第27話.暗殺者の襲撃
目深にフードを被って顔を隠し、黒ずくめの装束を身にまとった彼らは、それぞれの凶器を握っている。これこそがラインハルトを狙う本物の刺客なんだろうと、私は不思議と冷静に考えていた。
「きゃああっ!」
陽光を反射して禍々しく光る刀身にキャシーが甲高い悲鳴を上げ、広場で和んでいた人々が異変に気づいて逃げ惑う。その混乱を合図にするようにして、五人が一斉に襲いかかってきた。
【王の盾】の二人は、腰に佩いた剣を抜刀してこれを食い止める。さすが選び抜かれたエリートなだけあり、そう簡単にはやられない。だがひとりで二人を相手取るのがやっとのようだった。
今思えば、先ほどの爆竹は護衛を誘いだすためのものだったのだ。騒ぎを起こされたことで、こちらは戦える人数をみすみす減らされてしまったのである。
午後の広場に不釣り合いな剣戟の音が鳴り響く。たった数秒で、私が立つ場所は戦場へと様変わりしていた。
護衛の前にテーブルを蹴倒し、その剣先を紙一重ですり抜けた暗殺者のひとりがラインハルトへと迫る。
「王太子、覚悟!」
鎌のような形状の武器を持つ男が叫ぶのを聞いたとき――時間が止まったような気がした。
ゆっくり流れる景色の中で、私の脳裏を走馬灯のように過ぎったのはドラマCDの記憶だった。
『ハナオト』限定版予約特典のドラマCD。時系列的には本編二週間前――まさに今日――攻略対象がカレンに出会う前の何気ない一日を描いたミニストーリーが五本収録されたものだ。
ラインハルトのストーリーは、彼が剣帯を新調するためにお忍びで街を訪れるというもの。買い物の帰り道、暗殺者集団に襲われるが、街に来ていたノアが見事な剣の腕前でそれを撃退することで、ますますノアに心酔するようになるという内容だったはずだ。
だけど私に見える限り、ノアの姿はない。ドラマCDと違って、まだノアはこの場に駆けつけていない。
幼い頃から自身を鍛えているラインハルトは、剣にも魔法にも優れる才気溢れた若者だ。エーアス魔法学園で年に一度行われる闘技大会では、炎魔法の使い手として周囲を圧倒し、華々しく二年連続の優勝を決めたことからも天才の呼び声が高い。
そもそも本来の彼の実力が発揮できたなら、ノアがおらずとも暗殺者の凶刃なんて簡単に跳ね返せていただろう。
……そう。ドラマCD通りに。
はぐれた親を捜す男の子が、暗殺者とラインハルトの間に立っていなければ。
ラインハルトが子どもの腕を引っ張り、自分の身体の下に庇う。
「ッ、【コール……】」
剣を抜くことはできずとも、その唇は暗殺者に向かって小さく動いている。魔法の詠唱をしているのだ。
それはたぶん、正しい判断ではないのだと思う。いくらラインハルトでも、刹那に魔法を発動させるのは困難だし、王太子である彼は国を担う立場にある人である。
でも私は、かっこいいじゃん、と思う。カルナシア王太子は、とっさの判断を迫られたとき、自分ではなく目の前の子どもを身を挺して守ろうとする人なのだから。
だから私は、そんな彼を守るために暗殺者とラインハルトたちの間に飛び込む。
背後で、驚いたようにラインハルトが息を呑む音すらはっきりと聞こえた。恐怖をかなぐり捨てるように不敵に笑った私は、手に持っていた仮面を再び装着している。
そうだ。ドラマCDの後日談で、ノアはラインハルトに報告していた。
捕まった男たちを取り調べたところ、その正体は女神エンルーナに反発する、邪神ドロメダの暴徒だったと――。
「止まれー!」
息を吸った私は、空に響き渡るような大声で叫んでいた。
私に迫っていた鎌が、寸前で動きを止め、くっと後ろに引かれる。頬のすぐ横で、自慢の銀髪が数本切り飛ばされた。
正直泣きそうなくらい怖かったが、広げた両手と両足にますます力を込めて踏ん張る。
男の目は、信じられないというように愕然と私を見つめていた。
「あ、あなた様は――ドロメダ様!?」
「そうだ。我こそが、お前たちの崇拝する星女神ドロメダ様だー!」
喉に力を込めて言い張る。ドロメダがこういう口調で喋るのかは分からないけど、とりあえず自信満々にしておいたほうが説得力は増すはずだ。
後ろで戦っている暗殺者たちもこちらに気を取られると、【王の盾】は隙を見逃さず攻勢に出ている。足元にはすでに二人の暗殺者が倒れているので、この調子なら近いうちに決着がついてラインハルトのもとに駆けつけてくれるだろう。
そう信じて、私は必死に時間稼ぎを続ける。
「哀れな教徒め、なぜ王太子の命を狙うのだ。我はこんなこと命じておらんぞー!」
「そ、そんな。我々はドロメダ様のご意志に従って……」
おお、意外なことになんか押しきれそうな空気になってきたぞ。私はさらに畳みかけようとしたのだが、ここで邪魔が入ってしまう。
「騙されるな。ドロメダ様の喋り方が変だぞ!」
「そうだ。それに星巫女様の託宣では、ドロメダ様はもっと口数が少ない!」
えっ、よく分からないけどそうなの?
というか星巫女ってなに? そんな胸中の疑問に答えてくれるはずもなく、【王の盾】の攻撃を躱す仲間に諭された男は狼狽から立ち直り、憤怒を湛えた目で私を睨みつける。
「貴様、よくも!」
だが、その鎌が無造作に振るわれることはなかった。
キン、と一際高く響き渡ったのは、男の手から鎌が弾かれる音だった。あえなく武器を失った男の首にいとも容易く剣の切っ先を突きつけているのは――。
「お、お兄様!」
そこに立つのは銀髪の美丈夫、ノア・リージャスだった。ドラマCDの展開通りだけど、遅い! 数秒遅い!
とか思いながらも広い背中を見た私は力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでいた。私にとっては怖すぎる兄でも”カルナシアの青嵐”と呼ばれる無敵の人物の登場に、どうしたって安心せずにいられなかったのだ。
一瞬だけ動きを止めた男の顎を、ノアが長い脚で容赦なく蹴り飛ばす。その向こうでは、ノアと共に駆けつけた助っ人が残った暗殺者の頸動脈を絞めて意識を落としていた。
こうして暗殺者五人組は、終わってみれば呆気なく伸されていたのだった。








