91 玉藻の前の運命
本性を現した玉藻の前に対するさくら、果たして決着はどうなるのか・・・・・・
「真壁少尉、さくら訓練生はあのような正体を露にした大妖怪に果たして勝てるのでしょうか?」
立石兵曹が私に向かって不安そうな眼差しを向けてくる。我々がいくら陰陽師としての修練を積んでいるとは言っても、日本の3大妖怪に挙げ連ねられる玉藻の前の本体を目の前にして臆病風に吹かれるのも無理はないだろう。
化け狐の姿に戻った玉藻の前は、以前駐屯地でバンパイアと対峙した時にその正体を顕現した天孤よりも数段上の妖力を周囲に放っている。その体から撒き散らされる妖力だけで容易に人を呪い殺せるだけの力を感じさせている。
確かに玉藻の前の力は尋常ならざるものだとわかるのだが、実は私にはさほど不安はない。なぜならあの日、私は見てしまったのだ。施設見学で初めて駐屯地の地下通路に案内した時の話だ。さくら訓練生は嬉々として土蜘蛛をサンドバッグの代わりにして遊んでいた。それだけではなくて、駐屯地に侵入してきたバンパイアも遊び半分で倒したのだった。あの姿は私から見ても本当に衝撃的だった。あれ程の価値観がまるっきり崩壊するような経験など人生の中でも早々目にする機会はないだろう。
日本の3大妖怪と並び称される玉藻の前が人知を超える力と恐怖を周囲に振り撒いているならば、さくら訓練生は正に神に匹敵する力の持ち主。見事に玉藻の前を調伏してくれるだろうと私は信じて疑わない。
「立石、安心するんだ。さくら訓練生はまだ準備体操も開始していないぞ。恐らくその本領を発揮する前に方が付くのではないかと私は考えている」
「ほほう、さして力のない陰陽師風情ながら、我が主殿に対して中々正しき見方をしているものであるな」
突然私の背後から天孤の声が響く。そうだった、今この場は天孤が張っている結界の内部であったのを失念していた。さくら訓練生のあまりに破天荒な戦いぶりに少々気を取られ過ぎていたようだ。そうだ、ついでに気になっていたあの件を天孤に聞いてみよう。
「天孤殿、果たして君はどちらを応援しているんだ? 実の姉と現在の主人がこうして争っているのを見て何を思う?」
「知れたことを聞くでないぞ。姉上に対するは我が幼き時分に多少の肉親の情を抱いていたに過ぎぬ。それなるに比ぶれば、主殿から受けた大恩の数々はこの地上に並びなきものなり! 我が主殿の恩の前には肉親の情など吹けば飛び去る風花なり」
「そうなのか、複雑な心中なのかと思っていたが」
「野良の犬猫でさえも餌を前にして同胞で争うなり。我ら妖孤にとりて肉親の情などその程度の物なり!」
なるほど、ここまでキッパリと言い切るということは天孤は心からさくら訓練生に心酔しているのだな。もしもこの場で天孤が裏切ったらという一抹の不安があったが、ようやくこれで払拭出来た。いくら陰陽師といえども、妖怪の心情まで理解している訳ではないからな。
「どうやら始まるようであるな。我が主殿の戦いぶりに刮目するがよいぞ」
さくら訓練生の方向に目を転じると、一歩一歩踏み込んで迫る玉藻の前が今にも襲い掛かろうと構えている。対するさくら訓練生は全く構えなど取らずに自然体で突っ立っているように見受けられる。そのあまりにも無防備な様子に若干の不安を抱いた私は天孤に見解を求める。
「天孤殿、さくら訓練生はあのような無防備な様子を見せているが、いくらなんでも玉藻の前をナメ過ぎではないのか?」
「力なき陰陽師風情にはそのように映るのであるな。真に哀れなことである。我から見れば主殿にはどこにも隙が見当たらぬ。姉上ですらも果たしてどこから攻めようかと迷いを生じているように映るものなり」
そういうものなのか? これは恐らく並の人間にはわからない次元の話なのであろう。この場に居るアイシャ訓練生ならば別の何かが見えるのかもしれないな。いずれにしても私のような凡人が口を挟める舞台ではないのであろう。その時、さくら訓練生に向かって玉藻の前が前足を振るう。さくら訓練生の小柄な体を根こそぎ薙ぎ払う勢いの強力な威力を秘めている筈だ。だが・・・・・・
「消えた・・・・・・」
私の目からさくら訓練生の姿が消え失せた。大木のような玉藻の前の前足を掻い潜って、一体どこに行ったというのだろうか? と思ったらさくら訓練生は玉藻の前の真後ろに現れた。
「まったくダメダメだね! 図体が大きくなったせいで動きが遅くなっているよ! こんなジャレ付きようしか出来ないんじゃ、私に向かって大きな口を叩くのは1000年早いね!」
どうやらさくら訓練生には必殺の威力を秘めた攻撃がただ単に動物がジャレているように映っているらしい。元々普通の人間とは掛け離れた感性を持っていると称されているだけのことはある。我々にとっては命懸けの大妖怪との戦いだが、さくら訓練生にとってみればムツゴロ○さんがライオンと遊んでいるような感覚なのかもしれない。知っているつもりであったが、こうして目の当たりにするとどうにも現実感が薄れてくるような気がする。自分は今悪い夢を見ているのではという疑念が生じてくるのだった。
「ほら、好きなだけ遊んであげるよ!」
「小童の分際なりて妾を馬鹿にするや!」
更に挑発するさくら訓練生に対して、赤々と燃え上がる目を爛々と輝かせる玉藻の前は口から火の玉を吐き出す。青々と光る巨大な狐火が着弾して轟音を響かせながら爆発するが、その場からはまたもやさくら訓練生の姿が消えている。
「まったく! 人に慣れないキツネだね! これは本格的に躾を始めちゃおうかな」
「妾に食らわれて死ぬがよかろうぞ!」
再び玉藻の前の真後ろに現れたさくら訓練生、あのような巨大な姿をした玉藻の前に一体何をするつもりなのであろうか?
「ふふん、私から見ればちょうど手頃な大きさだからね! バッチリ躾けちゃうよ!」
「手頃な大きさじゃないだろうが!」
しまった! つい冷静さを欠いてさくら訓練生の発言に突っ込んでしまった。そもそもあのような6,7メートルの巨体を誇る大妖怪を『手頃な大きさ』と言い放つのは絶対に間違っているだろう。自分がこれまで陰陽師として厳しい修行を積んできた過去がなんだか馬鹿らしく感じてくるレベルだ。さくら訓練生が間違っているのか自分の常識が間違っているのかわからなくなってくる。
「早きに食われるなりや!」
さくら訓練生に体の向きを変えた玉藻の前は、今度は口をガバッと開いて牙を剥き出して襲い掛かる。その口は人を軽々と飲み込める大きさで、炎を吐き出しながらさくら訓練生に向かっていく。
「それじゃあ躾けの続きだよ!」
だがその恐ろしい姿を見ても一向に動じることなくさくら訓練生はヒラリと身をかわすと、玉藻の前の巨大な顎の横に位置を変えて蹴り技を放つ。
「それー! とりあえず空に飛んで行けキッィィィィィィィク!」
まさかと思っていたら、世の中には信じられないことが起きるものだ。僅か1発のキックで玉藻の前の巨体が簡単に中に浮いて、上空30メートルの高さに打ち上がっている。そのままクルクル回転して倒壊した本堂の瓦礫の上に華麗な着地を決めた。濛々とした土煙を上げながら玉藻の前はピクピクしている。たったの一撃で勝敗が決してしまったかのようだ。驚きを通り越してもはや呆れるしかない。
「どれどれ、これで多少大人しくなったかな」
さくら訓練生は何事もなかったような顔で玉藻の前に近づいていく。いやいや、あんな巨体を空高く打ち上げておいて、その当たり前のような表情はどこからどう見てもおかしいでしょうが! 動きの速さに注目が集まりがちではあるが、さくら訓練生はパワーに関してもどうやら有り余るものを持っているらしい。あの小柄な体格のどこにこのような力を秘めているのか、私から見てもまったく謎の存在だ。
「さて、まずは伏せを教えてやらないといけないよね!」
さくら訓練生は無造作に玉藻の前の耳を掴む。そして・・・・・・
「伏せぇぇぇぇぇぇl!」
上空30メートルから落下したダメージでピクピクしながらも、何とか体を起こそうとしている玉藻の前の顔面をそのまま地面に叩き付けた。グシャッという音が響いて巨大な顔が瓦礫や廃材の山の中に突っ込んでいく。
「ウギャァァァァァ! 顔が! 妾の顔がぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げながら玉藻の前はジタバタしているが、さくら訓練生の万力のような腕力に押さえ込まれて一向に身動きが取れないようだ。なんだか残酷なイジメの場面を見せ付けられている気になってくるのは気のせいだろうか。
「まだまだ足りないみたいだね! それ、もう1回! 伏せっ!」
「ギャァァァァァァ! 顔がぁぁぁぁ!」
そのままさくら訓練生は玉藻の前の顔をボロ雑巾のように瓦礫に擦り付けていく。絶え間なくグシャッという音と悲鳴が境内に響き渡るスプラッターな光景がこの場に出現しているのであった。息も絶え絶えとなった玉藻の前は切れ切れな声で許しを乞い始めているようだ。
「ゆ、許して! 許してたもれ! 妾悪しきことなれば、どうか許してたもれ!」
「どうやらあと一息だね!」
そのままさくら訓練生は体内に気を込めるとさらに玉藻の前の顔を瓦礫に擦り付けていく。その気を感じ取った玉藻の前は恐怖に満ちた悲鳴を上げ始める。
「な、何が始まりならむ! お、恐ろしきものなり!」
強大な化け狐を押さえ込んでいる小柄な体のさくら訓練生というシュールな光景だが、この様子を見た天孤はしたり顔で話を始める。
「あれこそが我も心から屈服した主殿の真のお力なり! 全ての獣が主殿にひれ伏す様こそ、真に当然の姿である!」
天孤の口振りからすると、どうやらさくら訓練生は獣神の本性を発揮しているらしい。私も詳しい話は聞いていないが、さくら訓練生は異世界の獣から神と崇められる存在だそうだ。この日本でも例外なくその力は発揮されており、天孤や八咫烏を意のままに従えている。
「助けて! 助けてたもれ! このままなれば妾の体消えつるものなりぃぃぃぃ!」
「ふふん、誰が主人なのかわかったのかな?」
「わかりたるなり! どうか! どうかこの戒め解き放つなりぃぃぃぃ!」
「まだダメだね! 自分の口で『私が主人だ』とちゃんと言わないと離さないよ!」
「み、認め給うものなり! そなたは我が主殿、この身賭して従い給うものなりぃぃぃぃ!」
「よしよし、これでペットを確保出来たね。ほら、もう離してあげるよ!」
さくら訓練生は体から放出していた気を引っ込めると、玉藻の前の耳から手を放してその体を解放する。ようやく自由を取り戻したように見える玉藻の前だが、今度はさくら訓練生のペットというより厳しい足枷が取り付けられていた。
「あ、主殿は真に強き人ならむ! かように未だ息あるのが不可思議なることなり」
「だから最初から素直に私に従っていれば、痛い目に遭わなかったんだよ!」
「妾の不徳なり。主殿に勝つる様、如何様にも見えぬことなり。かように負けつるからには、主殿に従い給うものなり」
「まあ当然の結果だからね。さて、私のペットになったからには人に襲い掛かったり妖術を勝手に使うのは禁止だよ! もし約束を破ったら、今度はもっと厳しい躾をするからね。命の保障はないよ!」
「人襲わぬものなり! 妾の身賭して誓い給うものなり」
どうやら玉藻の前は完全にさくら訓練生に屈服して、身を賭して仕える誓いを立てている模様だ。私の後ろでは天孤が『うんうん』と大きく頷いている。その目はあの地下通路でさくら訓練生に仕えるようになった日を思い返しているかのようだった。その視線はなんだか遠くに向けられているから、たぶん正解なのだろう。
「それじゃあ名前を決めないとね」
「妾は玉藻の前なる名ありき」
「それじゃあ呼び難いからね。うーん、どうしようかな・・・・・・ タマでいいか!」
「主殿、妾はタマなりや?」
「うん、これでポチとタマが揃ったからちょうどいいね!」
「妾は玉藻の前が宜しからなむや」
「おや、文句があるならもう1度躾けのやり直しだよ!」
「タマで宜しからなむ!」
即答だった! それ程『躾け』という言葉は威力を持っているようだ。どうやら伝説の妖怪玉藻の前は姿を消して、この場に哀れな姿で寝転んでいるのはタマと決定した。それにしてもさくら訓練生のネーミングセンスは採点のしようがないレベルだが、この場は口をつぐんでおこう。たぶんそれが一番良いような気がする。絶対に突っ込んではならない!
「さて、このままじゃ身動きが出来ないからね。タマはまずは小さくなるんだよ!」
「あいわかったり!」
光に包まれると本堂の瓦礫の上には小さなキツネとさくら訓練生がいる。天孤もそうだが、恐らくは妖術で体の大きさを変えられるのだろう。
「タマはここでちょっと待っているんだよ! おーい、ポチ! もう結界を消していいよ!」
「主殿、承知いたしました。それにしてもお見事でありましたな。我が姉上が手も足も出ませんでしたぞ」
「このくらい軽いからね! どうってことないよ! それになんだか眠くなってきたから、手早く片付けたんだよ」
「恐れ入りました」
「ああ、それよりも親衛隊の誰かカレンちゃん特製の水を持っているかな?」
「ボス、これをどうぞ!」
「おお! ありがとうね! ポチはこれをお姉ちゃんに飲ませてきてよ! 怪我が治るからね」
「承知いたしました」
ボトルを受け取った天孤が瓦礫に近づいていくと、普通の大きさに戻った元玉藻の前と言葉を交わしているようだ。久しぶりの姉弟の対面がこのような形で行われるとは、さすがの天孤も意外であっただろうな。
「姉上、どうにも酷き有様ですな」
「青柿丸か。もはや体動かぬなり」
「これを飲めばすっかり治りまするぞ。ただの妖怪にとっては毒となる神の水でありまするが、現在の姉上は主殿に仕える身。傷を癒すに違いありませぬ」
「かくなる恐ろしき水この身が滅ばざりや?」
「心配ご無用にございまする。その顔に出来た傷すらもきれいに治りまする」
「飲ませ給うものなり! 妾の顔受けたる傷治りたらば、恐ろしき水なろうと飲みたらむものなり!」
天孤がボトルの水を飲ませると、しばらくして玉藻の前が身を起こして立ち上がる。そのまま天孤と一緒に我々が待機している場所に戻って、さくら訓練生になにやら礼を述べ始めている。
「主殿には感謝し給うものなり。妾の顔元に戻りける。真嬉しきことなり」
「傷だらけでは私のペットは務まらないからね! それからポチはタマに言葉をちゃんと教えるんだよ。このままじゃしゃべりにくいからね!」
「承知いたしました。心を大妖怪にして我が姉に現在の言葉を教えまする。まずはキツネうどんと稲荷寿司からですな!」
「何でもいいよ! ポチに任せたからね!」
これでどうやら一件落着ということで良さそうだな。さて、一応は上官としてさくら訓練生に確認しておかなければならないか・・・・・・ はぁ、気が重い。
「さくら訓練生、確認だがその玉藻の前を駐屯地に連れて帰るんだな」
「少尉ちゃん! そのためにわざわざこうして捕まえたんだからね! せっかくポチとタマが揃ったんだから絶対に連れて帰るよ!」
「そうだろうと思ったよ。すでに駐屯地には元大嶽丸も居る事だし、今更特に問題はないだろう。ただし管理はしっかりと行って欲しい」
「大丈夫だよ! 私に逆らおうという気も起きないくらいにちゃんと躾けたからね!」
「わかったよ。さあ、それでは我々はこの場を撤収しようか」
妖怪討伐部隊は寺を後にして待機場所の小学校に戻っていく。でもどうしよう・・・・・・ 本堂がきれいさっぱり倒壊して跡形もなくなったから、始末書は確実だよな。さくら訓練生が書く筈などないだろうから、やっぱり私が司令官に提出する形になるんだろうな。はぁ、本当に気が重い・・・・・・ なんだかもう嫌だ・・・・・・
こうして騒動は終結して、重い足取りで私は部隊を率いて戻っていくのだった。
次回の舞台は南鳥島に戻って聡史と美鈴に話が移ります。束の間の休暇を満喫する2人の関係に進展は・・・・・・ 投稿は今週末の予定です。どうぞお楽しみに!
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