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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第2部

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第47話.変わる未来の行く末は

大変長らくお待たせしました。「最推し攻略対象」第2部の連載スタートです。

(カクヨム様では第2部投稿済みです。忙しく投稿できずじまいで失礼しました……)


ウェブ版第2部は書籍1巻の内容準拠となるため、一部の設定がウェブ版第1部と異なっております。

といっても細かい箇所にはなりますが、「あれ?」ってならずに読みたい場合は、書籍1巻をお手に取っていただけますと幸いです。加筆修正すんごいがんばったのでぜひ……!


書籍は1~2巻が発売中です。ついにコミカライズも連載が始まりましたので、合わせてよろしくお願いいたします!


 

 針のむしろって、こういう状態のことをいうのかな。

 自分の席に座った私は、笑顔を引きつらせながらそんなことを考えていた。


 花舞いの儀から一夜明けて、今日は四月二日の火曜日。今日から本格的に授業が開始されるわけだが、二年Aクラスの教室にはどこか異様な空気が流れていた。

 その原因は、探るでもなく私にある。


「ごきげんよう、アンリエッタ様」

「……ごきげんよう」


 中には友好的に挨拶をしてくれるクラスメイトもいるが、私がそちらを向くだけで、あからさまに視線を逸らしてくる生徒もいた。

 敵意というほどはっきりした意思は感じないものの、耳に入るのはひそひそと囁き合う声や、小さな笑い声。自意識過剰かもしれないが、これらすべてが自分の噂をしているように感じられてしまう。"暫定・花乙女"なんてひどいあだ名をつけられていたアンリエッタも、今の私と同じような気持ちだったのかな……。


 見咎められない程度に小さくため息をこぼしながら、私は昨日の出来事を思い返す――。


「これはどういうことだ、アンリエッタ」


 花舞いの儀から数時間後のこと。

 義兄であるノアの執務室にて、私はだらだらと大量の汗を流していた。


 向かい合うソファにはノアが腰かけているが、下を向く私には彼の顔を見る余裕すらない。どうしてこんなことになったんだろう……と、何度目か分からない思考が頭の中を回っていたからだ。


 前世、中堅企業の事務職に就いていた私は、駅の階段で足を踏み外して転落してしまった。その事故をきっかけに、女性向け恋愛アドベンチャーゲーム『聖なる花乙女の祝福を』――通称『ハナオト』――に登場するアンリエッタに転生してしまったのだ。


 アンリエッタは、由緒正しきリージャス伯爵家の令嬢だ。そんな彼女には、チュートリアルで魔力を暴走させて命を落とすという悲惨な未来が待ち受けている。


 だがチュートリアルまで一か月の猶予があるのに気づいた私は、生き残るためにノアの力を借りて自分を鍛え続けた。それはもう死にものぐるいでがんばったと思う。

 そうして迎えた花舞いの儀では、ヒロインのカレンが異世界から召喚されて本格的に乙女ゲームのストーリーが始まっていくはずだった。それなのに待てど暮らせどカレンは現れず、死ぬ予定だった私が花乙女に選ばれてしまった、というのが事のあらましである。


 ……うん、何度考えてもさっぱり意味が分からない。むしろ夢オチです、ドッキリです、って言ってもらえたほうがしっくり来るけど、今のところその兆候はない。

 チュートリアル通りだったら私は魔力を暴走させて魔に堕ちていたわけだから、そんな未来を覆せたのは万々歳だ。努力が報われたと喜びたいところだが、諸手を挙げられるような事態でもない。


 だって確実に、私の知っているゲームとは別方向に話が展開しているのだから……。


「アンリエッタ」

「ひゃいっ」


 思考に没頭していた私は、思わずびくっと肩を震わせる。

 恐る恐る顔を上げた先には、こちらが尻込みするほどの美貌が待ち受けていた。


 アンリエッタの義兄、ノア・リージャス――彼は、攻略対象のひとりでもある。

 混乱する噴水広場から、私の腕を引いて連れだしてくれたのがノアだった。あのまま花乙女誕生に沸く場に残されていたら、それこそどうなっていたことか分からない。そういう意味でも、ノアの冷静な判断には感謝するしかない。


 ゲームではそれこそ冷めきった兄妹関係だったわけだが、一か月前、転生した直後の私はノアに予知夢だと称して前世で得た知識の一部を明かした。花乙女が異世界から現れること、アンリエッタはそのショックで魔に堕ちることなどなど……。


 荒唐無稽な話を、ノアが本気で信じてくれていたかは分からない。でも彼は表向きは私を信用し、特訓に付き合い、今日の花舞いの儀の最中も傍で見守ってくれていたのだ。


「お兄様、ごめんなさい。私にも、どうしてこんなことになったのか分からなくて……」


 しどろもどろになっていると、ノアが消えていく言葉尻を遮る。


「そうだろうな。お前が話していた予知夢の内容とは、かなりズレがある」


 その言葉通り、ノアはわずかに困惑している様子こそあるものの、知的な双眸からは私を責めるような感情は読み取れなかった。

 長い脚を組んだノアは、鼓膜を震わすような艶のある低い声で言う。


「ずっと考えていた。お前が予知夢を視たと言いだしたのが、二月末のことだ。花乙女であるお前は、能力のひとつである予知夢によって、魔に堕ちるという未来を回避することに成功したのかもしれない。その結果、花乙女に選ばれた……」


 推測を口にしながら、ノアは私に目を向ける。


「逆説的に言えば、女神エンルーナはお前こそが花乙女に相応しいと考えていた。だから、お前を焚きつけるために最悪の結末を垣間見せた、とも考えられるかもしれん」


 ははあ、そういう考え方もあるのかと私は感心するが、ノアの推測が正しいとすると……もともとカレンじゃなくて、アンリエッタこそが花乙女に選ばれるはずだったってこと?

『ハナオト』プレイヤーとして複雑な心境になっていると、先ほどまで饒舌だったノアが唐突に舌打ちをする。えっ、怖い。


 しかし彼は、私に怒ったわけではなかったらしい。


「この推測が正しいとすれば、まるで女神に弄ばれているようで気に食わないがな」

「お、お兄様」


 私は慌てる。女神エンルーナへの批判なんて、この国で表立って口にしていいことではない。

 確かに、女神のお眼鏡に適ったという理由だけで命を落とさずに済んだとしたら、複雑な気持ちにはなるけど……。

 だからといって一緒になって女神批判を繰りだすわけにもいかないので、少し話題を変えた。


「でもお兄様。私は自分が花乙女だとは、どうしても思えません。誰かがふざけて、私の頭上に花弁を降らせたということはないでしょうか?」

 花舞いの儀で私の身に起こったのは、頭の上に何枚も花弁が降ってきたということだけだ。この世界には魔法があるのだから、女神の御業を模倣することもできるのではないか。


 そんな私の考えを、ノアはあっさりと否定する。


「それはないな。先ほど、学園に戻って他の先生方と共に確認したが……噴水広場には、誰かが魔法を発動させた残滓も痕跡もなかった。それに、悪戯にしては度が過ぎている」


 それは確かに、と私は頷く。


 というのも過去の歴史において、我こそは花乙女! と偽った女性は何人か存在している。自分の頭上にこそ花弁が降り注いだのだと主張する平民がいれば、組織がらみで国民相手に詐欺を働いた実例もある。フェオネンルートでは自分こそが本物でカレンは偽物だ、と糾弾するモブキャラが登場していたはずだ。

 しかし花乙女を騙るのは大罪だ。百年に一度だけ現れる、女神の代行者――その名を騙るということは、王国の守護神である女神エンルーナそのものを侮辱していることに当たる。


 これは噂だが、身分を偽って逮捕された罪人は死ぬまで王城の牢に繋がれ、死んだあともその魂は永遠に地下の牢獄を彷徨っているという……。背筋がゾッとするような話だ。


「では、私はこれからどうすれば?」


 途方に暮れた気持ちで問いかけると、ノアは揺るぎない声音で返してくる。


「まずは心の準備をしておけ。間違いなく、明日は学園側からの呼びだしがかかるだろうからな」


 その言葉に、私はごくりと唾を呑む。

 ゲームでも、似たような展開自体は描かれていた。チュートリアル後、カレンは学園長室に呼びだされる。そこで行われるのは王国や学園、それに花乙女という特別な存在についての説明だ。

 でも、カルナシア王国で育ってきた私にそんな注釈を垂れる必要はないわけで……。


「それは、私が本当に花乙女なのかどうか確かめるため――ということですよね?」

「そうだ。こう言ってはなんだが、お前が花乙女に選ばれることは誰も予期していなかった」


 はい。私もです。


「学園側は、お前の能力を再度確認しようとするはずだ」

「どうすればいいでしょうか? 私、未だに生活魔法くらいしか使えないんですが」


 《魔喰い》との戦闘のときは、火事場の馬鹿力的なやつなのか奇跡的に風魔法を使うことができた。だけどあれ以来、一度も魔法は発動できていないのだ。


「狼狽えるな。そこでどんな結果を示したとして、お前が女神に選ばれたという事実は変わらない。だが学園側としては、早急に花乙女を求める水準まで鍛えたいと考えているはずだ。俺には、お前をフォローするために予定を前倒しにして学園に赴任するよう通達が来るだろう」


 すらすらと淀みなく意見を述べるノア。私が花乙女に選ばれたのはほんの数時間前だというのに、相変わらず頭の回転が速すぎる。


「あとは学園側の出方を見て動く。それと、最近は予知夢を視ているのか?」

「い、いいえ。まったく」


 そもそも予知夢というのは単なる方便だ。実際は一度も視たことがない。


「そうか。予知夢の件については、いったん学園には伏せておいたほうがいいだろうな」

「どうしてですか?」


 私としてはありがたいけど、一応訊ねておく。


「花乙女としての能力を示せないのに、予知夢だけ視られるというのはいかにも嘘くさいだろう」


 あっ、確かに……。他の能力と異なり、予知夢は他人に証明するのが難しい。

「私、予知夢だけは視られます!」と言い張ったら、むしろ疑われてしまいそうだ。


「それと今後、予知夢を視た場合は逐一俺に共有するように」

「えっ?」

「見方によっては、最初の予知夢は外れたとも言えるからな。その内容を過信して行動するのは危険だ。だが事前に情報を共有しておけば、俺も予知に関する事態に備えることができる。どんな予知夢であっても、必ず報告するように」


 口調こそ威圧的だが、それはひとえに私を心配してのことだろう。そんなノアの言葉に、私は小さな罪悪感を覚えた。


 今からでも、ノアには話すべきなのかな。私はアンリエッタ本人じゃないし、この世界が前世でプレイしたゲームだから未来の出来事を知っているだけなんだって――。


 でも信じてもらえなければ、ノアにとって私は義理の妹の精神を乗っ取った悪逆の輩ということになる。あるいは妹が妄想に取りつかれたと、病院に連れて行かれるかもしれないし……。


 なんて悶々としているうちに「今日は休め」と言われてしまい、私は挨拶もそこそこに執務室を辞したのだった。





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