89 玉藻の前
久しぶりの投稿になります。姿を現した大妖怪は・・・・・・
「あれは正しく玉藻の前に違いないぞ! とんでもない力を持った大妖怪だ! 一斉に魔法弾を浴びせるんだ!」
真壁少尉の檄が飛びます! 真っ二つに割れた石碑から出てきた十二単を纏う妖怪は想像以上の相手でした。奈良で対決した大嶽丸に勝るとも劣らない強烈な妖気を周囲に撒き散らしながら、私たちに妖しい目を向けてその場に佇んでいます。
「全員撃ち方始め!」
私たち帰還者3人と陰陽師部隊の5人に加えて親衛隊の5人も合わせて13丁の魔法銃が一斉に魔力弾を銃口から噴き出します。さながら魔力のシャワーが真横に叩き付けられるが如くの猛烈な十字砲火です。これだけの容赦ない火力を叩き付けられたら、いくら大妖怪でもダメージを受けるのではないでしょうか。強化された魔力弾の1発1発がロケット弾を超える規模の爆発をして濛々と土埃を巻き上げています。
「撃ち方止め! 敵の様子を確認するぞ! 土煙が収まるまで発砲するな!」
「「「「「「了解!」」」」」
3百発以上の魔力弾の爆発の影響で玉藻の前の姿が全く見えないので、土煙が風に運ばれるのを待ちます。このままでは照準の付けようもありませんから仕方がないですね・・・・・・ と思っていた私がどうやら甘かったようです。一陣の風が境内を吹き抜けたかと感じた次の瞬間、私たちの目の前には傷ひとつない姿の玉藻の前が立っていました。どうやら風を操って視界を遮る土煙を吹き飛ばしたようです。
「力あたわざりき身にて妖力放つは不遜甚だしき。かくなる姿は真に哀れなり。妾に手向かう悪しき心根なれば、その身愚かなること骨まで刻みける」
妖艶な表情で私たちを見つめる玉藻の前は体の周囲に次々に青白い狐火を浮かべます。天狐さんが体の周囲に浮かべているのを何度か目撃しましたが、数といい炎に込められた妖力といいこれは本当に段違いです。このままでは奈良に続いて相当に不味い展開が予想されます。名誉挽回どころか自分の命に関わるとんでもない危機に放り込まれたようです。
「全員狐火目掛けて発砲せよ!」
真壁少尉の指示で今度は玉藻の前の周囲に浮かぶ狐火に魔法弾を叩き込みます。炎とぶつかった魔法弾は派手な爆発をして相殺されていますが、多数の狐火の1つが弾幕を掻い潜って私たちの至近まで飛んできました。
ドドーーン!
私から見て20メートル先で魔法弾が当たった狐火が爆発しました。その威力は凄まじくて、陰陽師部隊と親衛隊全員が後方に吹き飛ばされています。どうやら大きな怪我はなかったようですが、弾幕が薄くなった分だけ狐火が多数こちらに飛んできます。
「アイシャ! 俺の盾にシールド魔法を掛けてくれ! それから他のメンバーは一塊になってアイシャのシールドに入れ!」
私の隣でタンクさんが叫びます。可能な限り強力なシールドをタンクさんの盾に掛けて、それから私の周囲に集まってきた人たちの前方にシールドを展開します。とりあえずはこれで玉藻の前の攻撃は何とか凌げると思うんですが、タンクさんは一体何をするつもりなんでしょうか?
「お前たちは防御を固めろ! 俺は1人で突っ込む!」
なんとタンクさんは盾を体の前に掲げて玉藻の前に向かって走り出しました。その様子を見てニヤリと笑みを漏らした玉藻の前は狐火を操ってタンクさんに次々にぶつけていきます。身長と同じくらいの炎の塊がタンクさんの盾に当たって轟音とともに火柱を上げています。
「これしきの火に負けてたまるか!」
タンクさんはなおも突進しながら盾の陰から銃口を出して魔法銃を発砲します。身を守るのは盾1つ、狐火が轟音とともにぶつかって火柱が上がるたびにタンクさんが前進する勢いが止まりますが、歯を食い縛って足を動かし続けます。無茶はしないでください! ますます燃え上がる火の勢いが強くなっているじゃないですか! タンクさん、お願いですからこれ以上の前進は止めてください。
「愚かなる身にて妾に抗うとは真におかしきことなり。ならばその身隠す隙なきよう、妾の妖力にて包み込むものとすなり」
「今その口を塞いでやるから待っていろよ! 身体強化マックス!」
タンクさんはなおも前進し続けます。あと15メートルで玉藻の前に手が届く位置まで接近して懸命に盾で炎を防いでいます。玉藻の前は次々に狐火を発生させてはタンクさん目掛けて放っています。そのうちに連続して盾にぶつかるようになって、タンクさんは完全に停止してその場で辛うじて耐えているようです。というよりも徐々に後退しています。
玉藻の前はタンクさんだけではなくて私たちに向けても狐火を飛ばし始めました。青い炎が私のシールドに当たって凄まじい爆発をします。シールドがなかったら一撃で全員が黒焦げになりそうな威力です。大妖怪の力は理解していたつもりでしたが、頭でわかっているのと実際に起きている事態には相当な開きがありました。私たちはシールドに身を潜めて玉藻の前の猛攻を凌ぐので精一杯です。
「皆さん、シールドが保ちそうにありません」
実は私はシールド魔法がそれ程得意という訳ではありません。異世界に居た頃は拙いシールドでも十分に身を守れたのであまり練習していませんでした。でもこれではいけないと考えた結果、大嶽丸との戦闘後にフィオに色々と教えてもらってかなり上達はしたんです。とはいってもフィオや美鈴のように何層ものシールドを重ね掛けするような器用な魔法の使い方が出来ません。それにあの2人のように膨大な魔力がある訳ではないので、強力なシールドを1枚張るだけでも相当な魔力を持っていかれるんです。たぶんタンクさんの盾に掛けたシールドもだいぶ心許なくなって居る頃でしょう。
したがって今展開しているシールドが割れたら再び新しいシールドを用意しないといけないんです。当然その間僅かなタイムラグが生じます。1,2秒というほんの短い時間でも間髪入れずに飛んでくる狐火の前に無防備な体を晒さないといけなくなります。そして刻一刻とそのタイムリミットが近付いて来ました。
「全員地面に伏せて! シールドが割れます!」
私の声とともにパリンという音を立ててシールドが割れました。私は飛んでくる狐火を姿勢を低くして懸命に避けながら新たなシールドを構築しようとします。でもホンの一瞬術式に気を取られた隙に私の体の真正面に狐火が接近していました。迂闊でした! 最も適切な座標を設定しようと視線を左に向けた僅かな時間でした。
避けようとしても今動いたらせっかく構築したシールドの座標が狂ってしまいます。私の後方には地面に伏せて青褪めた表情で頭上を通り過ぎる炎に身を竦めている大勢の人が居るんです。どうにも出来ずにひたすら術式の完成を急ぎますが、どうやら炎が私の体にぶつかるのが僅かに早いようです。私が邪魔をして後方の人たちも魔法銃が使用出来ないでしょうね。私はもうダメだと最期の瞬間に目を閉じてしまいました。
1秒、2秒、3秒・・・・・・ とうに炎が私に当たってもいい時間ですが、一向に熱さも苦しさも感じません。一体何が起きたのでしょうか? 恐る恐る目を開くと、私の前に1人の女の子が立ちはだかって飛んでくる炎を次々にその手で消し去っています。
「明日香ちゃん! いつの間にここに居たの?!」
「アイシャさん、なんとなく流れで付いて来ちゃいました! アイシャさんが危ないと思ったら、体が勝手に動いてしまいました。それよりも私はこのままタンクさんの救援に向かいますから、早くシールドを完成させてください!」
私の前に立っている明日香ちゃんのなんと頼もしい言葉でしょうか! 私は大急ぎでシールドを完成させて再び全員を防御する態勢を固めます。その間に明日香ちゃんは自分から狐火が飛び交う戦場に突っ込んで行って、右手で炎を消し去りながらタンクさんに接近しています。明日香ちゃん、本当にありがとう。あれだけ火に触れるのを怖がっていたのに、こうして勇気を出して自身の能力を発揮しているなんて・・・・・・ 人は本当に成長するものなんですね。
「タンクさん、一旦後退してください!」
「すまないな。いきがって接近戦に持ち込もうとしたんだが、これ以上は近付けなかった。己の限界を悟って悔しさを噛み締めていたよ」
「命があればどうにでもなりますよ。さあ、今のうちに!」
明日香ちゃんがタンクさんを庇うようにして2人で私のシールドがある場所まで何とか戻ってきました。明日香ちゃん、これは大手柄ですよ! この活躍ぶりを少尉さんに報告してもらったら、もしかしたら始末書の件もチャラにしてもらえるかもしれませんね。本当にありがとうございました。
「なんとも怪しき身なり! 妾の火を消し去るとは真不可思議なり。炎に代えて鎌鼬放ちつる」
さすがの大妖怪も明日香ちゃんの不思議な能力に驚きを隠せないようですね。本当にヘリに紛れ込んでこの場に居たことを感謝しています。でも玉藻の前は狐火に代えて真空刃を飛ばしてきましたね。それも並大抵の規模ではありません。刃渡り5メートルくらいの巨大な鎌がシールドに襲い掛かって、容赦なく傷を付けていきます。またもやシールドを張り直す時間が必要になりそうです。一難去ってまた一難とは正にこのような状況を指すのでしょう。
「アイシャさん、炎ならば消す自信はありますが、風の魔法は目で見えないからちょっと無理です」
明日香ちゃんは申し訳なさそうな顔で謝っていますが、今さっきの活躍で十分ですよ。まだ入隊して間もないあなたにこれ以上の負担は掛けられませんからね。
とはいっても予想以上の速さでシールドが綻んでいきます。このままでは割れてしまうのは時間の問題です。地面に伏せて鎌鼬を避けられるでしょうか? こればかりは運を天に任せるしかなさそうです。真空の刃は離れるほどコントロールが効かなくなるので、双方の50メートルという距離ではいかな大妖怪でも1割程度しかシールドには当たりません。その分数を放っているので、境内の建物は粗方切り裂かれていますね。
「皆さん、あと1発か2発でシールドが割れそうです。割れる瞬間の音に注意して身を伏せてください!」
私の言葉の直後に再びシールドが割れる音が響きました。全員が一斉に地面に伏せて鎌鼬を何とかやり過ごそうと身を縮み込ませます。私は一刻も早く術式を完成しようと脳を最大速度で働かせます。ですが玉藻の前が次に何をしようとしているかに気がついて愕然としました。まるで頭と体が凍りついたように動くのを停止しています。
「妾の鎌鼬防ぐならば、次なるは雷なり。その身焼かれ去りて滅ぶや良し」
いつの間にか上空50メートルの高さに境内をスッポリと覆う雷雲が発生して雷鳴を轟かせています。鎌鼬に気を取られていました。全員地面に視線を落としていたので、こんな罠が用意されているとは雷鳴が轟くまで誰も気付きませんでした。
この状況が意味する危機の本質とは、私のシールド魔法では平面の防御しか出来ないことなんです。フィオさんのようにドーム状に頭上まで覆えるシールドは残念ながら築けません。したがって雷を避けるためには物陰に隠れるしかないのです。
(全員散開して建物の陰に!)
そう言い掛けて私はハッとしました。玉藻の前は雷雲を作るとともに相変わらず鎌鼬も飛ばしているんです。頭上を舞っている鎌鼬を避けて建物の陰に逃げ込むなんて不可能です。かといってこのまま地面に伏せていたら頭上から雷を落とされて私たちは一巻の終わりを迎えます。それでも何もしないよりはマシですから、生き残るために最大限可能な方策を指示します。
「全員ほふく後進で建物の陰に退避!」
特殊能力者部隊でも一応の訓練をしているんですが、普通化連隊のように毎日泥塗れになって地面を這っているのとは訳が違います。ましてや前進ではなくて後進ですからちょっとずつモゾモゾと動くしか出来ないんですよ。頭上を飛び交う鎌鼬に怯えながら雷を避けられる場所まで下がる・・・・・・ この困難なミッションに全員が必死に努力しています。
ドーン! バリバリ、ドカーン!
ついに落雷が始まりました。必死で逃げようとする私たちを嘲笑うかのように、玉藻の前はわざと離れた場所に1発目を落としたようです。直撃を受けた鐘突き堂の屋根には大きな穴が開いて燻った白い煙が上がっています。
玉藻の前の表情は人をなぶり殺しにする愉悦に歪んでいます。これが大妖怪の本質なのでしょうか。異世界の魔物のように人とは話が通じない方がまだ恐ろしさを感じないかもしれないです。なまじっか知性があって言葉が通じるという点が大妖怪の怖さを却って引き立てています。
「さてさて、次なるは愚かなその身に落としてみようか」
舌なめずりをする玉藻の前、その目に映る私たちを獲物としか見ていないようです。ただこれだけの力の違いを見せ付けられては、今の私たちには打つ手がないのは事実ですから。そしてその時・・・・・・
宙を物凄い速度で何かが雷雲に向かって飛んでいきます。私の目にチラリと映った飛翔体のシルエットは小さな三角形で黒い色をしていたような気がします。そしてその飛翔体が雷雲にぶつかった瞬間、境内を覆っていた雲は跡形もなく消し飛んでいました。
「しまったぁぁぁ! 咄嗟に手に持っていたおにぎりを投げちゃったよぉぉぉ!」
境内に轟き渡るとっても聞き覚えのある声、当然その声の持ち主は例のあの人です。絶体絶命の危機に掛け付けたヒーローとは程遠く、雷雲に投げてしまったおにぎりを心から悔いている表情でガックリしています。それにしてもおにぎり1つで大妖怪が生み出した術式を跡形もなく消し去るとは、やはりこの人は只者ではありません。
「さくらちゃん! やっと来てくれましたか!」
「アイシャちゃん、あれは最後の1個のおにぎりだったんだよ! 美味しくいただこうと楽しみにしていたのに・・・・・・」
「でもさくらちゃん! おかげで私たちは助かりましたから!」
「うーん、でもおにぎりが飛んでいっちゃったんだよ! 投げたのは私なんだけど」
「私たちの命が助かったんですから、おにぎりくらいどうでもいいじゃないですか!」
「うーん、なんだか素直に喜べない自分が居るんだよ! おにぎりもったいなかったなぁ・・・・・・」
どうやらさくらちゃんにとっては私たちの命と1個のおにぎりの価値は殆ど等価のようです。こういう食べ物に関しては親兄弟でも敵に回しそうな所がいかにもさくらちゃんらしいです。でもこのままにはしておけないので、私がさくらちゃんを励ましてあげましょうか。
「さくらちゃん、私のアイテムボックスにさっき炊き出しでもらったおにぎりと豚汁が入っていますけど、よかったら食べますか?」
「うほほーー! アイシャちゃんは私の一番のお友達だよ! 早くおにぎりをちょうだい!」
「それは大妖怪を倒してからにしてください! 討伐が終わったご褒美にしますから!」
「よーし! これはなんだか気合が入ってきたよ! 待っているんだよ、おにぎりと豚汁!」
「さくらちゃん、待っているのは玉藻の前ですから!」
こうして妙に気合が入ってしまったさくらちゃんと大妖怪玉藻の前との戦いが幕を明けるのでした。
ついに登場したさくら、果たしてどのような戦いが繰り広げられるのか・・・・・・ 続きは近いうちに投稿します。
それから新しい小説連載開始の宣伝です。今回は高2の女の子が主人公の現代日本が舞台で、タイトルは【非公認魔法少女が征く ~話はあとで聞いてやる、ひとまずこのこの拳で殴らせろ!】(N1294FN)となっております。緩い日常とハードな戦闘が売りで、この小説とは一味違う出来に仕上がっていますので、興味のある方はタイトルを検索するか、作者ページの作品一覧からアクセスしてみてください。皆さんのおかげでローファンタジーランクの56位になりました。もっと上を目指して、応援お待ちしています!




