207 大魔王覚醒
カレンの身柄を要求された聡史たちは……
「ユダヤの魔術師、無駄だから諦めるんだな。貴様ごときの力で、天使をどうこうできるはずがない!」
俺は、仮にも自らの魔力でカレンの中に眠る天使の魂を目覚めさせた存在だ。当のカレンや天使であるミカエルからは『我が神』と呼ばれている。本当はこっぱずかしいので止めてもらいたいのは、当人たちには内緒にしている。
カレンは人並みに常識を弁えているからまだしも、殊にミカエルは俺の言葉を神託と受け取っているくらいだから、横から出てきた赤の他人の言うことなど、耳を貸すはずもないだろう。目の前にいる魔術師やバチカンが血眼になったとしても、全て無駄な足掻きなのだ。当の本人には、従う気が全くないのだから。
だがタミードは、そのような事情など百も承知といった表情で、俺に言葉を投げ返してくる。
「これだから、世間知らずの若造には、いつの時代も手を煩わされるのだ。カバラの秘術の何を知っていると申すのだ? 天界から天使の魂を降臨させる術があれば、その魂を従わせる術があるのも当然であろう!」
なんだって! そんな呪法があるというのか? それこそ、初耳だな! あのサン・ジェルマンですら、天使を従える呪法などとは口にしなかったぞ。どうなっているんだ? 俺は頭をフル回転させて謎を探るヒントを求めようとするが、横から頼りになる援軍が、タミードを詰問する。
「どうせ禄でもない考えを抱いているのでしょう。せっかくだから聞いてあげるわ。天使を手に入れようとする目的を白状しなさい!」
「立場を弁えぬ愚か者が! まあ、よいか。その問いに答えてやろうとも! 我がユダヤ三千年の悲願、悪しき民を滅する黙示録を天使の力で引き起こして、しかる後に、我らが神が支配する楽園を建設することよ! この世界は一旦滅び去りて、神の手によって新たな秩序が打ち建てられるのだ!」
「戯けた世迷言を! ユダヤ教原理主義者の石頭が、思いつきそうな妄想だわ。もう一度エルサレムが灰燼に帰したら、そんな妄想から目を覚ますのかしら? 今回の一件が解決した暁には、楽しみにしているといいわ!」
我が幼馴染の大魔王様は、相変わらず挑戦的な口調でタミードを刺激しまくっている。あいつの顔が真っ赤になって、いまにも血管が切れそうだな。もしかして、わざと怒らせて、正常な判断力を奪おうとしているのか?
そうだった! カレンが目的だと聞いて、俺の頭に一つの疑問が湧き上がったんだ。ついでだから、聞いておくか。
「それにしても、この場に天使がやってくるとよくわかったな。誰が出動するかなんて未知数だろうに、何故この場に天使が来ると知っていたんだ?」
「そなたは、満更間抜けでもないようであるな。我は、天使の魂が日本に持ち去られたと聞き及んで、すぐさま日本へ潜入したのである! 長年にわたって誕生した天使の情報を集めて、ついに数年前に誰が天使かを特定した。その後は監視を続けて、準備に余念がなかったと伝えておくか。ともあれ、この場に天使がやってくるのは、我の目に映る星の動きによっても明らかであった」
結局は、占いかよ! 妹の野生の勘と大差ないぞ! おや、美鈴がまだ何か言いたそうだな。
「占星術とは、ずいぶんクラシックな方法で未来を割り出したものね。結果として正解を選んだから、そこそこの腕だと認めてあげようかしら。さて私たちは、具体的に何をすればいいのかしら?」
「ようやく無益な前置きが終わったようであるな。そこなる神埼カレンを引き渡してもらおうか。こちらが預かっておる人質と交換して進ぜよう」
おいでなさったぞ! ここからが、父親を取り返す正念場だ! ただし、カレンを簡単に引き渡すわけにはいかない! 何とか先に父親の身柄を確保するスキを見い出せないだろうか? その時……
「聡史様、私が参ります!」
「カレン! 落ち着くんだ! ちょっと待て!」
カレンは、俺の意見にすら従わないという強固な意志をその瞳に宿している。だが、ここで彼女が動くのは、相手の思う壺だぞ! どうする?
「聡史様! 民間人の保護は国防軍の一員である私の務め。ましてやその対象が、聡史様のお父様であるならば、なおさらです! 私が参ります!」
「カレン、ちょっと待て!」
俺の言葉も聞かずに、カレンは一味が並んでいる場所に向かって歩き出していく。美鈴にアイコンタクトを送ると、彼女は黙って頷くのみであった。もしかして、この状況を打開する策があるのか? だが、そんな甘い期待をアテにしていても、今はしょうがない。今更後戻りできない以上、状況に応じて臨機応変に動くしかないと、腹を括ってやるぞ!
「ホッホッホ! 天使よ、よくぞ我の下に参ったぞ! さすれば、我の右側にある目印に上に立ってもらおうか」
タミードのいやらしい笑い声がホールに響くが、俺たちはカレンを見送ることしかできない。人質を取られているという状況が、これほどあらゆる可能性を縛ってしまうとは、思ってもみなかった。魔力さえ使用できれば苦も無く解決可能なのだが、肝心の魔力が封じられているというのも、ますます状況を困難にしている。
「さて天使の身柄は、我の手に入ったも同然! 今更この人質に用はない故、誰ぞ引き取りに参れ!」
妹と美鈴に一つ頷くと、ドサッと乱暴に放り出された父親が寝転がされている場所へ、俺が一人で向かう。その間も、カレンと敵の様子に視線を配りながら、最大の警戒心を持ってゆっくりと進んでいく。
俺が5歩ほど足を進めると、カレンが立っている床に変化が現れた。虹色に煌めく魔法陣が現れて、その内部に立たされているカレンの表情が、苦悶に歪む。
「天使よ! 苦しいのは束の間の時間である! もうしばらくするなら、意思を持たぬ天界の術式を紡ぎ出すだけの、人形に成り代わるのである!」
カレン! しばらくの間何とか辛抱してくれ! 絶対に助けるから、待っていろ! 俺は父親の体を抱え上げると、美鈴たちがいる場所へダッシュしていく。
「もう邪魔者には用はない! この場で消し去れ!」
シャキーン!
タミードの左右に立っている男たちが、一斉に銃口を俺たちに向ける。
俺は、抱えている父親の体を彼女たちがいる方向に放り出すと、アイテムボックスからゴリアテの盾を取り出す。
ドシーン!
重さにして1トン近いアダマンタイト製の超大型の盾を床に据え付ければ、父親と美鈴たちの安全は、ひとまず確保できるな。
パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
8丁の自動小銃が一斉に火を噴くが、大盾に阻まれてこちらに弾丸は届かない。床に転がっている父親と美鈴、明日香ちゃんの安全を確保するために、俺は両腕に力を込めてゴリアテの盾を支える。おや、背後で小さな影が、動き出したぞ。
「さくらちゃんに任せるんだよぉぉぉ! 太極波ぁぁぁ!」
妹は突如縦の陰から駆け出しながら、右手から例の闘気を放った。
ドッパーーン!
カレンとは反対側に並んでいた男たちは、きれいに薙ぎ払われているが、それでも残った男たちは、妹に盛んに銃弾を浴びせていく。
盾の陰から顔を覘かせてその様子を観察するが、さすがの妹をもってしても、この虚数空間では日頃の動きは難しいようだ。魔力のアシストがあてこそ、あれだけの身体能力を発揮するのであって、素の状態で複数の自動小銃を圧倒するのは、少々厳しいようだ。それでも、太極波で3人を仕留めているから、飛んでくる弾数はかなり減っている。
だが、妹も無傷というわけにはいかない。手足の数か所から血を流している。助けに駆け付けたいが、大盾を支える人間が、どうしても必要だ。頼むぞ、さくら! この場をお前の力で何とかしてくれ!
「まだまだ頑張るんだよぉぉぉ!」
妹の雄叫びに似た声が、フロアーに響く。怪我を負いながらも、縦横無尽に動き回って、敵の狙いを逸らしながら銃弾を投げ返す隙を窺っている。
「くぅぅぅ」
魔法陣に囚われているカレンの口から、苦痛に満ちた声が漏れている。こちらも早く何とかしたいが、気持ちばかりが焦ってしまい、どうにももどかしいい。その時、大魔王様が……
「今から切り札を使うから、聡史君と明日香ちゃんはよく聞いて! 特に明日香ちゃんが、この場は一番の頼りよ!」
「西川先輩、わかりました! 私、頑張ります!」
「美鈴、どんなに危険な作戦でもいいから、早く説明してくれ!」
俺と明日香ちゃんは、真剣な表情で美鈴を見つめる。この不利な状況を引っ繰り返せるのだったら、あらゆる危険に挑んでやるぞ!
「ここは虚数空間、実数が虚数と入れ替わって、空想の数字になっていることは、さっき説明したわね」
「ああ、聞いたぞ」
「でも、虚数空間にあっても、唯一実数として存在するものがあるのよ」
「なんだって! それは、なんだ?」
正確な理論として捉え切れない俺の頭では、美鈴が何を考えているのか全く把握できない。この場は、彼女の頭脳に頼るしかない。
「唯一、この場に実数として存在するもの…… それは、時間よ」
「時間?」
「虚数空間にあって、時間だけは確実に実数として存在するのよ。時間は、後戻りしていないでしょう?」
確かにその通りだ。この空間の内部でも、時間は過去から現在、そして未来へ向かって動いている。で、その時間をどうするつもりなんだ?
「今から時間に干渉するわ。具体的に言えば、30秒間時間を止めるから、その間にカレンを救い出してもらいたいのよ」
「わ、私は、どうすればいいですか?」
「おそらく明日香ちゃんは、時間干渉すら無効になるはずよ。その間は、明日香ちゃんだけが自由に動けるの。だから、その手で魔法陣を消し去って、カレンをこの場に連れてきてもらえるかしら?」
「わかりました! 私、絶対に成功させてみます! カレンさんを無事に連れてきます!」
なるほど! 美鈴は物凄いことを思いつくな! 明日香ちゃんの不思議能力だったら、美鈴の魔法すら無効化して、時間が止まった世界で自由に動けるのか。明日香ちゃん! どうかカレンを取り戻してくれ! 頼んだぞ!
「美鈴、大体のことは分かったが、俺は何をすればいいんだ?」
「聡史君は、私に魔力を供給してもらいたいの。それも、限界を大幅に超える大量の魔力が必要よ」
「危険だぞ! 魔力が暴走する可能性が高い!」
「私は、魔力制御の第一人者よ! 暴走を食い止めて、必ずこの術式を完成させて見せるわ!」
美鈴の意思は、どうやら先ほどのカレン以上に強固なようだ。危険な賭けだが、美鈴に従うしかない。
「それで、具体的にはどうする?」
「口移し!」
「は?」
「口移しよ! 急いでいるから、早くして!」
美鈴は、俺の首に両腕を回して、強引に自らの顔を近付けてくる。ええい! こうなったら、開き直って堂々と受けて立とうじゃないか!
俺は美鈴に唇を合わせて、体内の魔力を流し込んでいく。空間内で魔力の働きは無効化されてしまうが、体内に保持している魔力には、何ら影響はないようだ。
「あわわわわ! さくらちゃんのお兄さんと西川先輩が、キスしていますぅぅぅぅ!」
だから明日香ちゃん、頼むから誤解しないでくれ! キスしているんじゃなくて、魔力を移しているだけだから!
それよりも、そろそろ美鈴に供給する限界が近づいているけど、本当にこれ以上流し込んで大丈夫なのか? 俺は美鈴にアイコンタクトで心配を伝えるが、彼女は横に首を振るだけで、どうやらこのまま続けろという指示だ。
(限界の2倍を超えたぞ! もう止めるか?)
(まだまだ!)
(3倍を超えたぞ!)
(まだまだ!)
(5倍を超えたぞ!)
(まだまだ!)
この辺から、美鈴の表情が一気に険しくなってくる。体内に流れ込んだ俺の魔力を、必死で制御しているんだろう。だが彼女の意思は、俺の想像以上に固かった。俺の首に回した両腕を、絶対に離すものかと、ますます力を込めていく。
美鈴の意思に従ってさらに魔力を流し込んでいくと、許容量の7倍を超える辺りで、彼女の体が煌めく光に包まれていく。不味いぞ! 魔力が暴走する前兆が始まった! だが、美鈴はなおも腕を離す気配がない。これ以上は、本当に危険なんだぞ!
そして、約10億の魔力が流し込まれると、美鈴はようやくその腕をゆっくりと話していく。カレンが天使として目覚めた時とほぼ同量の膨大な魔力が、美鈴の体内で暴走しないかと、冷や冷やしながら様子を窺っていると、彼女を包む光はまずます強くなっていく。
ドドドーン!
そんな効果音とともに光が収まると、そこには漆黒のドレスをまとい、背中から黒い翼を生やした大魔王様が、爆誕していた。
「数千年ぶりに、我の魂が目覚めたな。スサノウよ、礼を申しておくぞ!」
「えーと、どちら様でしょうか?」
「我を見忘れたとは、そなたも耄碌したか? 色々と名はあるが、近年ではルシファーと呼ばれる機会が多いな」
本物でしたぁぁぁぁぁぁ! 偶然の産物なのか美鈴のコードネームと同じ、聖書の記述でいうところの地獄の支配者様が、俺の前に立っている。ミカエルとなったカレンと同様か、もしくはそれ以上の圧倒的な迫力をその体に内包しているぞ!
どうやらまたしても、やっちまったようだな! 俺の魔力で、天使に続いて悪魔の大王まで復活させてしまった。
誰もがまさかと思うよな。カレンの中に天使の魂が眠っていたのは、魔女が行った御霊卸の儀式のせいだと判明している。だが美鈴の中に本当にルシファーがいたなんて話を、信じろというほうが無理なんじゃないか?
でもなぁ…… 美鈴が、異世界で得た称号が〔大魔王〕だからなぁ。本物の悪魔の王が潜んでいても、当然といえば当然かなぁ……
それよりもどうしよう…… 悪魔と天使って、犬猿の仲なんじゃないのか? カレンと顔を合わせた途端に、天地を引き裂くような大喧嘩が始まるかもしれない。はっ! そうだった! カレンを忘れていた! 早く助けないと!
「そこのルシファーさん! 今から時間を止めてカレンを助ける算段は、どうなっているのでしょうか?」
「そなたは何を申しているのだ? 我よりもはるかに格上の身でありながら、そのような話し方をされてしまうと、むず痒い心地になるぞ」
俺が格上だって? 確かに破壊神だけど…… 一応は神様のはしくれだから、俺のほうが上ってことでいいのか? そんなどうでもいい問題は、この際横に置いておこう!
「今は格の話はどうでもいいから、早くカレンを助けましょう!」
「おお、そうであったな! 久しぶりに眠りから覚めた故に、ついついはしゃいでしまったようだ。さて、術式はすでにこの娘が、スマホなる物の内部に作り上げておる。この怪しげな空間であっても、十分に発動が可能であろう。そこなる小娘よ、存分に働くのであるぞ!」
「はい、頑張ります!」
明日香ちゃんも、突然現れたルシファーさんに目をパチクリしていたが、妹同様に大して深く物事を考えない性格だから、もう普通に受け答えしているよ。
「それでは、時間干渉魔法を発動するぞ! 我もこのような大魔法を用いるのは、二万年ぶりであるな。それ、ポチっとな!」
そして時が、止まった。
時間が止まった世界では、明日香ちゃんが……
ひょえぇぇぇぇ! 本当に私以外は、動きを停止しています! さくらちゃんに向かって撃ち出された銃弾が、空中で止まっているんですよ!
その銃弾が大量に襲い掛かってくる中で、さくらちゃんは器用な姿勢で避けていますね。これが俗に言うマトリック〇避けってやつではないでしょうか?
でも、動きが止まった表情には、いつもの余裕が感じられません。かなり必死になって、防戦しているんでしょうね。面白そうだから、顔に落書きしてみましょうか。
違いました! カレンさんを助けなければいけなかったんです! 急がないと、あまり時間の余裕がありませんね。ちょっとビクビクしながら、魔法陣に近づいていきます。カレンさんは、すごく苦しそうな表情ですね。今助けますから、待っていてくださいね!
パチン!
私が、魔法陣の端に手を触れると、その瞬間に魔力が消え去って、魔法陣は力を失いました。何回か西川先輩と一緒に練習したから、バッチリですね。さあ、今のうちにカレンさんを盾の内側へ運びましょう。
うっ! かなり重たいです! 時間が止まっているせいで体が硬直しているカレンさんを、引き摺るようにして運びますが、足が中々進みません。急がないと、時間が動き始めてしまいます! 気持ちだけ焦っても、距離が縮まらないです!
ピキッ!
その時、何かがヒビ割れるような音が頭の中で響いたかと思ったら、再び時間が動き出しました!
大変です! 敵に私とカレンさんが一緒にいるのが、敵にバレてしまいます! でも、その時……
「明日香ちゃん! よくやった!」
黒い鎧に身を包んだ厨2病のお兄さんが、駆け付けてくれました! 私とカレンさんを両脇に抱え上げて、すごいスピードで盾の陰に放り込みます。痛たたた…… お尻から着地して、目から火花が出ました。でも、無事にカレンさんを取り戻せて、本当に良かったです!
カレンと明日香ちゃんを救い出した聡史は……
「さくら、一人でよく頑張ったな! 殲滅を開始するぞ!」
「兄ちゃん! 遅いんだよ! ここから、ガンガン行くよぉぉぉ!」
戦闘服に血を滲ませながらも、妹の闘志は衰えない。それどころか、俺が駆け付けて敵の小銃の標的が分散したのもあってか、ここから攻勢に出ようと目を爛々と輝かせている。
相変わらず豪雨のように銃弾が飛んでくるが、俺は体に当たる分は無視して、顔目掛けて飛んでくる弾だけ払い除けながら、小銃を構えている男たちへ一直線に突き進んでいく。
「まとめて死んでいけ!」
フラガラッハを横薙ぎに一閃すると、引き攣った表情でこちらを見つめる男たちは、3人まとまって胴体の真ん中で真っ二つになった。妹も、残りの二人を片付けたようだな。すでに銃声は止んで、立っているのはタミードと、その横で槍を手にする男だけとなっている。
「貴様らぁぁぁ! よくも我が手に入った天使をぉぉぉ!」
タミードは、相当に怒り狂った表情をしているな。手に入ったと思ったら、こちらに奪還されたんだから、悔しさも2倍となっているのだろう。せっかくだから、新たに登場したあの方を紹介してやろうか。冥途の土産話にはちょうどいいだろう。
「天使だけだと思っているのか? おーい、もう姿を見せていいぞ!」
俺が声を掛けると、大盾の向こう側からミカエルとルシファーが揃って顔を出す。純白のドレスに真っ白な翼を広げたミカエルと、対照的に真っ黒なドレスと黒い翼を背負うルシファー、そのコントラストは荘厳ですらある。その後ろには、付き人のような雰囲気で明日香ちゃんも立っている。
よしよし! 二人の姿を見て、予想通りタミードは、引っ繰り返るような驚き顔をしているぞ。よかったら、二人一度に相手をしてみるか?
「な、何者だぁぁ!」
「卑しきゴミ風情が! 我の前で人を真似た口を利くでないぞ! 我が名はルシファー! 暗黒と冥界の支配者と知っておくがよかろう!」
「ま、ま、まさか…… 悪魔の王が、何故この場に……」
さっきまでの自信満々の勢いなど何処へやらで、タミードは顔色が様々に変化している。
「さて、ゴミの処分は年少者の役目故に、ここはミカエルに譲るとしようか。汝は、その気になれば一人で解決できたものを、何故をもってこのような回りくどい芝居を打ったのだ?」
「ルシファー殿も、わかっていながらそのようなことを申すのかな? 言わずと知れたことではあるが、この機会を利用して、貴殿を目覚めさせようとしたまで」
仲良しかぁぁぁぁ!
ミカエルとルシファーは、ずいぶん気心が知れている間柄のようだ! それよりも、なんだって? ミカエルは、俺にも黙ってこんな小細工をしていたのか!
ルシファーを目覚めさせるためだって言っているが、ということはカレンは、美鈴の内部にルシファーがいるという事実を、元から知っていたのか。なんだかすっかり、一杯食わされた気分だぞ。
「さて、ルシファー殿から役割を賜ってしまったな。我が神よ、そこなる愚にもつかない魔術師は、我が手で処分してよろしいでしょうか?」
「お、おう! ミカエルに任せる」
「さすれば、一旦失礼いたしまする」
ミカエルの体は、眩い光に包まれる。そして、その光の中から出てきたのは……
「おお! 兄ちゃん! カレンちゃんの鎧バージョンだよ! 香港でこの姿になって、大暴れしたんだよ!」
「なんだって! ミカエルって、物理攻撃も可能だったのか?!」
「我が神には及びもつきませんが、それなりに嗜んでおります」
「ということは、この虚数空間であっても、十分に戦えたと?」
「はい、仰せの通りです」
「なぜ、言わなかったんだ?」
「我が神から問われなかったので、何も申しませんでした。我が神のお考えこそが、全てに優先いたします」
そうだったな…… 俺は、ミカエルに物理攻撃能力がないものと信じ込んでいた。根本的な作戦ミスだな。大きな反省材料だ。
ピコーン! 閃いた! 美鈴…… じゃなくて、ルシファーにも確認しておこうか。
「ちなみに、そこのルシファーさんは、物理攻撃のほうは得意なんですか?」
「そうよなぁ…… ポセイドンあたりと大立ち回りをする程度の腕であるな。あやつの三叉槍は、中々に鋭いのでな」
十分だろうがぁぁぁぁ! だったら、わざわざ時間を止めて明日香ちゃんを行かせるなよ! お前が一人で行けば、それだけで全部終わっているじゃないか! そもそも、明日香ちゃんを助けに俺が飛び出したとき、お前があの重たい盾を支えていたよな。パワーだって、十二分じゃないかぁぁぁ!
もう、本当にこいつら、扱いにくい!
「兄ちゃん! 早くこいつらに止めを刺そうよ! 誰もやらないんだったら、このさくらちゃんがやっちゃうんだよ!」
ここにも待ちきれない人物がいたな。せっかくミカエルが鎧姿になってやる気を出しているんだから、一任する方針で!
「ミカエル、いいぞ!」
「はっ!」
切れ味バリバリの剣をスラリと引き抜くと、ミカエルはタミードに向かっていく。殺意を漲らせる天使を目の前にして、タミードはガタガタ震えるばかりで、抵抗の意思すら示さなかった。
「成敗!」
唐竹に振り下ろされたミカエルの剣は、タミードを脳天から真っ二つにすると、その勢いのまま、横にいる男に剣を突き付けるのであった。
ただでさえ恐ろしい大魔王様が、ついに、ついにその本性を明らかにしました。まさか、本物だったなんて…… この続きは、週の中頃に投稿する予定です。どうぞお楽しみに!
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