第十五話……バルバロッサ宙域会戦
第六総管区の外縁部――バルバロッサ宙域。
この宙域は、人類統合共和国およびパニキア連邦の勢力圏と接しており、境界は常に火薬庫のように不安定だった。
遭遇戦は日常茶飯事であり、増援が加われば、それは即座に艦隊戦へと発展する。
◇◇◇◇◇
聖帝国第八外征艦隊 旗艦〈ビシュヌ〉艦橋。
「――トラヴァース提督へ報告! パニキア連邦艦隊、十六光秒の距離に展開! 総数、およそ六百!」
「うむ。シールド艦、艦列の最前列へ。全艦、第一次戦闘態勢。……防壁展開、開始!」
静かな命令が、艦隊全域へと伝わる。
まずは十数隻のシールド艦が艦隊前方に展開。
彼らは電磁波兵器を遮る電磁防壁と、質量弾を減衰させる重力防御場を展開する専用艦である。
その後方には、二百隻ずつのミサイル艦とビーム艦が複数の戦闘ブロックを組み、さらにそれらを統率する巡洋艦二十隻が指揮ラインを形成していた。
最後列には、旗艦〈ビシュヌ〉を含む四隻の大型戦艦が堂々と陣取る。
かつての大規模AI反乱で、量子演算核の大半は失われた。
加えて、この宙域では常に磁気嵐が吹き荒れ、AI制御の稼働をも阻害する。
結果として、現在の宇宙戦においては――
“人による判断”こそが、戦術全体を支配することとなっていた。
シールド艦の防管制装置が順次起動し、空間に青白い輪郭が浮かびあがる。
高出力の電磁防壁と防御重力場が結合し、帝国艦隊の前面を覆う巨大な防御幕が形成された。
「前衛、防壁安定――各ブロック、射撃準備完了!」
背後では、ビーム艦群が戦列を組み、艦首砲のエーテル収束環が灼けるように光を帯びる。
それは艦橋内の照度が一瞬下がったと感じるほどだった。
「敵、射程内に侵入!」
「――敵は旧式艦が主力だ。射程外から先制攻撃を掛ける。全ビーム艦、斉射開始!」
その言葉と同時に、二百隻のビーム艦が一斉に光を放った。
エネルギー光束の奔流が前方の防壁を貫き、無数の槍となって敵艦隊へと襲いかかる。
閃光が宙域を染め、衝撃波が防壁を震わせ、後方に位置する〈ビシュヌ〉の艦体をも震動が貫く。
だが、艦橋のトラヴァース提督は微動だにせず、次の発令を下した。
「よし、第二波を重ねる。全ミサイル艦、射撃――開始!」
数千発の質量弾頭が一斉に射出され、防壁の隙間をかすめながら前方宙域へと流れ込む。
質量弾は射程も短く、弾数も有限である。
しかし――その一撃の破壊力は桁外れだった。
各弾頭には大型の核融合弾が複数封入され、それは命中と同時に小規模な重力崩壊を誘発するほどの威力であった。
数千の白熱球が敵陣に現れ、宙域そのものがきしむような振動とともに、敵艦のシルエットが次々と爆散していった。
だが敵艦隊は、爆炎の中で沈みゆきながらも、なお戦意を失ってはいなかった。
砕け散った艦の間を縫うように、生き残った艦が順次展開し、次々と姿勢を立て直す。
「――敵艦、こちらに向かって前進中! 砲撃、来ます!」
黒い星々の海を赤い光が横断し、ビームと砲弾の奔流が、雨のように叩きつけられる。
敵艦隊の反撃は、散発的でありながら凄まじかった。
炎に包まれた艦であっても、生き残った砲門から光が閃く。
それは秩序なき光の雨――だが、数百隻という質量が撒き散らす“混沌”は、なお破壊的だった。
「――敵、第二撃! 来ますッ!」
ついに最前列の防壁が軋みを上げた。
瞬間――。
+0秒。
シールド艦〈サルマティア〉が閃光に包まれる。艦体を貫いた光線が、内部のエーテル炉を暴走させ、一瞬で白熱の火球となった。
+2秒。
その爆風を受け、隣接するシールド艦〈エトルリア〉の左舷装甲が裂ける。防御重力場が不安定に揺れ、艦体がねじ切れるように回転。防壁の一部が崩壊し、光の幕に亀裂が走った。
+5秒。
防壁の隙間を縫うように、敵ビームが艦隊中層へ突き抜ける。
第二列のビーム艦〈トレミー〉、被弾。
艦首砲塔が爆裂し、艦体前部が粉砕。
照準リンクが混乱し、周囲の僚艦が慌てて回避行動に移る。
+7秒。
ミサイル艦〈エピナール〉の後部弾薬庫に直撃。
格納されていた核融合弾頭が誘爆し、閃光が次々と連鎖。
爆圧が波のように後列を襲い、〈アグニス〉、〈ローレライ〉、〈ヘリオス〉――三隻が同時に爆散した。
+9秒。
残存の前面防壁が完全に崩壊。
艦隊前面に直接、敵砲撃が叩きつけられる。
〈ビシュヌ〉艦橋の床が激しく震動し、艦橋の計測パネルが一瞬だけ暗転した。
「シールド艦群――壊滅! 第二列、損耗率三割超!」
「被弾艦、多数ッ! 火災制御、各ブロックに回しています!」
火花が走り、照明が断続的に明滅する艦橋。
その中で、トラヴァース提督は座席から微動だにせず、ただ一点、戦況モニターを見据えていた。
「……退く者は許さん。全艦、作戦維持――前衛の穴を埋めろ」
新たな号令と共に、〈ビシュヌ〉直卒の巡洋艦群が進み出る。
崩れた陣形の隙間に入り込み、まだ燃え残る味方艦の残骸をすり抜けていく。
その船体に、焼け落ちる装甲片が雨のように降り注いだ。
+15秒。
爆炎の嵐が収まりかけたその刹那、敵弾の勢いが、目に見えて鈍った。
ビームの線は途切れ、質量弾の軌跡も薄れる。
先ほどまで宙域を埋め尽くしていた光の雨が、徐々に途絶えていく。
「……敵の発射間隔、低下。エネルギー反応が落ちています!」
オペレーターの報告。トラヴァースは無言のまま、前方のスクリーンを見つめた。
そこでは、敵艦の推進光が次々と反転し、戦場の縁を離れ始めていた。
明らかに敵側の攻勢限界点だった。
「――撤退か」
副官ヴェルナーが小さく呟く。
敵艦の後部から噴き出す青白い光――
推進炉を過負荷で点火した“逃走加速”の証だった。
中破した敵艦のいくつかは姿勢制御を失い、推進光を撒き散らしながら宙域の闇へと落ちていく。
それでも、艦影のいくつかは必死に退路を取っていた。
残存艦が本能のように“生存”を選んでいたのだ。
「敵艦隊、戦域撤退を開始」
「追撃は不要だ」
トラヴァース提督の声は低く、しかし確固としていた。
「味方の損耗が大きい。……追撃はできぬ」
「了解――全艦、砲門冷却、損傷管制を開始。」
艦橋を包む照明がわずかに明るくなる。砲撃の反動で震えていた床の振動が静まり、〈ビシュヌ〉の艦体はゆっくりと姿勢を整えた。
前方スクリーンには、燃え尽きた宙域が映る。
散乱する破片と、漂う火球。
無線の残響の中に、断続的な通信ノイズ――
「……救命ポッド、反応あり。味方艦〈レムリア〉、乗員十五名……」
「……推進炉の制御不能。……酸素系統、破損……」
報告を聞きながら、トラヴァース提督は静かに目を閉じた。
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