァルカンには、思いがけない余波が訪れていた。
帝国航路局の最新通達――「新規恒星間航路」開設。
その中継地として、地図上に刻まれた名は一つ。
惑星ヴァルカン、……だった。
「ねぇ見て!また大型輸送艇よ!」
「港が足りない!新ドック建設だ!」
「酒樽の入荷が追いつかねぇーッ!」
公式な航路図に載ったことにより、続々と商用輸送艦が寄港を始め、港湾都市レンドの経済は24時間、眠ることがなくなった。
航路が変わる。
――それは、銀河経済の沸騰した血流が変わるということだ。
ツーシームの銀狐商会は、工廠を拡張していたが、急増する修理・整備依頼でてんてこ舞い。
「社長ォ! こっちの推進機も故障です!」
「荷降ろし急げ!明朝出航だとよ!」
ツーシームはニヤつきながら煙草を噛む。
「新航路の恩恵、しっかり噛みしめさせてもらうよ」
一方、ユリウスは政庁で報告を受けていた。
「子爵閣下! レンドへの移住申請、前月比140%増です!」
「市場税と入港税の増収、記録更新でございます!」
少年領主の顔に、誇りの笑みが浮かぶ。
「ヴァルカンは……本当に、“銀河の地図”に載ったんだ」
その光景を眺めながら、ツーシームが呟いた。
「坊っちゃんが掴んだ未来だよ。まぁ、ここからが大変かもだけどね」
大型輸送艦の推進光が夜空を照らす。
港のクレーンが止まることはない。
かつては寂れた辺境惑星――
今は、銀河物流を支える新たな要所となっていた。
その繁栄は当地の誰もが驚くほどの勢いで、止まる気配を見せなかった。
◇◇◇◇◇
イーグル星系・トブルク伯爵邸。
豪華な応接室で、伯爵はワイングラスを揺らしながら、老参謀の報告に耳を傾けていた。
「――新航路の中継地に、惑星ヴァルカンが指定されたようですな、閣下」
トブルクの目が細く吊り上がる。
「ほう……辺境の砂粒が、どうやら宝石に化けつつあるらしい」
「大型輸送艦の寄港は増え、住民も急増、経済成長は過去最高とのこと」
伯爵の唇が吊り上がる。
「クロイツがしくじった後で、あの小僧……運を掴んだようだな」
老人は慎重に問う。
「閣下……再び、手出しを?」
伯爵はゆっくりと立ち上がる。
その背後のスクリーンには、ヴァルカンの最新物流データが映し出されていた。
「位相鉄鉱石を独り占めした上に、銀河航路の利も得るとは……」
グラスを掲げ、毒気を帯びた囁き。
「――成功者は、常に奪われる側だ」
伯爵は指を鳴らした。
「まずは商人に化けた密偵を送り込め。そして、銀狐商会とやら……その女社長の情報も全て洗い出せ」
老参謀が恭しく頭を下げる。
「承知いたしました。いずれ、ヴァルカンは再び閣下の掌中に――」
トブルクは鼻で笑った。
「掌中? 違うね。私の帝国の一部にするのだよ」
冷たく、狂気を秘めた瞳が光った。
「楽しめ、ヴァルカン。繁栄はいつだって――滅びの兆しだ」
◇◇◇◇◇
惑星ヴァルカン・政庁。
新たな外交客の訪問が告げられ、少年領主ユリウスは応接室へ向かった。
豪奢なマントを纏う、品の良い壮年の紳士が迎え出る。
「初めまして、アストレア子爵閣下。私は、イーグル星系を拠点とする商会――ヴァレンダール貿易の者です」
柔らかな笑み。
その物腰は洗練され、好印象そのもの。
「この度は、帝国航路の要として躍進されるヴァルカンのご領主様に、ご挨拶をと思い立ちまして」
「それは光栄です! ぜひ、ご自由に商いをしていただきたい」
ユリウスは無邪気に喜びを示した。
ツーシームは、冷ややかな眼差しで相手を観察しながら、ユリウスの少し後方で腕を組んでいた。
その所作には、歴戦の荒事で磨かれた雰囲気が漂う。
紳士は話題を自然と核心へ導いていく。
「実は閣下……、この星には、非常に価値の高い鉱石が眠っていると伺いまして」
ユリウスが一瞬、言葉を詰まらせた。
「そ、それは……」
紳士は微笑を崩さない。
「ご安心を。あくまで噂の確認です。もし真実ならば、当商会は大規模な投資と、帝国中央への輸出共通枠の獲得をお約束しましょう」
そこまで言って、彼は机上にそっと帝国認証文書を置いた。
《トブルク伯爵からの親書》
ユリウスはその名を見て、瞳を大きく見開いた。
紳士の笑みが、わずかに深くなる。
「閣下は、伯爵閣下とのご縁もお持ちと伺いました。ぜひ、良い関係を築かれてはいかがでしょう?」
ユリウスの背筋に、ひやりとしたものが走る。
ツーシームも、空気の急変を感じ取った。
紳士は礼をして下がる。
その最後の言葉が、耳に刺さった。
「――繁栄には、守護者が必要でございます」
◇◇◇◇◇
扉が閉じ、静寂だけが残された。
ユリウスは拳を握りしめる。
「クロイツの反乱を……、トブルク伯爵が裏で仕組んでいたこと、忘れてはいないぞ!」
ツーシームが淡々と続ける。
「そして今度は、坊ちゃんの喉元に手を伸ばしてきた。一見、贈り物に見える絞首縄ってやつさ」
ユリウスは震えながらも、決意を宿す。
「……惑星ヴァルカンは伯爵のものにはさせない!」
ツーシームはニヤリ――いつもの、頼もしい笑みを浮かべる。
「その意気だよ、坊ちゃん。さあ、反撃の段取りを考えようじゃないか」
夜の窓外に、大きな輸送艦の灯が瞬いた。
繁栄の裏側には、必ず影が付きまとうものかもしれない……。




