7不思議その5:ミサキボッコ
あ……そういえば『かたりべ』さんて、指が何本かない状態でしたよね。
……そんな人に運転させていいのかしらん。
時刻は午前3時、場所は時速150㎞で高速を走るタクシーの中。
車の周りを、黒い影がペタペタと這い回っています。
「外は気に……するな、問題に集中……するんだ!」
「わ、わかってるよ、わかってるけどさあ!」
『ふえふき』の壮年の声に、『おとな』の少女は頭を振っています。
「全然、分からないねえ……」
声を震わせながらも、『こども』の老女も必死に考えているようです。
「い、急いで下さい……今、180㎞出てます……こんなスピードの車、操作したこと……ありません!!」
『かたりべ』の中年が、別の汗をかきながら声を上げます。
『おとな』の少女は頭を掻きむしりながら、届いたメールを再度確認しました。
泥酔したタクシー運転手と少女の交通事故。
どう考えても10:0の案件でしょう。
タクシーの運転手さんが、すごい権力を持っていた?
さつちゃんが、自分からタクシーに突っ込んでいった?
いや、それでも何の罪にも問われないなんて……。
ふと、窓の外を見ると。
そこには。
……真っ黒な、子供がいました。
「ぎ、ぎいいやああああああああああ!!」
『おとな』の少女は、恐怖で老女へとしがみつきます。
近くで見て、やっと分かりました。
ミサキボッコの黒は、焼け爛れたための物ではありません。
何度も何度も執拗に轢かれたタイヤ痕によるものだったのです!
ミサキボッコはケタケタと笑いながら。
……タクシーの窓を、物理的に、開けようとしています。
「ちょ、ちょちょちょ!」
少女は急いで窓が閉まるボタンへ飛びつきました。
しかし。
めぎぎぎぎぎぎぎぎg。
窓は、ゆっくりと下がり始めて。
時速210㎞の風が、車内を荒れ狂います。
「おねがい、閉まって、閉まってぇぇぇえ!!」
『おとな』の少女は、窓が閉まるボタンをぎゅーっと押しながら、窓を上に押し上げてなんとか対抗しています。
……まあ、無駄ですが。
めぎぎぎぎぎぎぎぎg。
タクシーの窓は、ゆっくりと、ゆっくりと、開いていきます。
少女の抵抗も空しく。
窓はすでに、半分以上開いており。
その広さは、ミサキボッコも十分に通れる物になっていました。
そして、唐突に。
ミサキボッコは、猫の少女に抱き着きます。
そうです。
連れていく、つもりなんでしょう。
「ひ、ひ、ひいいいいいいいいい!?」
万力で抱きしめられた『おとな』の少女は、目の前のミサキボッコを見るしかありません。
どこまでも黒い瞳は、どす黒い怨念とか、呪いとか、そう言ったものを煮詰めて掻き混ぜたかのようです。
コールタールのようなそれが、どろどろと流れて顔にかかってくるような。
そんなどうしようもない錯覚を覚えながら、少女は目から鼻から口から、汁を零しています。
その時です。
「……そうだったんだねぇ」
『こども』の老女が、ぼそりと呟いたかと思うと、少女ごとミサキボッコを……。
……抱きしめたのでした。
目を白黒させるミサキボッコ。
「自分でも覚えていないんだねぇ……きっと、凄い事故だったんだろうねぇ……。
ミサキボッコちゃん。
貴女は……。
子供じゃあ、ないんだね?」
「「……あっ!」」
壮年と少女が、思わず声を上げます。
なんとなくミサキボッコのその姿と、『さつちゃん』という言葉に引っ張られていましたが。
『さつちゃん』が子供だとは、どこにも書いてません!
となると、泥酔したタクシーの運転手さんが罪に問われなかった理由も、分かってきます。
「あんたの死んだ事故で、車を運転していたのは、あんたなんだよ。
そして、事故にあったのは、タクシーに乗っていない、歩行者の、タクシーの運転手さん」
ギャギャギャギャギャ!
突然、急激なGか掛かりました。
「ぶ、ブレーキが利きます!
皆さん、何かに掴まっていてください!!」
「チッ……もっとゆっくり止め……ろ……」
「できるものなら、やってます!」
車は激しく左右に揺れながらも。
……何とか無事に、停止することができたのでした。
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車を降りると、そこにはいつもの、緑色の扉が待ち構えていました。
運転席と助手席から、男2名がフラフラになりながら、降りてきます。
しかし。
……何故か『こども』の老女と『おとな』の少女が、車の中から出てきません。
「……どうしました、『こども』さんに、『おとな』さん。
先に、進まないのですか?」
不審に思った『かたりべ』の中年が、車に向かって声をかけます。
「あ、えーっと、なんというか……」
すると、歯切れの悪そうな少女の声と。
「あ、すまないけど先に行っててくれないかねえ。
私は、ここで脱落するから」
……すっきりしたような、老女の声が聞こえました。




