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18 帰り掛けの寄り道

前回スクランブル交差点の戦闘を目撃したアメリカの帰還者から報告がもたらされたところから今回のお話がスタートします。


後半は舞台が日本に戻って、全く別の話題になりますのでご承知おきください。

ここは合衆国のホワイトハウス、マギーとダニエルの報告を手に訪れた国務長官とマクニール大統領がソファーで話をしている。



「なんだと! この報告は事実かね」


「大統領が直接命じた2人からの報告ですから、信じる外ありませんね」


 国務長官と2人で顔を突き合わせてマクニール大統領は深刻な表情を浮かべている。


 渋谷での戦闘を偶然目撃したその報告書には『敵対は無駄、常識を超えた日本の新たな帰還者の力は全米の帰還者が束になっても敵わない』と記載されている。実際に帰還者同士の戦闘が公式に確認されたのは今回が初めてのケースであり、その報告内容は極めて高い注目に値するのだった。 


 マクニールが深刻そうなのは帰還者の数の上では他国を圧倒している合衆国の優位性が、ダニエルがもたらした報告によって脆くも崩れ去った瞬間を迎えてしまったからだ。それほど新たに日本に現れた帰還者の能力は衝撃的だった。


 一般的な認識として帰還者には重火器で固めた1個連隊を用意しなければ相手が務まらないとされている。一般人の理解を超えた強大な力を持つ相手に対して、日本に現れた新たな帰還者は何も苦労した様子もなく赤子の手を捻るようにして倒してしまったというのだ。それもそのとんでもない力を持つ帰還者が1人ならともかくとして、まとめて3人出現したというのだからこの予測不能な事態に対処しなければならないのは合衆国大統領にとって大きな頭痛の種だった。



「大統領、我々がとるべき道は3つあります。日本との同盟関係を維持して中華大陸連合に合同で当たる。日本の帰還者を危険な存在と看做してこれをあくまでも排除する方向に動く。日本と中華大陸連合の争いを当面は見守って、どちらか明確に弱ったら優勢な方に加担する。どの道を選ぶかによって我が国の運命が決まります」


「それぞれにメリットとデメリットがあるはずだな」


「その通りです。日本と協調するには強大な帰還者の存在を許容するという問題に直面します。この場合は覇権国家としての我が国の地位が大きく揺らぐ結果が生じる可能性があります」


「そうだろうな、我が国がこうして世界に君臨していられるのは、軍事経済両面で世界一の力を誇っているおかげだ。そのうちの片方の柱である軍事面が大きく揺らぐのはおいそれと看過できないな。2番目はどうだ?」


「もし報告にあるような力を持つ帰還者だった場合は、対立した時点で我が国の帰還者たちが全滅に近い大きな被害を受けるでしょう。戦略兵器や通常兵器では我が国は日本を大幅に上回っていますが、それらを動員しても果たして対処できるかどうか疑問の余地が残ります。その結果我が国の軍事力が大幅に低下するだけでなく、日本との同盟関係が破綻して中華大陸連合を利する結果になります」


「せっかくここまでチャイナの連中を追い詰めてきたのに、それでは本末転倒だな。最後の案はどうだね?」


「日中の対立から距離を取れば日本との同盟関係に一時的にヒビが入りますが、政治的なメッセージを発し続ければ傍観者の立場を維持するのは可能です。更にミサイル等を日本に売り付ければ対日貿易赤字の解消も大幅に見込めます」


「そうか、防衛産業が潤うのは我が国にとっても望ましいな。当面は推移を見守る方向で行くとしようか。それにしても日本の『神殺し』1人に散々煮え湯を飲まされてきたところに、新たな超大物帰還者の登場とは私も頭が痛いよ」


 大統領の政策において最大のブレーンがここに居る国務長官だ。彼の分析力と予見性はホワイトハウスの中でも最大限に信頼されている。こうして大統領と国務長官の話がまとまりかけたところに、血相を変えた秘書官が駆け込んでくる。余程の切羽詰った事件が発生したらしい。



「大統領、ロサンゼルスとサンフランシスコで大規模な暴動が発生しました。どうやら中華大陸連合の工作員が扇動しているようです」


「なんだと! すぐに鎮圧に乗り出せ! 州軍の手に負えない場合は連邦軍の出動を許可する」


「大統領、どうやら我々も巻き込まれたようですぞ。おそらくは侵攻を開始した沿海州方面での決着が付くまで我々に手を出させないようにするのがチャイナの狙いでしょう」


「チャイナのゴロツキどもめ、小賢しいことをしてくれるな! この国が本気で怒りを示す姿をどうしても見たいようだ。日本と電話会談を至急準備してくれ」


 こうして合衆国大統領の長い1日が始まるのだった。





「良識ある合衆国国民の皆さん、現在西海岸のロサンジェルスとサンフランシスコで大規模な暴動が発生しています。州軍とFBIが鎮圧に乗り出していますが、暴徒の勢いはいまだに治まる気配を見せていません。愛国心に溢れる国民の皆さん! 安易に暴動に加わらないでください! これは中華大陸連合の工作員によって仕組まれた陰謀です。合衆国政府の目を暴動に釘付けにしている間に、極東ロシア方面に侵攻している軍の優位を確かなものにしようというチャイナの策略に乗ってはなりません! もしこのまま暴動に参加する人間はこの時点でチャイナに与する反逆者として取り扱い、合衆国国民としての権利を剥奪した上で徹底的に鎮圧します」


 大統領のテレビ演説が全米のネットワークに流されている。5年前の中華人民共和国の崩壊で一時的にアメリカ経済もダメージを受けたが、ここ最近はようやく立ち直りを見せて安定した雇用と堅実な消費が続いていた。まったく兆候も火種もなしに発生したこの事件の一部始終をニュースで知った一般の多くの国民にしても、今回の暴動の発生ははあまりに唐突な上に不可解で社会全体が『何か変だ』と思っていたところだった。


 そこに今回の暴動の背景が大統領の口から語られると、全米の世論は『中華大陸連合を打倒しろ!』一色に染まっていく。日頃は個人主義が徹底しているアメリカ社会は、一たび外敵の脅威に晒されると一致団結するのが特徴だった。



 反中華大陸連合一色に染まった世論に押されて、その結果として暴動の勢いは急速に衰え首謀者としてマークされていた中国系のアメリカ人や不法滞在者が多数逮捕されるに至る。各都市に点在するチャイナタウンは軍によって封鎖されて、内部の住民たちは移動を禁止となった。


 この事件を境にして、合衆国は中華大陸連合に対してより強硬な態度を取るようになるのだった。









 話は再び日本に戻る。渋谷での事件が無事に解決した翌朝・・・・・・



「ふーん、アメリカでも事件が起こったんだ」


 朝のテレビニュースで暴動の様子が流されている。通りに駐車してある車が引っ繰り返されたり、商店が襲撃されている光景が画面から流れているよ。警察や軍が一列に並んで催涙弾を発砲しているな。あっちの国はその辺の暴徒でも銃を持っている可能性があるから容赦しないね。


 俺たちは市ヶ谷の駐屯地に1泊して、これから本拠地に帰る仕度をしているところだ。昨日の渋谷での事件は転倒して怪我をした人たちが出たくらいで大した被害はなかった。おかげで日本中が平常運転に戻っている。人々の平和を守ることに貢献できたんだから、ちょっとだけ誇らしい気がするな。日本中の皆さん、本日もお勤め頑張ってください。



 ここに来る時は急ぎだったからヘリだったけど、帰りは車に乗り込んでいく。経費は節約しないといけないらしい。なんだか侘しいよね。ヘリには俺たちと司令官さんで合計4人が乗り込んできたんだけど、帰りは新たに加わったアイシャも交えて5人が黒塗りのワゴン車に乗り込む。



「聡史、これからどこに行くんですか?」


「俺たち帰還者の本拠地がある富士に向かうんだよ」


「富士? あの有名な富士山ですか? 一度近くで見たいと思っていました」


「アイシャちゃん、これからは毎日富士山が見放題だよ! ついでにご飯も食べ放題だからね!」


「いえ、食事は普通に1人分で十分です」


 やっぱり富士山って外国でも有名なんだな。さすがは日本が誇る世界遺産だよ。それにしても妹よ、アイシャを大食いの世界に引き込もうとするのはよしなさい! あんな怪物級の食べっぷりはお前1人で十分だよ!



「途中で例の場所に寄ってくれ」


「はっ、了解しました」


 司令官さんが運転手の下士官に命じているよ。どこに立ち寄ろうとしているのかな? 俺たちにも関係しているんだろうか?


 ワゴン車は首都高速を通って中央道に向かう。比較的道が空いていて快適なドライブだな。順調に進んでいると車は八王子の出口で高速道路を下りていく。どうやら司令官さんが話していた場所がこの近辺にあるらしい。


 車は八王子の市街地からちょっと離れた場所に向かって行き、大きな建物の前に横付けされる。何だろうな? 倉庫みたいな建物だけど。



「全員ここで一旦降りるんだ」


 司令官さんの短い指示に従って俺たちはゾロゾロとワゴン車から降りていく。門の前に立つと閉鎖された倉庫のようだ。かつては多くのトラックが毎日出入りして大勢の人が働いていた跡のような雰囲気が残されている。



「ここは5年前までは中国系の通販企業の物流センターだった。その企業が撤退後は所有者が日本に帰化した元中国人に移っている」


 なるほど、言われてみれば5年前はまだ中華大陸連合ではなくて、中華人民共和国だったな。まあどっちにしても似たようなものか。それで、その企業が撤退してからはこうして空き倉庫のようになっている訳か。



「という訳で今からこの倉庫に踏み込むぞ」


「話が全然見えません」


 危なかった! 司令官を相手にして『何が、という訳だ!』と全力でツッコミそうになったよ! それはどうも俺だけじゃないみたいで、美鈴とアイシャも『なんで?』という表情をしている。



「お前たちはちょっとニブ過ぎやしないか? いつまでも平和ボケしているんじゃないぞ。なんでその帰化人が高い金を払ってこの倉庫を所有しているのか、その理由を考えてみろ」


 ふんふん、確かに司令官さんが言うことには一理あるな。これだけの設備には億単位の金が掛かるだろうけど、せっかく金を払ったのにこうして放置しているのはちょっと解せない話だ。



「企業活動を隠れ蓑にして何らかの違法な物資を隠していたという訳ですね」


「西川訓練生、その通りだよ。お前たちは例の大使館で大量の武器が保管されているのを目撃したはずだ。前々からこの建物も怪しいと指摘されていて、当局の厳重な監視下にあったものだ。昨日あれだけの事件を起こしてくれたおかげで、政府もようやく重たい腰を上げてガサ入れに踏み切った訳だ」


 なんだ、ガサ入れか・・・・・・ ガサ入れだってーー! ちょっとついでに寄る場所でいきなりガサ入れって・・・・・・ 開いた口が塞がらないよ。



「うほほー! なんだか大暴れの予感がしてくるよー!」


「ほう、さくら訓練生は中々良い心構えをしているな。本来は私1人で片付けようと思っていたが、ちょっとだけ参加してみるか?」


「バッチリ任せていいよ! 私の得意分野だからね!」


 司令官さん、そうやって俺の妹を煽るのは止めてもらえますか。ただでさえ火のない場所に煙を立てるのが得意なのに、もうその気になって燃え上がっちゃっているよ。俺はどうなっても知らないからね。



「他の3人は適当に見学しておけよ。私のやり方にも慣れておいてほしいからな」


「「「了解です」」」


 俺たち3人の声が揃う。この場は大人しくして見学に回ろうという訳だ。昨日の今日でまた力を振るうのは勘弁してほしい。



 こうして俺たちは厳重に封鎖されている正面の入り口の前に向かう。以前は大型のトラックが出入りしていたが、今は鉄製の大きなゲートが閉ざされていて、ご丁寧に鎖が巻きつけられているよ。どれ、せっかくだから巻いてある鎖くらいは外そうかと、俺が踏み出そうとする。



「下がっていろよ。危ないぞ!」


 ところが俺を制して司令官さんが鉄製のゲートに向かっていくよ。そして・・・・・・



 グヮッシャーーーン! カラガラガラ!


 同類だ! この司令官さんは完全に妹と同類だよ! 鉄製のゲートをひと蹴りで吹き飛ばしちゃったよ! これって重機がないと元に戻せないぞ。鎖なんか何の用も成さなかったらしくて、引き千切れてその辺に転がっている。これから侵入するのにこんなド派手な音を響かせて大丈夫なのかと不安を感じるのは俺だけだろうか? アイシャはこの光景にドン引きしている。帰還者がドン引きするって、どういうこと?



「おお、司令官ちゃんは景気よく吹っ飛ばしたよ! まあこのくらいなら私にもできるけどね」


「まだこの程度は子供の遊びだぞ。あとで見てから驚くなよ!」


 負けず嫌いだ! この司令官さんは絶対に負けず嫌いに違いない。妹のセリフにムキになっているよ。それにしても妹よ、司令官を『ちゃん』付けで呼ぶのは止めなさい。



 こうして俺たちは司令官の後を付いて建物に向かうのだった。


 


次回の投稿はこの話の続きで、倉庫に踏み込むところから始まる予定です。どんな展開になるのかどうぞお楽しみに!



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