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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第35話.対《魔喰い》


 研究室を出た私たちは、螺旋階段を下りて地下に向かう。

 予想通り、迷宮図書館に続くドアは開いていた。

 奥の本棚に向かうと、絨毯の上には一冊の本が落ちていた。封印が解かれたその本はもちろん、『一年生のための薬草図鑑』である。

 すでに開かれている迷宮の書には、ページに手を触れれば入ることができるという。


「アンリエッタ、迷宮に入る前によく聞いとけ」


 その場にしゃがみ込んだところで、エルヴィスが口火を切った。


「前にも軽く話したと思うが、この迷宮について先生から話を聞いたことがある。迷宮としてはかなりシンプルな構造で、内部は延々と緑の森が広がってるが、《魔喰い》の居所まではほぼ一本道で迷うことはねェらしい」

「それって、《魔喰い》の居場所が固定されてるってこと?」

「そうだ。『一年生のための』って銘打ってるから、そこだけはご丁寧に難易度低めにされてんのかもな。イーゼラ嬢もたぶん、変に森には踏み込まず道を辿っただろ」


 どうやら、森の中に踏み入ってイーゼラを捜す必要はないようだ。ありがたい情報だった。


「じゃあ、この迷宮から出る条件は?」


 本に触れると迷宮に吸い込まれてしまうので、ルールが明記してある裏表紙は確認できないのだ。

 しかしそこは期待通り、淀みない答えが返ってくる。


「条件は、魔喰い花の種子を手に入れること。あるいは、二十種類の薬草を採取すること。どちらかを達成すれば脱出できる」


 エルヴィスの説明を、頭の中に叩き入れる。


「道中には《魔喰い》以外にも植物系の魔獣が棲息してるっつーから、オレが魔法で倒す。お前は前に出ず、基本的にオレの指示に従え」

「ん、分かった」


 私の緊張が伝わったのか、エルヴィスはこんなことを付け足した。


「オレは辺境出身だからな。何度か魔獣とは戦ったことがある。《魔喰い》とは比べものにならねェくらい、下位の魔獣ばかりだが」

「ううん。頼りにさせて、エルヴィス」


 エルヴィスの存在は本当に頼もしい。私ひとりでは無駄死にでも、彼がいてくれれば何かが変わるかもしれない。そんな勇気が湧いてきた。

 私が真面目な顔で返すと、エルヴィスが口元を緩める。


「普段からそれくらい素直だと、かわいげがあるけどな」

「あのね、それはこっちの台詞だから」


 覚悟を決めた私とエルヴィスはほぼ同時に手を伸ばし、開きっぱなしの光るページに触れた。



        ◇◇◇



 迷宮に入った私たちは、かなり順調に一本道を進んでいた。

 といっても次々に森から飛びだしてくる魔獣のすべてを、エルヴィスが蹴散らしてくれているからだ。


『一年生のための薬草図鑑』に出てくる魔獣は、人参やヒマワリの形をしていたりと、どれもどことなくかわいらしいというか、愛嬌のあるデザインだった。

 といっても私たちを見つけると容赦なく攻撃してくるわけだけど、エルヴィスの初級魔法は評判に違わず高度なものだった。中級魔法かと見紛うほど大きな火球を飛ばしては、研ぎ澄まされた風刃で魔獣を次々と切り裂いていく。

 早くも十体目の魔獣を倒してみせるエルヴィスに、私はぱちぱちと拍手を送る。


「エルヴィス、すごい!」

「この程度で感動すんな。オレを誰だと思ってんだ」

「よっ、オレ様エルヴィス様!」

「ま、聞いてたより魔獣の数が少ねェからな。たぶんイーゼラ嬢が倒したんだろ」


 青い空に見下ろされた広い森を無視して、私たちは先に進む。森の中には川が流れているのか、さらさらと水の流れる音が絶え間なく聞こえていた。

 足を進めるごとに、魔獣の数は徐々に少なくなっていく。否応なしに身体が強張るのは、ひりつくような空気を感じるからだ。

 私は背中にじっとりと汗をかきながら、一歩前を歩くエルヴィスを見る。


「エルヴィス……」

「ああ。お出ましらしい」


 余裕のある横顔は変わらないが、それは私を気遣ってのものだと思われた。

 やがて、私たちは一本道の終わりへと辿り着く。というのもページが途切れているのか、その先の景色がぼやけて見えるからだ。

 ふいに、エルヴィスが振り返る。かと思えば唐突に、私は彼の腕に抱き寄せられていた。


「……!」


 声を上げそうになるのを寸前で堪えたのは、エルヴィスの表情が今まで見たことがないほど真剣なものだったからだ。

 肩に手を回すエルヴィスにつられて、地面にしゃがみ込む。茂みの影に隠れて、身を寄せ合うような格好になっていた。


 ドキドキ、と高鳴っているのが、どちらの心音なのかも分からない。私はエルヴィスの胸に横顔を当てたまま動けずにいた。

 しばらくそうしていると、強引だった腕の力がわずかに緩む。それを何かの合図のように感じて顔を上げると、エルヴィスは油断のない目で茂みの奥を見据えていた。

 私の視線に気がついたエルヴィスが、そっと囁く。


「気をつけろ。頭を出しすぎると、気づかれる」


 耳元に落とされる声は、低く掠れている。エルヴィスがふざけていないのは分かっているが、その声も表情も体温も、私にはあまりに刺激が強いものである。

 私は羞恥心を押し殺して、そっと促す。


「ねぇ、エルヴィス。そろそろ……」


 目をしばたたかせたエルヴィスが、ハッとしたように身動ぎする。


「わりー」


 あっさりと身体を離されれば、なんだか肩すかしを食らう。これじゃあまるで、私ばっかり意識しているみたいじゃない……。

 って、どうしちゃったの私ったら。目の前にいるのはエルヴィスであって、エルヴィス様じゃない。意識するも何もないでしょうに。


「う、ううん。必要なことだっていうのは分かってるから」


 私は気を取り直して、茂みに隠れながら窺ってみる。

 一本道の終わりに待ち受けていたのは――場違いなくらい美しい花畑と、その中心に佇む魔獣だった。

 目にしたとたん、底知れない恐怖に肌が粟立つ。


「あれが《魔喰い》……」


 エルヴィスから事前に聞いていた通り、《魔喰い》は植物系の魔獣だった。

 その全長は、優に二メートルを超えるだろうか。人間でいう顔の位置に、ラフレシアのような赤く不気味な花が咲き誇っている。花のまんなかにはひとつ目の眼球が埋まっていて、ぎょろぎょろとあちこちを見回している。そんな顔の部分を太い蔓が束になって支え、自立しているのだった。


 純粋に咲き乱れる花々の中で、黒のオーラを身にまとう異質な魔獣。

 目にしたとたん、私は本能的に理解する。あ、これ勝ち目ないな、と。

 他の魔獣たちと《魔喰い》では、威圧感がぜんぜん違う。グロテスクな外見も、風に乗って漂ってくる鼻が曲がるような異臭も、すべてが敵を害すことだけに特化している。


 きっとこの《魔喰い》は、贄となる人間を本の中で待ち続けていたのだろう。学生の魔力を吸うことだけに執着して、何年も。

 そんなおぞましいほどの迫力を感じながらも引き返さなかったのは、隣に実力者であるエルヴィスがいるのと、《魔喰い》の足元に見覚えのある金髪縦ロールが見えたからだ。


 色とりどりの花畑に倒れるイーゼラ。その細い両手首には、《魔喰い》が手足のように伸ばした蔓が何重にも巻きつけられている。

 遠目に見ても、イーゼラの顔色は悪い。意識もないようだが胸元は小さく動いていた。毒か何かにやられているわけではなく、魔力を吸われて弱っているのだろう。

 私の傍らで、エルヴィスもつぶさに観察している。


「今も《魔喰い》が拘束してるっつーことは、魔力を吸い尽くされたわけじゃねェ。それに、《魔喰い》は地面に根を張ってる。周囲にろくな遮蔽物がねェのが厄介だが……」


 エルヴィスの分析を聞いていて、《魔喰い》がわざとそういう空間を選んで陣取ったのだと気づかされる。花畑の中心では、身を隠すものがひとつもない。《魔喰い》にとっては、数十本の蔓を自由自在に伸ばせる舞台というわけだ。


「植物である以上、《魔喰い》もあの位置からは動けねェだろ。一定の距離を取れば、オレたちに攻撃は当たらない」

「なるほど」


 となるとイーゼラの度胸もすごい。あんないかにもヤバげな魔獣に、自分から近づいていくなんて……と私は恐れおののいた。


「迷宮に入る前に話した通り、ここから出るための条件は二つある」


 ただし、とエルヴィスが言葉を継ぐ。


「《魔喰い》が苦労して捕らえた獲物を、魔力を吸いきらずに離すことはない。つまりイーゼラ嬢を助けるためには、あれを倒して魔喰い花の種子を手に入れるしかねェってことだ」


 エルヴィスの口調には迷いがない。それと同時に、自信を感じさせるものでもある。


「もしかして、何か策があるの?」


 躊躇わず頷いたエルヴィスは、《魔喰い》を倒すための作戦を教えてくれた。

 私は口を挟まず、それを大人しく聞いていた。短い時間でエルヴィスが練ってくれた作戦には、口を出すべき箇所も見当たらなかったのだ。

 その内容を頭の中で反復していると、暑いのか上着を脱いだエルヴィスが、どこか躊躇いがちに隣の私を見つめる。


「アンリエッタ、お前の役割のほうが危険だ。やっぱりお前は――」

「ううん。私もちゃんとやる」


 私はエルヴィスの言葉を遮った。

 作戦を成功させるには、私の存在が鍵となる。いくらエルヴィスが一年生の中で優れた生徒だといっても、ひとりで格上の魔獣と戦うなんて無鉄砲すぎる。

 私がここで引くとはさすがに思っていなかったはずだが、エルヴィスは眼差しを強めている。


「約束しろ。ぜったい無茶しねェって」

「もちろん。私も、こんなところで死ぬつもりはないし」


 まだチュートリアルすら始まっていないのだ。

 それに、と私は付け足す。


「エルヴィスが言ったんじゃない。私は、死んだりなんてしないんでしょ?」


 私があえて強気に笑ってみせれば、エルヴィスが目を見開く。


「……蒸し返すな、あほ」


 恥ずかしいのか、注視していないと分からない程度に目元がうっすらと赤く染まっている。おかしくてくすくす笑っていると、頭をチョップされた。



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