75 異変 2
富士駐屯地では・・・・・・
「フィオ特士から連絡があった。速やかに全軍出動態勢に移行せよ。戦闘要員と支援要員は装備を整えて15分以内にヘリの駐機場に集合だ!」
私は特殊能力者部隊の司令を務める神埼真奈美だ。魔法を用いたテロの可能性があるというフィオ特士からの連絡を受けて、副官に部隊全員への指示を出し終えたところだ。
我々もかねてから魔法アカデミーの背後にある教団の動きはマークしていて、パウリナ・ホーエンハイムとの繋がりを探っていた。さくら訓練生が偶然魔法アカデミーと接点を持ったおかげで2人を潜入させて様子を伺ってきたが、ようやく動きを見せてくれるようだな。なにぶん宗教団体というのは明確な証拠がない限りはこちらとしても手が出しづらい。政権を批判するマスコミが『憲法に保障された信教の自由が!』などと喚き立てるのが目に見えているからだ。
その点ではこうしてはっきりとした動きを見せてくれると、こちらとしても大手を振って鎮圧に乗り出せるからしめたものだな。この際跡形も残らないようにキッチリとオトシマイを付けてやろうじゃないか。
それはそうとして楢崎訓練生には特別に指示を出しておくとするか。なに、ちょっとした私の勘だよ。可能な限り準備は入念に行った方が安心できるというものだからな。私はその場でスマホを手に取って楢崎訓練生の番号をプッシュする。
「楢崎訓練生です。司令、何か御用ですか?」
「すまないがお前のアイテムボックスで魔力砲を運んでほしい。当然お前と技術士官たちも出動するからな」
「あんなデカい物体を運ぶんですか! まあ余裕でアイテムボックスに入りますから構わないですが、少々時間が掛かります」
「いいだろう、速やかに収納してヘリの駐機場に集合せよ!」
「了解しました」
何で魔力砲なんか一緒に運ぶのかって・・・・・・ 保険だよ、保険! いざという時に手元になければ運用できないだろう。我々が出動している最中に中華大陸連合がミサイルを撃ち込む可能性だってあるんだからな。さて、それでは私も駐機場に向かうとするか。久しぶりの全力出撃だな。野郎共、戦闘開始の時間だぜ! 我々の力をふざけた魔女に見せ付けてやろうじゃないか!
その頃魔法アカデミーでは・・・・・・
「うほほー! こんなフェンスなんかひとっ飛びだよ!」
フィオちゃんから魔法陣の破壊を頼まれたさくらちゃんだよ! 2メートル程度のフェンスじゃ私の侵入を阻むのは無理だね! 軽くジャンプして飛び越えるとひとっ跳びに敷地の中に入り込むよ! このところ毎日のようにこの施設に顔を出しているから内部の様子なんか目を閉じていてもはっきりわかっているからね! 目標は大勢の女の子たちが集められている裏庭だよ!
一旦立ち止まって建物の陰からそっと様子を伺うと、魔法陣の中に居る子達は一心に何かを祈っているような様子だね。強い魔力が魔法陣から立ち上っているから、この場であの空に浮かんでいる巨人を召喚しているのは明らかだね。そうとわかればチャッチャと魔法陣を破壊して、女の子たちを中から助け出すよ! ついでに巨人の召喚もストップしちゃおうかな。このさくらちゃんに掛かればこの程度は簡単なお仕事だからね。
魔法陣の右手には確か最初に面接のようなことをした時に顔を合わせたアランというやつが居るね。その周りを数人の男が取り囲んでいるけど、急いでいるからこのまま一気に魔法陣に向かっちゃおうかな。あいつらが邪魔をしたらまたその時に考えればいいよね。
ということでさくらちゃんは一気にダッシュをして魔法陣に向かっていくよ! でもやっぱりやつらが気がついたようだね。
「侵入者だ! 魔法陣に近づけるな!」
アランが指示を出すと、周りに居た男たちの体から翼が生えて空に飛び上がるよ。そのまま空を飛びながら魔法を撃ってくるね。この程度の火の玉や先が尖った氷の槍なんか全然怖くないけど、どうにも鬱陶しいよね。しかも私の手が届かない所から攻撃しているから、相手はこっちを見て勝ち誇ったような顔をしているよ。なんだか癪に障ってきたね。さくらちゃんに向かってそんな馬鹿にしたような態度をとるとどうなるか見せ付けてやるよ! どうやらこいつらは駐屯地を襲撃した吸血鬼の仲間みたいだね。せっかくだからこの際きれいにお掃除をしちゃおうかな。
飛んでくる魔法をヒョイヒョイ避けながら手にしていたピコピコハンマーを一旦アイテムボックスに仕舞うと、今度は左手には魔力擲弾筒を装着するよ。確か駐屯地を襲撃した連中は魔法銃に相当手を焼いていたみたいだけど、この擲弾筒の威力はあの銃とは比較にならないからね! しかもそこにこのさくらちゃんの正確無比な射撃の技術が加わると、これはもう鬼に金棒だね。ああ、これもちゃんと兄ちゃんに『カナブンじゃないぞ!』って教えてもらったから正しく使えるようになったんだよ。どうかね、この日々進化するさくらちゃんの頭脳は!
さて、それじゃあ適当に空に魔力弾をばら撒いてみましょうかね。精々頑張って避けるんだよ!
”シュシュシュシュシュシュシュ、スパパパーーン!”
シメシメだね! 余裕で空を飛んでいた吸血鬼が大慌てで迫ってくる魔力弾を避けているよ。でもこのさくらちゃんには避けていく方向がはっきりとわかっているんだよね。囮を数発放ってから避ける先に魔力弾をばら撒いていくと、ほらほら簡単に引っかかったね! 被弾して空中で大爆発した吸血鬼は力なく地面に落ちてくるよ! そこに駆け寄って自慢の拳で止めの一撃を加えると、あっという間に吸血鬼の体が消えてなくなっちゃったよ! 駐屯地ではサンドバッグ代わりに楽しんでから倒したけど、今は急いでいるから一撃で決めているんだよ!
「あいつは怪物だぞ! 空から攻撃できても決して我々が優位ではない! 力を合わせて魔法を撃ち込むんだ!」
この吸血鬼たちは本当に失礼だよね! こんなにプリティーなさくらちゃんを掴まえて『怪物』とか言ってくれちゃっているよ! ちょっとは反省してもらいたいね。自分たちの発言には責任を持たないといけないって兄ちゃんが言っていたよ! だからしっかりと責任を取ってもらおうかな。擲弾筒の狙いを付けると私を怪物と呼んだやつに向けて発砲するよ!
”シュシュシュシュシュシュシュ、スパパパーーン!”
はい、一丁上がりだね! さっきと同じように地面に落ちてきたから止めを刺しておこうかな。さて、残っているのはまだ空を飛んでいる3体だね。このさくらちゃんに先に手を出したんだから容赦しないよ!
擲弾筒を乱射しながら吸血鬼たちをバタバタと地面に叩き落して止めを刺していくと、この場に残って私の邪魔をしそうなのはアラン1人だね。ついでにあいつも私が仕留めちゃおうかな。
「確かにお前は強い力を持っているようだな。だが全てはもう遅いのだ! 我が秘術によって神すら滅ぼすラグナロクの尖兵『炎の大巨人・スルト』はこの地上に降り立つのだ! もはや誰の手にも止められぬぞ! この国は滅びの時を迎えるのだ! もうここに私は用がない。さらばだ」
そう言い残してアランは煙のようにその姿が消えていくよ。魔法は良くわからないけど、これは異世界で何回か目撃した転移魔法みたいだね。1人取り逃がしたのは悔しいけど、魔法陣の中に居る子達を救うのが先決だよね。もう誰も邪魔をしないから擲弾筒を取り外して、改めてピコピコハンマーを握り締めてと。
おや、やっぱり魔法陣の内部は結界で外と仕切られているみたいだね。それじゃあいつものように軽くぶっ壊そうかな。左手を軽く引いて結界の壁に拳を叩き付けるとパリンという音が響くね。いい感じに結界が割れたみたいだね。さて、中に入り込もうかな・・・・・・ と思ったらすぐに新しく結界が出来上がっているよ。困ったね、どうしようかフィオちゃんに聞いてみようかな。
「もしもし、フィオちゃんですか」
「さくらちゃん、この手一杯の時に何の用なのかしら?」
「魔法陣の結界を破ってもすぐに新しい結界が出来上がるんだよ! どうすればいいのかな?」
「たぶん火が何らかの影響を及ぼしているはずよ。ワルプルギスの夜には火が付き物ですからね。魔法陣内部の魔力を火で囲むことで、炎に影響された魔力が結界を次々に生み出しているはずよ」
「そうなんだ、それじゃあ火を消せばいいんだね」
「そうね、頑張って!」
「フィオちゃん、サンキュー!」
なんだ、簡単な話だったよ! 魔法陣の周りに置かれているかがり火が結界を生み出していたんだね。火が燃えている限りはずっと結界の効果が持続するらしいよ。だからこのかがり火をこうすればいいんだよ!
”ドサッ!”
薪がぎっしりと詰まった鉄製の籠を支える支柱を軽く蹴り飛ばすと、盛んに燃えていた炎をまとった薪が地面に投げ出されるね。無秩序に燃え広がった薪が地面でパチパチと音を立てているよ。結界の様子を観察すると大きく揺らいで、どうやら一部の箇所が弱くなっているみたいだね。これなら中に入り込めるでしょう。
「テヤー!」
気合諸とも弱くなった部分に体を躍り込ませると、私の勢いに負けて結界は音を立てて破れて内部に入り込めたよ。中はなんだか凄く濃い魔力が淀んでいる感じだね。周りを見渡すと女の子たちが据わった目で私を睨み付けているよ。これは明らかに何かに取り憑かれているみたいだね。
「邪魔者ダ!」
「邪魔ヲスル者ガ現レタ!」
「殺セ! 殺セ!」
「サバトヲ邪魔する者ハ生カシテオケナイ!」
困ったねぇ、どうやら歓迎されていないみたいだよ。しょうがないからちょっと痛いけど我慢するんだよ! 何百人で掛かってきてもこのさくらちゃんには絶対に勝てないんだからね。私はその場から高速移動で結界沿いに半周走って女の子たちの背後に回りこむ。ほらね、全員私の姿を見失ってまだ入り込んできた場所を見ているよ。そのまま気配を消して一人の背後にそっと忍び寄ると・・・・・・
「ピコーン!」
「フギャ!」
「ピコーン!」
「ギャー!」
「ピコーン!」
「ゲフッ!」
私に背中を向けている女の子たちを左手のピコピコハンマーで順番に引っ叩いて行くんだよ。私が手にすると高がピコピコハンマーでも普通の人間なら簡単に意識を手放すレベルの衝撃だからね。ほら、みんな白目を剥いて失神しているよ。倒れた女の子たちは放置して、次々に別の子を順番に引っ叩いていくよ。ちょっと可哀相だけど、このまま変なものに取り憑かれているよりはマシでしょう。
私が背後に回りこんだことに気がついた彼女たちが振り向く頃にはまた居場所を変えちゃうよ。こうして視覚の外側から襲撃されると怖い思いも最小限で済むからね。さくらちゃんは敵には容赦しないけど実はとっても優しいんだよ。
こうして10分くらいで女の子たち全員を気絶させると、私は再びフィオちゃんに連絡を取ってみるよ。
「もしもし、フィオちゃんですか」
「さくらちゃん、今とっても忙しいんだけどどうしたの?」
「魔法陣の中に居た女の子たちは全員気を失っているよ。ピコピコハンマーがいい仕事をしたからね」
「そうなの、ご苦労様でした。その魔法陣のどこかにコアになる物はあるかしら?」
「真ん中にテーブルがあって何か載っているね」
「そこにある物を全部火にかけて燃やしてもらえるかしら」
「いいよ、今から全部燃やすよ」
「お願いね」
意識を失って倒れている子たちを踏ん付けないように魔法陣の中央に向かうと、テーブルの上にヤギの頭と変な草と箱が置いてあるね。ヤギの頭は燃え難いから後回しにしようかな。こんな物は美鈴ちゃんが簡単に消し去ってくれるからね。変な草と箱を抱えて魔法陣の外に出ると、さっき蹴り倒したかがり火の薪がまだいい感じに燃えているね。その火の中に抱えている物を一気に放り込んじゃうよ!
「「「「「「ギャーーーー!」」」」」」
その瞬間、倒れている子達がいっせいに悲鳴を上げて苦しみだしたんだよ。全員しばらくもがき苦しんでいたけど、箱が燃え尽きる頃には大人しくなったね。女の子たちの体からなんだか白い物が外に出てきて空に上っていくよ。あれがみんなに取り憑いていた幽霊かな? 明日香ちゃんがこんな光景を見たらきっと倒れちゃうよね。
そういえば魔法陣の中に溜まっていた魔力はいつの間にか薄まっているね。これで魔法陣の破壊は完了したのかな? もう一回フィオちゃんに聞いてみようかな。
「もしもし、フィオちゃんですか」
「さくらちゃん、今度は何? 今本当に手が離せないのよ!」
「魔法陣の中の魔力が消えていくみたいだよ。これでもう大丈夫なのかな?」
「そうなの、たぶん大丈夫でしょう。こっちはあの空の巨人を相手にして大変なんだからちょっと集中させてもらえるかしら」
「ああ、そうだよ! 魔法アカデミーのアランが『炎の大巨人・スルト』だって言ってたよ。あれが地上に降り立つんだって」
「今それを阻止するために私が頑張っているのよ。でも次元の綻びが破られるのもこのままでは時間の問題ね。『炎の巨人・スルト』って確かニブルヘイムに攻め込んで大神オーディンの心臓に剣を突き刺すという伝承が残っているわね」
「私にそんな話をしても無理だよ!」
「そうだったわね。私はこの場で何とか時間稼ぎをするから、さくらちゃんはもうすぐやって来る増援部隊と合流してちょうだい」
「えっ、兄ちゃんたちが来るの?」
「たぶん来てくれるはずよ。それまであの次元の綻びから巨人が出てこないように抑え込むから、あとは聡史たちに任せるわ」
「了解だよ! フィオちゃん頑張ってね!」
「ありがとう、ベストを尽くすわ」
どうやらフィオちゃんは大賢者として頑張っているみたいだね。兄ちゃんたちが来るまでは任せたよ。私も手が届けばあんなデカ物程度ぶっ飛ばしに行くんだけど、あんな高い空の上に居るんじゃ手の出しようがないよ! その点兄ちゃんならきっとやってくれるからね! 兄ちゃんたち、早く来ないかなぁ。
魔法アカデミーがある某市へ向かっている輸送ヘリの内部では・・・・・・
「あと15分で到着します。着陸地点は近郊の県立公園駐車場・・・・・・ あれは何だ? 司令、北の空に大規模な異変が発生しています! 至急操縦室にお越しください!」
駐屯地を発って約50分の飛行で間もなく目的地に到着するというタイミングで、操縦席から私を呼び出すアナウンスがあった。パイロットの慌て具合からいって、どうも嫌な予感がしてくるな。
「楢崎訓練生、お前も一緒に来い!」
「了解しました」
異変発生と聞いて私は同乗している楢崎訓練生を伴って操縦席へ向かう。こいつはまだ青っちょろいところはあるが、我が部隊の切り札だからな。異変の正体を確認させて意見を求めておいてもいいだろう。
狭いコックピットに2人で入るとパイロットが北の方向を指差している。そこには空を引き裂こうと両腕に力をこめている途方もない大きさの巨人の姿が浮かび上がっている。
「あんな怪物を召喚しやがったのか。楢崎訓練生、お前の目にはどう映っているんだ?」
「俺の魔力が当たりさえすれば何とかなる気がします」
「それは頼もしいな。地上に降り立ったらすぐに魔力砲発射の準備に取り掛かってくれ」
「了解しました」
あんな怪物を目の前にしても楢崎訓練生は顔色一つ変えずに『何とかなる』と言い放ったか。剛毅なのかそれとも勝算があるのか、まあどちらにしても『こいつが味方で良かった』とこの私でも切に感じているぞ。こんな事態に備えて魔力砲を運んできた自分の慧眼も褒めてやりたい気分だな。何はともあれ着陸を急ぐようにパイロットに指示を出して私はひとまずはコックピットを後にするのだった。
次回、いよいよ到着した増援部隊が空を引き裂こうとする『炎の巨人・スルト』と激突します。今週はちょっと忙しいので投稿は週末の予定です。どうぞお楽しみに!




