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貴方の恋愛ゲームには乗らない  作者: 岩月クロ
番外編:篠原先輩視点
11/11

05

「──お待たせしました。どうぞ」



 会話の合間を窺っていたのか、俺が口を閉じたタイミングで店長が注文した物を持ってくる。彼女の前には珈琲が。俺の前には、ココアが。

「……ココア、ですか?」

「悪いデスカ?」

 きょとんとした声に、恥ずかしさを覚える。「あの馬鹿店長、ほんとに入れてきた」悪態を吐きながら、コップを(あお)った。熱い。舌、火傷した。口にしたら余計に恥ずかしいから、しないけれど。

 温かいものを飲んで多少冷静になる。さて、この後どうしよう。好き勝手に喋ったから、後先なんて考えていなかった。この微妙な空気、どうやって払拭しようか。

 なーんてなー冗談でしたー! なんて言えない。いつもなら、その手でどうとでもなったのに、この件に関してだけは、そうしたくない。



「……か」彼女が、引き攣った声を出した。挑むように強い目で俺を睨む。「彼氏って、誰ですか」

 予想外の質問に戸惑いながら「あの金曜の」と答えると、更に予想外だった返事があった。


「あれは弟です!」


「弟!? だって、顔あんまり似てない……」

 よくできた嘘ではないか、とさえ思う。似ていない、と言われることには慣れているのか、彼女の顔には苛立ちひとつ見えない。やけに真面目くさった顔で「正真正銘、血の繋がった兄弟です」と断言する。

「でも」兄弟って、あんなに距離が近いものなの? 背中に手を当て、まるで恋人同士みたいだった。「仲、良いんだね」

 彼女はまるでわかっていない顔で、小首を傾げながら、はい、と答える。


「そもそもですね!」

 まだあるの!?

 俺は自然と居住まいを正した。何が飛び出してくるかわからなくて、怖い。

「私、……実のところ、あの、ごめんなさい、私、い、いないんです、……彼氏」



「……………………いない?」



 我ながら、間の抜けた声だった。

 でも、無理も無いと思う。夢だと言われても、信じる。都合が良過ぎる。


「え、マジ?」

「…………はい」

「ほんと?」

「……はい」

「実は金曜の彼とこの土日で別れたとか」

「あれは弟ですってば! なんなら確認しますか!?」


 売り言葉に買い言葉、の勢いで放たれた言葉に、一瞬思考が止まる。

「それって、家に行っても良いってこと?」

「へっ? や、普通に写真とか……ですけど」

「ああ、だよねー」

 さすかにそこまで都合は良くない。気を張っていた分、肩を落とす。初めからわかっていたことだ。大体、彼氏が本当はいないとカミングアウトされた、イコール、俺に気がある、なんて、世の中そんなに上手くない。……でも、それならなんで教えてくれたんだろうか。

 俺と距離を置くなら、そのまま黙っていた方が得だったはずだ。

 それとも俺が話したから、自分も、ということなのか。“フェアじゃない”、彼女はそれを理由に行動できる人間だ。


 いや、そんなことは、どうでもよくて。

 まず何より彼女に彼氏がいないことが──不謹慎ながら──嬉しい。何度も、いないのか、いないのか、と繰り返していたら、「連呼しないでください」と真っ赤な顔で怒られた。アライグマのようなたらんとした目を、精一杯吊り上げている。

 やばい──可愛い。

「ごめん。有り得ない程嬉しくて、つい」

 彼女につられて、顔が熱くなる。


「じゃ、あの彼氏の話って」

「全部理想、です」

 彼女は恥ずかしさを誤魔化すように指を組む。理想ねえ、と首を傾げた。

「ね、それを教えてくれるってことは、俺にもまだチャンスがあるって、思っていい?」

 少し余裕を繕えるようになった俺は、彼女の顔を覗き込む。きみの隣にいるのは、俺でも良いだろうか。

「チャンス、じゃなくて。そうじゃなくて」

 湯気さえ出そうな程に赤く染め上げた顔をそのままにして、彼女は真っ直ぐに俺を見つめた。取り繕ってようやく声にできる俺とは、全く違う。そっと響く、掠れた声。

「貴方ともっと、お喋りをしたい、です」

 誠実な、重たい言葉。これまでの俺が敬遠し、今の俺が渇望した言葉。



「──篠原先輩と私が過ごした時間が、先輩にとってゲームでなかったのなら」



 不安げな顔に、ハッと気付かされる。

 俺は肝心なことを口にしていなかった。


 俺が、どうしたいのか。嘘偽りなく、どう思っているのか。



「ゲームじゃないよ。ぶっちゃければ、最初はそうだったけど……今は違う。全く違う。きみが、」

 名前を口にする権利を、もぎ取る。

「菜月ちゃんが好きだよ。この気持ちの深さをどうやってきみに伝えたらわからないくらい、自分でもどうかしてるなって思うくらい、好きだ」


「……私も」

 赤い顔をした彼女はとろりとした顔で口を開き、──不意に我に返った。

「あの、念の為もう一度確認ですけど、ここで私が好きだって返したらゲームオーバーとか、ありませんよね?」

「な、無いから!」

 絶対、無い! 有り得ない! 慌てて全力で否定する。

 必死過ぎる俺の様子に、彼女は可笑しそうに笑い、




 ──俺が欲しかった言葉を、俺が見たかった表情で、囁いた。




今度こそ、これで終了です。

お付き合い頂き、ありがとうございます。

本編を公開してから、これだと情報が足りないなー、と急遽書き足した次第です。楽しんで頂けたら何よりです。


【オマケ】


「菜月ちゃんってさ、アライグマに似てるよね」

「あ、あらいぐまぁ……?」

「ちょこちょこ動くとことか、眠くて船漕いでる時に半口開けてるとことか、何より垂れた目がすごく似てる!」

「…………」

「ほんと可愛いと思う!」

「……そうですか」

「えっ? あれ、どこ行くの!? ねえ!?」

「ついてこないでください」

「ええ!?」



 こういう小さな喧嘩を繰り返し、彼と彼女は、二人の形を作っていきます。



※なお、アライグマは模様で目が垂れて見えるだけで、実態(?)はくるくるまんまるきゅーとなおメメでございます。



◆あとがき

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/387308/blogkey/1338331/

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