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74 異変 1

 私たちは魔法アカデミーを屋上から見渡せる高層マンションに向かって足早に歩を進めていくわ。



「フィオさん、どうやって中に入るつもりなんですか? 理由もなく人様のマンションに入り込むのは不味いんじゃないですか?」


「明日香は気が小さいな! 多少の事は気にしないで正面からドーンと押し入ればいいんだよ!」


 明日香ちゃんは不法侵入を心配しているみたいね。でも大丈夫だから安心しなさい、私の権限でちゃんと中に入れるから。それよりも美晴ちゃん、あなたはさくらちゃんに影響され過ぎだと自覚してちょうだい! ちょっと目を離すと何か仕出かさないか心配でしょうがないじゃないの! なんだかさくらちゃんが増殖したような気分だわ。そもそも『押し入る』なんて強盗でも始める気なの?



「心配しないで私に任せればいいわよ」


 それだけ言うと私は無言で200メートルくらい離れたマンションに急ぐ。せめてもの救いはさくらちゃんが黙ってついてきている点かしら。チェリークラッシャーの子たちと一緒になって暴走を開始したら私1人ではとても抑えきれないわ。


 マンションは予想通りにオートロックになっているのだけれど、管理人室の机にはこのマンションの管理人さんが座っているわね。インターホンを押すと小窓から年配の男性が顔を覗かせて来るわ。



「お忙しいところ失礼します。国防軍のフィオと申します。ある事件の調査のためにこのマンションの屋上を貸してもらえますか?」


 軍のIDカードを提示しながら話し掛けると、人の良さそうな管理人さんは驚いたような表情に変わるわ。無理もないわね、警察を通り越していきなり国防軍が押し掛けてきたのだから。



「あの、このマンションで何か事件があったんですか?」


「こちらのマンションとは全く関係はありません。このマンションの付近にある施設の内部の様子を屋上から観察するだけです」


 私の説明で管理人さんは明らかにホッとした表情に変わるわね。自分が管理するマンションで何か事件があったのかと驚いていたようだけど、屋上を借りるだけと確認すると『わかりました』と返事をして管理人室を出て来るわ。鍵を手にしているところを見ると、普段は施錠して無暗に出入りできないようになっているのね。まあそれは管理上当然でしょうけど。


 エレベーターで最上階まで上がって、そこから先は階段を上ると鉄製の扉があるわ。管理人さんが鍵を差し込み、これで屋上のスペースに出入りできるわね。管理人さんには自分の部屋に戻ってもらって、私たちだけがマンションの屋上に立つわ。こうして下を見下ろすと10階建てとはいっても結構な高さよね。



「フィオさん、さっき『国防軍』と言っていましたけど、フィオさんとさくらちゃんは国防軍の人だったんですか?」


「ええ、そのとおりよ。私たちは軍の上層部の指示で魔法アカデミーの動きを内部から監視していたの」


「さすがは私たちのボスだな! 国防軍なんて本格的な戦いの最前線だぜ!」


 明日香ちゃん、あなたはちょっと天然だけど、この場に居合わせる中では数少ない常識人の側よ。見なさい、チェリークラッシャーのメンバーたちのさくらちゃんを見る目が、尊敬度マックスを振り切っているじゃないの。でも美晴ちゃんの発言どおりに戦いの最前線にいるのは否定できないことね。その中でもさくらちゃんなんてわざわざ自分からトラブルに巻き込まれようと行動しているとしか考えられないわ。



「なるほど、ボスは国防軍に籍を置いていたのか」


「あの戦闘力の高さにようやく合点がいったわね」


「これから先が楽しみです! もっとボスから色々教えてもらいましょう!」


 チェリークラッシャーの子達から物凄く期待を込めた視線がさくらちゃんに向かって突き刺さっているわね。当のさくらちゃんは戦闘が近づいている予感を感じているのか、彼女たちの視線を軽く受け流しているわ。この辺りはやっぱりさすがさくらちゃんよね、食べ物と戦いの気配を感じると自らが取るべき行動をきちんと弁えているんだから。でも何度も繰り返しになるけどこれだけは絶対に言わせてもらうわ! さくらちゃんは本当に日常生活ではなんにも役にも立たないのよ! これはどんなに世の中が変化しても絶対普遍の真理ですからね。


 あら、いけないわ! 肝心の魔法アカデミーが現在どうなっているのかをまずはこの目にしておかないと!


 

「フィオちゃん、こっちから魔法アカデミーの中が見えるよ!」


「さくらちゃんは行動が早いわね」


 さくらちゃんが呼び掛ける声を上げるので、私は彼女と並んで屋上のフェンス越しに閉ざされた魔法アカデミーの敷地を見下ろしてみるわ。そして、その内部は・・・・・・



「驚いたわね、こんなにたくさんの女の子たちが集まっているなんて!」


 頭からスッポリと被るような真っ白なフード付きのマントを着込んだ200人、いえ300人近くの子たちが魔法アカデミーの裏庭に集まっているわね。私たちが潜入していた時には多くても精々50人くらいの集まりだったから、おそらくは各地に同じような施設があってそこに居た子たちを全員集めたようね。


 私たちには全く何も知らせていなかったところを見ると、魔法アカデミー側でも私とさくらちゃんの正体はわかっていたのでしょうね。私たちの立場を知った上で2人を放置してひっそりと何かの儀式を執り行う準備を進めていたと考えるのが妥当な線ね。上手く相手の手の平で転がされていたみたいでちょっと癪に触るわ。



「そういえばフィオさん、もうすぐ日食が始まりますけど、魔法アカデミーの様子と何か関係があるんでしょうか?」


「その可能性が高いかもしれないわ。日食の影響で魔力が高まるこの機会を利用して何かの儀式を行うと考えていいでしょうね。それが果たして平和的なものか、それとも重大な危機をもたらすものかは今のところ判明しないわね」


「フィオちゃん、もし危険な儀式だったらこのさくらちゃんが軽くぶっ飛ばしてやるよ!」


「さくらちゃん、その意気込みはとっても頼もしいけど、下手に動くとあそこに集まっている女の子たちに危険が迫る可能性も考えてね」


 懸念事項を伝えてさくらちゃんが1人で突っ走っていくのをひとまずは止めておいてから、私はスマホを取り出して駐屯地に連絡を取る。いくらさくらちゃんでもあの子たちを危険に陥れたくはないでしょうから。



「司令、魔法アカデミーに動きがあります。何かの儀式を行うようですが、魔法を用いたテロ行為の可能性があります。至急出動態勢を整えてください。それから万一に備えて付近の住民に避難指示をお願いします」


「ようやく動き出したな。ヘリで増援を送るからそのまま様子を観察して何かあったらすぐに報告してくれ」


 司令官からは冷静な声で指示が送られてくるわ。ここまで敢えて動きを見せなかったのはおそらく事態がこうなると予測していたのでしょうね。魔法アカデミーとそれを背後から操る魔女を崇める教団をこの機会に一網打尽にする魂胆のようね。そのためには多少の危険には目を瞑る冷徹な意思を感じるわ。日本国内に根を張った魔女の勢力を炙り出すには、何らかの動きを待つ必要があったという訳ね。さて、それでは増援が到着するまでもう少し様子を観察しましょうか。



「フィオちゃん、なんだかさっきよりも魔力が強くなってきたね」


 さくらちゃんの言葉通り魔法アカデミーの敷地から感じる魔力が時間の進行とともに強くなってきているわね。もうすぐ始まる日食の影響があるのかしら? そしてさくらちゃんの言葉が終わると同時に裏庭に集まっている集団に変化があったわ。彼女たちを取り巻く周囲に用意されたかがり火に炎が点火されたのよ。それは同時に太陽が月の影に隠れて欠け始めるタイミングだったわ。


 ちょっと待ってね、このかがり火の配置になんだか覚えがあるのよね。何だったかしら・・・・・・ そうよ! これは国防軍のライブラリーで過去の地球の魔法を色々と調べていた時に何気なく目にしたアレに違いないわ!


 確かゲルマン神話とかケルト神話に源を発するものよね。元々は春の訪れを祝う祭典だったらしいけど、伝説によればその前夜に魔女集会サバトが開かれるという特別な一夜の出来事。赤々と焚かれるかがり火に魔女たちが熱狂してその年の豊作を占ったり時には呪詛をもたらしたりする『ワルプルギスの夜』と、かがり火の配置が一致しているのよ。日食を利用してこの場でワルプルギスの夜を再現しようというの? それにどのような意味があるのか今の段階では私にはわからないけど、危険レベルを一段階引き上げて監視を続けた方が良さそうね。









 その頃魔法アカデミーの裏庭では・・・・・・


 私はサン・ジェルマン、魔法アカデミーの管理者アランを名乗って魔力を宿す少女の育成に精を出していたが、何も知らない彼女たちがようやく我が最大の秘術の役に立つ日が到来した。日本軍の密偵がウロウロしていたが、この秘術が始まれば誰も邪魔する者は居ないと放置しておいた。下手に排除すると疑いを深める結果になるからな。


 部下に命じて日本国内に教団を設立して3年を掛けて密かに進めていた『神殺し』打倒計画がようやく成就する。やつは必ずこの誘いに乗るはずだ。この国の守護神を名乗っている以上は大きな被害が出たら見過ごすわけにはいかぬであろう。さあ、太陽が欠け始める時刻だ。我が秘術をその目に焼き付けるがよい!



「火を燈すのだ!」


 赤々と燃え上がるかがり火が燈され、それは少女たちを取り囲む1つの結界となって、その内部に太陽と月の直列がもたらす膨大な魔力を封じ込めていく。この魔力こそが我が秘術の源となるのだ。さあ意思を持たぬ人形どもよ! 踊り狂え! 熱狂の果てに、滅びたかつての魔女の魂を現世に呼び戻すのだ!


 私が魔力を発すると地面には魔法陣が浮かび上がる。その内部では洗脳の果てに意思を奪われた少女たちが髪を振り乱して奇声を上げながら踊りだす。そうだ、その狂乱こそが魔女たちの魂を蘇らせるのだ。もっと踊れ! もっと狂え!


 少女たちは人にあるまじき奇声を上げながら闇雲に体を動かして狂った舞踏を続けていく。それは時とともにより激しさを増して、魔力に満ちた魔法陣の内部は狂乱と混沌が支配する荒れ狂った場に成り果てる。これこそが私の望んだものだ! そうだ、もっと荒れ狂うのだ!


 やがて魔法陣の中央に供えられた祭壇から光が湧き上がる。円卓の東西南北には切り落とされたヤギの頭が供えられて、様々な秘薬の原料となる薬草や香料が置かれた中央には一抱えできる大きさの箱がある。この箱にはかつて偉大なる魔女パウリナ様が主催したワルプルギスのサバトに参加した魔女たちの遺髪が収められているのだ。魔女たちは1人残らずその後に魔女裁判に掛けられて火焙りとなったが、この世に恨みを残して死んでいったその魂は遺髪に封じ込められている。さあ、もっと踊り狂って魔女たちの魂を現世に蘇らせるのだ!


 箱から発せられる光はますます強くなり、次第にその光は少女の体の中に入り込んでいく。火焙りによって体が滅びた魔女の魂が、肉体を求めて少女たちに乗り移っているのだ。このためにわざわざ少女たちを魔力に目覚めさせておいたのだ。ただの人間よりも魔力を持った者の方が乗り移った魔女の魂がより強力な力を発揮する。長い時間と手間を掛けた甲斐があるというのもだ。さて、どうやら魔女たちの魂はすっかり少女たちに乗り移ったな。魂だけが封じられた存在というのは肉体に恋焦がれるものだからな。太陽もすっかりと月の影に隠れて青い空に輝きを失ったオレンジ色の物体となって浮かんでいる。魔法陣内部の魔力も最高潮に高まっているようだ。



「この世に恨みを残して滅びた魔女たちよ! 汝らにその恨みを晴らす機会を与えよう! その怨念を1つにして神を倒すものを召喚するのだ! 古から語り継がれるムスペルヘイムの子らを召喚せよ!」


 私の呼び掛けに応えるようにして、それまで無秩序に踊り回っていた魔女に乗り移られた少女たちはその動きを止める。そして全員が両手を組んで祈るような声を上げ始める。



「神の名によって滅ぼされた我らの願いは神を滅ぼすことなりし。古の神を滅ぼすものよ、我らの願いに応えてこの世界に顕現せよ。ニブルヘイムに滅びを与えしラグナロクをもたらすものよ! 炎の剣を手に取りて我らを滅ぼした神を蹂躙せよ!」


 魔女に乗り移られた少女たちの声が魔力に包まれた結界の内部に反響して小さな波紋を引き起こす。その波紋は繰り返される呼び掛けに応えるようにして少しずつ大きくなって、次第に巨大なうねりのように変わっていく。そのうねりは光に変化して雲を抜けて天を突くが如くに魔法陣のはるか上方に延びていく。



「これで我が最大の術式は成就の時を迎えた」


 私はその光景を目にして満足な笑みを浮かべるのだった。








 一方マンションの屋上では・・・・・・



「なんだか魔法陣から強い光が空に立ち上っているね」


「さくらちゃん、それよりもあの中に居る子達は大丈夫なんでしょうか? 1つ間違ったら私もあの中に居たんですよね。お話をした子も居ますし無事なのか心配です」


 洗脳された子達は裏から操る人物の思いのままに動いているようね。明日香ちゃんの発言どおりさすがにこのまま放置しておくのは彼女たちを危険に晒すでしょうね。この場は私が判断しないとどうやら不味いみたい。



「さくらちゃん、あの魔法陣を破壊してもらえるかしら。中の女の子たちには危害が及ばないようにしてほしいんだけど」


「うーん、難しい依頼だね。これを使えばいいかな?」


 さくらちゃんがアイテムボックスから取り出したのは・・・・・・ これってどこから見てもピコピコハンマーよね。ポンと叩くとピコンと音がするやつでしょう。



「あの子達が怪我をしないように意識を奪うにはこれが一番なんだよ! フィオちゃん、壊れないように魔法で強化してよ!」


「確かに女の子たちが向かって来た時さくらちゃんが手を出すと怪我を負うリスクが高いわね。これなら多少殴り付けてもさすがに怪我はしないでしょう。いいわ、ちょっと丈夫にしておいたから」


 私が魔法でピコピコハンマーを強化すると、さくらちゃんは屋上のフェンスを乗り越えてヒラリと下に飛び降りていくわ。その様子に明日香ちゃんやチェリークラッシャーのメンバーたちが目を丸くして下を見ているけど、そんな心配はさくらちゃんには無用よ。ほらご覧なさい、スタッと華麗な着地を決めて魔法アカデミーに向かってダッシュして行く姿があるわ。右手にはピコピコハンマーを握り締めているわね。走っていくさくらちゃんに気を取られていると・・・・・・



「フィオさん! あれは何ですか?!」


 私の背後で真美さんが声を上げているわ。彼女が指差す方向に顔を向けると・・・・・・




 北の空に一筋の黒い線が出現したわ。その黒い線に注意を向けていると線の向こう側から巨大な指先が現れて、亀裂を広げるようにその剛力で空を割ろうとしている恐ろしい様子が目に入ってくるわ。



「次元の壁に出来た綻びを広げようとしているわね」


 巨大な指先は別の次元からこちらに入り込もうとしているようね。あんな巨大な指を持つ者がもしこの地上に降り立ったら想像を絶するような被害が出るわね。でも残念ながら私の力では直接攻撃をする手段がないのよ。あまりにも遠すぎてこの大賢者を以ってしても距離の壁は越えられないわ。でも距離に関係ない魔法で異次元の巨人が次元の壁を広げる邪魔なら出来るわ。時間稼ぎにしかならないけど、増援部隊が到着するまでは何とか保たせて見せるわよ。自力で次元を渡ってこの地球にやって来た大賢者を舐めないでよね!



「次元魔法発動! 次元の亀裂修復!」


 私の体から全魔力の半分以上が放出されて次元の亀裂を修復する術式が発動するわ。亀裂を広げようとする巨人の手と大賢者の魔法の力比べよ。指先だけがこちらに姿を覗かせている巨人から感じる魔力は、この私さえも圧倒しているわね。でもあと1時間もすれば日食は終わり、こちらも増援が到着するわ。そうなれば戦況は一気に有利に傾くはず。あの戦術に長けた司令官が戦力の逐次投入などするはずがないでしょう! 最大戦力を一気に送り込むはずよ。たとえ相手が神だろうが絶対に倒してくれる私たちの最強の切り札、聡史がこちらに向かっていると信じているわ。


 それまではこの場で絶対に持ち堪える! そう決心を固めて大空に浮かび上がった亀裂とそれを押し広げようとする大巨人に対峙する大賢者でした。

 





次回必見! 空を割るようにして現れた巨人の正体と対峙する特殊能力者部隊の戦いの顛末は・・・・・・


投稿は月曜日の予定です。どうぞお楽しみに!




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