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220 神を名乗るモノ 1

またまた長くなったので、分割して投降いたします。続きは、1時間後に投稿する予定ですので、そちらもご覧ください。

 ジェマル王国の首都サンシーロに3日間滞在した俺たちは、馬車3台を連ねて西へ向かって出発した。


 もちろんその目的は、西部地方の集落を不法に占拠している勢力の討伐のためである。


 通常ならば国軍が出動して然るべき案件であろうが、現在のジェマル王国の心許ない軍事力では、逆に返り討ちにあう可能性が高い。そこで、冒険者を志す獣人やハーフエルフの訓練がてら、冒険者ギルドを通した正式な依頼という体にして、俺たちが討伐を引き受けたのだった。


 馬車に揺られながら思いだしてみると、サンシーロに滞在した3日間は何かと多忙であった。


 新たに入隊する獣人やハーフエルフの部隊を収容するための施設や、まだ若い彼らを本格的に鍛えるための学校づくりなどに追われていたのだ。


 しかし助かるよな! このように事態にあって最も力を発揮してくれるのは、なんといっても大魔王様だ。


 街を取り囲む古びた城壁を魔法で取り壊して、その外側の草原を更地にしてから、建物の基礎を造り上げて、さらにその外側には立派な城壁までこしらえてくれた。兵舎や新たな演習場、その他学校の土地などを含めると、サンシーロの街の面積が1.5倍くらいに拡大していた。


 これだけの大工事を、指先一本でごく短時間に完成させるんだから、大魔王様の魔法の力には限界が存在しないようだ。しかも、ハーフエルフの中でも土属性に適性のあるメンバーを集めて、将来の改修や補修に備えて、術式の組み方をレクチャーするなど、実に念がいっているやり方であった。


 基礎が完成すれば、あとは街の人たちが総出でレンガや石材を積み上げて、建物を造り上げていく作業に取り掛かれる。本当は美鈴が、魔法で建物自体を完成させることも可能だったのだが、大した産業がないこの街の住人に現金収入をもたらす仕事を敢えて残しておいた。


 建設作業に従事する街の住人には、大臣に預けてある金貨から日当が支払われる仕組みとなっている。いわば、政府が予算を支出する公共事業だな。それも、絶対確実にこの国の将来に役立つ事業だ。


 毎日仕事があって現金収入が得られる住民たちは、国王に深く感謝をしているそうだ。その他にも、俺たちが提供した食料の放出がさっそく実施されて、賃金を握りしめた人たちが列をなしている光景もたびたび目にした。


 今までに比べて、主食となる穀類やジャガイモ、玉ねぎ等が安価で入手できるとあって、大きな袋いっぱいに詰め込んで家に戻っていく人たちは、そろって幸せそうに顔を綻ばせていたな。ことに母親に手を引かれた子供たちの笑顔が、キラキラ輝いていた。


 ついつい、この前別れたばかりのビアンカちゃんを思い出してしまうな。



 さらに美鈴は、性格的に戦闘に向かないハーフエルフたちに、マジックアイテム作りを伝授していた。もちろんそれほどレベルが高いアイテムは作れないのだが、それでも体力を10パーセント引き上げる指輪が金貨10枚で売買されるこの世界においては、結構実入りのいい収入になるのだ。


 国王や大臣も、このマジックアイテム作りには目を付けたようで、学校の中に職人を養成する学科を設けて、この国の一大産業に発展させようと目論んでいるそうだ。


 元々、森と草原と小さな平野しかなくて、大した産業も育たなかった内陸の貧しい国だから、交易品として流通すれば、それなりの富をこの国にもたらしてくれるかもしれない。


 さて、その肝心の交易のためには、件の不法占拠をしている勢力の排除が必要となってくるのは、当然言うまでもないだろう。俺たちは、サンシーロから馬車で5日の場所にあるその勢力が蠢いている集落に向けて、街道をさらに西へと向かって旅をするのだった。








 聡史たちがサンシーロに到着するひと月前、北方のナウル王国の王都の近郊、ここでは王太子軍に敗れた公爵軍の残党が、追撃を逃れて道なき道を進み、この国の南部に広がる山岳地帯に足を踏み入れていた。



「おい、こうして逃げ回ったはいいが、俺たちはどこを目指すんだ?」


「そういえば追撃を振り切るのに必死で、具体的にどこを目指すかなんて、まったく考えてもいなかったな」


 彼らが戦場から脱走した時点では、僅か10人程度の人数であった。しかし、同じ方向に逃げ出した兵士が徐々に合流して、今やその勢力は200人程度へと膨らんでいる。


 王太子の軍に北側に回り込まれて退路を断たれた彼らは、本拠地の公爵領に戻るのを諦めて、命からがら南へと向かっていたのだった。


 間道を人の目を盗みながら進み、王都の西方を迂回して、現在はナウル王国の南部に広がる山岳地帯の手前で野営をしている。ここまでの道すがら、集落を発見すると手当たり次第に略奪して、時には獣や食料になる魔物を討伐しながら、彼らはギリギリ命を繋いできた。


 ナウル王国とジェマル王国は、南北の国境を接してはいるものの、そこには標高1000メートルほどの山地が両国を跨ぐように広がっている。馬車が通行可能な街道は整備されておらず、一般的な商人や旅人はこの山岳地帯を迂回して、一旦東側にあるフランツ王国を経由してジェマル王国へ向かうのが常だった。


 それだけ彼ら敗残兵が人目につかずに移動できるメリットはあるのだが、地図も土地勘もない山の中へと踏み込んでいくのは、相当の勇気を要する行為だ。だが、彼らはひたひたと迫ってくる敗残兵狩りの足音に怯えていた。


 やや高台になっているこの場所から眼下に広がる森を眺めると、あちこちに篝火を焚いて、彼らの行方を追う数多くの兵士が野営している様子が窺える。彼我の距離であれば丸1日もしたら、難なく追いつかれてしまうであろう。



「やはり、山に入るしかなさそうだな」


「でも、この山に入って生きて帰った人間はいないと言うぜ」


「それでも、追っ手に捕まるよりはまだマシだろう」


 反逆者は、例え上官に命じられた下級兵士であっても死罪である。どうあっても、今更投降するわけにもいかない事情があった。首を刎ねられるくらいならば、一縷の望みを託して山に逃げ込む。彼らに残された道は、もはやこれしかなかった。




 たとえ標高1000メートル程度とはいえ、山道は平地と同様には進めない。時には崖があったり、倒木が行く手を遮ったりして前進に手間取ることがしばしば発生した。それだけではなくて気温や気象の変化が急激で、つい今まで晴天だったにも拘らず、あっという間に濃い霧に包まれて方角を見失う事態もたびたびであった。


 すでに、逸れたり魔物に襲われたりして、10人近くの仲間を失っていいるが、それでも後戻りせずに彼らは道なき道を進んでいく。


 そんな目的も見い出せないような逃避行が幾日続いたか、誰もが数えるのを止めたある日……



「おい、なんだかあの岩は変だな」


「真っ黒な岩など、初めて見たぞ!」


「変な力でも宿っているんじゃないだろうな?」


 先頭グループの兵士たちが立ち止まって、このまま先に進もうかどうしようかと思案顔を並べている。そんな彼らの元に、この集団を率いる元隊長を務めていた男が近付いてくる。



「どうしたんだ?」


「ああ、隊長! あそこにある岩がどうにも不気味で、このまま真っ直ぐに進んでいいものかどうかと、相談していました」


「お前たちは肝っ玉が小さいな! ただの岩じゃないか! どれ、俺が様子を見てきてやる!」


 こうして元隊長のライゴスは、何も気にしない様子で岩に近付いていく。



(なんだろうな? あの岩自体が、まるで俺をこの場に呼んでいるかのようだぞ)


 不思議な感覚を胸に秘めて、ライゴスはその岩に接近していく。そして、岩まであと5メートルという場所で、彼の体はまるで雷にでも打たれたかのように硬直した。


 まったく体の自由を奪われたライゴスの脳内に、とても人間とは思えないような威厳があってかつ重々しい音声が響いてくる。



「よくぞこの場に参ったな。我は、かつて五柱の神との戦いに敗れこの岩に封じられし、この世界を太古から治めておった古き神! そなたには我の力を与えて、五柱の神を打ち破る命を下す! 神命ゆえ、謹んで受け取るのだ」


 その言葉が終わると、岩の周囲に漂っていた魔力が有無を言わさずにライゴスの体の中に取り込まれていく。ライゴス自身、その膨大な魔力が体内に入り込んで息もできないほど苦しい反面、まるで無限に力が湧いてくるかのような、途方もない感覚を味わっていた。


 僅か数十秒が、まるで無限のように感じる。ライゴスはこの場で神の力を得て、新たに生まれ変わったかのような、かつての自分からは考えられない神に等しい存在へと変わっていくのだった。



 古き神の力を得たライゴスに率いられる敗残兵たちは、不可思議な異能の力に守られながら無事に山岳地帯を越えていく。ようやく人が通る道へと出た彼らは、最寄りの集落に襲い掛かり、その場を占拠しながら周辺への支配を開始するのだった。







 旅の途中のさくらは……



「いいかな? 冒険者というのは魔物と戦う場合もあれば、人間と戦う場合もあるんだよ! どんな相手でも自在に戦えないと、あっという間に命を落とすんだからね!」


 さくらちゃんは、冒険者の見習いたちを引き連れて、森の中に分け入っているんだよ! サンシーロに向かう道中でも何度か食料になる魔物の討伐をしたけど、彼らは、まだまだ圧倒的に経験が足りないからね。


 いい年して、さくらちゃんのパパも一緒についてきているんだよ。気分はすっかりいっぱしの冒険者気取りで、魔物の討伐に燃えているんだよねぇ。



「さくら、今日こそは父さんにも、大物を狩らせてくれよ!」


「ハゲチャビンの分際で10年早いんだよ! お父さんはまだミソッカスなんだからね!」


「そこを何とか!」


「しょうがないから、イノシシくらいだったらやらせてあげるんだよ!」


「おお! そうかそうか! 早く獲物が出てこないか、今から楽しみになってきたぞ!」


 おミソの分際で、やる気だけ一丁前なんだよ! まったく困ったものだね。



「ボス! 前方に気配を発見しました! どうやらオークのようです!」


「数が少なかったら私は手を出さないからね。みんなで協力して討伐するんだよ!」


 付き添い役は、このさくらちゃんとアリシアちゃんだよ。危険が及ばないように気は遣うけど、甘やかしても冒険者として独り立ちできないからね。この辺は、相手によって判断するしかないよね。



「ボス! 無事に討伐しました! こちらの被害はゼロです!」


 うん、オークごときに梃子摺っていたら、この先に進めないからね。いい感じで、先鋒を務めた獣人たち3人が倒しているね。肉はまだ大量にあるから、オークはいらないんだよ。見習いたちが適当に処理すればオーケーだよ。



「ボス! 素材を剥ぎ取ってよろしいでしょうか?」


「いいよ! 手早く済ませるんだよ!」


 さくらちゃんにとっては、オークの肉なんて必要ないけど、冒険者になりたての彼らにとっては、貴重な獲物だからね。かといって、そんな大量の肉は持ち運びできないから、この場で必要な素材だけを剥ぎ取る練習もするんだよ。


 装備はこちらで用意してあげたけど、独立採算でやっていかないと訓練にならないからね。この旅で得た素材は、彼らの収入になるんだよ。もちろん、賊の討伐料は別に支払う約束だよ。その分、経費は自己負担だからね。そこまでさくらちゃんたちは面倒をみないんだよ!


 収納魔法を使えるハーフエルフが、剥ぎ取った素材を仕舞ったら出発だよ。



「ボス! 今度は、こちらに突進してくる魔物です! 足音の大きさからすると、ビッグボアのようです!」


「魔法で足止めしてから、斬り付けるんだよ!」


「さくら! ついにお父さんの出番だぞぉぉ!」


 あーあ、ハゲが勝手に前に出て行っちゃったよ。大丈夫なのかな…… 


 

 ドシーン!


 やれやれだよ! 魔法で足止めする前に飛び出して行っちゃったから、案の定ビッグボアの巨体に撥ね飛ばされているよ。木にぶつかってピクピクしているから、さくらちゃんが回復水を飲ませてあげるんだよ。本当に手が掛かるね。


 しばらくすると、ハゲチャビンが意識を取り戻すよ。



「おや? いったい何が起きたんだろうな?」


「何が起きたかじゃないんだよぉぉぉ! ミソッカスの分際で勝手に飛び出すから、撥ね飛ばされて死ぬところだったんだよぉぉぉ!」


「そうだったのか。まあ生きているし、いいんじゃないのか」


 ダメだこりゃ! 当分戦力外決定なんだよ! この調子じゃ、まだ明日香ちゃんのほうが手が掛からないだけマシだよ! ブクブク太ってはいくけどね!



「ボス! ビッグボアを仕留めました!」


「うん、よくやったね! この調子で頑張るんだよ!」


 とまあ、こんな感じで、冒険者としての技量を深めながら、旅を続けていくんだよ。まだまだ学ばなければならないことがいっぱいあるけど、一つずつ自分たちのものにしてもらいたいね。







 サンシーロを発って、ちょうど5日後……


 俺たちは、占拠されている集落の手前までやってきている。馬車にはアリシアを残して、親父と明日香ちゃんの番をしてもらっている。


 俺、妹、美鈴、カレンの4人と、冒険者見習いの獣人7人にハーフエルフ3人を加えた合計14人で、この集落を敵の手から解放しようとしている。 



「まずは、村の内部の状況を確認したいな。誰か偵察に出てもらえるか?」


「私たちが行きます!」


 手を挙げたのは、猫人族のラミアとハーフエルフのシンディーだった。10人いる冒険者見習いの若者の中で、この二人だけ女性だ。それだけに気安く話をする間柄で、種族を超えた仲良しコンビだった。


 ラミアはそのすばしっこい身のこなしと優れた嗅覚や気配察知で、このパーティー全体の斥候役を務めており、俺や妹も信頼を置いている人物だ。順調に育っていけば、将来は相当有能な斥候役を務められそうな有望株だ。


 シンディーは、美鈴が最も期待している魔法の使い手で、今この場にいるハーフエルフの中では、実力ナンバーワンといって差し支えないだろう。新たに作られる学校の教官にも推薦されたのだが、本人の冒険者になりたいという強い意向で、この場に参加しているのだった。


 うん! 女性ながら、このコンビであったら申し分ないだろう。むしろ男たちが気付かない細かな変化まで、仔細に報告してくれるだろう。



「よし、二人に任せよう。できれば、高い木の上から村の内部の様子まで観察してくれ」


「了解しました!」


 こうして、二人が村の入り口付近に接近していく。どうやら途中で二人とも木に登って、枝から枝を渡って前進しているようだ。こんな真似は、元々森に住んでいた種族の血を引いている彼女たちにしかできない。


 20分ほど待っていると、ラミアとシンディーが戻ってくる。



「報告します。入り口には占拠勢力と思しき鎧姿の兵士が2名立っておりました。村の内部は、人の姿は全くなくて、全員が屋内に閉じこもっている状況です」


「そうか…… ひとまず、その門番は魔法で眠らせて正面から踏み込むとするか。一戸ずつ家を回って、敵を炙り出していくぞ」


「「「「「了解しました!」」」」」


 こうして俺たちは、極力物音を立てずに森と村の境界まで静かに進んでいくのだった。



この続きは、午後6時過ぎに投稿します。どうぞお楽しみに!

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