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1章 30話『洞穴の虜囚(2)人の本質』

「ヨナタン、言われた通りの食べ物を買ってきた」


「ありがとう。オレさ、指名手配されてるから王都に入れないんだよね。って、そんな話興味ないか」


「その通りだ。さっさと報酬分の金を払ってくれ」


 目を開けて辺りを見渡すとそこは小さな洞穴の中みたいで、石の地面に僕は転がっていた。出入口であろう穴からは森が見えて、日が差し込んでいる。

 頭が馬鹿みたいに痛い上に、頑張っても手足が自分に動かせない。隣には手足を縛られたテアが座っており、茶髪の若い男とジジイを静かに見ていた。


「おいテア、何でお前は縛られてるんだ?」


 それにスラム街で待っている筈のジジイまで、何故かここに居る。この状況は全く意味が分からず、それを理解するには朦朧とした頭では困難だった。


「おっ、男の方も起きたみたいだ。確か名前はリースとか言ったっけ? 身柄は預かったから宜しく」


「は? 何を言ってるんだ」


 ていうかこの男は泥棒を取り押さえている最中、僕を棍棒でブン殴ってきた奴だ。咄嗟に身構えようとするが、ロープが肌に食い込むだけで動けない。

 見れば自分もテアと同様に縛られており、その様子を茶髪は楽しそうに笑っていた。彼の目的には知らないが、どうやら本当に捕らえられたのだろう。


「やってくれたな、お前」


「ま、そういう事だ。てか君、理解するが馬鹿みたいに遅いけど、もしかして強く頭を殴り過ぎた?」


 茶髪は舐めた物言いをしているが、それよりジジイがこの場に居る事の方が気になる。彼は拘束されてもいなければ、こっちに助けに来る訳でもない。

 だか気絶する直前の記憶を思い出すと、別に不思議な事でも何でもなかった。ジジイは僕が睨み付けても黙ったままで、平然と憎悪を受け止めている。


「羽虫は騙すのが大好きだな。なあ、クソジジイ」


 コイツは色々言っていたが、実際には泥棒は武装していなかった。身体検査をしても盗まれた物は見つからず、持っていたのは回数切れのゴミだけだ。


「全部、泥棒役を追わせる為の虚言だったんだろ。僕とテアはお前の言葉を信用して、この有り様だ」


「当たり。この爺さんはオレの仲間で、ハーロルトを泥棒って設定にして貰ったんだ。そんで、アイツに走らせて君らを王都の外まで誘き寄せたって訳」


「うるさいんだよ! 僕はジジイに喋ってるんだ」


「あのさ、自分の置かれてる状況くらい理解しような。オレ普段は優しいけど、怒ると怖いんだぜ?」


 茶髪を罵りたいが、下手に刺激して暴行を受けた場合HP10がしかないので死ぬ。僕は喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、苛立ちで歯噛みした。

 ロープさえ解ければ、ジジイと一緒にこの茶髪もブチ殺してやるのに。この2人には苦痛を与える手間すら惜しいので、簡単に首筋を掻き切ってやる。


「あはは、睨むなよリースくん! そうだ友好の証に、君が信頼していた爺さんの話でもしてやるよ」


「多少の信用はしてたが、信頼なんかしてない」


「じゃあ爺さんが金貨を見せた途端、二つ返事でリースくん達を騙すのを承諾した話でもするかな!」


 敵対心を剥き出しにしたのが気に食わないのか、茶髪は煽るようにジジイの話をする。精神攻撃のつもりか知らないが、そんな話は別にどうでもいい。

 しかしテアの存在を思い出すと、茶髪を黙らせてやりたくなった。僕とは違い、彼女はジジイと古くからの付き合いがあって友好的に接していたのだ。


「君らを王都からここまで拉致するのとか結構、難しくてさ。でも爺さんのお陰で上手くいったんだ」


 隣を横目で盗み見ると、彼女は無表情で目を伏せていた。平気で裏切るジジイと、陰湿な事をしてくる茶髪には怒りを通り越して、嫌悪感すら覚える。


「リースくん達は無事に帰れないのに酷いよな!」


「おい、お前――」


 精神的なダメージを受けているのはテアだけだ。僕の気分を悪くしたいなら他の話をすればいい、そう言おうとすると黙っていたジジイが口を挟んだ。


「もういいだろうヨナタン、早く金を貰えないか」


「ん? そうだった。協力した報酬に、あと2回王都に買い出しさせに行った分だから金貨2枚だな」


「それに合わせて銀貨10枚をくれる約束だった」


「ごめん忘れてた。よし、これで爺さんも共犯だ。もしオレまで裏切ったら、牢屋行きだからな!」


 ジジイが手のひらを差し出すと、茶髪は膨らんだ革の財布から金貨を取り出して3枚を乗せた。それを握りしめると彼は、洞穴から出ていこうとする。

 呆れ返った僕は、無言で去っていく背中に掛ける言葉を持たなかった。本当は自分の手で殺しやりたいが、この状況では野垂れ死ぬ事を願うしかない。


「ねえおじいさん。奥さんの形見は持ってるの?」


 だがテアはいつもの調子でジジイに声をかける。目を伏せていた時のような感情は残っておらず、何故そんな平然としているのか僕には理解出来ない。


「ああ、持っている」


 彼は一瞬だけ足を止めたが、振り返る事なく足を再び進めた。テアは複雑そうな顔をしていたが、それでも遠ざかっていく背中に向かって言葉を紡ぐ。


「なら良かった。うん。じゃあ、まあ元気でね」


 そう言ったテアを見て、茶髪は目を細めて意地の悪そうな顔をする。だがジジイと入れ違うように泥棒役の男が入ってくると、視線をそっちに移した。


「ハーロルト。ニルスの野郎に場所と1人で来るように手紙を書いた。これアイツの家に置いてきて」


「すみませんが、スラム街までを往復するには足を怪我しています。上薬草とかは貰えませんかね?」


「怪我したのはヘマした君の責任じゃん。欲しいなら金は渡すけど、その代金分は報酬から引くから」


「なら大丈夫です。分かりました、行ってきます」


 泥棒役は封筒を渡されると、足を少し引きずりながら歩いて行った。足を切られた経験があるから分かるが、あの感じだと傷は大して深くないだろう。


「まあ、あんな下っ端の事はどうでもいいか……」


 それよりも聞いていた会話の中に、ニルスの名前が出てきた。更に人数・場所の指定と聞けば、身代金目当ての誘拐が思い浮かぶがアイツは貧乏人だ。


「僕とテアを使ってお前は何をするつもりなんだ」


「あれ、言ってなかったっけ? オレ、ニルスに酷い事をされたんだよね。だから復讐してやるんだ」


「復讐……?」


 アイツが復讐される理由なんて、思い当たるのは軍人時代に鬼人と二つ名が付けられた所以だけだろう。そう考えていると、テアが重々しく口を開く。


「昔、私の父に誰か大切な人を奪われた被害者の方ですか? なら私も一緒に償うのでリースは――」


「え? 2週間前だから別に昔じゃないんだけど」


 そんな最近の話ならコイツが復讐心を覚えた原因と、軍人時代の事は全く関係ない。安堵しているテアを横目に、ニルスが何故恨まれたのかを考えた。

 僕が小屋の中でマルタに文字を教えていたのが2週間くらい前の話だ。確かニルスはその間、自警団が忙しくて構えなかったとか言っていた気がする。


「お前、もしかしてスラム街で何かやらかしたか」


「正解。オレ、奴隷商人に人を売る仕事をしてたんだよ。指名手配されたから廃業しちゃったけどね」


「その指名手配された原因になったのがニルス?」


「そう! しかも相棒まで捕まったんだぜ。需要の高い子供が誘拐しても足がつかないスラム街に居るって聞いたのに、ニルスに全部台無しにされた!」


 この茶髪は清々しいまでに性根が腐った、羽虫のお手本みたいな存在だ。このゴミクズの発する言葉を聞いていると、死ぬほど胸糞が悪くなってくる。

 それに自業自得で破滅したコイツが、復讐するだの言っているのが気に食わない。その言葉を口にしていいのは、僕くらい正当な理由がある者だけだ。


「まず人質を盾にしてニルスを潰す。んでアイツの目の前でテアちゃんを犯して、リースくんは拷問。君らには災難だろうけど、恨むならニルスしてね」


「はっ、そんな下らない事をしてる暇があるなら、さっさと他の大陸に高飛びでもした方がいいぞ」


「あれ? まさかオレの復讐を馬鹿にしてんの?」


 茶髪は怒ったのか、青筋を立てて僕に詰め寄ってくる。テアが目配せしてきたが、こんなふざけたクソ野郎には1度言ってやらなければ気が済まない。


「何が復讐だ! お前のは幼稚な八つ当たりだろ」


 何故か自分の発した言葉に何か引っ掛かりを覚えたが、それが何かを考える前に髪を捕まれる。茶髪はそのまま腰を落とすと、僕に顔を近づけてきた。


「調子に乗るのは大概にした方がいいよ。次に舐めた口を利いたら、その場ではらわた引きずり出すからな」


 髪から手を離して立ち上がると、茶髪は「飯食ってこよ」と言って背中を向けた。僕は怒鳴ろうと息を吸い込むと、テアが縛られた足で小突いてきた。

 彼女に注意を逸らされると、その内にクソ野郎は食事を持って洞穴から出ていく。僕は不快な気分に押し潰されそうになり、溜め息を吐いて項垂れた。


 ニルスに恩があるとか言っていたジジイに騙されて、茶髪の腐った人間性を見せつけられた。それに今までの事を踏まえて考えるともう断言していい。


「やっぱり羽虫は全員クソだ」


 魔王を倒してこんなカス共を助けたのは大間違いだった。もっと羽虫の生態に目を向けていれば、世界を救うなんて馬鹿げた真似は絶対にしなかった。


「まあ気持ちは分かるけど、今は脱出を最優先に考えよう。このままだと、酷い事になりそうだから」


 そう言ってテアは、ロープで縛られた手をどうにかして解けないか試行錯誤し出した。ジジイに裏切られているのに、何でコイツはこんな冷静なんだ。


「お前は裏切られた事に腹が立ったりしないのか」


「少し悲しかったけど、人ってそんなものでしょ」


 それはこんな最低な行為をする事が、人の本質だと言ってるのだろうか。楽観的な考え方をしてると思っていた彼女の口から、意外な言葉が出てきた。


「暗い考え方だな、お前にしては」


「リースも知ってると思うけど、私の人生は両親に捨てられた所から始まってるから。だから人の持っている本質が、高尚な物だとは思えないんだよね」


「お前もクソだと思うのか。あんな胸糞の悪――」


「待ってよ、まだ続きがあるから。確かに人は最低だけど、でも良い人であろうとしている人も居るじゃん。リースも親切にされた経験とかあるでしょ」


 テアがそう言うと、マルタの顔が真っ先に思い浮かんだ。彼女は自分が嫌な思いをしてまで僕を気遣ってきたし、ニルスやコイツにも世話になってる。


「でも良い人で“あろう”としてるのだけなのか」


「うん。根っから良い人なんて存在しないと思う」


 多分テアの言葉は色んな考え方がある中の、1つに過ぎないのだろう。だがクソみたいな奴を腐るほど見てきた僕には、1番しっくりくる答えだった。


「でもテアの言ってるのが正しいなら、お前やニルスも僕を裏切ったりする可能性があるって事だぞ」


「今の私は絶対しないと思ってるけど、もしかしたら裏切るかも知れないね。まあ、そんなものだよ」


「そんなものなのか」


 僕は分からなかった謎が解けた気分になり、胸のわだかまりが解けた。それでもモヤモヤは少しだけ残っているが、今はお喋りをしてる場合じゃない。

 冷静さを徐々に取り戻すと、この状況がいかに危機的か理解させられる。テアがさっき言った通り、あのクソ野郎から逃げないと酷い事になりそうだ。


「ちょっと頭に血が上っていた。テア、逃げるぞ」


「じゃあ、取り敢えずロープが解けないか試そう」


 テアの言っている通りロープをどうにかしなければ、ここからは脱出は不可能だ。だが手足はガチガチに縛られており、到底解けるとは思えなかった。


「そうだ、叫べば誰かが助けに来るかもしれない」


「この洞穴は森の奥深くにあるから助けが来る可能性も低くいし、犯人の神経を逆撫でするだけだよ」


「だけどロープを解くよりは現実的だ」


「リース聞いて。さっき煽ってたのもそうだけど、危ないからあの犯人の事は絶対に刺激したらダメ」


 彼女があまりに心配そうな顔をするので、叫ぶのは辞める事にした。確かによく考えたら殺されるリスクを背負って、薄い可能性に賭けるのは愚行だ。


「分かった。それじゃあ、お前の言う通りにする」


 それにさっきは我慢できずに突っかかったが、僕は誰にでも喧嘩を売るような馬鹿じゃない。だがテアは、まだ心配そうな顔をしてこっちを見てくる。


「何だよ?」


「あとまだ言ってなかったけど、私が泥棒を追いかけたせいでこんな事になって本当にごめんなさい」


「うるさいな。そんなどうでもいい事を言ってないで、さっさとロープを何とかする方法を考えろ!」


「あ、うん。そうだよね、分かった」


 どこか歯切れの悪いテアだったが、しばらくすると普段の調子に戻る。それから彼女と色々と案を出し合って、解こうとするがどうにもならなかった。


「ロープから抜けるなんてのは無理じゃないのか」


「これ、結構不味いかも。どうしようも出来ない」


 最終的に縛られた両手を力任せに動かして、縄と手の間にどうにか隙間を作ろうとする。だが茶髪が洞穴に戻ってくると、手を止めざるを得なかった。


「あれ、額に汗が浮かんでるけど2人共どうした? あはは、絶対に頑張って逃げようとしてたよな!」


 反吐が出そうになるので茶髪を視界から外すと、これからどうすればいいのか考える。だが虫の羽音のように、酷く不快な声が思考を掻き乱してきた。


「ロープは絶対に解けないし、ここに誘い込まれた時点で大声とか出しても誰も助けなんか来ないぜ」


「……」


「実は君らが無駄な努力をしてると思って昼飯食べ終わった後に、指定場所の下見をしてたんだよね」


「……」


「リースくん? さっきまで威勢よくオレに噛みついてきた癖に、さっきの脅しでブルっちゃった?」


 楽しそうに笑っていた茶髪だったが、僕が何も反応ないと構って欲しいのか近寄ってくる。それでも無視を続けていると、彼はテアを肩に担ぎ上げた。


「おい、なんのつもりだ!」


「あ、反応した! はい、リースくんの弱点見つけた。まあ安心しなよ、今はニルスに指定した場所に連れてくだけだから。まあ後で犯すんだけどな!」


 テアは担がれながらも、僕が暴言を吐かないようにと目で合図してくる。だがその手は小さく震えており、今までにない程の憎悪に胸中を支配される。


「ハーロルドの奴にリースくんの面倒を見るように指示しておいたから、アイツと仲良くしとけよ!」 

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