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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第38話.決着


「イーゼラ、とんでもない魔法の威力……初級魔法とは思えないくらい」


 目の前の光景に圧倒されるあまり、初めて初級魔法を使えた喜びが吹き飛んでしまった。

 二人ともに、発動したのは確かに初級魔法であるはずだ。しかし合体して放たれたのは、それでは説明がつかないほどに強力な魔法だった。それこそ、まるで上級魔法のように。


 無論、初級魔法の発動すらままならない私にこんな神がかった芸当ができるわけがない。考えるまでもなく、土壇場で奇跡を起こしたのはイーゼラだった。

 クラスでもエルヴィスに次いで成績のいいイーゼラだが、まさかここまでの実力を持っていようとは。


「本当にすごい。大量の魔力を吸い上げた《魔喰い》に、あんなにダメージを与えられるなんて!」


 最初はきょとんとしていたイーゼラだが、私が尊敬の眼差しを注いでいるとにわかに頬を紅潮させて高笑いする。


「え、えっと? オホホ、そうですわね。わたくしにかかれば、これくらい余裕ですわよ! オーホッホッホッホッホ!」


 そして予期せぬ風魔法は、私たちにさらなる幸運を運んでくる。

 今や無視することもできないほど強い魔力の波動を背後から感じれば、私は思わず彼の名を呼んでいた。


「エルヴィス!」


 穴だらけの上着をとっくに投げ捨てたエルヴィスは、目を閉じたまま、怖いほどの集中力を宿してその場に立っていた。


 時間をかけてエルヴィスが用意していたもの。彼の足元にあるのは、ひとつの魔法陣だ。光の魔法陣を三重にして描かれた、息を呑むほど複雑な構成のものである。

 それぞれの魔法陣が互いの邪魔をせず、魔法効果を安定・増幅させる形で刻まれており、ほぼ素人の私が見てもすさまじい出来の良さが伝わってきた。


 通常、魔法士は悠長に魔法陣を描くことなどしない。状況も戦場も刻一刻と移り変わるもので、時間をかけて魔法陣を地面に刻む時間も意味も薄いからだ。だから魔法を使う瞬間、魔法士の足元は光り輝き、自動的に浮かび上がった魔法陣が発動を補助する。


 しかし、今このときにおいては違う。

《魔喰い》はその場から動かないタイプの魔獣だ。そして本来であれば初級魔法までしか使えない魔法士でも、精密にして緻密な魔法陣を用意していたなら――。

 両の目蓋を開いたエルヴィスが、片手を前方に伸ばし、凜とした声で唱える。

 その美しさに、私は見惚れていた。



「【コール・ルーメン】――宵闇を照らす導きの星よ。天より降り注ぎ、すべての魔を打ち砕け!」



 発動したのは、上級光魔法である。

 光と闇は互いに弱点属性となる。土と闇の属性を持つ《魔喰い》に、光魔法は絶大な効果を持つ。

 エルヴィスの足元で、彼の魔力を注ぎ込まれた三重の魔法陣が光り輝く。それに呼応して、《魔喰い》が強すぎる光の渦に囚われた。

《魔喰い》を身動きひとつ許さず拘束したところに、流星の如し光の矢が降り注ぐ。


『キシャアアア――ッ!?』


 耳をつんざくような、断末魔の悲鳴が上がる。

 残っていた蔓は片っ端から千切れ、《魔喰い》の身体は為す術なく崩れつつあった。光が闇を圧倒していく光景に、私はひたすら見入ることしかできない。


 すごいよ、エルヴィス。本当にやってのけるなんて!

 魔法陣の補助があるとはいえ、一年生にして上級魔法を成功させるなんてほとんど例のないことだ。その例とは、言うまでもなく完璧超人のノアのことだが。

 こうして《魔喰い》を呑み込んだ光は、次第に収束していったが……エルヴィスが小さく呻き、その場にがくりと膝をつく。


「ッう……」

「エルヴィス!」


 強力な魔法を使った反動が出てしまったようだ。駆け寄ろうとした私は、直後に派手に転んだ。

 いやな予感と共に恐る恐る振り返れば、私の右足首にまとわりつく一本の蔓があった。それは、今やぼろぼろに崩れた《魔喰い》から伸びている。


 う、嘘でしょ。イーゼラの風魔法とエルヴィスの光魔法を喰らってるのに、手強すぎない?

 しかも文句を言う間もなく、蔓は私の魔力を吸い始めている。それは先ほどまでの、じっくりと獲物をいたぶるような魔力吸収ではない。光魔法によって崩れた身体を再生させるために、《魔喰い》は一気に私の魔力を吸いだそうとしていた。


「っ、ぐッ」


 あまりの苦痛にどっと汗が噴き出て、息が詰まる。ちかちかと視界が明滅している。


「アンリエッタ・リージャス……!」

「アンリエッタ!」


 イーゼラが泣き叫び、蹲るエルヴィスが必死の形相で叫ぶ。だけど二人とも立ち上がれない。片や魔力を吸われ続け、片や魔力を使いきり、とっくに限界を超えているからだ。

 ぐにゃぐにゃと目の前の景色が歪む。二人の声すら聞こえなくなり、閉じかけた世界の中で……私は静かな視線に気づいた。


 誰かが私を、じっと見ている。なんとか眼球だけを動かして仰ぎ見れば、《魔喰い》の潰れかけたひとつ目が、わずかに開いていた。

 目が合った私は、状況も忘れて思わず笑ってしまう。


 ああもう、分かったって。あんたの執念深さには負けたよ。

 それなら私の魔力をぜんぶ喰えばいい。廃人にでもなんでもすればいい。

 だからイーゼラとエルヴィスは、このまま見逃して。二人とも、チュートリアルで死ぬ予定の私なんかよりずっと将来有望な若者なんだし。なんて、言っててちょっと悲しくなるけどさ。


 そういうことで、約束は守ってね。お願いだから。

 そんな言葉を一方的に心の中で唱えたところで、私の意識はぷつりと途絶えた。



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