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【コミック全8巻】拝啓『氷の騎士とはずれ姫』だったわたしたちへ  作者: 八色 鈴
七章 恋という名の罪

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10.

「わたしは――」


 咄嗟に言い訳を紡ごうと口を開いていた。しかし、シャーロットの穏やかな笑みがそれを押し止める。


「聖典の中に〝輪廻〟という言葉がございます。命あるものが死してまた別の存在となり、この世に生まれ変わる……。その繰り返しのことです」


 彼女の声は雨のように静かに、そして優しく、ジュリエットの耳を打った。


「教会の文献の中にもいくつか、前世の記憶を持つ人物の記録は残っています。あなたもきっとそうなのだと、〝ジュリエット先生〟に初めてお目にかかった時から感じておりました」


 あなたの中には、ふたつの魂が眠っているからとシャーロットは言う。それは恐らく、ジュリエットとリデル、ふたりの少女たちの魂のことを言っているのだろう。


「わたくしは、リデルさまのお姿を遠くからしか拝見したことがございませんでした。それでも、あの美しく儚げなお姿は、盲いた目の奥に今でもはっきりと残っております。生前、あなたさまはいつも悲しいお顔をしていらっしゃいました。オスカーがそうさせていることを知りながら、わたくしは何も言えなかった……」


 シャーロットがオスカーを呼ぶ声音はただ優しく、今になって思えばそれは姉としての感情だけだったのだと、殊更に実感する。


「本当は、あなたがご存命の折にお伝えすべきだったのでしょう。けれどわたくしは真実を知られることを恐れるあまり彼の優しさに甘えて、そのことからずっと逃げてきました。……こんなに後悔するとわかっていれば。そう、思わなかった日は一日たりとてございませんでした」

「シャーロットさん、あなたは――」

「……わたくしとオスカーは、母を同じくする姉弟です」


 それは以前、カーソンから耳にしたものだから特段の驚きはない。ただ、カーソンがジュリエットとリデルが同一人物だと知っていることに関しては誰にも教えていないため、言及は避けた。


「オスカーは何度もわたくしに、城へ来るよう言ってくれました。けれどあの子はただでさえ、母親が平民の出自ということで、貴族社会で貶められてきました。それに母が手込めにされた事実を広く知られることも、わたくしは望んでおりませんでした」


 シャーロットは貧しくも静かな生活を望み、オスカーもまたそれに同意した。

 それでも、彼は密かにシャーロットへの援助を続けた。その様子を見た人々が『領主は貧しい平民女を囲っている』と噂しても、決して真実を詳らかにすることはしなかった。


 カーソンから聞いた通りの話だ。

 けれど何度耳にしても、ジュリエットはこう思う。いや、二度目だからこそより強く。


 ――リデル(わたし)にくらい、事情を話してほしかった。


 彼が妾腹だなんて、リデルにとってはどうでもいいことだったのに。

 気付けばジュリエットは、取り繕うのも忘れ、そのやるせない気持ちを呟いていた、


「わたしはそれでも、旦那さまに打ち明けてほしかった……。こんな……死んだ後に他人(あなた)たちの口から聞くのではなく、きちんと旦那さまの口から……。そうすれば――」


 そうすればきっと、リデルにもできることがあった。

 彼の妻となった以上、リデルにとってもシャーロットは大切な義姉だ。リデルはあまりそういった機転が利く方ではなかったけれど、それでもオスカーと共にシャーロットを助け、どうにかして彼女を無責任な噂から守る方法を考えたはずだ。


 口にしなければ伝わるものも伝わらない。胸に秘めているだけでは、想いは決して相手に伝わらないのだ。

 けれどジュリエットは、そこではっと気付いた。そういえば自分は、オスカーにきちんと想いを伝えたことはあっただろうか。


 もっと一緒にいてほしい。

 ひとりは辛い。

 苦しい。

 どこにも行かないで。

 あなたを愛している――。


 過去の日々を思い返して、愕然とした。

 その内のひとつたりとて、リデルはオスカーに伝えたことはない。いつもおどおどと彼の顔色を伺うばかりで、肝心なことは何ひとつとして。


 ――一度でもそれを伝えてさえいれば……今頃、何かが変わっていたかもしれないの?


 考えても仕方のないことだ。けれど、あり得たかもしれない未来を想像するのをどうしても止められなかった。


「わたくしの口からお話しするのは、筋違いかもしれません。ですが、きっと本人が語ることは一生ないでしょう。だから、どうか修道女の独り言と思って聞いてください」


 ゆらりと、蝋燭の炎が揺らめく。

 シャーロットは本当に独り言のように、宙に向かって呟いた。


「オスカーはリデルさまが亡くなった後、自ら短剣で喉を掻き切ろうとしました」


 考えもしなかった言葉に、ジュリエットの喉からひゅっと悲鳴のような音が漏れた。

 脳裏に自死しようとするオスカーの姿が過ぎり、それだけで心臓が凍り付いた心地になる。


「自分は間違えたのだ、と。償うことすらできないと、そう言って。わたくしにはそれが何より、彼のリデルさまへの想いの強さだと感じられました」

「そんな……」


 そんなことを今更言われても、何も変わりはしない。傷ついた過去も、失われた未来も戻ってはこない。たとえシャーロットの発言が事実だとして、ジュリエットにはもうどうすることもできないのに。

 そう言おうとした。

 それなのに、どうしてもその言葉が出てこなかった。

 代わりに溢れてきたのは涙だ。

 己の死が、彼の名誉を守ると信じていた。それなのにリデルの死によって、誰より大切だった人をそこまで追い詰める結果となってしまったのか。


 ――わたしたちは、どこで間違ってしまったの……?


「人は、不器用な生き物です。大切な人がいつまでも生きていると、そう錯覚する。……だからわたくしたちは、いつも過ちをおかすのでしょうね」


 ぼやけた視界の中で、シャーロットが窓の外へ目を向けるのが見えた。

 その表情はどこか悲しげで、彼女もまた己の過去を悔いているように思えた。 

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