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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第30話.SIDE:ラインハルト


 俺にとって、アンリエッタ・リージャスはこの世で最も妬ましい存在だった。

 なぜならあの少女は"カルナシアの青嵐"を兄に持つという史上最高の幸運に恵まれながら、その地位に胡座をかいているからだ。


 ノアさんの名前は子どもの頃から知っていた。パーティーで会えば挨拶される程度の関係でしかなかったが、魔法騎士団の入団試験会場に気まぐれで立ち寄った三年前のあの日、俺の運命は変わった。

 研ぎ澄まされた剣技に、無駄のない魔法の連携発動。ノア・リージャスは、俺が知るどんな剣士より速く、どんな魔法士よりも鋭い牙だった。圧倒的な実力によって対戦相手をねじ伏せる彼に、俺が痺れるほどの憧れを抱いたのは必然だっただろう。


 俺に兄姉はいない。だからノアさんのような兄がいれば良かったのに、とどうしようもなく焦がれた。その場で【王の盾】にと勧誘したのは、兄にできないなら、せめて誰よりも近くで彼の活躍を見ていたいと思ったからだ。

 命を擲ってでも王族を守るべき役割に誘うなんて、振り返れば不用意ではあったが、ノアさんを倒せる人間など世界中を探しても見つからない。


 その事実を証明するように、俺の護衛を務める彼はいつしか”カルナシアの青嵐”と呼ばれるようになり、その名を国内外に轟かせるようになっていた。俺が我が事のように誇らしく思ったのは、言うまでもない。


 完璧超人で知られるノアさんだが、そんな彼の人生にも一点の曇りがある。それが、妹のアンリエッタだ。

 アンリエッタは高慢で知られる令嬢で、その評判は社交界でも学園でも最悪だった。一学年下のアンリエッタの素行に、俺は目を光らせるようになった。


 噂通り――否、噂以上にアンリエッタは学園の劣等生だった。教師陣も認める魔力の素養はあるものの、それを生かすだけの力と知識がない。教室で他の生徒と言い合いになり、ヒステリックに叫ぶ姿を見たこともある。上級貴族としての教養の欠片も感じさせない振る舞いに、俺は呆れを通り越して怒りを感じた。


 なぜ、こんな女がノアさんの妹なのか。あんなにすばらしい兄を持ちながら、恥ずかしい行為を繰り返せるのか。俺は腹立たしくなって何度かアンリエッタに声をかけたが、俺が叱責する間、いつもアンリエッタは唇を引き結んで俯くばかりだった。言い返す度胸もないのかと、俺はひたすら呆れるばかりだった。


 だが、そんなアンリエッタにここ最近になって変化があった。

 魔法の練習に積極的に励むようになり、授業にも真面目に取り組んでいるらしい。しかもノアさんからは、お下がりの杖を授かったのだという。

 そうとは知らず下級生の教室に赴いた俺は、古くさい杖だと散々こき下ろしたのだが、口幅ったい物言いで真実を明かされて強い衝撃を受けた。その晩はひどい悪夢にうなされた。


「はて?」

「なんでしたっけぇえ」

「はてはてはて?」


 大量のアンリエッタがにやにやしながら俺を取り囲み、ぴーちくぱーちく囀る夢だった。気分は最悪である。

 その出来事を境に、俺はアンリエッタに自分から近づくのをやめた。別にあいつにまた言い返されるのを恐れたとかではない。単純に忙しかったのである。


 そうして今日。しばらくぶりに街で気分転換していると、なんと広場でアンリエッタと遭遇してしまった。


「殿下! わ、私ですよ、私!」

「おま――アンリエッタ・リージャスッ!?」


 怪しげな格好の暗殺者かと思いきや、アンリエッタだった。自分でもよく意味が分からないが。

 会話しながら、やはり人が変わったようだと思う。方向性はおかしいが魔法具を調達してまで魔法が上手になりたいなんて、以前のアンリエッタなら考えられないことだ。面と向かって俺に言葉を返してくるところも大きな変化だった。


 しかし邪神ドロメダを知らないあたりは、やはり世間知らずである。挙げ句の果てには『邪神が私の真似をしている』とまで言いだした。この主張にはきっと邪神も度肝を抜かれたことだろう。

 そんな話をしている矢先、暗殺者集団が襲いかかってきた。護衛のひとりは誘きだされてしまったが、他の二人が即座に対応する。


 しょっちゅうというわけではないが、半年に一度はこういうことが起きる。みっともなく慌てふためくほど珍しい事態ではない。本来であれば護衛に誘導されて安全な位置に下がるべきだが、人数が足りないせいでひとりの暗殺者が突破してくる。


「王太子、覚悟!」


 そのとき、前に出て剣を抜こうとした俺の視界を過ぎったのは年端もいかぬ少年の姿だった。


「ママ、どこー?」


 心の中で舌打ちするが、身体は勝手に動いていた。脅威に気づいていない少年を力尽くで引っ張り、押し倒すように地面に身を伏せる。そうしながら唇は詠唱に入っていた。


「ッ、【コール……】」


 だが、間に合わない。そもそも魔法の間合いではないし、致命的に遅すぎる。

 迫る死の予感に、身体が緊張を帯びる。致命傷さえ喰らわなければ魔法での治癒は可能だが――。


 そのときだった。

 俺と暗殺者の間に、小さな影が飛び込んでくる。それが先ほどまで話していたアンリエッタの後ろ姿だと分かったとき、俺は激しい動揺と共に息を呑んでいた。

 嘘だろう、と思う。そんな俺を庇う少女の声が、空高く、凜と響き渡る。



「止まれー!」



 ……どうして。

 なんでお前は、そんなふうに動けるんだ?

 俺よりもずっと細い両手と両足が、俺たちを守るためだけに懸命に広げられ、暗殺者に決死の覚悟で向き合っている。


 アンリエッタが稼いでくれた数秒のおかげで【王の盾】は巻き返し、ノアさんや彼の補佐官であるシホルも駆けつけてくれた。形勢は逆転し、暗殺者は捕縛される。

 すぐに声をかけたいと思ったが、アンリエッタはノアさんたちと話している。その場から離れると、すぐ【王の盾】に這いつくばるように頭を下げられた。


 真っ青になって謝罪を繰り返す彼らに怪我の有無を報告する。【王の盾】に落ち度はない。あまり人数がいると自由に買い物ができないと突っぱねたのは俺だと、陛下には伝えておかなければ。


「ああ、良かった! もう、心配したんだから!」

「ママ、ごめんね」


 抱き合っている親子の姿には、ホッと胸を撫で下ろした。

 俺が引っ張った拍子に少年は膝を擦りむいていたが、大した傷ではない。駆けつけた騎士に処置を施される少年は涙目になっていたが、その傷を魔法で治してやるつもりはなかった。すぐに傷が塞がってしまえば、人は恐怖や警戒心も一緒に忘れ去ってしまうからだ。


「ばいばい、お兄ちゃん! 変なお姉ちゃん!」


 親子を見送ったあと、俺はアンリエッタに問いかける。


「どうして、邪神の振りをしたんだ」


 述べられたのはいろいろ不自然な理由だったが、そもそも理由があったからと簡単に動けるような局面ではなかった。

 第一、俺とアンリエッタは親しいわけでもないし、彼女に愛国心があるとも思えない。わけが分からず戸惑う俺に、アンリエッタは迷いのない瞳で庇った理由を告げた。


「あなたが立派な王太子殿下だからです」


 俺は、全身を雷に打たれたような心地がした。

 そのすぐあと、脳天を突き抜けるような猛烈な羞恥心を覚えていた。


 今までノアさんは、一度もアンリエッタを悪く言ったことはない。だからノアさんのためではなく、ましてアンリエッタのためでもない。俺は、俺自身の憂さを晴らすためだけに、今までアンリエッタを見下して頭ごなしに叱りつけていたのだ。

 俺は今まで、何を偉そうに上っ面だけの説教をし、ふんぞり返っていたのだろう。


 クラスメイトの目の前で王太子から一方的に説教され、黙って俯いていたとき、いつも彼女は何を思っていたのだろう。本当は悔しくて、言い返したくて仕方なかったはずなのに、拳を握って耐えていた。

 自分が今までやってきたことの愚かしさを痛感したとき、俺は絶望的な心地になった。こんな矮小で性根の腐った人間が、どうして人々の上に立つことができるだろうか。


 だが、王の資質なんてない俺にアンリエッタは言う。俺は立派な王太子だと。たくさんの人の未来を守るために生きていく人なのだ、と。

 だから俺は謝罪ではなく、せめて心からの感謝を伝えようと思った。身を挺して俺を庇ってくれた、誰よりも強く勇敢な少女に。


「とにかく、だ。――助けてくれてありがとう、アンリエッタ」


 礼を言えば、アンリエッタの瞳の中で、星のようにぱちりと光が弾ける。

 その数秒後、ふんわりと花が綻んでいくように、アンリエッタが微笑んだ。


「もったいないお言葉ですわ」

「――、」


 あどけない笑みに、どくんと心臓が鼓動を打つ。

 頬が熱を帯びていく。今日何度も感じた羞恥心からではない。今まで出会ったどんな令嬢よりアンリエッタ・リージャスの笑顔が魅力的だったからだ。


 俺は今まで一度たりとて、アンリエッタを真正面から見ていなかったのだろう。

 それを証明するように、俺の尊敬する人とよく似た、けれど少しだけ色合いの異なる銀の髪が目に入る。水底を思わせる透き通った瞳も。艶やかな白磁の肌に、色づいた小さな唇も。


 何を見てもきれいだと思った。そのせいか、彼女が髪を切られたのだと口にしたとき、俺は反射的に手を伸ばしていた。

 絹糸のような髪の毛が、指先に触れる。驚いたのは、髪と一緒に触れた頬が信じられないくらい柔らかかったからだ。


 すぐにアンリエッタは飛び退いてしまったが、触れたばかりの頬がほんのり染まっているのに気がつけば、ひどく胸が騒ぎだす。

 ノアさんが、そんなアンリエッタにすぐ家に帰るよう促す。危ない目に遭ったのだから当然の判断だ。しかし返事を渋るアンリエッタには、何か事情があるようだった。


「実は、お兄様へのプレゼントを買いたくてですね」


 なんとアンリエッタは、健気にもノアさんへのプレゼントを購入する予定だったらしい。それならと、俺はノアさんや【王の盾】にも聞こえるように言う。


「ノアさん。少し用事があるので、あともう一店だけアンリエッタと寄ってもいいですか」


 これで買い物の許可が得られるだろう。少しでもお詫びになればいいと思ったのだが、そんな短絡的な思考は、アンリエッタによって諫められてしまった。


「ラインハルト殿下。お兄様のことが好きすぎるのは分かりますが、【王の盾】の皆さんも困っています」


 しかし当然のようにそう指摘されたとき、俺の思考は止まっていた。


 俺は今、ノアさんのことが好きすぎるから発言したのか?

 自問して、すぐに答えが見つかる。そうではない。俺はアンリエッタの力になりたかったのだ。

 もちろん、ノアさんへの憧れの気持ちに変化はない。だが熱に浮かされたような感覚は消えていた。その代わり胸に芽生えているのは、アンリエッタへの強烈な……。


 何かを自覚しかけたとき、全身が猛烈に熱くなる。


「だ、だから、つまり――勘違いするなよアンリエッタ・リージャス。俺はお前のことが気になるとか助けたいとか、そういうことを思ったわけではない! 断じて違うからな!」


 気がつけば俺はアンリエッタを指さし、大声で叫んでいた。

 ノアさんへの尊崇の念とはまったく異なるもの。その意味を考える前に、何やら慈愛の目をして俺を見つめるアンリエッタと目が合った。たったそれだけのことに、自分の心臓がドッ、ドッ、ドッ、とうるさいほどに拍動するのが分かる。


 いったい、俺はどうしてしまったのだろうか。アンリエッタが言うように毒にやられたのか?

 こんなことは生まれて初めてで、混乱したまま口元に手の甲を当てる。目の前のアンリエッタを直視できず、しどろもどろになりながら口にする。


「その、そ、そうだ。ノアさんへのプレゼントのことが気になるから、今度、何を贈ったのか詳しく教えてくれ」


 それなのに了承が返ってくれば、俺は堪らなく嬉しくなった。

 これでまた、アンリエッタと話す機会が――ではない。そう、俺はノアさんのことが好きで、だからこんなにも嬉しいのだろう。そうに決まっている。

 そう自分を無理やり納得させ、【王の盾】に護衛されながら王城へと戻る。アンリエッタと距離が開くにつれて、動悸は少しずつだが治まってくれた。


 よく分からないながら、俺はひとつだけ心に決める。

 王城に着いたら、とりあえず医者に罹ったほうが良さそうだと。





 読んでいただきありがとうございます。

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