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212 肉戦争

さくらが暴れたぁぁぁ!

 妹がギルド内で大暴れしてくれたおかげで、俺たちは必然的にギルドマスターの部屋に、有無を言わさず連行されている。


 俺たちの他には、ギルドマスターと現場を直接目撃した女性職員が同席している。仏頂面のギルドマスターは、ギルドの敷地内部で騎士が死亡に至った件に関して、どう言い繕うかと頭を悩ませているようだ。


 とはいえ、事情聴取は行わなければならないという使命感で、重い口を開く。



「それで、なぜ冒険者ギルドで貴族と騎士が、合計9人が死亡したんだ?」


「オッちゃんは、何を言っているのかな? 私の肉を泥棒しようとしたら、ブッ飛ばされるのが当然なんだよ! その結果がどうなろうと、さくらちゃんは全然知らないんだよ!」


「いや、泥棒ではなくて、戦争に必要な食糧のために、接収しようと……」


「どっちでも一緒なんだよ! さくらちゃんのお肉を泥棒するんだったら、命懸けで挑むんだね! 倒すか倒されるかの問題なんだよ!」


 女性職員が経過を説明しようとしているが、妹は、取り付く島もなくあっさりと一蹴している。


 そりゃあ、そうだろう! 妹が肉を奪われるなどといった自らの食生活に直結する事案を、そのまま見逃すなど有り得ないと断言しておく! 妹の口に入る品に手を出すのは、即座に敵認定される虎の尾を踏む行為に等しいのだ。おやつに手を出そうとしただけでも、食堂の端から端まで飛んでいく勢いでブッ飛ばされるからな。


 他人の命よりも、自分の肉! これこそが、妹の根源的な倫理観である。弱肉強食の、まさに野生の世界を実践しているといえよう。



「だからと言って、領主と事を構えるのは、ギルドとしては歓迎せざる事態だ。場合によっては君たちに処分を下さないと、ことに嫡男を殺された男爵家は怒りが収まらないだろう」


「それはおかしいわね。冒険者ギルドは、国家から独立した組織ではないのかしら? 政府の干渉を受けずに、独自の運営をしていると記憶しているわ」


「表向きはそうだが、政府や領主とは上手に付き合わないと、ギルド自体の運営に支障をきたすのも事実だ」


「上手に付き合うとは、貴族を殺した冒険者をあちら側に引き渡すことかしら?」


「場合によっては、止むを得ない処置だ」


「あら、そうなの。それでしたら、あなたが考えを改めるように、私たちが、別の解決方法をお見せするわ」


 美鈴は、悪魔の微笑を浮かべている。中身が本物のルシファーだけに、俺の背筋がゾクッとする魔性の微笑みだ。


 しばらくすると、建物の外から騒がしい声が聞こえてくる。



「騎士を殺した冒険者を、今すぐに引き渡せ!」


 ギルドマスターの部屋の窓から通りを覘くと、装備を固めた騎士の一団がズラリと並んでいる。


 人通りは規制されて、冒険者ギルドの前には騎士たちの姿しかない。



「面白そうだから、私が行ってこよう」


 アリシアが美鈴に目配せすると、自慢の槍を手して部屋の外に出ていく。


 その直後に、外から怒声や金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。だが、その音もすぐに鳴り止んで、アリシアは何事もなかったかのような表情で、部屋に戻ってくる。唯一外に出て行った時との違いは、体中に返り血を浴びている点だ。美鈴の微笑の意味が、わかってきたような気がする。これは確実に、物騒な方向に話が進んでいるぞ!



「アリシア、私の意図通りに行動してもらって、感謝するわ」


「偉そうにしている貴族が、嫌いなだけだ」


 美鈴は、アリシアの姿を見て、満足した表情を浮かべている。もうこうなると、後戻りはできないな。俺も腹を括ろうか。



「一応聞いておくが、何をしてきたんだ?」


「外にいた騎士たちを、全員殺してきた」


 アリシアも、実は相当に過激な性格をしているらしい。外見は妹よりもやや背が高くて華奢な体格をしており、その銀色のショートヘアーとエメラルドの瞳で可愛らしいのだが、中身は紛れもないドラゴンだ。敵対する者には容赦しない。


 アリシアの回答を聞いて、ギルドマスターは頭を抱えてテーブルに突っ伏している。胃がキリキリしている頃合いだろう。



「もう、後戻りはできないのよ。ギルドとしての態度を決めておきなさい」


 それは冒険者ギルドに対する、大魔王からの最後通牒であった。事ここに至ったら、ギルドは公爵家を敵に回したも同然という意味だ。こうして、期せずして巻き込まれたギルドマスターの苦悩は続くのだった。



 




 その頃、この街を治めるナルビス公爵家では……



「ライエル様! 冒険者ギルドに遣わした捕縛部隊が、たった一人の槍使いの手によって、全滅いたしました!」


「なんだと! 由緒ある公爵家に牙を剥く不埒者め! 戦の前に何としても捕縛するのだ!」


 ナルビス公爵家の当主であるサルエルは、現在、北部貴族連合軍2万5千人を率いて、王都の手前にある平原に布陣している。この館には嫡男のライエルが残って、本拠地を治めつつ出陣している貴族連合の後詰めをしているのだった。


 冒険者ギルドに直接手出しをしないという紳士協定を敢えて破って、さくらが持ち込んだワイルドバッファローの肉を接収しようとしたのも、めったに手に入らない高級な食材を味方する貴族たちに振舞って、彼らの機嫌を取ろうという、貴族流の見栄が絡んだ目論見であった。


 ところが思わぬ反撃を受けて、配下の男爵家の嫡男を失ったことに加えて、その犯人を捕らえようと送り出した捕縛部隊も全滅の憂き目を見た。これは、メンツを重んじる貴族にとっては、絶対に看過できない。伝統的な貴族としての優越感に浸りきっていたナルビス公爵家の人間としては、反乱行為に等しいものと映っていた。

 

 しかも、間もなく王都の近郊で大規模な戦いが始まる。公爵家の運命が決まる乾坤一擲の大勝負を控えて、本拠地であるナルビスの街がガタガタするのは、何としても避けたかった。一刻も早くこの冒険者による騒乱を収拾しようとする、ライエルの焦りもあったであろう。



「それでは、館に詰めております一個中隊を、冒険者ギルドに送りまする」


「うむ、必ずや、その賊共を捕らえてまいれ!」


「はっ!」


 こうして、ライエルの手勢の部隊から一個中隊が選抜されて、ギルドへと向かう。


 彼らはまだ知らない。すでに自分たちが、死神に魅入られていることは……







 その、30分後……



「ライエル様! 大変でございます! ギルドに送り込んだ一個中隊が、全滅いたしました!」


「なんだと! 一体何事が起きているのだ?!」


「はっ! 報告してきた者の情報によりますと、一人の男が指を弾くと、周辺一帯がいきなり爆発して、巻き込まれた中隊は一瞬で全滅したそうです!」


「相手は、魔法使いか!」


「どうもそのようでございまする」


「ならば、2個中隊に加えて、魔法使いも一緒に送り込むのだ! 何としても、その賊共を捕らえよ!」


「ははー!」


 こうして、第3次の捕縛部隊が、冒険者ギルドに送り込まれるのであった。


 彼らの行く手には、死神よりも、もっと恐ろしいものが待ち構えているとも知らずに……







 冒険者ギルドでは……



「あら、聡史君! ずいぶん早かったのね」


「デコピン弾で、一瞬で終わったぞ」


 建物の外を一個中隊で取り巻く様子を見て、俺が外に出て、圧倒的な火力で殲滅してきた。もうこうなったら乗り掛かった舟だ! このまま一気に最後まで突き進むしかないだろう。俺たちが勝つか、公爵家が負けるかの、戦争だ!


 えっ? 表現がおかしい? イヤだなぁ! 俺たちが負けるはずないだろう。相手は高々公爵家なんだから。

 


「聡史! 次は、父さんが片付けてこようか?」


「ゴブリンを倒した程度で、変な自信をつけるんじゃない!」


 バコッ!



「痛いじなゃいか! 生まれて初めて、実の息子に殴られたぞ!」


「ここで痛い目に遭っているうちは、取り返しは効く。だが、本当の戦争に巻き込まれたら、親父の命なんて、たちどころに吹っ飛ぶからな」


 どうも、俺の親父は異世界生活を、変な方向に拗らせている気がしてならない。警告の意味もかねて、ここは厳しくしておくべきだろうと、俺は判断した。親父は殴られた頭を押さえて、涙目で何かを訴えようとしているぞ。よく見るとその顔は、イジメられた子供のような、なんとも頼りなさげな表情だ。いい年なんだから、もっとシャンとしてくれ!



「お父さんは、まだまだヒヨッコなんだよ! 私たちと同じレベルで物事を語るのは、百年早いんだからね!」


 ダメ押しに、妹にビシっと人差し指を突き付けられて、ついに観念したかのように、親父はガックリと項垂れている。現時点では、味噌っかす! 戦力外! 守られる立場! 以上の3点を、肝に銘じてもらいたい。


 すると、この成り行きを待っていたかのように、横から口を挟む人物が登場だ。



「さくらちゃんのお父さん! 無理は禁物です! 私なんて、これっぽちも戦いたいとは思わないですから!」


「明日香ちゃんは、もうちょっとヤル気を出そうよ! 馬車に乗って、ご飯を食べて、快適なベッドで寝ているだけじゃ、ますます体重が増えるんだよ!」


「ムキィィィィ! さくらちゃんは、なんてことを言うんですかぁぁぁぁ! 失礼すぎますぅぅぅ!」


(図星なんだな)


(どうやら図星ね)


(核心を突かれたようですね)


(反論できないから、キレて誤魔化しているんだよ!)


 俺、美鈴、カレン、妹の4人が、一瞬のアイコンタクトで、認識を共有した。次から明日香ちゃんは、馬車を降りて歩いてもらおうか。レベルが上昇して、体力の数値もかなり高くなったし! よし、決定!


 俺の顔を見て、上記の3人が頷き合う。これで当分の間の、明日香ちゃんの処遇が決まった。こういうのを世間一般では『やぶ蛇』と呼んでいるんだろう。どうか、頑張ってくれ。



 おや、捕縛部隊の第3弾が、表に到着したようだな。



「私が、行ってくるわ」


 ついに大魔王様が立ち上がった! 優雅な振る舞いにも拘らず、その眼には一点の慈悲も宿してはいない。


 その直後、窓の外に見える通りは、漆黒の炎で覆われた。うん、何もかも平常運転だ!



「ただいま! 鬱陶しい魔法使いが、下賤な魔法を飛ばしてきたから、2個中隊もろとも燃やしてあげたわ」


 ガン!


 ギルドマスターが、テーブルに頭を打ち付けている。ゆっくりと顔を上げると、その瞳の焦点が合わずに、宙をさ迷っているようだ。そろそろ、どちらに味方すればギルドの安定が保てるのか、理解できただろうか? ああ、一応はギルドマスターの立場にも、同情はしているよ。形の上で、形式的に……


 そして、わずかの間に20歳くらい老け込んだギルドマスターが、弱々しく口を開く。きっと、今にも胃に穴が開きそうな状態だろう。同情しているんだよ! 形式的には……



「君たちは、公爵家を恐れないのか? この国最大の貴族だぞ」


「特に恐れる理由はないわね。国元には、私に仕える公爵もいるし」


 美鈴さん、公爵は公爵でも、魔公爵レイフェン=クロノワールでしょう! 大元を正せば、大嶽丸だし…… 大魔王様だから、配下の魔族も大勢いるのも事実だけど、今ここで他の世界の事柄を、そこまでゴリ押ししますか?



「??? も、もしかして、あなた様は、身分のあるお方なのですか?」


 おや、ギルドマスターが、急に態度を改めたぞ。魔公爵が仕えているんだから、その地位はもうアレしかないよな。



「ようやく答えに辿り着いたようね。ずいぶん時間がかかった点には、不満を表明するわ。私はこの大陸ではないとある国の、王の座にあるのよ。国名は、この場では明かせないわ」


 さすがにポーズを決めて『大魔王よ!』とまでは、公表しなかったか。ちょっとだけ安心した。そして、その横からは……



「そうそう、美鈴ちゃん同様に、このさくらちゃんも獣人の王様なんだからね! こことは違う場所だけどね!」


 ドヤ顔で、妹が主張している。信じてもらえるかな?



「不用意に王の座を口にするのは、不敬罪に当たりますぞ!」


「安心しなさい。不敬を問われるのは、公爵家のほうですから」


「ということは…… まさか! ほ、本当に……」


「事実よ。さらに言えば、一国の軍事力でさえも、簡単に滅ぼせる程度の力は、持っているわ。聡史君、あなたの魔力の片鱗を、ちょっと見せてもらえるかしら」


「いいぞ」


 軽く請け負った俺は、右の手の平に100万程度の魔力を集める。一塊になって手の平で転がされている、常人から見れば膨大な魔力に、ギルドマスターの体中から、ビッシリと冷や汗が流れ落ちている。それはもう、滝のように。


 あとで、水分と塩分をしっかり補給しておくんだぞ。



「もうやめてください! そんな暴力的な魔力に曝されていたら、私の頭がおかしくなってくる!」


 おかしいなぁ…… この程度の魔力なんて、妹の親衛隊の大好物だぞ。あの危険を厭わない脳筋女子なら、競うように深呼吸を始めるのに…… 仕方がないから、引っ込めてやろうか。俺が魔力を引っ込めると、ギルドマスターはホッとした表情になっているな。ご要望があれば、いつでも引き出して差し上げようか。



「これでわかってもらえたかしら? 冒険者ギルドは、私たちと公爵家、果たしてどちらの味方をするべきかしら?」


「き、君たちの立場を守る! 約束する! この大陸の全ての冒険者ギルド支部に、君たちを丁重に扱うように、文書も送る!」


 こうして、大魔王様の恫喝…… もとい! 脅迫…… じゃなくって! 説得が功を奏して、ギルドは俺たちを擁護する意思表示をした。仮にこの約束を破ったら、ギルドごとあっという間に更地になるのだから、何としても守らなければならないのだ。例えそれが、公爵家を敵に回す行為だとしても……


 でも、安心していいからな。その公爵家というのは、もうじきこの世から存在ごと抹消されるはずだから。 



「それでは、頃合いもいいようですから、出掛けましょうか」


「い、一体どこに行くというんだね?」


 腰を上げた美鈴に、ギルドマスターが怯えた表情で問い掛けているな。聞かないでも、わかりそなものだけど…… 


 ここからが、無慈悲な大魔王様の真骨頂なんだぞ。



「私は、清潔好きなのよ。街の掃除は、きっちり行うべきでしょう。ついでに、公爵家のホコリも叩き出してくるわ」


 門閥貴族というのは、大抵何らかの悪事に手を染めている。中には清廉な領地経営を行っている貴族もいるだろうが、それは圧倒的に少数だ。ましてや、国王の跡継ぎ争いに乗じて戦乱を引き起こすなど、小暗い野心をその心に抱いている俗物だと断じていい。


 俺たちに手を出したこの機会に、景気よく一掃しておこうか。多分この国のためにもなるだろうし…… 保証はどこにもないけど。


 こうして、俺たちは冒険者ギルドを発って、公爵邸へ向かうのであった。







 その頃、公爵家では……



「ライエル様! 賊の捕縛にギルドへ向かった2個中隊と魔法使いたちが、一瞬で全滅いたしました」


「なんだと! 相手は何者なのだ?!」


「様子を監視していた者の話によると、魔法使い風の女でした!」


「今度は魔法使いだと! 賊共は何人いるのだぁぁぁ!」


「少数かと思いますが、相当な手練れだと思われます!」


「この際構わぬ! 大砲を持ち出して、ギルドの建物ごと砲撃せよ! 賊共を匿う忌々しいギルドの連中も、同罪だぁぁぁ!」


「しかし、それでは街の者から反発が……」


「平民など、貴族に黙って仕えておればよいのだぁぁ! このライエルが将来治める土地で、私に逆らう者などあってはならぬ! 大砲を引けぇぇぇぇ!」


 すでにライエルの頭は、募る怒りによって正常な判断が下せる段階を過ぎていた。公爵家の嫡男として甘やかされて育てられたこの男には、対処可能な限界を超えた非常事態にあって、今目の前で起きている出来事を収拾する能力は持ち合わせていなかった。


 ただただ感情的になって怒鳴り散らすその姿に、諫めようとする家臣も肩をすぼめて、ヤレヤレという表情を浮かべている。元々、血統以外にこれといった取り柄のない、ボンボン育ちのバカ息子であった。当主が出征している間、その本拠地を守る嫡男がこの程度の人間であったというのは、公爵家最大の悲劇である。


 逆にこのような人物であったからこそ、当主である公爵は戦場に連れ出さずに、敢えて本拠地に残したのかもしれない。



 剣と魔法が戦いの中心であるこの世界ではあるが、城門攻撃用に火薬を用いた大砲が存在している。その威力は、近代兵器とは比べるべくもないが、石造りの建物の壁を破壊する程度の威力はある。


 軍事物資が集積されている倉庫から引き出された大砲は、2頭の馬が牽引する台車に乗せられて、冒険者ギルドを目指して進む。






 その頃、ギルドを発った聡史たちは……


 俺たちは、馬車をギルドに預けたまま、徒歩で公爵の屋敷に向かっている。街の中心広場を横切って、東の方向にあるのは、すでにギルドマスターから聞き出していた。



「どうやらこのレンガ塀が、公爵の屋敷のようね」


「やたらと広いな」


 美鈴が歩く傍らを俺は付き従っている。なんだか、そうしなければならないような気がするのだ。その時……



「兄ちゃん! この先の曲がり角から、馬車のような物が接近しているんだよ! 馬の息遣いが聞こえてくるからね!」


「止まって様子を見るか」


 全体が停止して、親父と明日香ちゃんの安全確保はカレンに任せる。妹とアリシアが前に立って、その直後に俺と美鈴がスタンバイしている。


 そして、俺たちの視界には、角を曲がった一団が飛び込んでくる。



「どうやら大砲をブッ放すつもりだったみたいだね。さくらちゃんに任せるんだよ!」


「あっ! さくら! 待つんだ!」


 妹のあまりに素早いダッシュに、一歩出遅れたアリシアは懸命にその後を追っている。だが、妹の速度には、中々追いつくものではないな。どれ、俺たちも、もう少し前進しよう。



「止まるんだよ!」


 妹の一言で、その集団の前進がピタリと停止した。大砲を乗せた台車を引く馬が、手綱を引こうが何をしようが、ピタリとその場から動かなくなってしまったのだ。どこの世界でも、動物は妹の言葉に素直に従う。これこそが、獣神の力だ。



「さくらは、足が速すぎる!」


「アリシアちゃん! 馬は私のお友達だから、傷付けないようにするんだよ! 残りは砲兵だから、片付けるのは簡単だよ!」


「わかった」


 こうして、妹とアリシアの、二人掛りの蹂躙劇が開始される。剣を振り上げて抵抗する砲兵たちだが、二人の前に呆気なく倒れていく。



「この大砲は、危ないからもらっていくよ! そこの馬は、公爵の家に案内してよ!」


 妹が大砲をアイテムボックスに仕舞うと、身軽になった馬は軽やかな足取りで踵を返して、来た道を引き返していく。そして、しばらく歩いていくと、屋敷の正門が見えてくる。



「さくら、抵抗する者だけを片付けるんだ。それから一番偉そうなヤツを、生かしたまま捕まえるんだ!」


「兄ちゃん! 了解だよ! さあ、アリシアちゃん、突入だよぉぉぉ!」


 ここまで来たら、妹に任せておくのが、最も安全確実な方法だ。俺たちは、時折横合いから斬り付けてくる残存兵を掃討しながら、屋敷の二階へと上っていく。階段や廊下には、血を流して呻いている兵士が大勢いるが、使用人やメイドにはさしもの妹も手は出さなかったらしい。時折ドアの隙間から様子を伺い、俺たちの姿を見掛けると『ヒッ!』という声を上げて、部屋の中に引っ込んでいく。



 そして、廊下の突き当りの部屋には、若い男がアリシアに槍を突き付けられたまま、両手を上げて立っている。妹は、部屋の壁を叩いて、内部の様子に不審な点がないかを確認している。



「兄ちゃん! どうやらこの壁の向こう側に、空洞があるようだね」


 バキバキバキ!


 3発パンチを放って壁を崩すと、狭い通路が姿を現す。明かりがないので先がボンヤリとしか見えないが、どうやら階段になって地下まで続いているようだ。



「さくらちゃん! ガサ入れを開始するわ」


「美鈴ちゃん! 明るくしてよ!」


 こうして二人が通路の奥に入り込んでいく。しばらくすると、書類の束を手にして戻ってきた。



「面白い物を発見したわ。こちらがこの街の税収の裏帳簿で、こちらは隣国のフランツ王国に南部の領土を割譲する代償に、南部諸侯を挟み撃ちにしようという連判状の控えね。ずいぶんな悪巧みをしているじゃないの。ここまでやっているとは、さすがに呆れたわ」


 美鈴に突き付けられた書状を目の前にして、若い男はブルブル震えるばかりで、何も答えようとはしなかった。ようやく名前だけ聞き出すと、公爵家の嫡男、ライエルとだけ答えた。さて、こいつの身柄をどうするかだな。



「地下牢に繋いでおきましょう。結界で封じておけば、逃げ出す心配はないでしょう。無理やり牢を壊そうとしたら、あなたの心臓が破裂するわ」


 美鈴は、ライエルの胸部に魔法陣を描き、地下牢に押し込めてから、牢全体を結界で封じる。当分の間は誰も近づけないだろうな。その間は飲まず食わずになるが、どうか頑張ってもらいたい。

 

 


 こうして、公爵家の鎮圧を終える。ライエルの他に子供がいるかも知れないが、もうどうでもいいだろう。証拠の品を王宮に届ければ、あとはあちらの仕事だ。すでにこの街の戦力と呼べるものは、大方破壊している。残っているのは、治安維持に最低限必要な警備兵くらいだろう。







 2日後……


 俺たちは、王都近郊の王太子軍と公爵軍が布陣して睨み合っている戦場が一望できる、小高い丘に来ている。



「ミカエル、それじゃあ、一仕事頼んだぞ」


「我が神の尊きお言葉、このミカエル神明に誓って果たしてまいりまする」


 カレンは、すでに白いドレス姿で翼を広げている。これから、王太子の本陣まで使いに出てもらうのだ。もちろんこの世界の天使として、いや、勝利の女神として降臨してもらう予定だ。



「出発してくれ」


「それでは参りまする」


 こうして、翼をはばたかせて、天高く飛び上がっていく。







 公爵軍を迎え撃つ、王太子の本陣では……


 

「殿下、状況は我が軍にますます不利となっております」


「弱気になるな! ここで我らが挫けては、国政はあの奸物に壟断される。それだけは、絶対にあってはならぬのだ! 我が父のご遺志を、何としても果たさねならぬ!」


 王都を守ろうとする王太子の軍勢は、総数1万弱、こうして睨み合っている間にも、次々に脱走を図る兵が続出している。


 対する公爵軍は、2万5千の兵力で半包囲陣形を取りつつ、ジリジリと前進する。このまま包囲が完成すると、王太子軍は逃げ場を失い、最悪の場合全滅すらあり得る状況であった。  



「殿下、我らの命は、すでにないものと思っておりまする。どうか、敵の本陣に切り込むご命令を!」


「ならぬ! みすみす包囲されて、全軍絡め取られるのがオチであろう。逸るでないぞ! このような時こそ、敵の僅かな綻びを探すのだ!」


 王太子は、名君と称されていた亡き前国王の有能な能力を受け継いでいた。劣勢にあっても、最後まで戦意を失わず、その目で隈なく戦場を見取っていた。大軍を動かすのは、そうそう容易いことではない。どこかに連携の乱れが生じる、その時こそ、命を捨てて斬り込む時と、部下を諫めながら冷静に分析していた。





 そして、ついにその我慢が実を結び、奇跡の瞬間を迎える。



「あ、あれは何だ!」


「空を見ろ!」


「何かがやってくるぞ!」


 兵士たちが一斉に空を見上げる。そこには、優雅に純白の翼をはためかせて、染み一つない真っ白なドレスに身を包んだ、天からの使いがゆっくりと降臨してくるのであった。



「聡明なる王の子よ! 天は汝に力を貸しましょう。まずはこれを受け取るのです」


 ミカエルの右手から、紙の束が地に放られる。紙束を拾い上げた部下は、王太子に跪いて差し出す。それはあたかも、天使からの贈り物を捧げるかのような、最高に恭しい態度であった。



「天使様! これらは?」


「汝の敵の悪事の証拠です。これを元に戦が収まり次第、汝の敵たちを糾弾しなさい」


「ありがたき品です。感謝を申し上げます。ですが、我が軍は万端行き詰っております。果たしてこの戦、我が軍は勝てますでしょうか?」


「敵の本陣を見ているのです」


「本陣をですか?」


「見ているのです」


「わかりました」


 誰も一言も発さない。兵士一同が、呼吸すら忘れたかのように、しんと静まり返った陣地、その頭上には、輝ける天使の姿がある。誰もが腹の底から湧き上がる感情で叫びたいのを、懸命に堪えている。



(奇跡が起きた!)


(本物の天使様が!)


(神は我らを見捨ててはいなかったんだ!)


(なんと美しい奇跡なんだ!)


(この戦いの大義は、我らにあり!)


 叫びたいのをグッと堪えて、誰もが天使が指し示した敵の本陣を食い入るように見つめる。そして……






 ズズズズズズズゴゴゴーーン!



 目を覆い尽くす閃光が、一面に広がる。 


 空と大地が一度に割れたかのような鳴動が、一帯に轟く。


 青空を埋め尽くさんがごとくの、壮大なキノコ雲が、天に向かって駆け上る。


 空気を震わせて、耳の奥まで痺れんばかりに、空気が振動を続ける。



 ようやくこの大地の怒りにも似た衝撃が収まったその時、敵の本陣には深い穴が穿たれて、その周辺には動く影すら見当たらなかった。



「我が神の怒りは、ついにこの日結実いたしました。賢明なる王の子よ! 好機を逃してはなりません!」


 天使の言葉に、王太子の軍勢がハッとする。


 目の前に広がるこの光景、敵の本陣が壊滅して、残るは両翼の合計1万ばかりの将兵。しかも、圧倒的な優位を覆されて、右往左往しているのが明らかであった。



「全軍、突撃ぃぃぃぃ! 目標、敵左翼ぅぅぅぅ!」


 王太子の檄が飛ぶと、全軍が火のような勢いで陣を飛び出す。天使の加護を信じる王太子の軍と、天罰さながらに本陣を失った公爵軍では、その勢いの差は明白であった。



「天使様! 天使様はどこだ?」


 王太子は空を見上げるが、すでに光に包まれて遠い空の彼方に消えゆくばかり。空を見上げて、彼は一心不乱に祈るしかできなかった。






 その頃、戦場を見下ろす小高い丘の上では……



「これだけ手伝えば、万が一にも王太子の軍が負けることはないだろう」


 俺は、肩に載せていた魔力バズーカをアイテムボックスに仕舞いこむ。ふと横を見ると、妹と美鈴が俺に向かってサムアップしている。


 何はともあれ、この戦乱は間もなく終結するであろう。ようやく、王都に入れるようだな。こうして、俺たちの南を目指す旅は続いていくのだった。



 後日、王都のギルドで聞いた話だが、ナルビスの街ではこの戦いのことを『肉戦争』と呼んでいるらしい。まあ、これもどうでもいい話だな。

 

久しぶりに魔力バズーカが火を噴く! 大魔王様に尻に敷かれっぱなしお兄ちゃんですが、決めるところでは決めてくれます。次回は、王都編か次の国になるのか、できるだけサクサク進めていきます。


投稿は、来週の中頃になりそうです。どうぞお楽しみに!


たくさんの評価とブックマーク、それから感想もいただいて、ありがとうございました。皆さんの応援を、お待ちしております。

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[一言] 肉戦争・・・なんて家庭内の争い感満載なパワーワードなんだ!!!1
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