第25話.街中の遭遇
――そうして、二時間足らずで買い物を終えたとき。
私は、頭の上に禍々しく絡み合う二体の人形、顔には幾何学紋様が描かれた仮面、胸元には鎖がジャラジャラしている黄金の首飾り、それに星モチーフの巨大な耳飾りを装着していた。
裏路地に構えている店も多く、なんとも入店しにくい雰囲気だったが、少しずつ私は物怖じしなくなっていった。身につけた魔法具の効果がさっそく発揮されているのかもしれない。
「さて、これくらいで買い物はいいかしらね」
明るい気持ちで九店目の魔法具店をあとにして、賑わう大通りに出る。
そんな私を目にしたとたん、幼い子どもは声を上げて泣き始めた。その親が私を見るなり悲鳴を上げ、通りを歩く人波がざぁっと引いていく。
「あれ、まるで邪神の」
「街中であんなに堂々と? あり得ないだろう」
よく聞こえないが、ひそひそと何かを囁き合っている人たちがいる。どうやら私が歩きやすいよう気遣ってくれたようだ。まぁ、人形のサイズが私の頭より大きいからね。
「出かけはあんなに、あんなに素敵な装いだったのに……!」
「何言ってるの、服は何も変わってないわよ。でも家に帰ったら、さっきの店で買った魔力を安定させるドレスに着替えるわね」
「今日はドレスや宝石を新調されるとばかり思っていたのに!」
「だから、ちゃんと買ったじゃない。魔力安定ドレス」
「あれはドレスとは呼べません……」
さめざめと泣くキャシーを引き連れて、すっかり人気の少なくなった大通りを歩く。
ご機嫌に道を行く私は、そこで足を止めた。
通りかかったのは、女性向けの装飾品を扱うお店の前だ。その店のショーケースには、かわいらしいリボンがいくつも並んでいる。
「キャシー。この赤色のリボン、あなたの髪色に似合うんじゃないかしら」
興味を引かれたのか、涙をハンカチで拭いたキャシーがまじまじとリボンを見つめる。
「とてもきれいですけど、あたしにはもったいないですね」
それとなく値段を見たところで、キャシーは恥ずかしそうに目を伏せてしまう。
私が聞きだしたところによると、彼女は地方貴族の出身らしい。伯爵家でもらう給金はそれなりの額だと思うけど、家に仕送りもしているというから、あまり自分のためにお金を使う余裕がないのかもしれない。
それならば、と私は胸を叩く。
「じゃあ、私からあなたにプレゼントさせて」
「えっ? でも……」
「普段からお世話になっているから、そのお礼よ」
学校の授業やら特訓やらで忙しくあまり構えていないが、今後のためにもキャシーとはもっと仲良くなっておきたい。それに年頃の女の子が自分のための装飾品も買えないだなんてあんまりだ。
私がキャシーと同じ十五歳の頃なんて、毎日だらだら学校に通い、友達と遊び、お母さんに食事やお風呂を用意してもらって自堕落に生活していた。この世界と私のいた世界の常識は違うけど、キャシーの働きに誠意を返したい。
「お嬢様。お気持ちは嬉しいんですが、店員が驚くと思うので次の機会に」
「すみませーん、これくださーい」
「お嬢様! せめて仮面だけでも外してください! お嬢様ー!」
店内でも一悶着あったが、なんとか目当てのリボンを購入することができた。
キャシーは感激したのか途中から泣き笑いのような表情を浮かべていた。彼女のポニーテールを彩る赤いリボンに、私は目を細める。
「思った通りよ。すごくかわいい!」
「あ、ありがとうございます。お嬢様」
私が太鼓判を捺すと、キャシーが照れくさげに微笑んでお礼を言う。これで問題児のお嬢様、から多少は格上げされたかもしれない。
買い物疲れした私たちは、円形広場へと足を向ける。
この広場からは放射状に五つの通りが伸びていて、その形が空から眺めると花のように見えることから、別名・花の広場とも呼ばれている。周りを木々や季節の花が咲く花壇が囲んでいるので、とても居心地のいい場所だ。
いくつか屋台が出ているので、キャシーがクレープシュゼットを買ってきてくれる。四つ折りしたクレープで、確かフランスの料理だったはずだ。
空いている木陰の席に座り、カットしたオレンジとカラメルソース、それにバターの効いたクレープ生地を味わう。疲労回復に甘いものは最適だ。私が着席したとたん、モーゼが海を割るように周りからごっそり人がいなくなったのには傷ついたが……。
口元を軽くナプキンで拭った私は、キャシーに呼びかけた。
「キャシー。これから、お兄様にも賄賂……じゃなくてプレゼントを買おうと思うわ」
「ノア様にですか?」
「ええ。お兄様にはお世話になっているもの」
でもキャシー。男の方って、どういうものを渡したら喜んでくださるのかしら? なんて、小首を傾げてかわいらしく相談したりはしない。
なんてったって私は、『ハナオト』をプレイしているのだから!
攻略対象の趣味嗜好、好物や苦手な物。分からないことなどひとつもない。乙女ゲーマーとしての知識を総動員すれば、ノアの好物をプレゼントするなんてお茶の子さいさいである。
好みに合うものをプレゼントされて好感度を上げない攻略対象なんていないし、そんなやつは攻略対象の風上にも置けない。この機会に、冷風吹きすさぶノアの好感度は少しでも上げておくべきだろう。焼け石に水かもしれないけど。
……と思いつつ、正直ちょっとせこい気もする。
だがしかし初見の乙女ゲームをプレイするとき、攻略サイトを見ない人間がいるだろうか?
そういう人もいるのかもしれないけど、少なくとも私は違う。大人になってからは攻略にミスって一からやり直す体力がなくなり、スマホで攻略サイトを開きながらゲーム機を操るタイプにシフトチェンジしていた。
というか別に、これは卑怯なことではない。私は前世で獲得した知識を総動員し、人間関係を円滑にしようとしているだけなのだ。いったい誰に責められることがあるだろう。
「ちょっと歩いて、いいお店を探してみようかしらね」
えーっと。ゲーム背景でよく見かけたあのお店はどの通りにあるんだったかな?
それぞれの通りの名が書かれた看板を見ながら立ち上がった私は、そこでぴたりと硬直した。人通りの向こうから歩いてくる人物に気づいたからだ。
あの遠目でも目立つ赤毛――間違いない、ラインハルト!
「キャ、キャシー。次はあっちの通りに行くわよ」
私はきょとんとするキャシーの背中を押して、見つからないうちに移動しようとした。
だがこういうときばかりは鋭く、ラインハルトの視線が私を捉える。
ラインハルトは両目を見開くと、大股で近づいてきた。こうなると知らない振りもできず、私は舌打ちしつつラインハルトに向き直る。
くっ、この世界にもクイックロード機能があれば良かったのに!
一応お忍びの体なのか、ラインハルトは飾り気のないラフな服を着ている。むしろそのせいで本人の素材の良さが浮き彫りになっているし、背後に三人の護衛――ノアの同僚だろう【王の盾】を従えているのもあり、高貴な身分はまったく隠せていなかったが。
ずんずん近づいてきたラインハルトが、私の前で立ち止まる。
「巡回の騎士は何をしている。こんな怪しげな女に王都を歩かせるな」
ぴく、と私は眉を寄せた。出会い頭に、ずいぶんなご挨拶じゃないか。
しかし仮にも王太子相手に、同じテンションで返すわけにはいかない。私は努めて心を落ち着かせると、淑女の礼をとった。
「ごきげんよう、ラインハルト殿下」
返ってくるのは沈黙だ。不審に思って顔を上げると、ラインハルトはなぜか親の仇を見るような目で私を睨んでいた。なんで?
「その仮面や奇妙な飾り、さては俺を狙うドロメダ教の刺客か。即刻取り押さえろ」
「はっ」
なぜか私は【王の盾】に取り囲まれた。
そのうちのひとりに腕を掴まれそうになり、仰天する。なになになにっ!?
「殿下! わ、私ですよ、私!」
オレオレ詐欺みたいな主張をしつつ、仮面を外してみせる。顔の上半分を覆っていた仮面が取れると、ラインハルトが「んなっ」と声を上擦らせた。
「おま――アンリエッタ・リージャスッ!?」
ラインハルトの言葉に反応して、【王の盾】が私から飛び退く。「ノア殿の妹?」「嘘だろう、これが?」なんて小声のやり取りも聞こえてくる。これってなんだよ、これって。








