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16 決意の夜

 アイシャも交えての夕食が終わって俺たちは一旦用意されている部屋に戻る。市ヶ谷駐屯地内でも最も奥まった場所にある建物の一角だ。他の部署の一般隊員とは食事以外では顔を合わせないように配慮されている。それでも妹があれだけ派手な食欲パフォーマンスを披露してしまった以上、目撃した人たちの印象に強く残ってしまうのは仕方がないかもしれない。


 それぞれ個室が与えられているが、今は俺の部屋に美鈴とアイシャがやって来ている。昼間にテレビで予告されていた総理大臣の緊急会見がもうすぐ始まるので、3人で一緒に見ようというわけだ。妹はシャワーを浴びて髪も乾かないうちにベッドに入って、すでにグースカ寝ているそうだ。これは呼びに行った美鈴の証言なので間違いないだろう。


 昼間暴れるだけ暴れて、その後大量の夕食を平らげて、用がなくなったらさっさと寝てしまう。これ程マイペースで遣りたい放題の妹を持った兄の気持ちを誰か察してくれ。



「もうすぐ会見が始まりそうね」


 部屋に備え付けの小型テレビから会見場の首相官邸の慌しい様子が伝わってくる。どこの局でも番組内容を変更して生中継するらしくて、チャンネルを変えても同じ映像が流れている。


 と思ったら、この局だけはやっぱり我が道を行っているよ! 大地震でもアニメを流していたあの局だけはバラエティー番組を流している。このテレビ局だけは肝の据わり方が他局とは全然違っているな。見上げた根性だ。



 美鈴とアイシャは食事の後一緒に施設内の風呂に行ったそうだ。2人がいつの間にか仲良くなったのはそんなウラがあったんだな。着替えなどを一切持っていなかったアイシャは美鈴から服を借りている。アイテムボックスにあった私服を適当に見繕って彼女を着替えさせたそうだ。


 どおりで見掛けた記憶がある服だと思ったが、実際に袖を通す人物が変わると印象も変わるもんだな。アイシャの彫りの深い西洋系の雰囲気が加わると、美鈴の服までヨーロッパ調に見えてくる。暇な時間にネットで調べてみたらウイグル人が住んでいる地域というのは美人の宝庫だそうだ。西洋系と東洋系の血が長い間に混ざり合って、独特のエキゾチックな雰囲気の顔立ちが出来上がったらしい。シラナカッタヨ! そんな男子にとっては夢のような地域を身勝手に占領している中華大陸連合には天罰が下ってしまえ! きっと世界中の男子が涙を流して喜ぶはずだ。


 こんな話をすると美鈴がアイシャの引き立て役のように感じるかもしれないが、彼女は目鼻立ちがハッキリとした日本的な美人だ。肩のちょっと下で切り揃えた黒髪が似合う色白でキリッとした顔立ちは、ある種の近づき難い雰囲気すら漂わせる。今ではそこに大魔王様の威厳が加わって、王族すらひれ伏すような高貴なムードをまとっている。現にちょっとでもその怒りに触れたら、体が灰になるまで燃やされるからな。気安く握手を求めた勇者君は味方だったからなんとか見逃してもらえたけど。


 俺は子供の頃から隣同士で親たちも親しい間柄だから特に意識しないで接しているけど、在学中は校内の男子生徒たちからの人気は絶大で、週に一度は『僕と付き合ってください!』という告白を受けていた。全部あっさり断ってきたみたいだけど何で断ったのかその理由は全然俺に教えてくれない。逆ハーレムもできそうなくらいにもったいない話だけどどうしてなんだろうな?




 ちなみにアイシャは何度も神様に祈っていた行動でわかるように一応イスラム教徒だそうだ。イスラム教に対する俺の個人的なイメージはテロリストとか宗教戦争といったマイナスの印象だが、彼女自身はあまり熱心には信仰していないそうだ。俺たちが年に一度初詣に行くような感覚で神様を信じているらしい。ただし生活習慣にイスラムの教えが色濃く残っているので、こうして男性の部屋に入って一緒の時間を過ごすのは初めての経験と言っていた。美鈴なんか学校が休みの日は俺が居ない時でも好き勝手に俺の部屋で過ごしていたのとは全く対照的と言えよう。当然エッチな本など部屋には置けない。パスワードで開けないようにしてあるパソコンとスマホの中でお楽しみ画像を閲覧している。おっと、話がそれたがいよいよ始まるみたいだ。



「それではただいまから総理大臣の会見がございます。質問は会見後に行います。総理、お願いします」


 司会役の広報官の開始の挨拶に続いて、総理大臣が壇上に姿を見せる。目映いまでのフラッシュが一段落すると、原稿を見ながら政府の公式な発表を開始する。



「本日の昼近くに渋谷のスクランブル交差点で中華大陸連合の帰還者による無差別テロが起こりました。幸い国防軍の対応が早くて数名の負傷者という最小限の被害に止まりましたが、一歩間違えると未曾有の大惨事に繋がるところでした。テロを起こした2名の帰還者は国防軍の部隊と戦闘の末に両名とも死亡が確認されました」


 セカンドと名乗ったあの帰還者とともにアイシャも死亡扱いで発表されている。日本に亡命したなどと大々的に発表できないから、死んだことにしておいて身柄を匿うという訳だな。その方がアイシャが中華大陸連合から命を付け狙われる心配がない。きっと司令官の差し金だろうな。


 総理大臣はここまで話して会見場を見回す。それからコップの水を軽く口に含んで続きを口にする。表情がかなり強張っている様子からして、相当に重大な決意を秘めているようだ。



「先日の中華大陸連合日本大使館崩壊事件で発覚した大量のミサイルや覚せい剤といった我が国を脅かす物資の備蓄だけでも十分な敵対行為と申し上げても過言ではないでしょう。その上で今回のテロ事件は中華大陸連合政府の指示で行われた点については明白であります」


 えーと・・・・・・ すいませんでした。ここまで大事になるとは思っても見ませんでした。大使館を崩壊させたのは俺たちです。でも連中の悪事を暴いたんだからチャラでいいよね。アイシャは俺たちの仕業なんて知らないし、情報統制で本国では何も報道されていなかったので事件そのものが初耳だった。まあそれはどうでもいいか。話の続きを聞こう。



「中華大陸連合はミャンマー、ラオス、カンボジアなどの東南アジアに派兵してこれら国々を侵略いたしました。朝鮮半島には政治経済両面から圧力をかけて、この2国を併合しました。それだけではなくて今朝未明に極東ロシア沿海州方面に軍を進めたという情報が入っております。この件に関してはいまだに戦闘が発生している両国からの公式な発表はありませんが、衛星画像からの情報では大軍が侵攻を開始して多数の死傷者が出ている模様です」


 会場を埋め尽くす記者たちの間にどよめきが広がる。俺たちは今朝一番で知ってた情報だが、一般に開示されたのはこれが最初だろう。



「ついにロシアに手を伸ばしたんですね。いつ始まるかすでに秒読み段階だと国内でも噂されていました」


 アイシャは深刻な表情を浮かべている。どうしてそんな顔をするのわらからなかった俺だが、彼女が続ける話で大よその事情が理解できた。



「中華民族は非常に残忍です。征服地の全てを奪い尽くします。今頃住民たちは生命も財産も誇りも希望も全て奪われて私たちと同じ目に遭っているでしょう。ロシアの人たちもまるでイナゴの大群に襲われたかのように、すべてを食い尽くされます」


 なるほど、そうなのか。俺の戦争のイメージは砲弾飛び交う戦場で兵士たちが血眼になって駆けずり回るという感じなんだけど、やつらは戦争の概念そのものがどうも俺たちとは違っているようだ。おっと、テレビの画面のどよめきが納まったぞ。



「かくなる無法の限りを尽くす中華大陸連合はついに我が国にもその刃を向けました。我々は日本国として毅然たる強い意志を持って中華大陸連合に対します。この場を借りてハッキリと申し上げます。我が国と中華大陸連合は本日を持って実質的な交戦状態に入りました」


 総理大臣の予想もしなかった強い意思表明に、会見場は水を打ったような静けさに包まれる。太平洋を挟んだ日米の戦いが終結して80年、今度は日本海と東シナ海を挟んで日中の戦いが宣言されたのだった。



「予想以上の強硬な発言ね。野党やマスコミはどんな反応を見せるのか楽しみね」


「美鈴、反応とは何ですか?」


「アイシャ、日本では言論の自由が認められているわ。でも最近はこれを拡大解釈して、政府の足を引っ張るのが正義だと勘違いしている連中がたくさん居るの」


「日本は政府に反対しても処罰されないのですか?」


「今の所はそうね。でもこれからは敵国に有利な世論を誘導したら、マスコミは相当睨まれるでしょうね」


「戦争していく上ではある程度の情報の統制が当然必要になってくる。作戦内容がマスコミを通して敵に筒抜けでは戦いどころじゃないからな」


「聡史が言う通りかもしれません。でもそれが戦争なんですね。私が住んでいた所は戦争ではなくても思ったことを口に出せませんでしたが」


 アイシャは相当息苦しい生活を送っていたんだろうな。それにしても政府は思い切ったよな! 5年前に憲法を改正しておいて本当に良かったよ。『戦争に巻き込まれそうです。でも憲法が邪魔して戦争ができません』なんてバカげた話にならなかっただけでもまだマシだ。


 おっと、テレビの画面ではようやく再起動した記者たちが右往左往しているぞ。一刻も早く第一報を本社に届けようと駆け出していく姿もある。この後はどうやら質問の時間のようだな。どうせくだらない質問だろうからこれ以上見る必要もないだろう。リモコンでプチュン! 画面が真っ黒に早替わりだ。こういう時はテレビよりもネットの書き込みやツイッターの意見の方が面白いし普通の人たちの生の声が聞ける。スマホで適当な意見を拾い上げてみよう。



2 「2をゲットしたやつはハゲる!」


4 「>2 壮大な自爆!」


5 「今の日本を取り巻く周囲の状況では政府の判断は止むなしでしょうねwww」


6 「日本政府を支持します」


7 「神国日本バンザイ! \(^o^)/ 」


12「戦争は嫌です。悲劇は繰り返したくはありません」


18「>12 それじゃあ中華大陸連合の支配下になれって言うの?」


22「>18 そうじゃなくって、もっと平和な解決方法を探すべきじゃないでしょうか」


25「>22 平和な解決方法をあなたが具体的に提示してよ」


29「>25 だからそれをみんなで考えてほしいんです」


38「>25 間に合わないだろうな、それじゃあ」


43「>25 あなたの頭の上にミサイルが落ちてからも考え続けるんですか?」


57「> 38 43 だからそうなる前に平和になるような方法を探すんです」


66「>57 1人で探していろよ! その代わり誰も君を守らないぞ」


89「日本だけでなくて他の国の反応が気になるな」


103「>89 平和を守る強い意志を表明した日本を支持します! アメリカ合衆国より」


117「>89 ついに日本が永い眠りから覚めたんだね! 俺たちは日本を愛しているよ。フィンランドより愛を込めて」


136「>89 ついに侵略者の本性を現したか! 日本は世界中を敵に回したぞ」


137「>136 どこにもこういうクレージーなやつが居るもんさ。きっとチャイナの回し者だろう。俺たちはいつでも日本の味方だよ。ブカレストより」




 色々な意見が飛び交っているが、長い平和が続いて居眠りをしていた日本人が危機感を持っている意見が多いな。匿名なのでどんな人が書き込んでいるのかわからないけど、どうやらお花畑の住人がフルボッコになっているよ。個人のツイッターだったらたちまち炎上しているだろうな。中には炎上狙いでわざとこんな意見を書き込む輩も居るだろうし。


 外国からの書き込みも何件か混ざっているぞ。本当に国外からの書き込みかどうかは定かではないけど。大半は日本に好意的な意見が多いな。



「ウェイボーとよく似ていますね。聡史、誰でも自由に書き込めるんですか?」


「そうだな、誰でも好きな意見が書き込める。でも俺たちは立場上書き込みはしない方がいいだろうな」


「そうね、うっかり機密事項を書き込んだら大問題に発展しそうだし」


 アイシャは日本の掲示板に興味を持っているようだが、あまりネットを見ない美鈴は慎重に取り扱う必要を口にしている。妹なんかしょっちゅう『ハンバーグが美味しい店を教えて!』とか『大盛り自慢の店を紹介して!』とか書き込んでいるぞ。食べ物関係オンリーだから機密事項に抵触する心配はないだろうが。



「なんだか予想以上に大変な事態になったけど、いつものようにどうにかなるでしょう。あっちの世界ではこの手の話なんて毎日その辺に転がっていたし。さーて、結構遅い時間だから部屋に戻るわね。おやすみなさい」


「聡史、色々と勉強になった。おやすみなさい」


「ああ、また明日な。おやすみ」


 こうして2人は自分の部屋に戻っていく。1人残った俺は異世界での出来事を思い出しいるうちにいつの間にか部屋の電気を点けっ放しで眠るのだった。




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