第十六話……限定的勝利
帝国宙軍通信第八外征艦隊報 第2657号
宙軍総司令部宛
送信元:第六総管区 第八外征艦隊旗艦〈ビシュヌ〉
発信日時:聖帝国暦644年6月24日
暗号区分:第一種極秘通信(戦闘報告・要約)
件名:第六総管区外縁・バルバロッサ宙域戦闘報告(第一次)
1.概況
標準時〇八三〇時、当艦隊はバルバロッサ宙域外縁において、国境を侵犯するパニキア連邦の艦隊(推定六〇〇隻)と交戦。
同一〇一五時、敵は全面撤退し、宙域の防衛を完了せり。
2.戦果および被害(速報値)
総出撃艦数:452隻
残存稼働艦数:315隻
損耗艦総数:137隻(損傷92/喪失45)
内訳:
シールド艦 17隻中 喪失4/損傷6/稼働7
ビーム艦 198隻中 喪失18/損傷45/稼働135
ミサイル艦 195隻中 喪失19/損傷35/稼働141
巡洋艦 20隻中 喪失2/損傷4/稼働14
戦艦 4隻中 喪失0/損傷2/稼働2
動員兵数(乗員総数):9万7400名
うち戦死1万9800名、行方不明3200名。
生存兵推定:7万4400名。
3.戦闘経過(要約)
開戦後、当艦隊はシールド艦群による防壁展開を実施し、ビーム艦・ミサイル艦の一斉射撃により敵前衛を制圧。
〇九二〇時以降、敵の反撃により前衛部隊に損害多数を生ずるも、戦列は終始統制を維持。
敵艦隊は弾薬および推進炉出力の限界に達し、撤退を開始。
これを追撃せず、救助および宙域掌握を優先せり。
4.所見
本戦闘において当艦隊は、戦略目標たる宙域防衛を完了した。
敵は旧式艦が多くも練度は高く、味方の損害は甚大。
よって、当戦闘を「限定的勝利」と判定す。
以上
報告責任者:銀河聖帝国宙軍 第八外征艦隊司令官
レオンハルト=トラヴァース中将(識別符号 MX-1785)
旗艦〈ビシュヌ〉艦橋発
◇◇◇◇◇
帝都ネオ=ベルゼブブ宙軍総司令部。
報告電文が読み上げられると、参謀室の空気は一瞬にして重くなった。
確かに勝利――敵は退き、第六総管区の防衛を成功とした。
だが艦隊損耗三割、人員と物資の消耗は甚大。
壁面の光幕には、赤い数字で、膨大な〈補給要請〉と〈人員補填要請〉が点滅していた。
「……また、兵站部の奴らが悲鳴をあげそうだな」
老練の総参謀長が低く呟く。
「敵の侵攻は第六総管区だけで、三ヶ月で八度目だ。財務官僚どもは悲鳴を上げておる」
若い参謀が報告書を閉じた。
「地方領主も民衆も同じ様です。臨時徴税が繰り返され、“宙域維持税”への反発は日に日に大きくなっていると聞きます」
室内に静かなため息が広がる。
勝利の報せよりも、度重なる損害の方が重くのしかかっていたのだ。
やがて参謀総長は書類に印章を押し、短く命じた。
「第八外征艦隊、現地で補給を完了し次第、直ちに帰還せよ」
沈黙の中、誰もその言葉に異を唱えなかった。
窓の外、首都星ルシフェルの空は鉛色に曇っていた。
◇◇◇◇◇
聖帝国暦644年7月中旬――
惑星ヴァルカン、中央都市レンド。
先の紛争の影はほぼなくなり、平和な街並みとなっていた。
中央政庁を兼ねるアストレア子爵家館の近郊には、小さな民営の工廠が新設されていた。
それを運営するのは「銀狐商会」と言われる小さな商社だった。
「三番のボルトもってこい!」
「あいよ! 班長」
名は聞き慣れないが、その内部は労働者の怒号と笑い声、
溶接火花が乱舞する“大繁盛”の空気に満ちていた。
「ツーシーム、元気してる?」
惑星ヴァルカンの若き領主であるユリウス少年がその工廠を訪れ、牛乳瓶の底を思わすメガネをかけた女性に話しかける。
「駄目だよ、坊ちゃん。ここではフォックス社長ってことになってるんだから」
「あはは、ごめんよ。でも相談したいことがあるんだ」
油と汗の匂いがきついが、和気あいあいとした雰囲気。
工員たちも「あーまた坊ちゃん来たぞ」と微笑ましい視線を送る。
実はここは、ツーシームの海賊団の新しいアジトなのだ。
建設費などは、子爵家からの褒賞等で賄っている。
当然に工員たちも全員宇宙海賊なのである。
そんな穏やかな空気を破ったのは――
ユリウスの通信端末への緊急通信だった。
「もしもし、グレゴール? どうし――えっ!?」
少年の顔から血の気が引いた。
『帝国第八外征艦隊、接近! 四百隻超の編成で帝国本星へ帰還中。主要航路の周辺宙域で領主間紛争により迂回し、当エウロパ星系宙域を航行中との事。さらに惑星ヴァルカンにて補給および応急修理を要請してきております』
「さんびゃ……っ!? なんでそんな大艦隊が!!」
ツーシームもさすがに目を丸くした。
「すごい艦数じゃないか。星系一個くらい、簡単に踏み潰せる規模だよ」
ユリウスは震える声で問う。
「ヴァルカンを攻めに来たわけじゃ……ないんだよね?」
「うーん、どうなんだろうねぇ?」
ツーシームは安煙草に火をつけ、まったく他人事のような雰囲気。
やっと領地が安定してきたばかりのユリウス少年は、大艦隊の接近に気が気ではなかった。




