第52話.つかの間のティータイム
ようやく訪れた週末。
日曜日のお昼過ぎのことである。魔力制御の自主練を終えた私は、自室にて至福の時間を過ごしていた。
「ああ、これもおいしい……うう、こっちはバターが効いてて最高!」
テーブルの上には、色とりどりの菓子が所狭しと並べられている。クッキー、フィナンシェ、マカロン、パウンドケーキなどなど……私はそれらを、片っ端からもぐもぐと頬張っていた。
といってもテーブルマナーはきっちり守り、食べる量はともかくとして、表面上は優雅な振る舞いを心がけている。アンリエッタに身についている貴族令嬢としての礼儀作法には、いつも助けられてばかりだ。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう、キャシー」
私の専属侍女であるキャシーが、赤いリボンで結ったポニーテールを揺らしながらお代わりの紅茶を注いでくれる。
銘柄には詳しくないけど、彼女の淹れてくれる紅茶はとてもおいしい。匂いを楽しみ、一口飲んで息をついていると、キャシーが心配そうに声をかけてきた。
「お嬢様、お疲れですね」
「ええ。本当に疲れたわ……」
私はげっそりしながら答える。
学園長室に呼びだされて以降、通常授業が免除された分、私には特別授業というものが課されるようになった。みんなとは別の教室で各教科の先生が入れ替わり立ち替わり、マンツーマンで指導を行ってくれるのだ。
これがものすごく辛い。というのも毎日のように、魔法理論の復習と実技ばかりを延々と繰り返しているからだ。
決して授業が難しいわけじゃない。むしろ授業内容自体は、一年生の頃に戻ったかのような簡単なものなんだけど……。
王国随一の名門校であるエーアス魔法学園の教師陣とは、つまり王国の叡智の結晶とされる人々の集まりである。そんな立派な先生たちが「どうすればこの不良生徒に魔法を使わせられるのか?」と答えの見つからない命題に悩みに悩んでいる姿を直視するのは、罪悪感すら募る時間だった。
「ねぇ、キャシー。ちょっと魔法を使ってみてくれない?」
突然のお願いだったが、キャシーは快く了承してくれた。
「【コール・アニマ】、吹け」
彼女が胸の前に手をかざしながら唱えると、優しい風によって私の前髪がふわりと揺れる。
「あたしはあまり魔力が強くないので、これくらいの魔法しか使えないんですが」
「ううん。立派だわ、キャシー……」
少なくとも私よりずっと立派だと思っていると、拳を握ったキャシーが力説する。
「お嬢様は、こんなにもがんばっていらっしゃるんですもの。魔法の習得に時間がかかるのは、きっとお嬢様が誰よりもすばらしい魔法士になられるからです。だからきっと大丈夫です」
私が花乙女に選ばれた件について、キャシーには伝えてある。精いっぱい励ましてくれる専属侍女に、私は微笑みを返した。
「ありがとう、キャシー」
気を遣ってくれたのか、キャシーが話題を変える。
「そういえば、学園でのノア様はどんな感じなんですか?」
というより、キャシー自身も気になっていた件なのだろう。
そして私にとって唯一の息抜きになっているのが、まさにノアの授業だったりする。
特別講師として学園に呼ばれたノアの授業に関しては、私もエルヴィスやイーゼラたちと共に受講が許されていた。
そわそわしているキャシーに、私は紅茶を飲んで溜めを作ってから告げる。
「一言でいうなら……大人気よ」
「大人気! さすがノア様ですね」
キャシーが顔を輝かせる。自分が仕えている家の主人の評判を聞くのは、やはり嬉しいのだろう。
「最初の授業では、お兄様が教室に入ってきただけで女子も男子も憧れの人を見る眼差しになって、目をきらきらさせててね。あの光景はすごかったわ」
まるで、教室中にラインハルトがいるかのようだった。一切表情を変えていなかったのはエルヴィスくらいだ。
「王国の守護者として君臨する"カルナシアの青嵐"の名は、国内どころか周辺各国にも轟いていますもの。ご学友が感動するのも分かります」
私の前世でいうと、目の前に芸能人がいるような感覚ということだろう。そう考えると、こちらの世界の反応はお行儀がいいと言えるかもしれない。貴族の令息令嬢だらけだから、というのもありそうだ。
「ただ、それも長くは続かなかったの。ノアが『いつまで惚けているつもりだ。さっさと教科書を開け』ってぴしゃりと言い放ったから」
「……ノア様らしいですね」
それからというものの、ノアの授業の際は苛烈なくらい教室中の緊張と集中力が高まるようになった。あのノア・リージャスに呆れられたくない! と誰もが思ったからかもしれない。
そしてノアには話していないが、彼が学園に赴任したことにより、私への注目度は如実に下がったような気がしている。一時的なことかもしれないが、ありがたい限りだ。ノア様々。
そんな話をしてキャシーと盛り上がっていると、部屋のドアがノックされた。
キャシーが私に断ってから、ドアのほうに向かう。使用人の誰かかと思いきや、開いたドアの前に立っていたのはシホルを連れたノアだった。
「お兄様? ダレス卿も……」
ノアが私の部屋まで足を運ぶなんて、初めての気がする。
もしかして、今の会話がバレた? 地獄耳を疑っていると、彼は思いも寄らない話を告げる。
「アンリエッタ。お前に用事があると、王城からの使者が来ている」
「え? 私に? 王城からの使者?」
驚きのあまり、ほとんど鸚鵡返ししてしまう。
「王太子殿下を暗殺者の凶刃から救った功績について、女王陛下が褒美を与えたいそうだ。ぜひ顔を見せてほしい、共に食事の時間も過ごしたい、と」
暗殺者……というと、王都に買い物に来たラインハルトを助けた一件のことだろう。
でも、あれからだいぶ時間が経っている。どうして今さらと首を傾げていると、ノアがため息交じりに教えてくれた。
「お前を王城に呼ぶ口実だ。花乙女について知りたいのは、何も学園の人間だけではない」
「なるほど……」
だが、とノアはどこか言いにくそうにしながら言葉を続ける。
「陛下の場合は、それだけじゃない。あの方は、おそらく――お前とラインハルト殿下の婚約を考えている」








