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前勇者と現勇者 / 再会

* * * * *






「話がある」




 勇者に声をかけられ、リュカは振り返った。


 訓練場で騎士達と手合わせをしているところだったが、勇者の真剣な表情に手を止める。




「なんだ」




 勇者がグッと拳を握り、まっすぐにリュカを見た。




「オレはセレスティアが好きだ!」


「知っている。だが、渡すつもりはない」


「っ、それでも好きだ! アレンが、あんたはオレより強いって言ってた……だからこそ、あんたと戦いたい! すぐに諦めるなんてできないけど、セレスティアを任せられるくらい強いのか知りたい!」




 その言葉にリュカは頷いた。




「いいだろう」




 これは決闘に近いものなのだろう。


 この勇者がそれでセレスティアを諦めるなら、リュカは何度でも戦うつもりだ。


 周囲の騎士達が「決闘だ」「二人の勇者様の決闘だ!」と盛り上がり出す。


 勇者の後ろで守っている聖女レイアは心配そうだ。




「誰か、アレンを呼んできてくれないか? 俺達が本気で戦うと周囲に被害が出かねない」


「は、はいっ」




 近くにいた騎士が急いで駆けていく。


 聖女レイアが「ハルト……」と声をかけ、勇者が「ごめん」と返事をする。




「でも、これはオレが前に進むためでもあるんだ……」


「そうだろうな。……俺としても、いつまでもセレスのそばに余計な虫がいるのは気に食わない」




 セレスティアは優しいから何も言わないだろうが。


 リュカの言葉に勇者が「虫って……」と何とも言えない顔をした。


 そんな話をしているとリュカの名前を呼ぶ声がした。




「リュカ様……と、勇者様? どうかされたのですか?」




 魔将エルゼルの襲撃から一週間が立ったが、あれ以来、リュカと勇者が話すことは滅多になかった。


 互いに相手を牽制し、特にリュカは勇者ハルトをあまり好ましく思っていない。


 それもあって互いに話すことは避けていたので、こうして二人で顔を合わせている様子にセレスティアが驚くのも無理はなかった。


 近寄ってきたセレスティアにリュカは微笑んだ。




「大したことではない。勇者と決闘をしようという話になっただけだ」


「決闘?」




 セレスティアが驚き、そして察した様子で困り顔をする。




「勇者が俺の力を確かめたいらしい。それだけだ」


「リュカ様、あまりご無理はなさらないでくださいませ」


「大丈夫だ。セレスが祈り続けてくれたおかげで今、人生で一番力を感じるんだ」




 ありがとう、とセレスティアを抱き寄せ、その額に口付ける。


 勇者が文句を言いたそうにしていたが、気付かないふりをした。


 そうして、アレンと勇者のお目付け役の騎士がやってきた。




「リュカとハルト君が決闘するんだって〜?」


「ああ、そうだ。訓練場に防御魔法をかけてくれ」


「なるほどね〜」




 アレン様が訳知り顔で頷き、詠唱を行う。




「セレスはアレン達と共に防御魔法の外で見ていてくれ」


「はい」




 セレスティアの背中をそっと押して、アレンのほうへ行くように促す。


 たとえまだリュカより弱いといっても、勇者ハルトは一般人よりは力がある。


 戦いの中で何が起こるか分からないので防御魔法で囲ってもらっていたほうが安心だし、リュカもそのほうが力を出しやすい。アレンの防御魔法ならそう簡単に崩れることはない。


 セレスティアがアレン達と共に訓練場の端、防御魔法の外に出た。


 騎士達も外に出て、訓練場の中にリュカと勇者ハルトが残される。


 勇者ハルトが剣を抜いた。




「オレは本気でいく」




 感じる強い魔力は、確かに『勇者』の器なのだろう。


 リュカも剣を握り直し、構える。


 前勇者として、セレスティアの婚約者として、リュカも手を抜く気はない。


 


「──……来い」




 今代の勇者がどれほどの力か、興味があった。






* * * * *






 カンッ、キンッ、キィンッと剣同士がぶつかり合う音が響く。


 勇者様は動きが速い。目で追うのがやっとで、力もあるようだ。


 でも、リュカ様は焦った様子もなく、冷静に剣を交えている。




「『炎よ、敵を穿て!』」




 剣を交えながら、勇者様が詠唱する。


 それにアレン様が「おっ」と声を漏らした。




「前に言ったこと、ちゃんと覚えてたみたいだね〜」


「前……戦う際に魔法も同時に使えないと、という話ですか?」


「そうそれ。リュカは戦闘中の同時詠唱が使えるから、ハルト君みたいに詠唱に集中しちゃうと隙だらけなんだよね〜。普段は僕達がそこを補ってるけど、一人で戦うこともあるだろうし〜?」




 勇者様の放った火の玉をリュカ様が難なく剣で断ち切った。


 それに見ていた騎士達が「魔法を斬った……!?」と、どよめく。


 勇者様は「マジかよ!」と言い、剣を構え直す。


 リュカ様がぐっと身を低くする。




「今度はこちらから行くぞ」 




 そして、リュカ様が地面を蹴った。


 たった一歩の歩幅が驚くほど広く、瞬きの間に勇者様にリュカ様が迫る。


 ガキィンッと派手な音を立ててリュカ様と勇者様の剣が重なり、つば迫り合う。




「『赤き炎よ、剣にまといし──……』」




 勇者様の剣を弾きながらリュカ様が詠唱する。


 それに勇者様も詠唱を行う。




「『氷よ、槍となりて──……』」




 キィンと剣がぶつかり、互いに距離を取る。


 そしてリュカ様が勇者様に駆け出し、その手に持った剣が炎に包まれる。


 勇者様が手をかざし、リュカ様に向けて氷の槍をいくつも放つ。


 放たれた氷の槍をリュカ様が剣で砕く度にジュッ……と音が聞こえた。


 全ての槍をリュカ様は砕きながら勇者様に迫り、炎の剣を振る。




「っ……!」




 勇者様が息を詰める音がした。


 リュカ様のほうが、勇者様よりずっと速い。


 明らかに勇者様のほうが押されている。




「……リュカ、本当に前より強くなったんだね〜」




 そんな様子を眺めながら、アレン様がぽつりと呟く。


 その表情はどこか寂しげであった。




「元々強かったけど──……いつか、僕達のほうが置いていかれちゃうね」


「リュカ様は、アレン様を置いて行くことはないと思います」


「あれでも優しい男だからね〜」




 勇者様がどんどんと押され、防御魔法の端に追いやられていく。




「勇者ハルト、君の実力はその程度か?」


「くっ……まだだ! オレの力はこの程度なんかじゃない!」




 戦う二人を──……勇者様を、レイア様が心配そうに見つめている。


 この決闘はわたしにとっては複雑な心境のものだった。


 わたしはリュカ様の婚約者で、リュカ様を愛していて、勇者様に想いが向かうことはない。


 でも、勇者様はわたしに恋をしていて、諦められずにいる。


 その戦いを見ているレイア様がどのような気持ちなのか。


 アレン様が「ハルト君も頑張ってるけど、そろそろ終わりかな〜?」と言う。


 それに顔を戻せば、勇者様が地面に座り込み、リュカ様の剣が向けられていた。




「勇者ハルト、君はまだ弱い」




 リュカ様の言葉に勇者様が唇を噛んだ。




「だが、強くなる余地はある」




 リュカ様が剣を下げ、鞘に戻す。




「これからしばらく、俺が君を鍛える」


「あんたが……?」


「そうだ。俺達の仲がどうであれ、目指す先は同じだ。『魔王を倒す』ために共闘するべきだろう」




 勇者様が考えるように一瞬俯き、すぐに顔を上げた。




「オレは負けた。……あんたの強さはよく分かったよ」




 差し出されたリュカ様の手を取り、勇者様が立ち上がる。


 アレン様が防御魔法を解き、騎士達がワッと歓声を上げる。




「ハルト様とリュカ様、二人の勇者だ!」


「勇者様が二人ならきっと勝てる!」


「ハルト様! リュカ様!」




 騎士達の興奮に勇者様が目を丸くして、リュカ様が苦笑した。


 レイア様がハルト様に駆け寄っていき、わたしもリュカ様に歩み寄る。




「お疲れ様でした、リュカ様」


「セレス」




 リュカ様にギュッと抱き締められる。




「あっ! またくっついてる!」


「婚約者だから当たり前だ」


「あんたの強さは認めたけど、セレスティアの婚約者としては認めてないからな!」


「……面倒臭い奴だな」


「なんだと!?」




 そばに来た勇者様が騒ぎ、リュカ様がうるさそうに眉根を寄せる。


 けれども決闘前の険悪な雰囲気はない。


 戦ったことで、お互いの心境に変化があったそうだ。




「君に認められる必要はない」


「っ、ほんっとうにムカつくヤツだな!」




 勇者様が突っかかって、リュカ様がそれを受け流しているが、雰囲気は和やかだ。


 それがなんだかおかしくて笑ってしまう。


 釣られたのかレイア様まで笑い出し、それが広がっていく。


 リュカ様と勇者様も顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。


 ……こんなに心穏やかになれる日が来るなんて。


 そっとリュカ様の手に自分の手を重ねれば、しっかりと握り返された。


 この手の温もりをもう二度と手放したくない。






* * * * *






「ローゼンハイト侯爵令嬢にお客様です」




 それに返事をして立ち上がり、横にいたリュカ様に声をかけた。




「リュカ様、会っていただきたい方々がおります」


「俺に?」


「はい。……一緒にまいりましょう」




 立ち上がったリュカ様に手を差し出せば、当たり前のように手が重ねられる。


 二人で門に向かう。途中で騎士達とすれ違う度に微笑ましげな顔をされた。


 ……ちょっと気恥ずかしいけれど。


 人目を気にしてリュカ様と離れるほうがもっと嫌だ。


 門に着くと二つの人影があった。




「リードさん、ハンナさん」




 声をかければ、二人がこちらに気付き、リュカ様を見て表情を明るくする。




「ローゼンハイト様……リュカ様!」


「ああ、リュカ様……!」




 二人に名前を呼ばれたリュカ様はキョトンとして、でもまじまじと夫妻を見た。




「……もしかして、クレフェンス村の……?」


「はい、リードといいます! こちらは妻のハンナです!」




 リードさんが嬉しそうにリュカ様の手を取り、しっかりと握手を交わす。




「リュカ様、あの時助けていただいたこの子はこんなに大きくなりました」




 ハンナさんが抱えている子の顔をリュカ様に見せた。


 子供と目が合ったリュカ様が、目を丸くする。


 そして、優しく笑った。




「そうか、無事生まれたんだな」


「はい、ヨハンといいます。リュカ様、どうかこの子を抱いていただけませんか?」


「それは構わないが……」




 そろりと手を伸ばしたリュカ様に、ハンナさんが笑顔で子供を預けた。


 長身のリュカ様が子供を抱くと、小さな子がより小さく見える。


 子供──……ヨハン君はぱっちりとした目でリュカ様を見上げた。


 小さな手が伸びて、リュカ様の鮮やかな赤い髪を掴む。




「……ああ、この子は魔力があるようだ」




 リュカ様が小さく笑い、腕の中のヨハン君を見た。




「きちんと修練を積めば、魔法を使えるようになるだろう」


「まあ、本当ですか?」


「俺もハンナも魔力はないはずですが……」


「魔力は必ずしも両親から受け継がれるわけではない。たとえば二人の両親やそのまた親、それよりもっと前の先祖に魔力持ちがいれば、魔力を持った子が生まれることがある。……教育を受けさせたいなら、洗礼後に冒険者ギルドに通わせるといい。見習い冒険者の育成も行っているから、きっとこの子の役に立つ」




 リードさんとハンナさんが嬉しそうに頷いた。


 誰もが魔力を持っているわけではないため、魔力があれば、魔法士になれる。


 魔法士になるほどの魔力量がなくても、魔力で身体強化をして冒険者として活躍する者もいる。


 少なくとも、ヨハン君の将来の選択肢は広がるだろう。


 リュカ様がヨハン君に微笑む。




「よく食べて、よく寝て、遊び、学んで──……健やかにな」




 ヨハン君は眠くなってしまったのか、ウトウトしている。


 リュカ様はヨハン君をハンナさんに返した。




「あの時は助けていただき、ありがとうございました」


「感謝をお伝えするのが遅くなり、失礼いたしました」




 二人が深々と頭を下げ、リュカ様が首を横に振った。




「気にするな。……元気な姿を見せてくれて、俺のほうこそありがとう」




 そう言ったリュカ様の嬉しそうな表情に、二人も笑顔になった。


 そうして、二人は荷馬車に乗って帰っていった。


 わたしとリュカ様とで荷馬車を見送る。




「子供って意外と重いんだな」




 リュカ様が言い、抱き寄せられる。




「セレスもありがとう。……君が二人を呼んでくれたんだろう?」


「はい。……二人だけではありません。ここまでの道中、どの街や村の方々も、誰もがリュカ様にまた会いたいと言っていました」


「そうか」




 森の向こうに消えていく荷馬車をリュカ様はジッと見つめている。




「……彼らの平和を守るためにも、魔族との因縁は断ち切らなければ」




 そっと、わたしもリュカ様に寄り添った。




「何があろうとも、最後までおそばにおります」


「セレスがいるなら絶対に死ねないな」




 リュカ様を見上げる。




「約束を守ってくださるのでしょう?」




 わたしの言葉にリュカ様が柔らかく微笑んだ。




「もちろん」




 ……魔王を倒し、今度こそ結婚する。


 そのために、わたしもいっそう祈りに力を入れなければ。






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― 新着の感想 ―
 戦いのシーンがとても良くわかりました。魔法を使いながら剣で戦うのを表現するのって、今まであまり気づけなかったのですが、現実にはないことなのでひょっとしてとても大変なのでは、と思ってしまった次第です。…
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