番外編2.最推し×アクアク クロスオーバー (ノベル2巻発売記念)
タイトル通りのクロスオーバーです!
深く考えずにお楽しみいただけたら幸いです。
とある日の放課後。
「はぁ。思ったより遅くなっちゃった……」
独りごちつつ、私は停車場への道を歩いていた。
今日は魔法応用学の課題が出たので、地上図書館で資料を引っ張っては格闘していたのだ。他のクラスメイトたちも同じように悪戦苦闘していたが、最終的に私ひとりだけになっていた。
こんなことなら、最初からエルヴィスかイーゼラに手伝ってもらえば良かったかも……と思いながら道の先を見やった私は、ん? と目を細める。
……なんだろう、あの美形二人は。
エーアス魔法学園では見かけたことのない顔だ。というか、エーアスのものではない黒を基調とした上品な制服を着ているので、そもそも他校の生徒なのだと思われる。
「なぁ、ユーリ。ここどこだ? どこかの学院っぽいけど……」
「狭間から出ようとして、何か失敗したのかもな。僕たちが使ったのは、別の国に通じる道だったのかもしれない」
「別の国ぃ……? そんなことあるのか?」
小声で何やら話している二人組。
会話の意味は分からなかったが、私はとっさに物陰に身を隠してその様子を背後から注視する。
ひとり目は、青い短髪に黄色い瞳を持つ青年だ。
涼しげな容姿をしているが、知的な眼差しは油断なく周囲を観察しており、どこかノアに通ずるものを感じさせる。
二人目は、明るい茶髪をした青年である。
ツンツンと跳ねた髪と逞しい体格から粗野な印象を受けるが、所作がきれいで育ちの良さが窺える。おそらく高位貴族の出身なのだろう。
乙女ゲームの世界というのもあってか、アンリエッタ自身を含めて私の周囲には容貌の優れた面々ばかりが集っている。その中でもとんでもない美形が勢揃いしているのが攻略対象なのだが、特に青髪の青年はそこに比肩しうる顔面偏差値の持ち主だった。
どちらにせよ、二人ともモブとは思えない存在感だけど……いったい、何者?
眉を寄せていると、青髪の青年がこちらを振り返ろうとする。
「!」
私は慌てて、出していた首を引っ込めた。
「ん? ユーリ、どうした?」
「――誰かいるのか?」
ぎくりっ、と肩が強張る。
え? き、気づかれた? けっこう距離も開いてるのに?
これは早く出て行ったほうがいいんだろうか。でも、凍えるような声に足が竦んでなかなか動きだせない。
騒ぐ鼓動を感じながら息を潜めていると、青年が容赦なく続ける。
「そのまま隠れているようなら――」
「別に隠れてるわけじゃないよ」
えっ、と声を上げそうになって、両手で口元を押さえる。
答える声音はロキのものだ。どうやら見つかりそうになった私を庇って、青年たちの前に姿を現したらしい。
「お前……何者だ?」
「んー、特に何者でもないけど。でも、そんなこと気にしてる場合じゃないんじゃない?」
一瞬の沈黙を挟んで、ロキが指摘する。
「それ、迎えに来た従魔でしょ?」
そんな彼の声に被せるようにして、二つの声がその場に響いた。
『ますたー! ようやく見つけた、まいごになってたのっ?』
『うふふ……マスターが進むべき道を誤ることもあるのね。それとも、必要な寄り道だったのかしら?』
明るい少年のような声と、妖艶な美女のような声。しかし隠れているだけの私には、もはやまったく状況が分からない。
なんだか急に人が増えたような気がするけど……どういうこと?
とにかく両目をぎゅっと閉じて、耳を澄ましてみる。
「おい。従魔というのは……。……逃げられたか」
次は舌打ちの音。
どうやらロキは再び闇魔法を発動させて、青年たちの前から姿を消したようだった。ロキ自身も不法侵入者なので、あまりおおっぴらに姿を見せてはおけないのだ。
「気になるな。ブルー、今の男の匂いを追って――」
『マスター。知的好奇心を満たすのもけっこうだけれど、"赤い妖精"さんが心配していたわよ?』
そこで青年の言葉を、艶やかな声の主が遮る。
"赤い妖精"ってなんだろうと思っていると、先ほど温度のない声を出していたのと同一人物とは思えないほど、優しい声が返す。
「そうか。それなら、すぐに戻ろう」
それは傍で聞いているだけのこちらが照れてしまうくらい、甘い響きを持つ声音だった。
私が目をしばたたかせているうちに、再び茶髪の青年が会話に入っている。
「ユーリ。そういえば前にも、あんなことあったよな」
「なんの話だ?」
「ほら、お前が女子生徒からダンスパーティーに誘われたときだよ。俺とブリジット嬢が一緒に隠れてたら、すぐお前にバレて――」
「……ああ、そうだったな。そのときの件について、まだ詳しく聞いていなかった」
「も、もう時効だろ!?」
「自分から言いだしておいて、言い逃れするつもりか?」
『二人とも、よそ見していると狭間への道が閉じちゃうわよ?』
親しげな会話は、そこで不自然に途切れる。
しばらく経ってから恐る恐る顔を出してみると、そこには驚きの光景があった。
「……お兄様? それに……ラインハルト殿下?」
先ほど青髪の青年たちが立っていた場所に、なぜかノアとラインハルトが佇んでいる。
不思議そうに周囲を見回していた二人は、私に目を留める。
「……アンリエッタ?」
「どうしてお二人がここに?」
もはや頭の中は疑問符でいっぱいだ。
私が目をしばたたかせていると、疲れた顔をしたラインハルトが頬をかきながら説明する。
「俺たちにも、何がなんだか……。生徒が大勢いる学園のような場所を彷徨っていたら、喋る魔物が現れたんだ。それで、元の世界に帰りたいなら死ぬ気でついてこいとか言われて」
「導かれるままに森の中を疾走していたら、空間の裂け目のようなものを通ってここに出た」
あとを引き継ぐのはノアだ。
さっぱり意味が分からなかったが、それは当事者である二人も同じらしい。
ノアは普段通りの仏頂面だが、ラインハルトは疲労困憊の様子だ。そんなラインハルトを気遣ってか、ノアが声をかける。
「とにかく――今は王城に帰りましょう、殿下。アンリエッタも、早く家に帰るように」
「は、はい。分かりました」
私はとりあえず頷き、ノアたちを見送る。
でもきっと、彼だけは傍に留まっているはずだ。
「ありがとう、ロキ」
たぶんさっきは、私が困っているのに気づいて助け舟を出してくれたんだろう。
ロキの機転に助けられたな、と思いながらお礼を言うと、少しだけ距離を空けて姿を現したロキはふるふると首を横に振る。
「そういうわけじゃないよ。あの青髪、最初からおれに気づいてたから」
「え?」
「アンリエッタみたいに、しっかり気づいてたってわけじゃなさそうだけど……気配を気取られたっぽい。おれもまだまだだね」
「そ、そうなんだ……」
別に私も、ロキにしっかり気づいたことは一度もないんだけど……その点については黙っていよう。
ふう、と一息吐いた私は、ひとつの可能性を呟く。
「もしかしてあの二人、別の乙女ゲームの攻略対象だったのかな?」
別の国から来た、みたいなことを言っていたし、あながち間違っていない気がする。
「別の乙女ゲーム?」
「あ、えっと……遠い国から来た人だったのかな、って思って」
自分でも荒唐無稽なことを言っている自覚はあるけど、私みたいに乙女ゲームに転生しちゃった人間だっているのだ。そんな可能性だって、なきにしもあらずだろう。
そんなふうに思っていると、ロキが小さく頷く。
「本当にそうなのかもね。見たことのない従魔を連れてたし」
「あっ! それってもしかして、途中で喋ってた二人?」
「そう。狼と、水の精みたいなやつ」
それを聞いた私は、くるりと踵を返す。
「アンリエッタ、どこ行くの?」
「図書館に戻って、その魔物について調べてみる!」
来たときよりもうきうきした足取りで、私は図書館に引き返したのだった。








