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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第36話.イーゼラ救出作戦


「いだッ」

「それだけの余裕があるなら平気そうだな」


 ふん、とエルヴィスが鼻を鳴らす。彼の目は、すでに私ではなく《魔喰い》だけを見据えている。

 エルヴィスが鋭く息を吸う。私は膝のあたりにぐっと力を入れた。


「じゃあ、本番だ。……三、二、一!」


 かけ声に合わせて、同時に立ち上がる。


「こっちよ、《魔喰い》!」


 わざと大声を上げながら茂みを出て、《魔喰い》に堂々と姿を見せてやる。身を隠せるような遮蔽物がないので、正面から挑むしかないのだ。

《魔喰い》の不気味なひとつ目が、私たちを捉えた。触手のように波打つ数十本の蔓が、こちらに向かって一斉に伸ばされるが――まだ距離がある。私の影にすら届いていない。


「蔓の射程は五メートル弱、か」


 エルヴィスは呟きながら、ちょうど五メートルの距離を取ってその場に片膝をつく。先端の尖った木の枝を握った彼は、地面に向かって一心不乱に何かを描き始める。


 作戦は至ってシンプルなものだ。

 エルヴィスが《魔喰い》を倒すための強力な魔法を準備する。私は、彼が魔法を発動させるまでの時間を稼ぐ。

 魔法の有効範囲は、魔法の種類や術者の力量によって決まる。魔法そのものが届かなければ元も子もないので、エルヴィスはぎりぎりの位置に陣取ったのだ。


「どうしたの《魔喰い》。そんなんじゃ私には届かないわよ!」


《魔喰い》の注意を引きつけるために挑発すれば、蔓がざわざわと波打つ。伸びてくるそれを、後ろに下がって避けた。蔓攻撃は素早いものの、距離があるので見切れそうだ。

 これならいけるかも、と私がわずかに気を緩めたときだった。

 ラフレシアみたいな花部分がもぞもぞと動き、そこから得体の知れないものが発射された。


「うぎゃーっ!?」


 まっすぐ、私の顔面めがけて飛んでくる何かに私は奇声を上げつつ、間一髪で避ける。

 恐る恐る後ろを見ると、それが当たった木の幹の表面がどろどろに溶けていた。


「な、なにこれ。消化液?」


 もしもこれを喰らっていたら、と背筋がぞっとする。

 続けざまに《魔喰い》は消化液を繰りだした。私はどうにか攻撃を避けるが、そこで致命的なことに思い至る。

 消化液は十メートル以上飛んでいる。この攻撃、私は動き回れば避けられるけど……!


「エルヴィス、危ない!」

「っ!」


《魔喰い》が放った消化液が、その場から動けないエルヴィスに向かって飛ぶ。その攻撃を、エルヴィスは――左腕で受け止めていた。


「エルヴィス……!」

「平気だ。こっちのことは気にすんな」


 そんなの信じられるわけがない。青ざめながら注視すれば、エルヴィスは怪我を負ってはいなかった。脱いだ上着を左腕に巻きつけて、盾のように構えたことで消化液を防いだのだ。

 ホッとするが、よく見れば早くも上着の一部が溶けかかっている。これでは、何十回も消化液を凌ぐことはできないだろう。


 それなのに、エルヴィスは地面から片時も目を離していない。

 私だって知っている。魔法を使うためにはそれだけの集中力が必要になるのだ。集中が乱れて線を歪めてしまえば、魔法陣は効力を失って初めから描かなければならなくなるから。

 だけどエルヴィスが自分の身も顧みずに行動できるのは、私が《魔喰い》の注意を引きつけると信じているからだ。


 それなら私が、ここで踏ん張らないと!


 エルヴィスから《魔喰い》の注意を逸らすため、あえて私は前に出る。

 完全に蔓の射程内だ。表情のない《魔喰い》だが、ほくそ笑んだような気配を感じた。

 地面をばしんと打ち、一斉に蔓が伸びてくる。そのうち一本の先端が、私の頬を掠めた。


「……っ!」


 じゅっ、と焼けるような痛みが頬に走るが、歯を食いしばって声を出すのを堪える。エルヴィスの集中力を妨げたくなかったのだ。

 エルヴィスから離れた方向に逃げると、消化液が飛んでくる。距離を少し詰めれば蔓攻撃が来た。それを何度か繰り返すうちに読めてきた。ターン制バトルの『ハナオト』らしく、《魔喰い》にも攻撃のパターンがあるのだ。


 敵が近づいてきたときは、蔓を伸ばして迎撃。敵が遠ざかったときは、消化液を飛ばして追撃。《魔喰い》にとって優先すべきは接近してきた敵だから、その場合は蔓攻撃が優先となり、消化液は使わなくなるようだ。


 となると、私が選ぶべきはひとつだった。

 私は地面を蹴って、《魔喰い》に向かって一心不乱に駆けだす。


「おい、アンリエッタ!?」


 地面を蹴る足音で気づいたらしいエルヴィスが叫ぶが、振り返らずに答える。


「心配しないで、私は大丈夫だから!」


 叫んでから、さっきのエルヴィスと似たようなことを言っちゃったな、と少しおかしくなった。

 こんなときに笑えてしまうのは、大量のアドレナリンが出ているからだろうか。頬だけじゃなく、すでに肩や膝にも何回か蔓を喰らって血が出ている。交通事故とかでも、時間が経ってから痛みを実感するっていうもんね。


 果敢というより無茶な突撃を試みる私に、数十本の蔓が襲いかかってくる。一般的な運動能力しか持たない私は呆気なく波状攻撃に捕まり、右腕に蔓が巻きついた。


「うっ」


 そのとたん、くらりと身体から力が抜けそうになる。

 これが強制的に魔力を吸われる感覚なのか。不快極まりない感触に耐えながら歩を進め、私はさらに《魔喰い》へと近づいていく。

 蔓の攻撃力自体は大したものじゃない。その理由は《魔喰い》がその名の通り、相手の魔力を吸うことに特化した魔獣だからだろう。


 つまり蔓に捕まってさえしまえば、それ以上の攻撃は加えられないということだ。あとは《魔喰い》の注意が、エルヴィスに向かないようにだけ気をつければいい。

 とうとうイーゼラの傍までやって来た私は花畑に膝をつくと、彼女の肩を全力で揺さぶる。


「イーゼラ! イーゼラ、起きて!」

「う、うぅ……」

「ほら、早く起きてってば! 助けに来たよイーゼラ! 起きろー!」

「うううぅ」


 ぐったりしていたイーゼラだが、必死に呼びかける私の声に気づいたらしい。その両目が焦点を結んだかと思えば、信じられないものを目にしたように見開かれる。

 次の瞬間、私は思いっきり怒鳴られていた。


「アンリエッタ・リージャス!? あなた、こんなところで何をやっていますのっ!?」


 う、うるさ!

 耳がキーンとするほどの大声に、私はささっと左手で耳を塞ぐ。



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