111 米軍からの依頼
南部を平定した日本軍に対して、北部に侵攻中の米軍は・・・・・・
日本国防軍の海南島遠征部隊は三亜軍港の一番大きな建物に臨時の司令部を設けて基地の設営作業を進めている。機能を失ったレーダーサイトの再建やミサイル防衛システムの構築など、これから取り組んでいかなければならないことが山積しているのだ。
その臨時司令部の一角に俺たち帰還者は司令によって招集されている。俺と美鈴が部屋に入ると中には司令と勇者がすでにソファーに腰掛けていた。
「米軍から面倒な依頼が来た。海口市の武装警察に手を焼いているらしい。連中は市民を盾にして執拗な抵抗をしているそうだ。抵抗を一掃するために手を貸して欲しいとのことだ」
「市民って、自国民ですよね。それを人質にして立て篭もっているんですか?」
「どうやらそのようだな。元々国民の命などなんとも思っていなかった連中だ。抵抗する人々を力尽くで押さえ付けていたんだからな」
日本とあまりに考え方が違い過ぎてどうにも言葉が見つからないな。武装警察にとって市民とは守るべき対象ではなくて弾圧するものなんだという所までは辛うじて俺にもわかる。だがその市民を人質にとって米軍に抵抗しようなどというのは完全に理解の範疇を超えているぞ。
「米軍としても可能な限り市民には犠牲を出したくないという意向でしょうか?」
「西川訓練生が言うとおりだろうな。犠牲者を出すと市民の間に怨嗟の声が上がる。占領後のあれこれを考えると当然だろう。ただでさえ米軍は世界各地でやらかしている。手荒な方法で占領するまではいいが、その後占領地でテロリストを生み出す土壌を自ら作り出しているんだ」
うん、その点に関しては俺も同意するぞ。イラク、アフガニスタン、シリア、リビアと中東各国でアメリカ政府の政策が機能せずにこれらの地がテロの温床となっているのは事実だ。その点で言うと俺たちは三亜市の市民には全く被害を出さずに占領したから相当上手くやったといえよう。ここは自画自賛してもいいよな。
「そこで勇者と西川訓練生を派遣しようと思う。意見はあるか?」
「俺は行かないでいいんですか?」
「楢崎訓練生、お前が力を振るうと市民に犠牲者が出る公算が高いだろうが」
「そのとおりです」
「よって事態が変化するまでこの場に待機だ」
「了解しました」
「勇者は出撃の準備をしてくれ。西川訓練生には話があるからこの場に残れ」
「「了解しました」」
こうして俺は海口市に向かって飛び立つヘリに乗り込む美鈴たちを見送るのだった。
海口市郊外の米軍出撃拠点では・・・・・・
「カイザー、どうやら日本軍のヘリのようです」
「待っていたよ。精々彼らを利用してスムーズに市内の制圧を進めようか。その後には・・・・・・」
「了解しました。出迎えの準備は整っています」
後方に設けられたヘリポートにヘリは着陸していくようだね。どんな帰還者がやって来るのか楽しみだよ。できるだけ大物だといいと個人的には願っているんだ。その方が狩の獲物として手応えを感じるからね。
しばらくすると私の前に親衛隊に案内されて2人の日本人がやって来る。
「わざわざ援軍に来てもらって深く感謝する。私は合衆国帰還者部隊海南島遠征軍司令官のカイザーだ」
「日本国防軍のルシファーです」
「同じく勇者です」
自ら2人に歩み寄って握手を求める。有色人種と手を握るなんてあまり気が乗らないが、この場は我々が援軍を請うた形となっているのでこうして下手に出ておくとしようか。それにしてもこのルシファーと名乗った存在は然程大きな魔力を感じないものの、体全体にまとう雰囲気は正しく強者であると私の勘が告げている。もう1人の勇者の方は取るに足りない存在といって差し支えないようだな。
「それではあちらで作戦の概要を説明しよう」
「お願いします」
こうして私は野外に設置されたテントの下に彼らを案内するのだった。
一方の美鈴は・・・・・・
さて、どうにも嫌な予感がするわね。握手をしたこのカイザーという男は何を考えているのかこの大魔王をしても見通せないわ。ただ自分の直感に従えば絶対に油断してはいけない人物だということね。目に宿す光に毒ヘビと同様の危険なものを感じるの。それも猛毒の大蛇ね。勇者程度の力ではアテに出来ないだろうし、この大魔王も色々と気苦労が絶えないわね。しかも司令からはあんなリクエストまで受けているし・・・・・・ まあなるようにしかならないでしょうから、今から考えても仕方がないか。
30分程時間をかけて状況説明と作戦の概要を聞いたわ。要は装甲車両を前面に押し立てて武装警察の本拠地まで攻め寄せようというものね。単純極まりないわね。もうちょっと迂回して回り込んだりする部隊を準備してもいいんじゃないかしら?
それから武装警察の連中は小規模なグループになって高層の建物の内部に潜んでいるそうよ。威力偵察を行った海兵隊の部隊が上方から攻撃を受けて被害を出したんですって。連中の目的は小数のスナイパーで時間を稼いで流血を強いながら米軍本隊の突入を遅らせるという狙いでしょうね。その間に本拠地の防備を固めるつもりかしら?
それから中華民族お得意の便衣兵も出現しているらしいわ。国際交戦規定で戦闘に関わる人間は軍服を着用して所属を明示すると規定されているにも拘らず、連中は軍服を脱ぎ捨てて市民に紛れて攻撃してくるそうよ。本当に卑怯なやり方が好きなのよね。もちろん便衣兵はテロリストと同様に人権など認められないわ。捕虜となる資格すらないからその場で皆殺しにするしかないわね。
さて、説明の最後に一言だけ私から提案しましょうか。
「状況は理解しました。面倒なので私が先頭の車両に乗り込みます。分散した敵の兵力を無力化しますから、あとはお任せします」
「君はそれで大丈夫なのかい?」
「慣れていますから」
このカイザーという男でも驚いた表情を見せることがあるのね。私の提案に半ば呆れながら肩を竦めているわ。でもこれが私たちのやり方よ。よく覚えておくといいわ。
「それならば時間が惜しいから、早速出撃に取り掛かろう!」
カイザーの号令とともにこの場に集結した車両が一斉にエンジンに点火するわ。低い唸りを上げながら兵員輸送用装甲車や軽戦車が動き出すわね。私は先頭を進むオープントップのジープ型車両に乗り込んで後部座席に座っているわ。運転席と助手席には海兵隊員が乗っているんだけど、彼らは全く無防備な車両で先頭を進むなんて狂気の沙汰だと頭を抱えているわね。でも安心しなさい、この大魔王が車両ごと強固なシールドで包み込むから、どんな兵器が着弾しても傷1つ付かないわ。
やがて海口市内に車両を連ねた部隊が突入を敢行する。先頭を進む私は索敵をする助手席の隊員が敵を発見するのを待つわ。彼は双眼鏡を手にして周囲の建物を観察しているわね。
「右側のビルに銃口をこちらに向けているのを発見!」
「停止して!」
ジープが止まると私はそのビル全体に魔法をかけるわ。
「スリープ!」
はい、これでビル全体が寝静まったわよ。あとは後続の海兵隊員が3個小隊規模で内部に踏み込んで敵兵を掃討すれば完了ね。寝ている相手だったら落ち着いて一般市民か便衣兵か判別可能でしょうから、これで市民に被害は出ないわ。
この調子で通りに面するビルを次々に制圧しながら車両の隊列は進んでいくわ。ここまでの進軍は順調だといえるでしょうね。同乗している海兵隊員は私の魔法を見て『アンビリーバブル!』と声を上げているわ。こんなもので驚いてもらったら困るんですけど! 大魔王はまだ〔スリープ〕しか用いていないのよ。
そのまま進軍していくと大きな交差点に土嚢を積み上げて即席の陣地を構築している武装警察の小隊の姿が目に飛び込んでくるわね。
「敵陣地ロケット砲をこちらに向けている! あっ、発射したぞぉぉ!」
助手席の海兵隊員が悲鳴に似た声を上げるとジープはハンドルを切って急停車をするわ。道路の車線に真横に車体を向けるような姿で停止したジープにロケット弾が迫ってくるわね。しかも私が座っている席の辺りに着弾しそうじゃないの。まったく失礼するわね! こんな場合レディーファーストなんて必要ないんだから。
ズドーン!
爆発の閃光と轟音が付近に響くけどジープは全くの無傷よ。衝撃すら伝わってこないわ。これが大魔王のシールドよ。効果は散々実証済みなんだから安心しなさい。同乗した海兵隊員は完全に惚けた表情をしているけど、早く我に帰って欲しいわね。その間に後続の戦車が主砲を1発発射して交差点にある陣地を吹き飛ばしているわね。
ついでに通りの両側に建っているビルにもスリープをかけておくわ。おそらく陣地で足止めをして高所から狙い撃ちという戦術でしょうから。
「敵兵の排除は終わったわ。前進開始よ!」
私の声でようやく我に帰った2人はなぜロケット弾の直撃を受けても無事だったのか腑に落ちない表情をしているわね。何も考える必要はないのよ。無事だから無事なんだと納得しなさい。
「もしかして俺たちの後ろに座っているのは勝利の女神か?」
「何も考えるな! 俺たちに帰還者の力なんか理解不能だ!」
そう、それでいいのよ。それから女神ではなくて大魔王ですからね。そこは間違わないようにしてね。もちろんわざわざ彼らには教える必要はないけど。
こうして市街地に潜んでいるいる武装警察の連中を悉く焙り出しながら私たちは前進していくわ。こうして私が眠らせないとおそらく掃討には手を焼いたでしょうね。侵攻する海兵隊の旅団にもそれなりの被害が出たかもしれないわね。私たちのように敵の本拠地を少人数で全滅に追い込む帰還者が米軍にはいないのかしら? それとも敢えて巨大な戦力を見せ付けるのが米軍のやり方なのかしら? まあそれはどっちでもいいわね。仕事をなるべく早く終わらせましょう。
市街地への侵攻を開始したのは午前11時、あっ、いけない! ヒトヒトマルマルね。今は午後1時だから約2時間が経過しているわ。もう面倒だから時間の呼び方なんてどうでもいいわね。掃討を進めた結果、私たちは武装警察の基地が見える場所まで進軍しているわ。門を固める兵士がこちらに銃口を向けているわね。面倒だから眠らせましょうか。
「スリープ!」
はい、これでいいわね。あとは米軍にお任せしましょうか。あら、私が乗っている車両の何台か後ろにいたカイザーがこちらにやって来るわね。
「見事な魔法だったよ。君のおかげで市街地に潜む敵兵を楽に排除できた。あとは我々が突入するが、ルシファーはどうする?」
「門の周辺で逃げてくる兵を討伐しましょうか?」
「それは助かるな。ぜひとも任せたい」
カイザーは5人の帰還者を引き連れているわ。アメリカ製の魔法銃を全員が手にしているわね。私から見ると幼稚な術式なんだけど、銃口を増やして連射性能をアップした点は褒めてあげるわ。そうそう、彼らに混ざって勇者も基地に突撃するのよ。手には性能を落とした魔法銃を握り締めているわね。今回が日本に戻ってきてから初めての対人戦となるから、ちゃんと人に銃口を向けられるのか一抹の不安が付き纏うわね。
私はいつものように基地全体を結界で覆うわ。これでもう逃げ場はどこにもないのよ。さあ、愚かな武装警察の者たちよ! 今まで市民に対して好き放題してきた報いを受ける時が来たと覚悟を決めなさい。
「突入開始!」
カイザーの号令で彼に付き従う5人の帰還者が基地への突入を図るわ。勇者はその最後方について行っているわね。精々頑張るのよ。私はいつものようにゲートの前で逃げてくる兵士を待ち受けるだけ。車両を連ねている海兵隊の旅団はある程度帰還者による掃討が進んでから突入する手筈になっているわ。
ドーン!
ドドーン!
米軍の帰還者が発砲する魔法銃が内部の建物に着弾して派手な火柱を上げているわね。威力も中々あるようね。一撃で鉄筋コンクリートの兵舎が半壊しているわ。合計7人の帰還者に追い立てられているからその包囲網を突破してこちらに逃げ出してくる兵士の姿は数人というところね。そんなに怯えた顔をしなくてもいいわよ、今楽にしてあげるわ。
「アイスブリザード!」
一陣の吹雪がその場に巻き起こったかと思ったら一瞬で氷の彫像の出来上がりね。この頃にはすでに基地内の粗方の建物は倒壊して、爆発音も収まっているわね。時折散発的な銃声が聞こえてくるけど、おそらくこれが最後の抵抗、そしてその時・・・・・・
「大変だ! 勇者が大怪我をした!」
私の元に1人の帰還者が駆け込んでその知らせを齎したわ。あのアホはこんな所で怪我をするなんてどんな間抜けなのよ! この大魔王が直々に処断して差し上げようかしら。放置しても置けないのでその帰還者の後を付いて基地の奥に入り込んでいくわ。
瓦礫が散乱して濃厚な血臭が漂う惨状がその場には出来上がっているわね。2000人以上がこの場で命を失っているのだからそれは当然ね。あとで私の炎できれいに燃やしておこうかしら。そして私が勇者が怪我をしたという場所に到着すると・・・・・・
そこには血を流しながら地面に横たわり、米軍の帰還者4人に囲まれて銃口を突きつけられている勇者の姿があったのでした。
地面に倒れている勇者、そして彼に付き付けられている魔法銃、果たしてその運命は・・・・・・ この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
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