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210 二度目の異世界

異世界のテンプレ編で、やや長いです。

 精霊族の村を出たところで、俺は美鈴に話し掛ける。



「この星から日本に戻るには、やはり転移するしかないのか?」


「もちろん転移で戻るつもりだけど、いくつかの条件があるわ」


「条件?」


「この惑星の正確な位置情報を知ることよ。出発地点の座標が不明では、また運頼みで飛び出すことになるわ」


「地球の座標はわかっているから、あとはあこの星の位置がわかれば、転移は可能なんだな。それで、どうやって調べるんだ?」


 かつて俺たちが、異世界から日本に戻って来た際に、銀河系の中での太陽系と地球の相対位置は判明している。邪神を滅ぼしたご褒美で、あの世界を管理する神様から教えてもらったのだ。



「一つは、以前のようにこの世界の管理神に出会って、位置情報を教えてもらうのよ。そのためには、私たちがある程度目立たないと、声を掛けてもらえないわね」


「目立つのは好きではないけど、派手に暴れる人材には事欠かないから、人目に付くのは必然だろうな」


 コッソリと活動しようにも、妹がいる限りは、絶対に人目を引くに違いない。それはもう、かつての世界におけるあやつの所業で、誰の目にも明らかだ。そこに加えて、指一本動かしただけで街を廃墟に変える大魔王様や、うっかり魔力の量を間違えて山を消し去る破壊神がいるのだ。これでは、目立つなと言う方が無理というもの……



「もう一つは、最低でも2年間、地道に天体の動きを観測して、地球の位置を割り出すのよ。魔力的な観測だから、相応の時間がかかるの」


「2年間は、どうにも長いな。それじゃあ、管理神の目に留まる方向で、活動するしかないのか」


「それも、ある意味では運任せだわ。一応、二つの方法を同時に進行するのがいいでしょうね」


「星の観測は、美鈴に任せていいのか?」


「ええ、いいわよ。ただし、今の場所は観測に適さないのよ。最も適しているのは、北極か南極なの」


 さすがにどちらも行きたくないぞ! どちらを選択しても、凍え死ぬ運命が待ち受けているような気がする。



「さすがに私も、寒い場所にはいきたくないから、赤道の近辺を目指しましょう。両極よりも精度は若干落ちるけど、自転軸に垂直な場所なら大丈夫よ」


「ということは、さしあたっては、ここから南を目指せばいいんだな」


「そういうことね。どちらにしても、それなりに時間はかかりそうよ」


「ヤレヤレだな」


 こうして、最低限の方針が決定したところで、俺たちは人が住む街を目指して歩いていくのだった。





 10日後……



「ようやく、人が住んでいる街が見えてきたな!」


 精霊族が住む小さな村で話を聞いた俺たちは、丸1週間をかけて幾多の森や草原を抜けながら、今から3日前に、ようやく人が住んでいると思しき痕跡を発見していた。


 草原に生い茂る草の陰になって、よくよく目を凝らさないとどこに続いているのか見失ってしまうのだが、古びて角がすっかり丸くなったレンガが敷き詰められた古い街道の名残りを発見したのだ。すでに人の手が入らなくなってから、相当の年月が経過しているのだろう。どう考えても、数十年単位で人が通った形跡が、まったく見当たらない。おそらく何らかの事情で打ち捨てられた古い時代の街道の跡が、こうして人目につかないまま放置されていた。


 荒れ果てた道の跡を辿ってをさらに3日進んで、つい今しがたに、さほど高くはない城壁に取り囲まれた、いかにも辺境の街と呼べるような、二千人程度の人口の小さな街が見えてきたのだった。



 この世界に転移してから、すでに十日が経過している。ようやく人が住んでいる街に入って、人心地つけそうだな。しばらく一緒にいるメンバー以外の人間に出会っていなかったので、街を遠目に望む景観にすら、心なしか人恋しさを覚えててくる。




 ようやく街の近くまでやってきたものの、実はここに至るまでに、俺たちはすでに相当な冒険をしていた。普通の人間だったら、ここまで辿り着くのもままならない大きな困難を伴っていただろう。


 振り返って思い出すのは、精霊族の村を発って2日目に、俺たちの前途に立ち塞がった鬱蒼と広がる深い森だ。どうも魔力の濃度がその森だけ異様に濃いようで、見るからに嫌な雰囲気を湛えた森だった。この森が存在しているから、精霊族の村を人族の活動範囲から切り離して、誰も近付けないようにしているんだろう。


 当然、ほとんどのメンバーは、悪い予感を感じてそのまま進むのを躊躇した。だが……



「兄ちゃん! なんだか魔境とよく似ているんだよ! これはきっと、面白そうな狩りができそうだよ!」


 このような事態にあって、俄然張り切ってしまう人物が、人の意見も聞かずに森に踏み込んでいった。獣神とか、俺の妹とか、魔物の天敵と呼ばれている例の超危険人物だ。そして、手当たり次第にそこいら中の魔物を瞬殺していく。


 結局、その森を4日かけて抜け出したのだが、その結果……



 サーベルタイガー(Aランク)×12頭


 キマイラ(A~Sランク、個体によって差があり)×25体


 サイクロプス(Sランク)×7体


 サラマンダー(Sランク)×8体


 バジリスク(Aランク)×11体


 マンティコア(Sランク)×2体


 その他


 壊滅させたオークの集落、3か所(難易度Aランク)


 壊滅させたオーガの集落、2か所(難易度Sランク)


 キラーホーネットの巣、2カ所(難易度Aランク)


 クマ型、オオカミ型をはじめとした、森に住む動物型の魔物…… 無理だ! もう数え切れない


 最後の止めに


 ヒュドラ1体(SSランク) 怪しげな森の主だったかもしれない


(魔物の名称とランクは、かつて聡史たちが赴いた異世界基準なので、この世界ではどのような名称で、どの程度の難易度に評価されているかは、現時点では不明)



 とまあ、これだけの魔物を、妹が一人でほとんど討伐した。他のメンバーは、美鈴のシールドに取り囲まれて、その様子をボケっと眺めていただけだ。その張り切り方が尋常でなく、周囲の安全など無視して暴れまわるので、妹の嵐のような暴力のとばっちりを避けるために、他のメンバーは手出しを控えざるを得なかった。


 ああ、オークやオーガの集落を滅ぼした時には、俺とアリシアとカレンも加わったな。竜騎士の戦闘力を初めてこの目にしたが、俺たちに匹敵しないまでも、中々の腕だったぞ。鎧スタイルのカレンも、物騒な剣を振りかざして奮戦してくれた。仕上げに、美鈴がすべてを真っ白な灰にして一丁上がりだ。1つの集落を更地にするまで、所要時間は30分だった。


 キラーホーネットの巣だけは、美鈴が魔法で丸ごと凍らせて、わずか10秒で片付けていたな。巣の内部に大量に保存されているハチミツを手に入れたかったそうだ。ハチミツが変質しない絶妙な温度設定のおかげで、美味いハチミツが大量に採れた。


 毎朝の朝食に出されるパンケーキにたっぷりのハチミツをかけて、美味しくいただいているぞ。天然の甘い味わいに、明日香ちゃんが、両目をキラキラさせて喜んでいたな。



 ここまで旅をする間の食事は、草原で倒したイノシシを俺とアリシアが解体して、昼と夜はほぼ毎食バーべキューだった。美鈴のアイテムボックスには、食器類も大量に収納されているから、各自が皿を手にして大きな網の上で焼かれた肉の塊に大胆にかぶり付く感じだ。ホームセンターで購入しておいたバーベキューセットが、非常に役立っている。それから、日本から持参した焼き肉のタレが、大活躍したのは言うまでもない。一番大きなサイズを箱買いしてあるから、ストックが切れる心配は当分ないだろう。


 調味料はアイテムボックスに大量に入っているから、食事の味付けに関してはそれほど不自由は感じない。日本と同じ味わいを楽しんでいるぞ! これらは、海外遠征に備えて大量に買い込んでアイテムボックスにストックしていたものだ。醤油や味噌、ケチャップ、マヨネーズ、カレールー、ダシの素まで用意されているんだぞ。さすがは美鈴さんだ!


 主食のコメに関しても、妹が精米所に注文して、5トンほど蓄えていたものを使用している。妹は、イギリスでの苦い経験がトラウマになっているようで、手元にコメが大量にないと不安を感じるそうだ。昨年末に餅つきをしたときに、ついでに注文していた。それにしても、個人がトン単位でコメを買うって、我が妹ながらどういう感覚をしているんだろう? 駐屯地に精米を運んできた大型トラックが乗り付けてきたときは、誰が注文したかでひと騒動起きたんだぞ! とはいえ、こうした状況では助かってはいるんだけど……



 ただなぁ…… 肉料理がずっと続くと、新鮮な野菜が恋しくなってくるんだよな。せっかく街に到着したんだから、生鮮野菜の補給を忘れないようにしておこう。


 寝泊りは、美鈴が用意したコテージ型の宿泊施設で、フカフカのベッドにぐっすりとおやすみなさいだった。さすがに異世界二度目となると、色々な面で用意されている物品の初期仕様が段違いだな。衣食住に関しては、かなり豪勢なキャンプ生活だと考えてもらえば、それほど間違ってはいないと思う。昼間の長距離移動と、魔物との戦いを除けばの話だが……



「聡史! そろそろ父さんにも、魔物との戦いを解禁してもらえないか? 街の近くには、それほど強力な魔物はいないんだろう」


 そうなんだよ…… 魔物を討伐した経験値は、パーティー全体で均等に頭割りされるんだ。妹が手当たり次第に魔物を討伐するおかげで、わずか10日で親父のレベルは、20を超えてしまったんだ。メタボな腹回りだったのに腹筋が6パックに割れて、Yシャツの胸部がパンパンにはち切れそうになっている。


 討伐の現場をボケっと眺めて、森や草原を歩いて、飯を食って、寝て起きたら『ヨッ! キレてる!』『バキバキだ!』と、声が掛かるくらいに、ムキムキになっているんだ。


 しかも、親父はツルッパゲだ! このところ髭も剃らないので、その顔つきに妙に迫力が出てきている。街中のチンピラレベルでは、親父の外見を見ただけで道を避けて進みそうなくらいに……


 こうして変に自信をつけた親父は、このところ毎朝早起きをして、妹の監修のもとに剣を振ったりしている。俺から見ればまだまだ駆け出しの腕で、危なっかしくてしょうがないんだけど、本人はどうもヤル気にが止まらないらしい。40を過ぎての異世界デビューなんて、変に拗らせないでもらいたいな。



「さくらちゃん! 魔物は怖いので、私をしっかりと守ってください!」


「明日香ちゃん! レベルが上がったんだから、ちょっとは自分でも戦ってみようよ!」


「無理です! あんな恐ろしい魔物にどうやったら立ち向かえるんですか! 私には絶対に無理ですから!」


 まあ、明日香ちゃんの気持ちもわからないではない。あの森で遭遇したのは、A~Sランク級の魔物だった。多少レベルが上昇したところで、明日香ちゃんの手に負えるような可愛げのある代物ではない。とは言え、自分の身ぐらいはある程度守れるようにしておかないと、いざという時に困るからな。魔力はゼロのままだが、身体能力はある程度上昇しているんだから、何か武器ぐらいは扱えるようになってもらいたい。

 


 こうして俺たちは、この世界で初めての街へと向かっていく。時刻はまだ昼前だが、こちら側にある門を通る人影は、全く見当たらない。


 美鈴は黒のワンピースに黒のローブをまとった、いかにも魔法使いという姿をしている。アリシアは、自前の活動的なシャツと半ズボンにブーツ姿だ。その他の面々は、迷彩柄の戦闘服に身を包むお揃いの姿で、ある種異様な雰囲気を醸し出している。ああ、忘れていたが、俺の親父はスーツのズボンとYシャツ姿だ。


 妹は両手に、一番安物の革製の籠手を着けて、駆け出しの拳闘士に見えるように努力をしている。もっとも、見る人が見れば、その全くスキのない身のこなしで、ある程度正体がバレてしまうのは、止むを得ないだろう。


 俺とカレンは安物の短剣を腰に差して、剣士風を装う。駆け出しの剣士設定なのだが、その中身は破壊神と忠誠を誓う天使だ。ああ、ついでに親父にも、安物の剣を持たせてあるぞ。ムキムキになった外見と共にその迫力に満ちた風貌の影響で、いっぱしの剣士に見えてくるから、不思議なものだ。


 明日香ちゃんも、手ぶらというのは見栄えが悪いので、安物の弓矢一式を持たせている。弓を一度も触った経験はないが、取り敢えずは弓士になってもらおうか。


 アリシアは、肩に槍を担いで、見てくれはそのまま槍士だな。手にする槍のレベルが相当高い点を除けば、どこにもいそうな冒険者の姿に見える。


 

 こうして俺たちは、誰もいない門へと向かっていく。大門は閉じられており、通用門がひっそりと開けられているだけで、そこにはヒマそうな顔をした一人の門番が立っている。



「お前たちは、見慣れない顔だな。どこから来たんだ?」


「開拓村から冒険者ギルドに登録するために、この街にやってきました」


「おかしいな? ヘンネルの郊外にある開拓村は、こちらの門とは反対方向だぞ?」


 なるほど、この街はヘンネルと呼ばれているのか。脳内にメモしておこう。



「噂で街のこちら側には手付かずの森があると耳にして、少々大回りだけど、下見をしてきまそた」


「破滅の森に足を踏み入れたのか?!」


「イヤだなぁ、その手前までですよ。様子見だけして、この街に向かって引き返してきました」


 異世界転移も二度目となると、こうした嘘八百が簡単に出てくる。戸籍だの住民登録だの面倒な手続きを考慮する必要がないから、口から出まかせを言えば大体オーケーなのだ。必要なのは、押しの強さと腕力!


 それでもうるさく聞いてくるようだったら、金目の物を握らせれば、大抵の門番は見なかったフリをしてくれる。法律や制度などよりも、目の前の現金が、何よりもモノをいう世界なのだ。


 さて、門番の口ぶりでは、俺たちが抜けてきたあの森は『破滅の森』と呼ばれているらしい。またまた情報ゲットだ! 



「まあいいだろう。冒険者は常に不足しているから、お前たちは大歓迎だ! 城門の通行税は、一人あたり銀貨2枚となっている」


「現金の持ち合わせがないから、これでいいですか?」


 俺が胸ポケットから取り出したのは、小粒のルビーだ。異世界基準で小粒と評価されるのであって、地球基準では7,8カラット前後、価格的には百万円くらいに評価されるであろう。こんな物は、アイテムボックスに掃いて捨てるほどあるから、門番にくれてやっても、惜しくも何ともない。


 俺が差し出したルビーを目にした門番は、目を真ん丸にしている。宝石など、貴族様でもない限りは、一生に一度目にするかどうかの大層な代物だからな。



「か、開拓村から来たお前たちが、なぜこんな高級品を持っているんだ?」


 門番の声が微かに震えているな。やはりこの世界でも、ルビーは一定以上の価値があるんだろう。



「魔物を討伐すると、極稀に落とすんですよ!」


「こんな貴重品を落とすなんて、相当ランクが高い魔物を相手にしたとしか、考えられないぞ! 一体どうなっているんだ?」


「たまたま運がよかったのかな。それよりも、この宝石をどうしますか?」


 俺が手に載せたルビーを引っ込めようとすると、門番の態度が明らかに慌てた様子に変わる。本当に、わかりやすいなぁ。



「いいぞ! 全員街に入れ! その石ころは、通行税の代わりに受け取っておく」


「石ころの分だけ、働きを期待しています。いい働きだったら、追加もありますよ!」


「本当なのか! 何でも言い付けてくれ!」 


「そうですか、今後ともどうぞよろしく!」


 さっきまでは高級品と言って目を輝かせていたのに、受け取るときは『石ころ』だってさ。大方、表向きの規則で、ワイロは禁じられているんだろうな。受け取ったのがただの石ころであるなら、それはワイロには当たらないという方便に違いない。


 こうして、異世界の第一関門〔街に入る〕を無事にクリアーした。次の関門は〔冒険者登録〕だな。



「街には無事に入り込んだけど、冒険者登録の前にステータスを偽造しないと不味いでしょう」


「美鈴に任せる」


 やれ破壊神だの獣神だの、おまけに天使と大魔王が勢揃いしているパーティーの情報を、大っぴらに公開はできない。親父や明日香ちゃんのレベルを参考にして、俺たちの数値を手を加えるのだ。



 こうして、人目につかない場所で、ルシファー様がその力を振り翳して、この世界の定理に介入していく。


 個人のステータスは神から与えられたものであって、勝手に数値等を変更できないというのが、一般的な認識だろう。だが美鈴は、あっさりとこの常識を打ち破って、職業と各種数値に手を加えてしまい、いうなれば第2ステータスを作り上げてしまった。


 こうして出来上がったのが、冒険者ギルドで公開しても構わない表向きのステータスだ。もちろん、本物のステータスは別に存在している。こうなると、もうなんでもアリだな。あまりやりたい放題でも問題が生じるから、ある程度の自重が求められるかもしれない。そこら辺は、今後とも応相談ということで……


 


 こうして、ギルドの受付で、一人ずつ冒険者登録の手続きをしていく。カウンターで対応してくれるのは、比較的ベテランの女性職員だ。



「はい、さくらさんは、拳闘士ですね。レベルは20ですか! 初めて冒険者登録するにしては、ずいぶん高いんですね」


「そうだよ! 日頃から、ご飯をいっぱい食べて、鍛えているからね!」


「必要書類とステータスの確認も終わりましたから、このカードに血を一滴垂らしてもらえれば、手続きは完了です」


「これでいいのかな?」


「はい、ありがとうございました。これで、手続きは大丈夫です。こちらが、さくらさんの冒険者登録カードになります。大切なカードですから、失くさないようにしてくださいね」


「おお! Fランクなんて、なんだか新鮮だよ!」


「皆さんは登録したばかりなので、Fランクからのスタートです。頑張って依頼を達成して、一つずつランクを上昇させてくださいね」


「うん、でもなんだか、すぐに上がるような気がするんだよ!」


「さくらさん、冒険者の仕事をナメないほうがいいですよ! 時には、命懸けの危険な仕事ですからね」


「そうだったかな? お手軽ですぐに現金が手に入る、とっても気楽な仕事だと思っていたけど…… まあいいんだよ! それよりも、全員の手続きが終わったら、ここに来る途中で討伐した魔物の買取りをしてもらいたいんだよ!」


「はい、わかりました。それでは後ほど査定をいたします」


 こうして、妹の手続きは無事に完了する。何とかボロを出さないで、登録を終えてくれた。本当に良かった!


 こうして、妹に続いて順番に、各自が登録手続きを終えていく。



「聡史! これが冒険者カードか! 父さんは感動しているぞ! まさかこの年になって、冒険者として活躍する日が来るとは…… うっ、なんだか、目から熱いものが……」


 親父、わずか10日で、ずいぶんな変わりようだな! 『大切な会議が……』とか言っていた、社畜魂はどこに行ったんだ? 今や、異世界生活を一番エンジョイしているのは、ほかならぬ親父だからな! それにしても、ヒゲ面のスキンヘッドが薄っすらと目に涙を浮かべている絵に、いまひとつ共感できないのは、俺だけではないはずだ。


 

 こうして、一番最後に明日香ちゃんの順番がやってくる。



「えーと、明日香さんの職業の〔エントロピア〕というのは、一体何でしょうか? 私も、長らくギルドの受付をしてきましたが、こんな職業は初めてこの目にしました」


「これは、その…… 超レア職業です! 私が保証します!」


 勝手に保証するなぁぁぁ! 明日香ちゃんのどこに、そんな権限が付託されているんだ? もっと自らの発言には、責任を持ってほしい!


 それよりも、やはり、明日香ちゃんで躓いたか…… 明日香ちゃんの不思議な職業〔エントロピア〕は、美鈴の魔力の干渉を撥ね付けて、全く手出しさせなかったんだ。ステータス画面さえも、魔力を受け付けないなんて、明日香ちゃんはとことん魔力とは相性が悪いんだな。


 ところで言葉の響きからいって、明日香ちゃんの職業はエントロピーに関係がありそうだよな。魔力を消し去るのも、何らかのエントロピーの法則に従っているんだろうか? 明日香ちゃんに関しては、本当に謎が尽きない……



「本人が保証しても、意味はないのですが…… 魔力はないようですが、身体能力はそこそこ高いので、登録可と判断いたします」


「ありがとうございます!」


 こうして、若干の躓きはあったものの、全員の登録が無事に終わると、並ぶ者のいなくなったカウンターに、再び妹が進んでいく。



「それじゃあ、討伐した魔物を買い取ってもらうんだよ! どこに出せばいいのかな?」


「横にある買取カウンターにお願いします」


「うーん、ここじゃあ、収まりらないんだよ! もっと広い場所がいいかな!」


「それでは、奥の解体所にお願いします」


 俺たちは、女性係員の案内に従って、建物の裏口の外にある解体所に向かう。



「それじゃあ、まずはこの辺からいってみようかな!」


 妹が、アイテムボックスから取り出したのは……



 ズシーン!


 背の高さが5メートル以上はたっぷりある、一つ目の巨人サイクロプスだった。



「ヒッ!」


 女性係員は、引き攣った声を上げて、その場にバッタリ倒れこむ。想像の範疇を大幅に超えた、とんでもない魔物の姿を見て、意識がブラックアウトしたようだ。



「さくら! いきなりこれは、さすがに不味いだろうが! オオカミから順番に出していくんだ! それから、カレンは係員の記憶を少し手を加えてから、目を覚ますように回復してくれ!」


「なんだ、金貨が何枚になるか、ちょっと楽しみだったのに!」


「すぐに回復します!」


 妹は不平を述べているが、百戦錬磨のギルド職員が失神するって、盛大なやらかしだぞ! もうちょっとその辺が、どうなるかを考えような。そして、カレンの手から回復をもたらす光が放たれる。



「うーん…… あら? 私は何をしていたんでしょう?」


 よしよし、いい感じにカレンが職員の記憶を操作してくれたようだな。サイクロプスは、すでにアイテムボックスに仕舞われているから、目の前には置かれていないぞ。さて、仕切り直しだ!



「それじゃあ、今から出すんだよ!」


 ポイッ! ポイポイポイッ! ポイポイポポイポイポイッ! ポイポイポイポイッ…… ポイポイポイポイッ!


 アイテムボックスに手を突っ込んだ妹は、無数にあるオオカミの死骸を、無造作に床に積み上げていく。



「もう無理です! これ以上は買い取れませんから、止めてくださいぃぃ!」


 妹の前には、オオカミの死体でできた小高い山が完成していた。ざっと100体以上はいるな。この程度の数で悲鳴を上げるとは、このギルド支部は大したレベルではないようだ。小さな街だから、街全体の購買力にも限りがあるのだろう。



「い、今、この支部のギルドマスターを呼んできますから、しばらくお待ちください!」


 こう言い残すと、女性職員は建物の中に駆け込んでいく。階段を上っていくバタバタという音が聞こえてきたから、2階のギルドマスターの部屋まで全力ダッシュをするつもりなんだろう。それにしても、オオカミの死体の山ができている光景も、どうやら職員の慌てぶりからすると、少々不味いようだな。



「さくら、半分は仕舞ってくれ」


「ええ! 邪魔だから、全部出したかったのに!」


「お前が調子に乗って、手当たり次第に狩り尽くしたせいだから、責任もって保管するんだぞ!」


「なんだかなぁ…… この調子じゃ、いつになったら大物を買い取ってもらえるんだろうね? この街はショボいから、すぐにでも金回りのいい街に行こうよ!」

 

 いくら狩りが楽しいからといって、森中の狼がいなくなるまで狩り尽くすのは、少々やりすぎだろう! 地球だったら『自然保護がぁぁ!』などと、各方面から大量の苦情が押し寄せるぞ! もっとも、魔物なんてものは、放置しておくと勝手に湧き出すから、どれだけ大量に狩っても問題は発生しないんだけどな。

 


 しばらく待っていると、階段を下りてくる重々しい足音が聞こえてくる。ギルドマスターのご登場のようだな。



「素材の買取りくらいで、なぜ私が直接出向く必要があるのかね?」


「見てもらえれば、ギルドマスターにもわかりますから!」


 二人のやり取りが聞こえてくるぞ。オオカミの山を見て、どんな反応が返ってくるのか、ちょっと楽しみだな。



「やれやれ、お待たせしたね…… なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」


「私の話を信じていただけたでしょうか?」


 予想通りのリアクション、ありがとうございます! 恰幅のいいギルドマスターが、目を見開きながら口をパクパクしている。何か言いたいようだけど、言葉が口から出ないらしい。早く落ち着いてもらえると、こちらも助かるんだが…… エサを投げ込んだ時の池のコイが、こんな顔をするのを思い出して、ちょっと吹き出しそうななったぞ!



「こ、これは! 年に数頭しか捕れないブルーウルフ! その中でもさらに希少な、変異種じゃないかぁぁぁぁ! 見てみろ! 通常のブルーウルフならば全体の毛皮が濃い青に対して、こいつらは揃いも揃って背中側の毛並みが、シッポの先まで見事な銀色に変化しているぞぉぉぉ!」


「だから、こうしてギルドマスターをお呼びしたんです」


 女性職員は、ギルドマスターの動転した姿を見て、すっかり自分を取り戻しているようだ。双方で泡を食っていたら、買い取りの話が一向に進まないから、これは助かるな。



「それで、いくらで買い取ってもらえるのかな?」


「なんだと! この魔物を討伐したのは、お前たちか! おや? 全員の顔に見覚えがないが、一体何者だ?」


「ほほう! よく聞いてくれたね! 私は、史上最強のさくらちゃんだよ!」


「さくらちゃん?」


 妹よ! ギルドマスターの頭の上に大量の???が浮かんでいるだろう! 両手を腰に当てて、ずいぶんエラそうな態度だな! お前に任せていると、一向に話が進まないから、この場は俺と代わるんだ!



「今日登録したばかりなので、どうぞよろしくお願いいたします。俺たちのパーティー名は『特能隊』です」


 パーティー名を考えていなかったので、咄嗟に出たのは特殊能力者部隊の略称だった。どうやら俺も、妹のネーミングセンスを笑ってはいられないようだ。反省しよう。



「今日登録したばかりだとぉぉぉ! 冒険者になったばかりで、ブルーウルフの変異種を、これほどまで大量に討伐するなど、有り得ないだろうがぁぁぁ! 正直に白状しろ! どんなイカサマを仕出かしたんだ?」


「特にイカサマなどしていませんが、この獲物に何か不審な点でもありますか?」


「獲物ではなくて、お前たちが不審の塊だろうがぁぁぁ!」


 このギルドマスターは、俺たちをまるっきり信じていないようだな。こういう頭の固い輩は、どこの世界でも一定の比率で存在するんだ。だが、こういう手合いに俺たちの力をわからせてやるのは、意外に簡単だ。


 俺は、アイテムボックスから安物のナイフを取り出す。金貨1枚程度で手に入る、どこの店でも売っているような普及品だ。



「な、何をするつもりだ?!」


「このナイフに、傷がないか確認してもらえますか?」


 鞘に納まったナイフをギルドマスターに手渡すと、彼は20センチ程度の刃を引き抜いて、様々な方向から傷の有無をじっくりと見ている。やがて納得した表情で、俺にそのナイフを返す。



「普通のナイフだな。傷はどこにもないようだ」


「そうですか。それを聞いて安心しました」


 俺は二つの意味で安心していた。一つは、この世界の技術水準は、俺がかつて渡った異世界と大差がない点。もう一つは、このギルドマスターには、武器を見定める目が備わっている点だ。



「それでは、よく見ていてください」


 俺は左手で鞘から抜いたナイフの刃を、右手の人差し指と中指で挟み込む。二本の指にちょっとだけ力を加えると……



 パキン! カラン……



「なっ、なんだって!」


 ギルドマスターは、目玉が零れ落ちそうなくらいに、目を見開いている。無理もないだろうな。大して力を込めてもいないにも拘らず、指二本でナイフを折ってしまったんだからな。半分に折れたナイフの先端部分は、乾いた音を立てて床に転がっている。



「信用してもらえますか?」


「わ、わかった! お前たちを信用する! ひとまずは、ここにあるブルーウルフの数を確認して、素材としての質を査定する。しばらく時間がかかるから、その間俺の部屋で話を聞かせてくれ」


「いいでしょう。案内してください」


 ギルド支部の職員が総出で、オオカミの数と素材としての価値の鑑定を開始する。俺たちは、その光景を横目にしながら、ギルドマスターの後に付いて2階へと向かう。全員がソファーに腰を下ろすと、ギルドマスターが話を切り出す。



「君たちは、一体何者なんだ? どう見ても、登録したばかりの初級冒険者には見えないぞ!」


 あれ? 俺たちの総称が『お前たち』扱いから、『君たち』に変化しているぞ。ギルドマスターの頭の内部で、俺たちの立場が格上げされて模様だ。さっきのデモンストレーションの効果はてきめんだな。



「冒険者の素性や過去を詮索するのは、マナー違反ではないですか?」


「それはそうなんだが、ギルドとしては君たちの情報を、ある程度は把握しておきたい」


「話したところで、無駄でしょうね。俺たちは、自分たちの素性を明かす気はないですし。一応最低限の話をしておくと、この国の人間ではないと、覚えておいてください」


「よその国だと! 一体どこから来たというんだ? ここはキアーズ大陸の一番北にあるナウル王国、そしてこの街はその最も北に位置するヘンネルの街だ! どうやって他国からやってきて、突然この街に現れるというんだ?」


 ふむふむ、再び有力情報ゲットだな。キアーズ大陸の一番北にあるナウル王国か…… しっかりと記憶に留めておこう。この街の東には〔破滅の森〕があって、そのさらに東には、精霊族の小さな村がある。頭の中に地図を描いていくようにして、ここまでの情報を記憶しておこうか。



「さあ? 船に乗ってきた可能性もあるし、どうなんでしょうね」

 

「船などで簡単に来れるものか! 海には魔物がそれこそウヨウヨしている。小舟など、魔物の力であっという間に海の藻屑となるぞ」


「まあ、その辺はご想像にお任せします」


 ほほう、海には魔物が多くて、航海には危険が付きまとうんだな。ということは、海上交通は実質的に閉ざされているのかな。



「まあいいだろう。これ以上聞いても、本人が何もしゃべらないのでは、無駄な時間となってしまう。それよりも君たちは、あれだけ大量のブルーウルフを、どこで討伐したんだ?」


「オッチャン! あの獲物は、東の森で、さくらちゃんがほとんど一人で仕留めたんだよ!」


「東の森だと…… まっ、まさかとは思うが、破滅の森ではないだろうな?!」


 また、妹が余計なことを口走りやがった! 場所なんか、適当に誤魔化しておけばいいものを!



「門番からも聞きましたが、その破滅の森とはどのような場所ですか?」


「文字通りの意味だよ。あの森には、異常に強力な個体がひしめいている上に、大抵の魔物が変異種として進化している。あの森に踏み込んで戻ってきた冒険者がいないことから、身の破滅を招く森と呼ばれているのだ」


 予想通りだな。俺たちが、かつて渡った世界の『魔境』と呼ばれる場所によく似ていると思ったんだ。もっとも、魔境のほうが3ランクくらい手強い気がするけど。妹にとっては、ダンジョンの下層と並んで、最高の遊び場だ。腕を磨くにはこれ以上ない、うってつけの場所だからな。



「そうですか。俺たちが出向いたのは、おそらく、その破滅の森の外縁部でしょうね」


 本当は、森のど真ん中を堂々と突っ切ってきたんだが、あまり刺激的な話を口にするのは、得策ではないだろう。正確な部分は、敢えて濁しておこうか。ところが……



「兄ちゃん! 森の一番深い所を通ってきたんだよ! そこそこ強い魔物が出てきて面白かったから、さくらちゃんは、狩りまくったんだよ!」


「さくら! 明日香ちゃんと二人で、飲食コーナーで好きな物を頼んでこい! 腹いっぱいになるまで食べていいから」


「さすがは兄ちゃんだよ! 明日香ちゃん、グズグズしていないで、すぐに下に行くんだよ!」


「さくらちゃん! 待ってください!」


 バタバタと部屋を出ていく二人を見送る。だが、ギルドマスターからのジトーっとした視線が、俺に向かって突き刺さっている。



「どうも妹は、最近物忘れが激しいようで……」


「白々しい嘘をつくなぁぁぁぁぁ!」


 腹の底から発せられた、ギルドマスターの怒声が、部屋の内部に響き渡るのであった。



異世界再転移編は、あと5~7話、長くても10話以内に終わらせて、現代編に戻る予定です。しばらくの間、息抜き気分でお楽しみください。次の投稿は、明日の予定です。どうぞお楽しみに!


たくさんのブックマークをお寄せいただいて、ありがとうございました。皆さんの応援を心待ちにしております。


世界情勢で最近一番笑ってしまった話題を、短めに……



〈ボリビア市民〉


「5Gの基地局がコロナウイルスを発生させて、人々を死に追いやっているぞ! 鉄塔を全部引き倒せぇぇぇぇ!」


「諸悪の根源は5G設備だぁぁ! ボリビアから追い出せぇぇぇ!」



〈ボリビア通信省長官〉


「我が国に5Gの設備は、存在しない! ただでさえ貧しい我が国に、そんな余裕があるかぁぁぁ!」



〈市民〉


「あっ!」


噂は恐ろしい。


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