二人の勇者
リュカ様達が勇者様達を鍛え始めてから二月。
魔族の動きが活発になり、毎週のように近くの村が襲われている。
勇者様達と共にリュカ様達も出て、魔族を撃退するというのを繰り返した。
「どう思う〜?」
アレン様の問いにリュカ様が眉根を寄せた。
「恐らく、前勇者一行が戻ってきたことを察したんだろう。もしかしたら宣戦布告のつもりなのかもしれないが……」
「今は魔族領の村が襲われているけど、いつまた砦が襲撃されても不思議はないしね〜」
勇者様が立ち上がる。
「早く魔王城に行って、魔族を止めないと! 村の人達が苦しんでるのに黙っていられるかよ!」
「その気持ちは俺達だって同じだ。だが……」
「オレ達は勇者なんだ! みんなの期待を背負ってるのに、このままじゃいられないだろ!?」
勇者様の言葉に全員が考えるような顔をする。
確かに、いつまでもこの状態が続くのは砦にとっても良いことではない。
近隣の村が襲撃されれば人を向かわせないわけにもいかず、しかし、そうなれば砦にいる騎士達にとっては緊張が続き、士気に影響する。
だが、この砦は魔族から王国を守る要であり、揺らぐことは許されない。
「アレン、国王陛下は何と?」
「『二人の勇者にて早急に魔王を討伐せよ』だってさ〜。辺境伯もこの状況は長引かせたくないって言ってるし……正直、時期尚早な気はするけど、これ以上は難しいかもね〜」
……魔王討伐に出る。
恐らく、全員の考えが一致したと思う。
リュカ様が口を開いた。
「早馬に乗っても魔王城までは五日はかかる。……が、俺の転移魔法を使えば一瞬だ。ただし、転移した時点で向こうは俺達の存在を察知するだろう」
「それについては行く段階で気付かれるから変わらないさ。こっちの体力を温存して行けるなら、そのほうがいいとあたしは思うわ」
「そうですね。以前は魔王城に辿り着くまでに幾度も戦いましたから……」
「じゃあ、転移魔法で飛んで、到着したらリュカには僕特性の魔力回復薬を飲んでもらうってことで〜。味は良くないけど、その分、効果は抜群だから〜」
「分かった」
リュカ様が何故か少し苦い顔をしたものの、頷いた。
勇者様達も頷く。
「今回はオレ達もいる! 絶対に魔族を止めてみせる!」
「が、頑張ります……!」
「私は勇者様方に従います」
リュカ様に視線を向けられ、わたしも頷き返す。
準備のために半日猶予を置き、明日、わたし達は魔王城に向かうこととなった。
* * * * *
「セレスティア」
名前を呼ばれて振り返れば、勇者様がこちらに歩み寄ってくる。
「はい」
「その、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
リュカ様とレイア様の視線に気付いているのか、勇者様が小声で言う。
少し考えて、わたしは頷いた。
「ここでよろしければ。……リュカ様、少しの間だけ廊下にいてくださいませんか?」
皆は既に準備のために出ており、応接室にはわたしとリュカ様、出ようとしていたレイア様、勇者様だけが残っている。
リュカ様に声をかければ「分かった」と返事があり、レイア様も慌てて出ていった。
そうして、リュカ様は応接室の扉を少し開けたままにした。
廊下にいるので何かあった時はリュカ様も即座に入ってこれるし、密室で二人きりにもならないので、これならば問題はない。
ソファーに勇者様と向かい合って座る。
「まずは、今までごめん!」
勇者様に頭を下げられて驚いた。
「セレスティアはリュカのことが好きだって、婚約者だって言い続けていたのに、オレのせいで嫌な思いをさせてごめん。……オレ、貴族は王様の命令には従わなくちゃいけないから、王様にお願いすればセレスティアと付き合えるかもって最初は思ってて、最低なやつだった!」
顔を上げた勇者様は、反省した様子で肩を落としている。
旅の間、勇者様なりに色々と考えていたようだ。
一緒に旅をすれば仲良くなれるかもしれないとか、リュカ様の死が確実なものとなれば婚約できるかもしれないとか、そういう気持ちもあって同行を許可したという。
「でも、セレスティアとリュカが再会して、リュカと一緒にいるセレスティアを見たら『オレじゃダメなんだ』って分かった。……オレはセレスティアを笑顔にさせられないし、セレスティアを守れるほどの力もない」
リュカ様との鍛錬で力量差を強く感じたそうだ。
しっかりとこちらを見る勇者様の目は、まっすぐだった。
「今すぐに気持ちを切り替えるのは難しいけど、もう、セレスティアに付きまとったりしないから」
それにわたしも、口を開いた。
「……わたしこそ、勇者様を利用しました」
リュカ様を見つけるために、探すために、勇者様の恋心を利用して旅に同行した。
最初からリュカ様を見つけるまで王都に戻るつもりはなかったし、見つかれば勇者様との婚約の話は白紙になると分かっていた。
勇者様が困ったように頭を掻いた。
「それは気付いてた。でも、それでもいいってオレは思ったから、いいんだ」
「勇者様……」
「まあ、とりあえず、そういうことだから、セレスティア達の邪魔はもうしない!」
パンッと勇者様が膝を叩いて立ち上がる。
「これからは仲間として改めてよろしくな、セレスティア」
「はい、よろしくお願いいたします」
差し出された勇者様の手を取り、握手を交わす。
明るく笑った勇者様が「それじゃあ引き止めてごめんな」と言って部屋を出ていった。
わたしが部屋に残されると、入れ替わるようにリュカ様が入ってくる。
「ハルトなりにこれまでのことを正しておきたかったんだろう」
そばに立ったリュカ様に抱き寄せられる。
「……魔王討伐は命懸けだ」
「はい」
「本音を言えば、セレスには砦に残って……安全な場所にいてほしい」
「……分かっております」
……だけど、もうリュカ様から離れるのは嫌。
ギュッとリュカ様に抱き着けば、同じくらいの力で抱き返される。
互いに言葉はなかった。互いの存在を確かめ、心を決める。
「リュカ様、わたしはいつまでもあなたのおそばに……」
「……ああ」
たとえ死ぬかも知れなくても、ずっと待ち続けるよりは苦しくない。
「皆で生きて帰ろう」
リュカ様の力強い言葉にわたしは頷いた。
「はい、必ず」
* * * * *
翌日、わたし達は準備を整えて砦の訓練場に集まった。
辺境伯と砦の騎士達も見送りのために出ており、いつもより訓練場が狭く感じられた。
「セレスティア嬢、はいこれ〜」
アレン様から渡されたのは青い石のついたブローチだった。
「魔法と物理、両方の防御がかけてあるよ〜。簡単には壊れないけど、着用者の魔力を使用するから魔力量の管理は気をつけてね〜」
「ありがとうございます、アレン様」
「どういたしまして〜」
ブローチを胸元に着け、ローブで隠す。
全員がそれぞれに武器や装備を確認し、頷き合う。
……わたし達はこれから魔王城に向かう。
たった八人の背に『人類の平和』が圧しかかっていると考えると、その期待が重い。
それでも、やるしかないのだろう。
「リュカ殿、ハルト殿……頼んだ」
辺境伯の言葉にリュカ様と勇者様が頷いた。
緊張した面持ちの勇者様の肩に、アレン様が軽い動作で手を置く。
「ハルト君は一人じゃないから、大丈夫だよ〜」
「……ああ」
拳を握り、勇者様が顔を上げる。
全員がリュカ様のもとに集まった。
「それでは、転移魔法を発動させる」
リュカ様が詠唱を行う。今までで一番長いものだった。
わたし達の足元に大きな魔法式が現れ、淡く輝く。
「全員、警戒しろ」
そうして、リュカ様のその言葉の直後に視界が歪み、ふわりと浮遊感に包まれる。
リュカ様の腕がわたしの腰を抱いた。
ほんの一瞬の浮遊感の後に、景色が一変する。
石造りに見えるが、どこか歪な漆黒の城。その前にわたし達は立っていた。
リュカ様がすぐに周囲を見回し、アレン様が全員いるかの確認を取る。
「全員来てるね〜」
魔王城の周囲に兵士などの姿はない。
遠くでギャア、ギャア、と何かの鳥とも獣ともつかないものの鳴き声がする。
ピィーッと何かの笛のような甲高い音がして、上空から何かが降下してくる。
……あれは人……?
ばさりと翼を羽ばたかせて現れたのは、前回砦に現れた魔族の一人だった。
青みがかった黒い翼に同色の髪をした、青年の魔族である。
「魔将ディヴァロ……」
全員が戦闘態勢を取ったものの、青年の魔族──……魔将ディヴァロは地面に降り立った。
「今ここでお前達と戦うつもりはない」
「どういうつもりだ?」
「我々魔族も徒らに同胞を失いたくはないということだ。戦うなら、代表同士で十分だろう。魔王様よりお前達を謁見の間に案内するよう、仰せつかっている。……ついて来い」
魔将ディヴァロの言葉にリュカ様と勇者様が視線を合わせ、武器を下ろす。
完全に警戒を解いたわけではないけれど、こちらとしても戦って疲弊した状態で魔王と戦うよりは良いとリュカ様達も判断したのだろう。
魔王城の中に入っても人影はない。
静かで、生き物の気配は感じられないのに、どこからともなく視線を感じる。
ローブの下でブローチが胸にあることを確認する。
漆黒で彩られているが、城自体はごく普通のもののように見える。
魔将ディヴァロは無言でわたし達を謁見の間まで導いた。
開かれた扉の向こうにあった謁見の間は天井も高く、室内も広い。
上のほうにはいくつもの旗が掲げられ、謁見の間を奥へ進めば、正面に玉座がある。
そこに女性が座っていた。
ややくすんだ金髪に黒い二本のツノを持つ、美しい女性だった。
……あれが魔王……?
近づくと、その玉座が大量の人骨で作られていることに気付いた。
肘置きに頬杖をつき、魔王だろう女性が悠然と微笑む。
「──……久しいな、勇者リュカよ」
艶のある声に呼ばれ、リュカ様が玉座を見据える。
「二年ぶりだな──……魔王レヴェンデリン」
「妾の名前も覚えているか。……なるほど、あの魔法を解くとはさすが勇者」
「やはり、あの時俺を封じたのはお前か」
ふふ、と魔王がおかしそうに笑う。
「他に誰がいると? もう二度と戻ってはこないと思っていたが、妾の考えもちと甘かったか」
魔将ディヴァロが魔王のそばに移動すると、少年魔族──……魔将エルゼルも現れる。
魔将エルゼルがベーっと舌を出し、膝をついて魔王の足元にくっつく。
対照的に魔将ディヴァロは魔王のそばに静かに控えた。
「こうしていると二年前のあの日を思い出す」
「ああ、まったくだ」
「だが、此度は勇者二人とは……王国もよほど妾達が鬱陶しいようだの」
「それはそちらも同じことだろう」
リュカ様の言葉に魔王が愉快そうに笑みを深める。
「当然よ。……そなた達人間の薄汚さや身勝手さに我ら魔族がどれほど苦しめられたか」
口元は笑っているのに、目元は微塵も笑っていない。
その威圧感に勇者様が拳を握る。
「しかし、魔族も人間も無限ではない。殺し合い続ければ、いつかは共倒れとなる」
「だから俺達とお前達、勇者と魔王で決着をつけると?」
「そうだ。そもそも、そなた達が負けた後、妾に敵う者など人間にはそういない。そうして妾が負ければ、魔族とて同じことよ」
魔王が背もたれから体を起こすと魔将エルゼルが膝から離れる。
「妾が勝てば、王国に侵攻し、王族を皆殺しにする」
はっきりとした魔王の言葉は静かなものだった。
「そなた達が勝てば妾は死に、魔族の侵攻は収まる」
「だが、それは一時的だ」
「そうだのう。次の魔王となった者がどうするかは妾にも分からぬ。人間の国に攻め込むやもしれぬし、魔族領内でひっそりと過ごすかもしれん」
魔王が肩をすくめたが、リュカ様は鋭い眼差しを向けたままだ。
「魔族は人間よりも仲間意識が強い。……諦めるとは到底、思えない」
「その可能性は大いにありえる」
魔王は否定しなかった。
感じる魔力も、威圧感も、強大な敵だと伝わってくる。
それなのに、どうしてか──……魔王から感じるのは空虚さだった。
その感覚が何なのか考えるよりも先に、リュカ様が剣を抜く。
「俺は勇者だ。……魔王を討ち、王国に平和をもたらす」
「妾は魔王。故に、そなた達人間を滅ぼしてやろうぞ」
魔王が玉座から立ち上がる。
勇者様達も武器を構え、わたしも両手を組んで祈る。
……どうか、リュカ様達に力を……。
祈りが天に届き、昇華していくのを感じる。
二人の魔将と共に、魔王が上段からゆっくりと下りてくる。
「二年前の因縁をここで果たす。……ハルト」
「分かってる、リュカ!」
勇者様がリュカ様の横に立った。
二人の勇者と魔王が対峙する。
「来るがよい」
魔王の言葉に、リュカ様と勇者様が剣を携え、駆け出した。




