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【書籍②発売】最推し攻略対象がいるのに、チュートリアルで死にたくありません!【コミカライズ連載スタート】  作者: 榛名丼
第1部

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第24話.アンリエッタ、街に出る


 迷宮図書館の授業の翌日。

 早起きして瞑想の時間を取った私は、今日も魔力制御の特訓に明け暮れていた。

 もっともっと生活魔法を極めないと、初級魔法を覚えるなんて夢のまた夢だ。そうして練習を続けていると、侍女のキャシーが私を呼びにやってくる。


「お嬢様、ノア様がお呼びです」


 聞こえない振りをしてベッドに寝転がりたくなったけど、なんとか我慢する。

 びくびくしながら執務室を訪ねると、開口一番ノアが言い放った。


「今日の特訓は休みだ」

「はい?」


 言い間違いかと、首を捻る。しかしノアは言い直さない。

 私は怖々と問うた。


「お兄様、もしかしてお身体の具合でも悪いのですか?」

「なぜそうなる」


 だって怪しいんだもん、とは言えない。

 どうやら、ノアには何か裏がありそうだ。ここで私が呑気に「じゃあ遊びに行ってきまーす!」とはしゃごうものなら「ふざけるな、そんな暇があると思うのか愚かな落ちこぼれめ」と激怒され、さらに厳しい特訓が課せられるパターンだろう。

 むしろそれ以外は考えられないが、私だって少しは成長している。見え見えの罠に引っ掛かるもんですか!


「いいえ。私は本日も誠心誠意、魔力制御の特訓に励みます!」


 私はきりっとした真顔で答えた。文句のつけようのない真面目かつ勤勉な態度である。これにはノアもびっくりかつ大感激して、少し手心を加えようと思い直すことだろう。

 だがノアは、やれやれと言いたげに肩を竦める。


「そう疑うな。罠にかけるつもりはない」


 あれっ、心が読まれてます?


「睡眠や食事だけでは、魔力は回復しても気力を万全にはできん。……お前はこの二週間、よくやっていた。たまの息抜きくらい必要だろう。俺も午後は出かける用事があるから、指導ができないしな」

「お兄様……」


 もしかして、と思う。すっごく、すっっごく分かりにくいけど――これって、ノアなりに私を気遣ってくれてるのかな?


 だとすると私は、彼に申し訳ない。

 だってノア、たぶん誤解していると思うのだ。

 授業の内容は逐一ノアに報告しているので、昨日の迷宮での失敗についてもノアは知っている。その際に私は、ジェネリック・エルヴィスの囁きや抱擁を思い返しては、目元にハンカチを当てて感激の涙を耐えたり、口元を覆ってオタクの嗚咽を堪えたりしていた。


 私の報告の間、ノアは執務机に向かって仕事をしていたが……そんな私のいろんな仕草を、失敗を引きずって泣きそうになっているものだとノアが解釈してもおかしくない。

 しかしそんな事実を冷血な兄相手に馬鹿正直に打ち明ければどうなるだろうか。決まっている。私の首は確実に胴体から離れることになるだろう。


 そこで私はいかにもむりをしてますよという感じの、儚げな笑みを浮かべて答えた。


「ありがとうございます、お兄様……」


 しずしず執務室を辞した私は、そこで待機していたキャシーに目を輝かせて伝える。


「キャシー、街に出かけましょう!」


 こうして私は街へと繰りだした。

 普段は学校の行き帰りで往復しているだけの道に、馬車で降り立つ。

 お出かけ日和の、冬晴れの日。澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、私は心の中で元気よく叫ぶ。カレンと攻略対象が、よくデートしてた街だー!


 カルナシアの王都セディムは、カラフルなパステルカラーの家々が立ち並ぶオシャレな街だ。王城や魔法学園のあるセディムは言わずもがな、国内でも主要な物流拠点のひとつである。隣町の港からは毎日のように商品が運ばれてきて、衣服も食べ物も魔法具も、目移りするくらい多くの品が揃えられている。


 ゲーム本編ではあまり出てこなかったけど、東洋の国の文化や特産品も入ってきているという設定だったはずだ。もし日本料理が食べたくなったら、食材や調味料を買い集めてみようと思う。前世ではほとんど自炊してなかったから、簡単なものしか作れないだろうけど。


 週末というのもあってか普段以上に人混みで賑わう道には、エーアス魔法学園の生徒も多い。日頃から魔法の訓練に取り組む生徒たちにとって、休日の街は憩いの場所だ。

 背景CGだけでは分からなかった細部まで眺め回す私はお上りさん全開だっただろうが、キャシーは明るい声で話しかけてくれる。


「お嬢様、やっぱりとてもお似合いです!」


 えへへ、そう? 衒いのない褒め言葉に、私は思わずはにかんでしまう。

 休日なので、外出時の制服着用の義務はない。そこで今日の私はおめかししていた。


 歩きやすいよう、上品な深藍色のドレスは装飾やフリルが少なめのもの。身体を冷やさないように、ドレスの上からはケープの形をした外套をまとっている。

 お出かけと聞いたキャシーは私以上に張りきっており、手間暇かけて私の髪を編み上げ、化粧を丹念に施してくれた。


 というのもアンリエッタは年頃の少女らしくなく、週末になって屋敷に戻ってきても引きこもりがちだったらしい。そんな主人が街に出かけると言ったのだから、侍女としては腕の見せ所だったのだろう。

 そんなキャシーの努力の甲斐あって、本日の私は可憐極まりなかった。

 なんせ素材はピカイチのアンリエッタである。何を着ても、びっくりするくらい似合うし美しい。キャシーに変に思われるので、今朝はあんまり鏡に見惚れてばかりもいられなかったが。


「本日はどちらでお買い物をされますか?」

「そうね、まずは魔法具店から回りたいわ」


 意外な回答だったのだろう、キャシーがぱちぱちと瞬きする。


「ほら。魔力を安定させる魔法具とか、魔法の発動を手助けする魔法具とか、集中力が持続する魔法具とかね。そういうやつを手に入れたいの」


 もっと早く思いつかなかったのが不思議なくらいだ、と自分でも思う。


 アンリエッタには、リージャス家から――というか、ノアから支給されているお小遣いがある。ゼロの数が多すぎて、私からすれば白目をむくくらいの金額だ。

 世の中のことは、だいたいお金の力で解決する。これぞ真理。お小遣いパワーで便利な魔法具を買いあされば、初級魔法なんてあっという間に使えるようになるのではなかろうか。


 残念ながら魔法学園の購買には、そういった魔法具は売っていなかった。きっと私と同じことを思いついた他の生徒が買い占めてしまったのだろう。

 だが街中であれば、どんな魔法具だろうと揃っているはずだ。うん、私ってば冴えてる!


「さぁ、行くわよキャシー」

「あ、はい!」


 キャシーは緊張した面持ちで頷くと、「それではあちらの魔法具店から……」と私を案内してくれるのだった。



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