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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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番外編1.毒にも薬にも (ノベル1巻発売記念)


ノベル第1巻の発売を記念し、SSを書きました。

読んでいただけたら嬉しいです!



 

 とある月曜日のこと。


 リージャス伯爵邸を馬車で出立した私は、いつも通り車輪の音を聞きながらぼんやりと景色を眺めていた。

 そうしながら、欠伸が出そうになるのを必死に我慢する。昨日まではノアのスパルタ特訓を泣く泣く受けていたので、疲れが溜まっているのだ。


 貴族街から賑わう大通りへと入り、さらにエーアス魔法学園のある郊外に向けて、馬車が進んでいるとき――窓から見えたそれに目を見開いた私は、思わず口を開いていた。


「ちょっと、止まって。止まってちょうだい!」


 向かいに座るキャシーも、慌てて御者に声をかけてくれる。

 しばらく進んだところで馬車が停まった。私は踏み台が置かれるのも待たずに馬車を下りると、先ほど通過した整備の甘い通りへと戻る。というのも道の脇に、見覚えのある薬草が生えていたからだ。


「この草、乙女ゲームで見たことある!」


 進〇ゼミでやったことある! みたいなことを口走りながら、私はそこにしゃがみ込む。


「お嬢様、制服が汚れてしまいますよ」


 ついてきたキャシーの注意に構わず、私はしげしげと薬草を眺める。


「確か名前は青見草(あおみそう)……じゃなかったかしら」

「お嬢様、お詳しいんですね」


 なんとなく、キャシーが尊敬の眼差しを私に向けてくれている気がする。


「そうなのよ。私、薬草には自信があるから」


 気分が良くなった私は、魔法薬学のテストでべらぼうに悪い点を取っているという事実を伏せてとりあえず胸を張る。でも、目の前の薬草を知っているのは本当だ。


 乙女ゲームといえば当然ではあるが、『ハナオト』攻略対象の面々にはそれぞれの好物がある。

 言うまでもなく、エルヴィス様の好きなものといえば薬草類だ。そのためエルヴィスルートでは、自由行動時に街のショップに寄っては貴重な薬草を手に入れるのが必至である。贈るともちろん喜ばれて特殊な会話が発生するし、好感度が上昇するのだ。


 青見草もショップに売っていた薬草のひとつだったから、記憶にあった。


『青見草の葉と花は、煎じると視力回復や眼病に効くとされる薬草なんですよ。揚げて天ぷらとして楽しむこともできるんですけどね。こんなに貴重なものを、僕に……本当にいいんですか?』


 ▷余ってるから

 ▶大事に使ってね


『ありがとうございます! ああ、嬉しいなぁ。さっそく魔法薬学室を借りてこようと思います。あなたも、一緒に行きませんか? ……ふふ、天ぷらにはしませんからね?』


 ――という会話イベントが発生して、画面には【好感度アップ↑↑】の文字が表示されたものだった。

 オタ活に励む私は小さい頃からあまり視力が良くなく、普段から2ウィークのコンタクトを使っていたので「何それほしい、青見草ほしい」と思ったものだった。アンリエッタの視力には特に問題がなさそうなので、今は必要ないけど。


 この世界にエルヴィス様はいない。私が魔法薬の調合を邪魔してしまったせいで、人格反転の薬を飲めなかったからだ。

 でも、エルヴィスにはなんだかんだでお世話になっている。ノアにレモンタルトを贈ったように、彼の求めているであろう薬草をプレゼントするというのも、たまにはいいかもしれない。


 何より、あのエルヴィスがぱぁっと顔を輝かせてお礼を言うところを想像すると、少しワクワクした。

 私はキャシーに袋を持ってくるよう頼みながら、白い花を咲かせる薬草を根っこごと引っこ抜いて採取したのだった。



 ◇◇◇



 教室に着くと、今日もエルヴィスは女子生徒に囲まれていた。

 学園中の嫌われ者であるアンリエッタが近づくには、その空間は華やかすぎる。エルヴィスの周りに人がいないタイミングを見計らって、話しかけるしかなさそうだ。


 そんなことを思いながら、自分の席につく。手にした紙袋の中を覗いてみると、青見草は早くもしおしおと元気がなさそうな様子だった。根ごと引き抜いたのだから、そりゃ当然だろうけど。

 そういえば、前に薬草の保存方法を授業で習ったことがある。確か水洗いして土を落として、種類によっては刻んで日干ししたり、陰干ししたりするんじゃなかったっけ。


 青見草はどんな処理をするべきだったか、残念ながらまったく思いだせない。でも、土まみれのまま渡すよりは洗っておいたほうがいい気がする。


 私は着いたばかりの教室を出た。校舎の外にある水道を借りようと思ったのだ。

 初級水魔法が使えれば、薬草を洗うくらいの水を出すなんて簡単だけど、残念ながら私は今のところまったく魔法が使えない。授業に遅れないように、注意されない程度の速度で賑わう廊下を逆走していく。


 校舎から出たところで、背後から声をかけられた。


「アンリエッタ」

「え? ……エルヴィス?」


 そこには、女子に囲まれていたはずのエルヴィスが立っている。


「こっち見て変な顔してるから、何か用事かと思ってな」


 変な顔は余計だが、エルヴィスが来てくれて正直助かった。私はすでに手の中の薬草を持て余しているのである。さっさと渡して気楽になりたい。


「それが、道端で薬草を見つけたから、エルヴィスにあげようと思って」


 言いながら、紙袋に手を入れて取りだす。

「これ、青見草じゃねぇか!」と喜ぶのを想定していたのだが、なぜかエルヴィスは形のいい眉を眉間に寄せた。


「……おい、アンリエッタ。なんで仰ぎ草(あおぎそう)なんか持ってる?」

「え? 仰ぎ草? 青見草じゃないの?」


 きょとんとする私に、エルヴィスが小さくため息をつく。


「よく似てるが、それは仰ぎ草っつー毒草だ」

「ど、毒草!?」


 悲鳴を上げる私に、エルヴィスは説明を続ける。


「誤って口に含むと、ばたんと後ろにひっくり返って天を仰ぎ見ることから仰ぎ草。青見草とはよく似てるが、葉のつき方が違う」


 エルヴィスは手に取った石で「仰ぎ草は、葉が対生でついてて……」とか解説しながら地面に絵を描いているが、私はそれどころじゃない。


 じゃあ私は毒草を摘んできた挙げ句、後生大事に運んできたってこと?

 いや、それだけじゃない。私は自分の失態に気づくなり、さっと顔を青くした。


「ど、どうしよう。採取するとき、思いっきり素手で触っちゃったんだけど!」


 あんまり詳しくないけど、トリカブトとかドクゼリとか、前世でも危ない毒草があるというのは聞いたことがある。

 命の危険を感じて全身を震わせる私に、石を置いたエルヴィスが近づいてくる。手を伸ばしてきたかと思うと、エルヴィスは焦る私の両手首を正面から掴んだ。


「エ、エルヴィス?」

「……仰ぎ草を採取するとき、においは嗅いだか?」


 今朝の記憶を振り返ってから、ふるふると首を横に振る。


「か、嗅いでない。侍女のキャシーも紙袋を持ってきてくれただけで、嗅いでも触ってもないはず」

「葉は口に入れたか?」

「入れてない!」


 さすがに、そんな子どものような真似はしていない。

 するとエルヴィスは、泣きそうになっている私を見下ろして目を細める。


「――なら、大丈夫だ。においを嗅ぐと、胃を悪くすることも稀にあるが……素手で触ったくらいなら、何も起こらない」


 そう言いきってくれる言葉を聞けば、ようやく肩の力が抜ける。

 私の知る限り、エルヴィスほど薬草に詳しい人はいない。そんな彼が断言するのなら、平気だ。私にもキャシーにも、なんの危険もない。


「そうなんだ……良かった」


 安堵の息を吐くと、エルヴィスは何も言わずに手を離した。

 なんで両手を掴まれたんだろう、と今さらになって不思議に思うが、それは私がパニックに陥っていたからだろう。普段は憎まれ口ばかりだけど、エルヴィスはわりと親切な青年なのだ。


「じゃあこの草、捨ててくるね」


 どちらにせよ、紙袋の中にあるのは毒草である。仰ぎ草には悪いけど、焼却場に持っていくべきだろう。

 しかしエルヴィスは同意しなかった。


「いい。オレがもらっておく」

「え? でも、毒草なんでしょう? なんの役にも立たないんじゃない?」


 戸惑う私の手から、エルヴィスはさっさと紙袋を奪う。


「いや。仰ぎ草の花は、乾燥させてから焙煎すると痛み止めに使えるからな」


 へぇ、と思わず感心してしまう。危険な仰ぎ草に、そんな使い道があるとは。


「やっぱりエルヴィスってすごいわね。そんなことまで知ってるなんて」

「二年になったら魔法薬学で習うぞ。今のうちに覚えとけ」

「えっ」


 それは確実に覚えておいたほうが良さそうだ。

 先生が「ここ、テストに出るぞ」と言ったときと同じくらいの真剣さで、私は仰ぎ草の情報を記憶に刻んでいく。そんな私に背を向けてから、エルヴィスが言い放った。


「次からは、薬草を採るときはオレを呼んでからにしろ」


 急にそんなことを言いだすエルヴィスに、私はぱちぱちと目をしばたたかせる。

 私が自主的に薬草を採取することなんて、あんまりないと思う。エルヴィスじゃあるまいし。

 それに、別にいつもエルヴィスと一緒にいるわけじゃないのだ。彼だって、私に何度も呼ばれたりしたらうざったいだろう。


 そんなふうに思ったけれど、エルヴィスの声音にはからかうような様子はない。

 だから私も、たまには素直に彼の言葉を受け取ることにした。


「うん、分かった」


 そんな私の返事が聞こえているのかいないのか、エルヴィスは校舎に戻っていく。

 しばらく、そこに突っ立ったまま離れていく背中を見送って……重大なことに気づいた私は愕然とした。


「じゅ、授業!」


 遅刻なんてしようものなら、ノアに怒られること間違いなし。

 私は大慌てで駆けだしたのだった。




挿絵(By みてみん)


本日、最推し攻略対象ノベル1巻&アクアクノベル6巻&コミックス5巻が同時発売されました!

本作の店舗特典は、書泉様・アニメイト様・メロンブックス様・各電子書店様 にて展開されます。


書泉様では有償特典のアクスタも展開、抽選で複製原画がもらえる発売記念フェアも開催中です。

4/1から書泉様にて始まるS La Femmeフェア(https://www.shosen.co.jp/fair/28131/)では、アクリルキーホルダーの発売が決定しました。ほ、ほしい……!


また、早くも本作のコミカライズが決定しております。

漫画家の桜井ゆっけ先生が超可憐に美麗に、アンリエッタたちを描いてくださっております……!

(詳細はこちら→https://ga.sbcr.jp/bunko_blog/kankan/20250314/)


お待たせしてしまっておりますが続きの執筆もがんばりますので、今後も「最推し攻略対象」並びに「アクアク」をよろしくお願いいたします。


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