90 さくら vs 玉藻の前
ついに玉藻の前の眼前にさくらが立ちはだかります。両者の激突は・・・・・・
我の名はポチ、主のさくら様に仕える大妖怪である。今宵グッスリと眠られておる主殿をようやく起こしたかと思ったら、音の速さよりも素早く駆け出した主殿にベッドの脇に置いていかれてしまった。いくら大妖怪たる我でもあの速さにはさすがに太刀打ちできぬものではあるが、主殿の真なる忠臣の身としては、一刻も早く合流するべく妖の気配がする方角に向かって走っている最中である。
とはいえ今回の妖怪討伐の話を聞いてから我が胸の内にはなにやら宜しからぬ予感が蠢いているのであった。そしてその予感は我が妖の気配に接近するにつれて益々強まってくるのである。だが主殿のお側に使えるは我の務めと心を奮い立たせて寺の門をくぐる。そしてそこには・・・・・・
山門の脇には陰陽師共や主殿の親衛隊を名乗る女子が固まって立っておる。その先では我が主殿がその尊きお体に漲る気を纏わせて仁王立ちされていられる。そしてその向こう側にはかつて我が慣れ親しんだ顔貌の持ち主がいるのであった。
「やはり姉上であったか!」
不覚にも我が口から言葉が漏れる。その場に立っている大妖怪こそ1000年前に生き別れになった我が姉上であった。聞く所によると帝を誑かして宮中に入り込み悪事を働き、事が露見して陰陽師に追われて何処かへと落ち延びていたらしい。いくらなんでも悪戯が過ぎるであろう。
「誰かと思うたら其処に居るは青柿丸なり。妾眠りたる間にそなたもずいぶんと大きくなりたる」
「我の幼名を呼ぶのは止めて頂きたいものであるな。今の我には主殿から賜った『ポチ』なる立派な名がある故に」
「主とは・・・・・・ そなた誰に仕えていると申すものなるや?」
「姉上の前に立たれる偉大なるお方こそが我の主殿、いかに姉上であろうとも主殿の前に打ち破られるは必定! 今のうちに潔く負けを認めるがよいかと存ずる」
「我の同胞ともあろう者、人に仕えるなど許されまじ! 情けは掛けぬ、今この場におる者捕って食らいしのち、そなたも食ろうてくれる」
「さてさて、相変わらず聞き分けなき姉上であるな。主殿の恐ろしさを骨身に刻むがよかろう」
こうして我ら同胞が言葉を交わしている間口を挟まなかった主殿がようやく我に振り返りなさる。
「うーむ、話を聞いているとあそこにいる妖怪はポチのお姉ちゃんなのかな?」
「そのとおりでございます」
「ふむふむ、これは面白くなってきたよ! それじゃあこれから躾の時間だね!」
「主殿、姉上は生来の頑固者でございます。生半可なことではその心根は折れませぬぞ」
「ポチはこれだけ私と一緒にいてまだわかっていないようだね! このさくらちゃんには不可能はないのだ!」
「御意」
こうして我は全てを主殿に託して我が姉との対戦を見守るのであった。
その時山門付近に退避しているアイシャは・・・・・・
「天孤と玉藻の前が実の姉弟ですって!」
「アイシャさん、なんだかおかしな展開になってきましたね」
私の隣にいる明日香ちゃんはさして驚いた様子もなく普通に話をしていますね。この子もさくらちゃん同様にどこかネジがぶっ飛んでいる所がありますから、この衝撃の事実を耳にしても平気なようです。私の後ろに控えている陰陽師の皆さんは口をポッカリと開いたまま愕然としているのに・・・・・・
「アイシャさん、さくらちゃんは玉藻の前をどうするつもりなんでしょうか?」
「ああ、明日香ちゃんは天孤がさくらちゃんのペットになった時の一件を知らないんですよね。あの時は天孤の心をバキバキに圧し折って従えましたから、おそらく今回も同じようになるんでしょうね」
「なんだか玉藻の前が気の毒に思えてきました」
明日香ちゃん、それは私も同感ですよ。さくらちゃんを敵に回したらその先にあるのは恐ろしい運命だけ、あのバンパイア相手に何もさせないままにその拳で消し去ってしまったんですから。まるで戦いの神そのものを体現しているのがさくらちゃんですよね。
さて、私たちはこの戦いの行方を黙って見守りましょうか。
玉藻の前と対峙しているさくらは・・・・・・
うほほー! この妖怪はポチのお姉ちゃんなんだね! ますます面白いことになってきたよ! これはぜひとも私のペットに加えてやらないといけないね! 異世界ではドラゴンをペットにしていたけど、日本では狐の妖怪くらいのサイズがちょうどいいんだよ! それに私の命令に忠実だから何でも言うことをきくしね。こんな便利なペットがもう1匹手に入るとは実にラッキーだね! 兄ちゃんたちが出撃して退屈だったけど、ペットが増えるならこれはもうお釣りが来るね!
「其処なる小童! 妾に牙剥くとは真に奇なり。この場で食い殺すものなり」
「誰が小童なのかな? ああ、そうだったよ! まだ自己紹介をしていなかったね。聞いて驚くんじゃないよ!」
まったく高々妖怪の分際で私を小童呼ばわりとは失礼にも程があるね! せっかくだから新しく考えたさくらちゃん登場のポーズでビシッと決めちゃおうかな。この場で初公開するから、後ろで見ているアイシャちゃんたちもきっと驚くよ。さあそれじゃあ派手に1発かまそうか!
「よーく聞くんだよ! この私こそ、折れない! ブレない! 迷わない! 極めつけに落ち着きない! 4拍子完璧に揃った大天才のさくらちゃんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
歌舞伎の見得を切るようなポーズでビシッとブイサインを決めるよ! どうだこのさくらちゃんの新たな登場のポーズは!
「さくらちゃん、落ち着きないって・・・・・・ 確かにそのとおりなんですけど、それって自慢出来ることなんでしょうか?」
「さくらちゃんが大天才だったら、私なんか今頃宇宙の理論を全て解き明かしていますよ」
おや、なんだか微妙な空気が流れる中で、アイシャちゃんと明日香ちゃんの声が聞こえてくるね。もしかしてこれはスベッたのかな? いやいや、そんな筈はないよね。必死で考えたんだから、何回もやっていればきっとみんな拍手してくれるよね。
「いと面妖なる小童なり。妾の前にてかような様見せるとはその気触れたるか?」
「だから小童じゃなくってさくらちゃんだよ! まったく人の話を聞いていないんだから! ほら、遊んであげるから好きなだけ掛かってくるんだよ! ポチはみんなを結界で包んでおいてよ!」
「主殿、我にお任せください」
ポチに任せておけばみんなのことを気にしないで好きなだけ暴れられるね。このさくらちゃんの暴れっぷりをその目に焼き付けるといいよ。さて、ポチのお姉ちゃんがどんな攻撃を見せてくれるのか興味が湧いてくるね。さっさと仕掛けてくるんだよ!
「よう言うたものなり。それなる覚悟に免じて火によりて焼き尽くすかな」
ほほう、お姉ちゃんは3メートルくらいある火の玉を飛ばしてきたね。まあ魔法としてはそこそこいい線いっているよ。でもこのさくらちゃんには魔法なんて効果がないんだよね。
「ふん!」
私が拳から軽く撃ち出した衝撃波が火の玉を粉々に消し飛ばしているよ。なんだかなぁ、魔法に全然捻りがないんだよね。美鈴ちゃんなんか火の玉の内部に爆裂の術式をこっそりと仕込んでおいて、火の玉が消えて一息ついたタイミングで大爆発する魔法を平気で組み上げるからね。異世界に居た時の訓練では結構手を焼いたものだよ。
それに比べるとポチのお姉ちゃんの魔法は単に威力があるだけで対処は簡単なんだよね。ほらほら、もっと攻撃してきていいんだよ!
「言うだけのことあるなり。更なる妾の妖術食らうこそ真よきかな」
おや、今度は火の玉に紛れて風の刃も放っているね。目には見えなくてもさくらちゃんは気配でわかっちゃうからね! この程度の力しか持っていないなんて、期待した分だけガッカリだよ。しょうがないから今度は私が遊んであげようかな。ペットとは遊んであげるのが一番だからね。遊んであげればすぐに私に懐いてくるよ。
「まったく全然なっていないね! 今度は私の番だよ。これから〔あっち向いてホイ〕をやってあげようかな。私が指差す方向を向いたら負けだからね! 3回勝負で全部かわしたらお姉ちゃんの勝ちでいいよ!」
「真下らぬ児戯なり。戯れなれば付き合いならむ」
しめしめ、お姉ちゃんが乗ってきたよ! 私が〔あっち向いてホイ〕で無敗を誇っているのを知らないようだね。これは気性の荒いペットを素直にさせる第一歩だよ。
「それじゃあ行くよー!」
おっとこの位置では不味いね。20メートル以上離れた場所であっち向いてホイをやっても意味ないからね。私はダッシュでお姉ちゃんの目の前に立つと、元気よく掛け声を上げるよ。
「せーの! あっち向いてホイッ!」
あれ、おかしいね? 自信を持って右を指差したのに、お姉ちゃんは左を向いているよ。どうやら1回戦は私の負けだね。でも大丈夫だよ! まだあと2回残っているからね。
「中々やるね! それじゃあ、次いくよー! せーの、あっち向いてホイッ!」
中々しぶといね! 私が上を指差したのにお姉ちゃんは下を向いたよ。残りは1回しかないね。どうやらさくらちゃんは追い込まれてしまったようだね。
「それじゃあ最後の勝負だよ! せーの、あっち向いてホイッ!」
ビターン!
私は右を指差すと同時に左手で華麗にお姉ちゃんの頬にビンタを決めたよ! ほら、予定通りにお姉ちゃんの顔は右を向いているよ。これで私の勝ちだね! それにしてもペットとコミュニケーションとるのは中々気を使うよね。
「明日香ちゃん、さくらちゃんは何をやっているんでしょうか?」
「アイシャさん、あれは日本の遊びであっち向いてホイといいますが、これほど強引な勝ち方を見たのはさくらちゃんと長い付き合いがある私も初めてです」
「私も薄々感じていましたが、さくらちゃんはゲームのルールを根本から覆しているようですね」
「なにしろ『私がルールそのものだ!』と言い放つ人ですから」
おやおや、ギャラリーから声が飛んでいるけどまあいいか。今私はポチのお姉ちゃんを躾けるのが忙しいんだよ。どれどれ、お姉ちゃんは素直に負けを認めたかな?
「人なる身で妾の顔を・・・・・・ 許すまじ! いかな戯れといえ真許すまじきことなり!」
おかしいねぇ? お姉ちゃんは髪の毛を逆立ててなんだか怒っているよ。素直に負けを認めればいいのにこれはよっぽど性格が捻くれているんだね。
「主殿、我が姉上は自らの顔を殊更大切にしておりました。横っ面を張られて相当に怒っているとお伝え申す上げまする」
なるほど、ポチのお姉ちゃんはいわゆるナルシストというやつだね。きっと鏡を見ながら毎日うっとりしているタイプなんだよ。ポチよりも年上なんだから1000年以上生きているんだよね。いい年なんだから顔がどうなろうと諦めればいいのに。
「この小童め、許すまじ!」
お姉ちゃんは頭に血が上った表情で私に掴み掛ってくるね。長く伸びた爪が投光機の明かりに煌いているよ。まだ反抗心が残っているとは、これは中々手が掛かるペットだね。さて、次はどんな躾をしようかな? ピコーン! いい考えが浮かんだよ! 絶対にこれしかないよ!
私は両手に嵌めた篭手で向かってくる爪を弾き飛ばすと、お姉ちゃんの鳩尾に正拳を決めるよ。
「ぐえぇぇぇぇぇぇ!」
まともに拳が入ったお姉ちゃんは体を九の字に曲げて苦しんでいるね。これでちょっとは素直になったかな? よし、芸を仕込むのは今だよ!
「お回り!」
私は体を曲げているお姉ちゃんの上体を勢いをつけて蹴り上げるよ。ほーら、お姉ちゃんはクルクル回転しながら後ろに吹っ飛んでいったね。良かったね、これで1つ芸を覚えたよ。
「明日香ちゃん、玉藻の前が回転しながら吹っ飛んでいったような気がしますが、さくらちゃんは何をしたかったんですか?」
「直前に『お回り!』と叫んでいましたから、犬が自分の尻尾を追いかけるようにグルグル回る芸をやらせたかったんだと思います」
「でも玉藻の前は縦方向に回転しながら建物に突っ込んでいきましたよ」
「さくらちゃんにとっては回る方向が縦だろうが横だろうがどちらでもいいんでしょうね。もともと大雑把で何も気にしない性格ですから。それにしても、あれだけ恐ろしかった玉藻の前が心から気の毒になってきました」
むむ、再びギャラリーの声が聞こえてくるね。まあいいか! ポチのお姉ちゃんはついに〔ギャラクシーイリュージョンお回り〕を覚えてくれたんだよ。私の躾が着実に成功している証だね。おや、ポチの顔がなんだか蒼褪めているね。きっと自分が躾をしてもらった日のことを思い出しているんだね。
「許すまじ! 妾の命に代えても許すまじ!」
あれれ? お姉ちゃんが突っ込んでいって完全に倒壊した本殿から声が聞こえてくるね。瓦礫の中からゆらりと立ち上がったお姉ちゃんが光に包まれたかと思ったら、ポチよりも一回り大きな大狐が現れたよ。体長は7,8メートルはあるのかな。金色に光る毛並みとモフり甲斐がありそうな尻尾が9本もあるね。
「主殿、あれこそが姉上の真なる姿、金毛九尾の狐でございまする」
「ほほう、ポチよりも大きいね」
「我はまだ八尾でございますから」
なるほどね、狐の妖怪は尻尾が増えるとともに強くなるって、この前ポチが教えてくれたんだよね。やっと本気になったようだね。これでこそ躾のし甲斐があるよ。さーて、ここからどうやって私に従わせるかが腕の見せ所だからね。ギャラリーの皆さん、しっかり見ておくんだよ!
目には怒りの炎を宿して、その巨体で一歩一歩近付いて来るポチのお姉ちゃんを、さくらちゃんは静かに待ち構えるのでした。
玉藻の前を完全に手玉に取るさくら、彼女の目には大妖怪といえどもペットとしか映っていないようです。果たしてその決着は・・・・・・ 次回の投稿は来週末を予定しています。
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