99 閑話 駐屯地では・・・・・・
本格的な攻略船を前にして戦争は一旦お休みです。果たして駐屯地では何があるのでしょうか・・・・・・
輸送艦〔ひゅうが〕のCICでは・・・・・・
美鈴が敵の攻撃機を追い払ってから30分後、モニターには中華大陸連合海州航空基地周辺の衛星画像が送られてきた。元々解像度の高い画像をコンピューター処理してあるので小さな建物でも完全に判別できるんだけど、それを見た艦長さんが言葉を失っている。
「そんな馬鹿な・・・・・・」
もちろん艦長さんだけではなくて、この場にいるレーダー要員や通信兵も一様に無言になっているのだった。その理由は当然ながらモニターに映し出された画像にあるのは言うまでもない。
「これはさすがに不味いな」
司令官さんまで眉間に2本皺を増やして難しい顔をしているよ。確かに俺から見てもこれは相当な被害が出ているのが容易に想像できる画像だ。基地にあるはずの建物や駐機していた航空機が根こそぎひしゃげているのだ。それもあらゆる方向から力を加えられたようにぐしゃぐしゃになって全く原型を留めていなかった。
「予想以上の威力になっていしまったわね」
「美鈴、さすがにこれはどうかと思うぞ」
対してこの惨劇を生み出した美鈴は平常運転の模様だ。清ました表情で冷静に結果だけを受け止めているよ。
「通常は地面の方向のみに働く1Gの重力に釣り合うように構造物が設計されているんだけど、上空から襲い掛かったより強力な重力によって全てが上方向に引き裂かれたかのようね。次回から使用する際には参考にさせてもらうわ」
確かに美鈴の言葉通りに画面に映る構造物は一旦上方向に強力な力で持ち上げられて、それから地面に叩き付けられたかのようだ。上空から飛来してきた重力機雷の爆発に為す術なく破壊されている。そしてそれは何も建物だけではなかった。迷彩模様の何かが多数地面に横たわっている様子が画像には映っている。こちらは原形を留めていない無数の死体だ。その姿は圧縮されたりバラバラになったり様々だ。おそらく10Gの重力に曝された瞬間に体中の骨格が砕けてしまったのだろう。
その上備蓄してあった燃料に引火して所々で大きな炎が上がっている。静止画なので燃え広がる様子はわからないけど、これだけの炎となると可燃物を全焼しない限りは鎮火しないのではないだろうか。
これだけならば航空基地が何らかの原因で全滅したということで済ませられるのだが、問題は何百万発という重力機雷が精密とは言えない誘導で周辺一帯にばら撒かれた点にある。市街地が広範囲に破壊されているのであった。その光景はまるで大地震が直撃したかのような酷いものだ。基地同様に街にあった建物は瓦礫の山に変わっていて、その場には生き残っている人の姿は確認できない。
ちなみに海州航空基地は台湾の南西の大陸対岸に所在している。俺たちが攻略を目指している海南島よりも500キロ以上北東の方向だ。ここは今回の作戦では空軍の出撃基地としてマークはされていたものの、攻撃目標には指定されていなかった。それが美鈴の魔法1発でこの有様なのだから、ひゅうがの乗組員が口をあんぐりと開いているのも仕方がないか。
「西川訓練生、楢崎訓練生、2人とも別室に行くぞ。私について来い」
「「了解しました」」
司令官さんは相変わらず厳しい表情のまま俺たちに命じる。俺たちはその後について小さな会議室へと入っていく。
「西川訓練生、敵の攻撃機ならびにミサイルの迎撃ご苦労だった。第1艦隊がこうして無事でいるのは貴官の活躍によるところが大きい」
「ありがとうございます」
さすがに司令官さんに面と向かってだと美鈴は大魔王モードを引っ込めて素の状態に戻っているな。ところでこんな場所に連れて来て司令は何を話すつもりなんだろう。
「さて、今回の攻撃では一般市民に相当な被害が出てしまったようだ。たとえ敵国といっても非戦闘員に被害が出るのは好ましくはない結果だ」
「申し訳ありません」
その指摘以前に市民に被害を出すのは好ましい結果ではないと俺も美鈴も当然承知している。ただしすでに結果が出てしまったものを今更どうすることも出来ないというのが正直な俺の心境だ。美鈴もおそらくは同じだと思う。
「さて2人ともある程度は自覚しているとは思うが、お前たちはこの地球すらも易々と滅ぼせる能力を持っている。その結果としてどのような事態が引き起こされるかわかっているか?」
「敵ならば遠慮なく滅ぼせばよいのではないでしょうか」
さすがは大魔王様です。司令の質問にあっさりと自分の戦いの哲学を披露したよ。対する司令の眉間の皺は依然として消えてはいないな。
「その考え方は私も一定の理解を示している。だが敵を殲滅するだけが戦争ではない。現代の地球には戦争の上に国際政治という厄介なものが圧し掛かっているのを理解してほしい」
「国際政治ですか」
「そうだ。ことに広域に存在するあらゆる物を破壊する西川訓練生の力は核兵器に匹敵するといえよう。もちろん楢崎訓練生も同様だ。だがその力の存在は敵だけではなくて味方にも疑念を抱かせるのには十分過ぎる」
「味方というとアメリカですか?」
「そうだ、たった1人の人間の能力が核兵器に匹敵するとわかったら、アメリカとして心中穏やかではないだろう。それだけではないぞ、中立国が懸念を表明することも考えなくてはならないし、そもそも中華大陸連合が今回の件を『大量破壊兵器を用いた犯罪行為だ!』と声高に宣伝する可能性もある。これらを常に頭に入れて、我々帰還者はその能力を適切に運用しなければならない。世論に敏感でいないと味方に足を引っ張られる結果に繋がるぞ」
「わかりました、なるべく自重します」
さすがにこれだけ理詰めで説明されると、大魔王様も司令に白旗を揚げるしかないようだな。アメリカが俺たちの存在を警戒して仮に食糧の輸出を停止する措置に踏み切ったら、それだけで日本中が干上がってしまうんだ。俺たちの肩には1億人の日本人の生命が懸かっているというのをもっと自覚しないといけなかったようだ。情報ネットワークが格段に発達しているという点では、異世界のように少数の人間だけが重要な情報を独占は出来ない。この点では異世界流の考え方は現代の地球では通用しないということなんだろう。俺もこの点を踏まえて自重の上に自重を重ねるしかなさそうだ。
「話は以上だ。戦闘指揮所に戻るぞ」
「「了解しました」」
さすがは長らく国防の最前線に立っているだけのことはあるな。司令官さんの言葉には重みがある。ただおっかないだけではなくてこういう所が人間としての深みというものかもしれないな。俺なんかあと何年経験を重ねれば追いつけるんだろうか? うーん・・・・・ たぶん追いつけないだろう。何しろ俺の頭って遺伝的にはあの妹と同じだし・・・・・・
こうしてCICに戻ると、艦長以下の面々はようやく立ち直って通常業務に戻っている。
「神埼大佐、大魔王様の力があれば敵の航空攻撃も脅威ではないようです。我々はこの場から最短距離でダナン軍港に向かって補給を受けてから出撃します」
「そうか、後は任せる。敵の襲撃があったらすぐに呼び出してくれ」
こうして俺たちは与えられている私室に戻っていく。それにしても今回は色々と考えさせられる出来事だったな。美鈴に話し掛けようとしたら、彼女も1人で考えたいらしくてそのまま部屋に篭ってしまった。
こうして俺たちは一路ベトナムのダナン軍港を目指すのだった。
話は少し戻って、さくらが玉藻の前をペットにして連れ帰った翌朝の富士駐屯地では・・・・・・
「おーい! ポチとタマ! 迎えに来たよ!」
我は天狐、祠の外で主殿の声が響き、新たな袴に身を包みこれから目通りするところである。扉を開いて外に出ると、主殿はいつもと変わりないお姿で立っていらっしゃる。我に続いては新たに隣に造り上げた祠から我が姉上も姿を現す。
「主殿、お迎え感謝いたしまする」
「妾も主殿に見えて嬉しいのじゃ!」
「ふむふむ、タマもすっかりここの暮らしに慣れたみたいだね」
「主殿のおかげで取り取りの夕餉を馳走になれば、妾は文句あるはずもなかろうというものなのじゃ!」
姉上はどうやら昨夜召したキツネうどんが気に入ったようであるな。あの味こそが万物の頂点であると我は信じて止まぬものである。さて、それでは主殿とご一緒に外に出るとしようか。
外に出ると早速頭上からバサバサという羽音が聞こえてまいる。いつものように八咫烏が地に降り立ってくるな。
「イイ天気! 今日ハキンピラガ食ベタイ!」
「おやおや、カラスが登場したね! 何か変わったことはないかな?」
「平和ナ日! キンピラ日和! 早ク食ベタイ!」
「なるほど、何もなさそうなんだね。それにしてもこのカラスは段々口が肥えてくるね」
主殿、カラスの口が肥えているとは我は納得がいきませんぞ! その証にこの者は未だにキツネうどんを口にしておりませぬ。あの味を召さぬ限りは、真の美味には辿り着けぬものでありまするぞ。
「まあ平和ならそれはそれでいいかな。ちょっと退屈だけどね。それよりも早く食堂に行くよ! 美味しい朝ご飯が待っているからね!」
「主殿、お待ちくだされ! 音よりも早く走られてはさすがに追いつけませぬ!」
「妾も急ぐのじゃ!」
こうして我ら主従は主殿を追いかけて食堂に向かうのであった。主殿に置き止められぬよう走ったので、朝から中々良き具合に体を動かしたものであるな。
食堂では・・・・・・
お久しぶりの登場です! 私はフィオ、寝起きでややボーっとしているんだけどこうして食堂で朝ご飯に手をつけようとしているところよ。外ではいつものように賑やかな物音がしているわね。ちょうどさくらちゃんが大急ぎで駆け込んで来る時間だわ。
「今日も朝からいっぱい食べちゃうよー! あれ? ポチたちを置いてきちゃったね。まあいいか、どうせ後から来るよね。さてさて、早速列に並んじゃうよー!」
どうやら朝ご飯が待ち切れなくて天狐たちを置き去りにしてきたようね。でもさくらちゃんの所業だから仕方がないわ。ただ、昨日ペットにしたばかりの玉藻の前を放置するのはさすがに不味いんじゃないかしら。
「フィオさん、さくらちゃんは朝から騒がしいですね」
「明日香ちゃん、今更気にしてもしょうがないわ。諦めて私たちもご飯をいただきましょう」
「そうですね、一々気にしていたら負けですよね」
さくらちゃんに遅れて天狐たちも食堂にやって来て、いつものように賑やかな朝の食事が始まります。そしてその最中に・・・・・・
「さくらちゃん、今日は私たち非番なんですよ」
「んん? 明日香ちゃん、そうだったかな?」
「全然覚えていないんですね! だからさくらちゃんはバカなんです!」
「なんだとぉぉぉ! こんなに賢い私を捉まえて『バカ』とは失礼だよ!」
「バカはバカなんですから諦めてください! それよりもどこかお出掛けして美味しい物を食べましょう!」
「なんですとぉぉぉ! 明日香ちゃん、それはナイスアイデアだね!」
さくらちゃん、本当にそれでいいのかしら? 『バカ』と連呼されたのがすっかりなかったことになっているわよ! そんなに簡単に食べ物に釣られるというのは、私から見ると不安しか感じないんだけど・・・・・・ しょうがないか、さくらちゃんだし。
「フィオさんも非番ですよね。一緒に出掛けましょうよ!」
「えっ! えーと、どうしましょうか・・・・・・」
明日香ちゃん、いきなり私に振らないでよ! 心の準備が全然出来ていないでしょう! さくらちゃんという爆弾と明日香ちゃんという地雷をいっぺんに抱えて出掛けるというのは、この大賢者を以ってしても大変な困難が伴うのよ。
「うんうん、フィオちゃんも一緒なら楽しそうだよ!」
「そうですよ! 絶対に楽しいです! それじゃあ今日は3人でお出掛けするということに決定しました!」
私が意見を表明しないうちにあれよあれよという間に勝手に話がまとまってしまったみたい。こうなるとさすがに断り難いじゃないのよ! なんでしょう? この頭の中に鳴り響くアラームの音は。きっと良くないことが起きるに違いないわ。でも爆弾と地雷のコンビを2人っきりで送り出すよりも、せめて私が一緒だったら事件を未然に防げるかもしれないわね。
はぁ、それにしても気が重いわ。やんちゃな小学生を引率する担任の先生のような気分よ。この2人は何を仕出かすかわからないから、本当に気が抜けないのよ。
「今日は私は出掛けるから、ポチとタマには売店で好きな物を買ってあげるよ。大人しく祠で留守番をしているんだよ!」
「主殿の心遣い、真に感謝いたしまする」
「妾はまだ食していない物を味わってみたいのじゃ! その売店とやらに何が置いてあるのか楽しみじゃ!」
さくらちゃんは朝ご飯を終えるとペットを引き連れて売店で買い物をしてから戻ってくるそうよ。その間に私たちは出掛ける支度を済ませておきましょうか。さくらちゃんのようにお財布だけ持ったら準備完了という訳には行かないんだから。髪を整えたり服を着替えないとならないんですからね。あっ、そうだったわね! 魔公爵さんにリディアとナディアの訓練も頼んでおかないとね。
私室に戻って着替えを終える。外は結構寒くなっているから、そろそろ厚手のコートが必要かしら。特にここは朝晩の冷え込みが厳しいのよね。富士山の裾野で標高が高いせいね。せっかくだから服も見てみたいけど、さくらちゃんがいる以上のんびりと買い物をして回る時間はないかもしれないわね。
宿舎の入り口で待ち合わせをしていると、ちょうどそこにカレンが通り掛るわ。
「あれ、フィオさん! 今からお出掛けですか?」
「ええ、今日は非番だからさくらちゃんたちと一緒に出掛けるのよ」
「そうなんですか。私も非番でこれから自宅に戻るところなんです」
新たな犠牲者発見! 私1人で爆弾と地雷を抱えるのは荷が重いから、ここはなんとしてもカレンを引き込んでしまいましょう!
「ちょうど良かったわ! カレンも一緒に出掛けましょうよ」
「えーと・・・・・・ それはどうしましょうか」
躊躇う気持ちは痛いほどわかるわ。何しろさくらちゃんが一緒にいる限りはアクシデントに自分から飛び込んでいくようなものですから。でもここで見つけた獲物を手放す気は私には更々ないんですからね!
その時・・・・・・
「おやおや、カレンちゃんもいるんだね」
「カレンさん、おはようございます」
準備を整えたさくらちゃんと明日香ちゃんが連れ立ってやって来たわね。カレンの表情は心持ち引き攣っているけど、ここで情けを掛ける大賢者ではないのよ!
「さくらちゃん、カレンも非番なんですって。一緒に出掛けましょうか」
「それはいいね! カレンちゃんも行こうよ!」
「人数が多いほうが楽しいですから」
私の誘い水にさくらちゃんと明日香ちゃんが乗っているわね。さあ、カレン! この状況であなたに断る勇気はあるかしら?
「そ、それではご一緒します」
こうして押し切られるようにして、カレンも含めて4人で駐屯地を出発するのでした。それにしても獣神と天使と大賢者とあまり役に立たない謎の能力の持ち主という、傍から見ればとんでもない組み合わせよね。どうか何事もなくこの駐屯地に戻ってこれますように・・・・・・
お盆前に仕事が忙しくて予定していた週末の投稿が出来ずに申し訳ありませんでした。次回はいよいよこの小説の100話目を迎えます。投稿は次の週末の予定です。どぞお楽しみに!
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