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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第28話.心配と抱擁


「お嬢様ぁ!」


 私の胸に飛び込んでくるのはキャシーである。


「キャシーったら。そんなに怖かったの?」

「当たり前です。あたし、お嬢様が死んでしまったかと……」


 キャシーの細身の身体は小刻みに震えている。基本的に治安のいいとされる王都でこんなことが起きれば、怯えるのは当たり前だろう。


 ちなみに『ハナオト』によれば王都セディムでは定期的に襲撃やら誘拐やらのイベントが発生するので、いまいちその評判には信が置けないなと思う。乙女ゲームだから、と言ったらそこまでだけど。


「ごめんなさい。心配かけちゃったわね」


 私が眉尻を下げていると、すぐに身体を離したキャシーが潤んだ目を拭う。


「あっ、今のうちに仮面や人形は外しておきますね。また邪神だと誤解されたら困りますから!」


 うちの侍女、切り替えが早い!

 キャシーは私の装備をてきぱきと外しては紙袋に収めていく。もうちょっと心配してほしかった気がするものの、できる侍女を持って幸せである。

 そこに重役出勤してくるのは巡回騎士団の面々だ。巡回騎士団は、近衛以外の各騎士団が持ち回りで担当している。ドラマCDによると巡回中の団員は暗殺者に襲われていて動けなかったという話だから、変に叱られないといいんだけど。


 彼らによって、広場はしばらく封鎖されることになった。怪我人の治療や、縄で縛った暗殺者の移送の準備も着々と進められている。

 いつまでも座り込んでいたら邪魔になってしまうだろう。顔を見合わせた私とキャシーがゆっくりと立ち上がると、団員たちに指示を終えたノアが振り返った。


 私と同じ青い双眸に見据えられると、反射的にどきりとする。

 常と変わらない感情の抑制された口調で、ノアが言う。


「俺は息抜きをしてこいと言ったつもりだが」

「実は、これが私なりの息抜き方法でして」

「凶刃の前に飛びだすのが息抜きとは、よっぽどの命知らずだな」

「おいおいノア、頭ごなしに叱ってやるな。王太子殿下を庇ったなんて勲章ものだぞ」


 嘆息するノアに軽く声をかけるのは、『ハナオト』で見覚えのある顔だ。

 ノアの補佐官を務めるシホル・ダレス。痩せマッチョのノア以上に、シホルは筋肉の密度が高い。魔法の腕ではノアに敵わないと悟って肉体を鍛えたそうだが、顔つきに人の良さが出ているので、街中で会った気さくなお兄さんのような親しみやすさがある。


 短い黒髪とヘーゼルナッツのような榛色の瞳が印象的なシホルは、先ほど呆気なく暗殺者を落としていた人物でもある。

 年齢はノアと同じ二十一歳。平民出のシホルは、エーアス魔法学園の特待生でもあった。

 学生時代はノアの好敵手として競い合う関係だったが、卒業時期に自分の副官にならないかとノアに誘われて今に至る。功績が認められ、現在は男爵の地位とダレスの姓を授かっていた。


 なんでも一位を取ってしまうノアだが、そこに正面から張り合ってくるシホルは唯一無二の存在だったのだろう。シホルがいたから学園生活はそれなりに楽しかった、とノアが漏らすイベントもあったはずだ。

 凍てつくほどの冷気をまとうノアに対し、シホルは暑苦しいほど陽気だ。締めつけるだけでは口を噤む相手にはシホルが距離を詰め、警戒心を解く。シホルを舐める相手ならば、ノアの脅しで落ちる。

 そのあたり二人は非常にバランスがいい。冷酷無慈悲なノアと世話焼きなシホルの関係は、寓話における『北風と太陽』みたいである。


 そんな関係性も話題を呼び、『ハナオト』ではノアとの主従コンビが大人気だった。FDでは脇役から昇格され追加攻略ルートが作られた人物だ。乙女ゲームあるある。


 私は頭の中で軽く情報をおさらいしつつ、ごくりと唾を呑み込む。

 というのもシホルは、しばらく仕事やらなんやらで屋敷を留守にしていたので、こうして顔を合わせるのは初めてなのだ。アンリエッタとシホルの関係については、キャシーから聞いた話でしか知らない。


「ダレス卿、お久しぶりです」


 とりあえず私はにこやかに挨拶してみた。

 私に視線をやったシホルはといえば――まるで数年来の友人に会ったかの如く、明るく顔を輝かせていた。


「久しぶり、お嬢さん!」


 大型犬が飛び掛かってくるように両手を広げて迫るシホルを、私はキャシーを盾にして躱す。あっさり躱されたシホルはぱちぱちと目をしばたたかせていた。


「ありゃ。どったのお嬢さん?」


 やはりキャシーから聞いていた通り、シホルは問題児のアンリエッタ相手にも積極的に関わる姿勢を取っている珍しい人物のようだ。ゲーム本編では見えない部分だったが、きっとシホルは没交渉の兄妹の橋渡し役になろうとしていたのだろう。

 しかし私に、シホルと親しくするつもりはない。


「ほらほら。シホル兄さんと再会のハグしようぜ」


 頬に手を当てた私は、小首を傾げて笑う。


「えっと、うふふ。今まで一度もしたことがないような?」


 あと、たぶんアンリエッタがシホル兄さんと呼んだこともないと思う。

 そう。問題は、シホルが抱きつき魔である……ということだ。

 シホルはスキンシップの激しい人物で、『ハナオト』でもカレンやノア相手にしょっちゅう抱きついていた。後者には躱されることのほうが多かったが。


 だが考えてみてほしい。男性経験ゼロの女子に、イケメンの抱擁はあまりに刺激が強すぎる。エルヴィスに抱きしめられたとき気絶しなかったのも奇跡なのだ。


「そんな冷たいこと言わないで。ね、お嬢さん!」

「え、えっと」


 そんなシホルの暴走を止めてくれたのは、意外なことにノアだった。


「やめろ。いやがっているだろう」

「なんだよノア。いつもは気にしないくせに」


 シホルには答えず、ノアは改めて私に視線をやる。


「アンリエッタ」

「は、はい」


 名前を呼ばれると、自然と背筋が伸びる。顔を強張らせる私を見下ろしたノアの目に、怒りがにじんでいるのに気づいたからだ。


「確かに、王太子殿下を庇うというお前の行動は立派なものだ。だが戦う手段がないのに前に出るな。今頃、お前は死んでいたかもしれないんだ」


 普段なら、この局面で言い返すことはなかっただろう。けれど私は、躊躇いながらも口を開いていた。


「でも、その」

「なんだ」

「お兄様が駆けつけてくださると思ったので……」


 もちろん怖かったけど、明確に死の恐怖を感じたりはしなかった。ノアを信じた――というよりは、ドラマCDを信じていたというほうが正しいかもしれない。

 ノアが両目を瞠り、真正面から私を見つめる。どこか困惑が伝わってくる視線にはいつものような圧迫感を覚えず、私は緊張しながらもノアを見返すことができた。

 彼は神経質そうにため息をつくと、横髪をぐしゃっと掻き上げる。


「だとしてもだ。俺がどんなときでも間に合うとは限らない。二度とああいう真似はするな」

「す、すみません。もうしません!」


 ぎろりと睨まれて縮み上がった私は、この通りですと頭を下げる。ノアの言う通り危険な真似をしたのは事実だし、私の行動は褒められたものではなかったのだ。というかノアが駆けつけるタイミング、ドラマCDに比べて遅かった気がするし。

 そんなことを思う私の耳に、涙混じりの女性の声が聞こえてくる。


「本当に、なんとお礼を言えばいいか……!」

「むしろ巻き込んだのはこちらだ。すまなかったな」


 振り返ると、危機一髪だった男の子と手を繋いだ女性とラインハルトが話していた。

 男の子の手当が済んだらしい。軽い怪我で済んだようで、膝にガーゼをしている彼は母の隣できょとんとしていたが、私を見るなり「あっ」と指さしてきた。


「変なお姉ちゃんだ! 助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして」


 でもお姉ちゃん、その修飾語はいらないと思うなぁ。

 母親は何度も私とラインハルトに頭を下げながら、息子としっかり手を繋いで帰っていく。


「ばいばい、お兄ちゃん! 変なお姉ちゃん!」


 男の子に手を振られて、私は笑顔で振り返した。見ればラインハルトもしっかり手を振っていたが、私と目が合うと慌てて下ろしてしまった。

 気を取り直すように軽く咳払いしたラインハルトが、問うてくる。


「アンリエッタ・リージャス。どうして、邪神の振りをしたんだ」



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