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【コミック全8巻】拝啓『氷の騎士とはずれ姫』だったわたしたちへ  作者: 八色 鈴
七章 恋という名の罪

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15.

 その後マデリーンはオスカーに、エミリアの家庭教師を辞すことを伝え、アッシェン城を出て行くことになった。


『急な話で恐縮ですが、わたくしは娘たちとペネロペを連れてアッシェンから去ります。これまで本当にお世話になりました』


 そう告げた彼女は、まるで憑きものが落ちたかのような、長い間探していたものが見つかったかのような穏やかな顔をしていたという。

 今後は兄アーサーがかつて世話になった剣の師を頼り、どこか遠い地で目付役か家庭教師の職を探すのだそうだ。


 そうして城を去る日、マデリーンは馬車に乗り込む前、世話になった人ひとりひとりと挨拶を交わしていた。


 ――どうかお元気で。

 ――お世話になりました。

 ――これから寒くなりますが、お身体冷やさないようにね。


 そんな短い言葉が飛び交う中、とうとうジュリエットの順番がやってくる。

 緊張に少しだけ身を固くしていると、マデリーンはジュリエットの手を躊躇いなく取り、硬く握りしめた。


「ジュリエットさん。後任の家庭教師が見つかるまでの間、エミリアさまのことをよろしくお願いいたしますわね。あなたになら、安心してお任せできますわ」


 かつて彼女が見せていた敵意の欠片も感じられない、晴れやかな笑顔だった。

 

「ありがとうございます。遠くへ行っても、どうかお元気で」


 ジュリエットもまた、穏やかな笑みでそれに応える。

 わだかまりが完全に解けたとは言えないけれど、彼女が子供たちと過ごすこれから先の人生が、少しでも幸多きものであることを祈るばかりだ。


 そうしてあらかた挨拶を終えたところで、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 遠くのほうから、エミリアが走ってやってくる。


「男爵夫人はまだいらっしゃるわよね……!? ああ、よかった、間に合った!」 


 先ほどから姿が見えないと思っていたが、どうやら庭園に赴いていたらしい。その手には、ガーベラの花束が携えられている。

 かつてジュリエットが初めて家庭教師としてアッシェン城へやってきた際、エミリアから贈られたのと同じ花。


 ――花言葉は、希望と前進。


「引っ越しても、身体に気をつけて頑張ってね」

「エミリアさま……」


 花束に込められた秘めた意味がマデリーンに正しく伝わったのかどうか、はっきりとはわからない。

 けれど花言葉など知らずとも、真心はしっかり伝わっているはずだ。

 その証拠に、マデリーンが鼻の頭を赤くして目元を慌てて拭ったのを、ジュリエットだけが気付いていた。


「キティとジェーンも、その……元気で。たまには遊びにくるのよ」


 マデリーンへの挨拶を終えたエミリアは少しぶっきらぼうに、懐から取り出したハンカチをそれぞれに渡す。

 エミリアが手ずからそれぞれの名前の頭文字を縫い取った、特別なハンカチだ。

 双子に対し複雑な感情を抱いていたエミリアではあったが、いざこうして別れの時がやってきたことに、得も言われぬ寂しさを抱いているようだった。


 一方のキティとジェーンは、別れがどういうものか、まだよくわかっていないのだろう。


「ありがとう、おねえちゃま!」

「たいせつにする!」


 嬉しそうにハンカチを受け取り、自分たちのポケットにしまい込む。

 マデリーンはそんな娘たちを馬車のほうへ促すと、自身は踵を返し、しばらくの間アッシェン城を眺めていた。

 その荘厳たる佇まいを目に焼き付けるように。あるいは、これまでこの場所で起こったさまざまな出来事を胸に刻むように。


 やがて彼女はオスカーのほうへ視線を向け、静かに頭を下げた。


「アッシェン伯閣下。これまで長い間お世話になりましたこと、どれほどお礼を申し上げても足りません。エミリアさまがご立派な淑女になられますことを、遠い空の下でお祈りしております」

「ああ。こちらこそ、男爵夫人のこれまでの働きに心から感謝する」


 マデリーンが顔を上げる。

 オスカーを見つめる瞳は凪いでいて、かつて彼女の瞳の奥に燃えさかっていた思慕や恋情は一欠片も見当たらない。

 ジュリエットはマデリーンがまだ、オスカーへの思いを残していると考えていた。けれど彼女の恋はもう、とうの昔に終わっていたのかもしれない。


「光栄ですわ。それでは皆さま、ごきげんよう」


 マデリーンは最後に、見送りの人々へ向かってもう一度淑女の礼をとり、ペネロペの手を借りて馬車へ乗り込む。

 それはこれまで長きに渡ってエミリアの家庭教師を務めた女性にふさわしい、しなやかでありながら凜とした、美しい別れの姿であった。

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