第26話.邪神令嬢爆誕
「こんなところで何をしている。というか、その珍妙な格好はなんなんだ」
とりあえず私は事の仔細を説明した。
黙って話を聞くラインハルトはそれなりに真剣な顔をしていたが、途中から小刻みに震え始め、やがて耐えかねたように噴きだした。
「魔法効果を補強する魔法具ならまだしも……魔力の安定? 集中力の持続? そんな効果を持つ魔法具、見たことも聞いたこともないぞ」
「でも、近くの魔法具店で買ったものですよ」
「どの店だ? どうせ、魔法省から正式に販売許諾を得ている魔法具店ではないのだろう? つまりお前は、効果が保証されていない魔法具を高値で売りつけられただけだ。世間知らずだと見抜かれて、格好のカモにされたわけだな」
ぐ、と私は言葉に詰まる。
キャシーの案内してくれたお店では、そういった商品は取り扱っていないと申し訳なさそうに断られるばかりだったのだ。だから私は大通りから外れたところに構えた店に、片っ端から入っていっていった。キャシーが止めるのも聞かずに……。
私はむっすりと頬を膨らませた。
「……まじない程度の効果しかなくても、こっちは藁にも縋りたい思いなんです。別に殿下に迷惑はかけてませんし、いいでしょう?」
「何を言っている。不審者に王都を歩かれたら王家の権威が下がるだろう」
当然のように言い返された。
「不審者なんて言いすぎです! 私はちょっと珍しい魔法具を身につけてるだけなのに!」
「そこの侍女。哀れな主に鏡でも見せてやったらどうだ」
「は、はい」
ラインハルトに声をかけられたキャシーが、慌てて私に手鏡を向ける。
頬を膨らませながら見てみると、そこには複雑に手足を絡め合う呪いの人形を頭に乗せ、成金っぽい黄金の首飾りと巨大な耳飾りをつけた人物が映っていた。
「えっ、なんなの、この珍妙かつ奇抜で異様なアクセサリーを身につけた不審者は!?」
誰? いったい誰? あれ、もしかして。
これが、私……?
「いわゆる――魔法具ハイ、だな」
侮蔑ではなく哀れみを瞳に浮かべたラインハルトは、混乱する私を一言で評する。
「魔法学園に入学したばかりの一年生が、授業に追いつけなくなると陥りがちな現象だ。いかがわしい魔法具を手当たり次第に買いあさって一時の自信を得るんだが、実力にはまったく反映されず我に返ったときには財布も軽くなっているという。まぁ、ここまでひどいのにお目に掛かるのは俺も初めてだが」
私はショックのあまり、痙攣するようにわなわなと震える。
ま、魔法具ハイ。この私が、魔法具ハイ。
正直、自分ではちょっとイケてる気がしていた。今まで見たこともないようなアイテムを身につけることで、蛹が蝶に羽化していくような快感を覚えていたのだ。
だが鏡に映る私は、表通りを歩いてはいけないタイプの人間になっていた。これに仮面もセットになっていたのだから、人々が私を避けたのもさもありなん。目が合っただけで呪われそうだ。
私が呆然としていると、向こうの通りから爆竹が弾けたような音がする。私の気も知らないで、ウェイ系の若者が昼間から盛り上がっているのだろうか。
【王の盾】のひとりが「見てまいります」とその場を素早く離れた。そんなに大きい騒ぎじゃなさそうだけど、王太子の安全確保のために念には念を入れて、ということなのだろう。
その間も、往来の真ん中を占拠したラインハルトがぶつぶつと何か言っている。
「しかも偶然のようだが、邪神ドロメダにそっくりの外見になっているぞ。紛らわしい」
「邪神ドロメダ?」
私が小首を傾げると、ラインハルトは眉間に皺を寄せる。
「知らないのか? 隣国で信仰されている女神だ。説明すると長くなるが、簡単に言えば我らが花女神エンルーナに仇する邪教だな。隣国アリエスでは星女神ドロメダ、と呼ばれ崇拝されている」
「あー……」
私は久々にゲームの知識を思い返す。前世ではあまり宗教を意識することはなかったけれど、『ハナオト』の世界では国ごとに別々の神が信じられているので宗教が盛んなのだ。
カルナシア王国で信奉されているのは花女神エンルーナ。国民に魔力を与えているのはエンルーナと信じられているので、支持が厚いのは当然だ。
これに対してアリエス帝国では、同じ立場にある星女神ドロメダが人気を誇るわけだが、ラインハルトが邪教と断じたのは隣国との関係値が最悪だからだ。
アリエスには百年前に花乙女を国がらみで誘拐しようとした疑いがあり、それ以降、国交はほぼ断絶状態にある。最近も王族がドロメダ教徒から命を狙われる事件が頻発しているので、両国は一触即発の空気になっている。一部の暴徒の行いだとアリエスは主張しているが、カルナシア側は聞く耳を持っていないのだ。
ラインハルトや隠しキャラのルートではこの隣国が関わってくるのだが、エルヴィスルートにはぜんぜん関係してこないので、無意識に頭の片隅に追いやっていたらしい。また近いうちにノートを読み返しておこうかな。
だが今はそれよりも重要なことがあった。
「え? もしかして、その邪神とやらと私の外見が似てるってことですか?」
「もしかしなくても、そう言っている。頭に趣味の悪い人形を載せているのも、顔を隠す幾何学模様の仮面も、首飾りや耳飾りの形状までけっこう似ているぞ」
「それはもはや、邪神が私の真似をしているのでは?」
本気で疑わしげな顔をしていたら、ラインハルトがため息をついてキャシーを見やる。
「そこの侍女、同情しよう。このじゃじゃ馬に仕えるなど、並大抵では務まるまい」
「お、恐れ入ります王太子殿下!」
なぜか私そっちのけで分かり合っている二人だった。
しかもキャシーの頬は赤くなり、まぶしげにラインハルトをちらちら見ている始末である。私の侍女が見た目だけの王太子に誘惑されては堪らないので、私は焦りながら割って入った。
「ラインハルト殿下は、本日はこちらで何を?」
「俺は傷んだ剣帯を新調しに来たんだ」
「へぇ、剣帯……」
なんだかその単語が胸に引っ掛かるような気がして、首を捻る。
なんだっけ、と思いながら何気なく薄青い空を見やったときだった。
「――え?」
太陽とちょうど重なる位置。商店の屋根の上から、真っ黒い影がさっと躍り出た。
見間違いかと片目を擦ったときには、事態は急転していた。私たちの周りを、屋台の裏やテーブルの下から飛びだしてきた五人組が取り囲んでいたのだ。








