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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第32話.ひとつの解決策


 時間ばかりが順調に流れて、三の月の二十日。

 春休み初日を二日後に控えたその日の昼休み。私は魔法実験室で魔力制御の特訓に勤しんでいた。

 花舞いの儀までは残り十一日。いよいよ追い詰められてきたなぁ、と半ば他人事のように思う。


 だってよくよく考えてみれば、ノアの言うように初級魔法を使えるようになる必要はないのだ。私の目標は、チュートリアルを魔に堕ちずに生き延びることなんだから。

 魔法のある世界にやって来たんだし、かっこよく魔法を使いたい気持ちがないわけじゃないけど、それはいちばんの目標ではない。生き残りさえすれば、のんびり練習する時間はあるんだし。


 変に焦る必要はないと思い直してから、心にゆとりが持てるようになった。

 そのおかげか、最近はけっこう調子がいい。それは魔法使いに必須とされる三要素のうち、まったく鍛えてこなかった精神・技術の二要素が少しずつでも育ってきた結果なのだろう。


「一度に数冊の本を浮かせられるようになったしね。これってなかなかなんじゃない?」


 自分でも、むふふと笑ってしまう。生活魔法については、いよいよ免許皆伝といったところか。

 ちなみに屋敷で特訓するときは、クローゼットの奥に封印した仮面と人形と装身具を装着することもあるが、ラインハルトの言った通り結果に大きな変化はなかった。キャシーに見つかると泣かれてしまうので、なるべく控えているが。


 意気揚々と実験室を出る私の前を、ひとりの女子生徒が通りかかる。

 それが誰か気づいたときには、こちらから声をかけていた。


「イーゼラ、またハム先生の手伝いをしてるの?」


 悪役令嬢なだけあり、私を睨みつける視線はつんと鋭い。まぁ、私が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど。


「だったらなんなのかしら? あなたには関係ないでしょう」


 イーゼラが両手に抱えているのは、迷宮学に関する古書ばかりである。たぶん地上の図書館に本を返しにいくところなのだろう。

 この学園に部活はないし、〇〇係とか〇〇委員会とかもない。サロンとかはちょくちょく開かれているそうだが、私はまったく呼ばれたことがない。泣ける。授業の準備が必要なときは、先生が事前に手の空いている生徒に声をかけたりするくらいだ。


 でも迷宮図書館での授業以降、イーゼラは毎日のようにハム先生の手伝いをしている。先生が特定の生徒に手伝いを頼むとは考えにくいので、イーゼラ自ら志願しているのだろう。

 これがカレンだと「イーゼラさんって勤勉なんだなぁ。わたしもたまには、先生たちのお手伝いをしなきゃね!」みたいな前向きかつ鈍感な感想で見逃される出来事だろうが、私は歴戦の乙女ゲーマー。イーゼラが着々と立てているフラグに、一抹の不安を覚えていた。


 ……だってイーゼラ、迷宮図書館に忍び込もうとしてるよね?

 それもエルヴィスがほしがっている薬草が出てくる迷宮の書があると知って、やっちゃおうとしてるよね?


 迷宮図書館は危険な場所だと繰り返し授業で習ってはいても、恋は盲目という。イーゼラはエルヴィスに好いてほしいがあまり、無茶なことをしでかそうとしているようだ。

 でも、迷宮図書館は普段から立ち入りが禁止されており、鍵はハム先生が管理している。恋する乙女といえど、忍び込むのは容易ではないはずだ。


「悪いことは言わないから、やめといたほうがいいと思うけど」

「なんなんですの、意味が分かりませんわ」


 あくまでしらを切るイーゼラだったが、私は廊下に人気がないのを確かめてから核心に触れる。


「『一年生のための薬草図鑑』、でしょ?」

「っ」


 私にはバレているから、今のうちにやめておいたほうが身のためよ。そう忠告したつもりが、逆効果だったようだ。


「暫定・花乙女のくせに」

「なっ」


 私がかちんと来たときには、イーゼラも太い眉をつり上げている。


「わたくしに説教なんて、何様のつもりなのかしら? お優しいエルヴィス様に少し気にかけてもらっているからと、いい気にならないでくださいまし!」


 イーゼラは肩を怒らせて、廊下を歩いていってしまった。


「何あれ。もう、かわいくないなぁ」


 こっちは親切心で言ってるっていうのに、と私は頬を膨らませる。

 でも、現時点でイーゼラは何か問題を起こしているわけじゃない。ハム先生に訴えたところで、まともに取り合ってはもらえないだろう。


 それどころか、アンリエッタが罪のないクラスメイトを陥れようとした、みたいな悪評が流れる心配だってある。ただでさえアンリエッタの評判は最悪なのだ。これ以上の尾ひれがつくのはご遠慮願いたい。


「あっ、そうだ」


 そこで私はぽん、と拍手を打つ。


「だったら、私が幻の薬草とやらをゲットしちゃえばいいんじゃない?」


 迷宮の書に出てくる薬草でも、現実世界ではぜったいに手に入らないというわけじゃないだろう。アンリエッタのお小遣いをもってすれば、大抵のものは買えるはずだし。


 それをイーゼラの机の中にでもこっそり入れておくのだ。イーゼラはエルヴィスにいいところが見せられるし、迷宮図書館に忍び込む必要もなくなる。ついでにエルヴィスとしても、ほしかった薬草が入手できて万々歳だろう。人格反転の魔法薬作りを邪魔した負い目もあるしね。


 なぜ私がイーゼラの恋の手伝いをしなくちゃならんのだと思わなくもないが、大事になるよりはよっぽどマシな気がした。


 うん、そうしよう!



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