1章 29話『洞穴の虜囚(1)黒いローブの男』
練習を再開してしばらく経ったけど、心臓の痛みが収まるどころか次第に慣れるまでになった。相変わらず原因は不明で、症状が酷くなったりもする。
それは毎回テアと居る時に起こるが、何故なのかは分からない。ふと恋をしたら胸が痛むという話を思い出したけど、それはあり得ないと断言出来る。
「まず第一に、僕はこんな奴に惚れたりはしない」
あとハーレムの面々と恋愛していた時に、そんな風になった事は1回もない。胸が痛くなるというのは、誰かが勘違いでもして広めた嘘に決まってる。
最後に自分はコイツを女として見てないし、そもそも女が怖いのも変わっていない。今さっき、エーリカ達との事を考えた時も酷く気分が悪くなった。
「彼女は僕にとって自称姉で、恋愛対象じゃない」
「リース、独りで何言ってるの?」
テアは剣を腰に留めていたベルトが外れ、直す為に立ち止まっていた。その間に僕は無視して歩いていたが、終わったのか小走りで距離を詰めてくる。
「ていうか、普通に無視して置いていかないでよ」
「知るか。優しくされたいなら別の奴にでも頼め」
コイツはあの日、王都の街で話していた小綺麗な男とでも仲良くしていればいい。そう考えながら、天気の良いスラムをいつもの川辺を目指して歩く。
「……まあいいけど。で、話の続きなんだけど昨日もお父さんと魔剣の名前を協議したんだけど――」
「その協議、毎晩うるさいから早く終わらせろよ」
日が落ちるまで体を動かして疲れて寝ようとしてるのに、この親子はずっと意味不明な話している。ダインスレイフだの陽炎だの頭が変になりそうだ。
「ごめん話してる内に声が大きくなってたみたい。でも昨日で意見がまとまったから、今から言うね」
「聞きたくないけど、仕方ない。発言を許可する」
「それじゃあ発表しますが――」
「おい、無駄に勿体ぶってないでさっさと言え!」
テアは不服そうな顔をしたが、咳払いをすると一転し厳粛な雰囲気を醸し出す。本人は真面目にやってるみたいだが、すごい馬鹿な人にしか見えない。
「えー、リースの魔剣の名前は『ヘルフレイム』になりました。男の子が好きな炎要素も入ってます」
僕がダガーを振り下ろす動作のどこが『ヘルフレイム』なのか。それに炎なんか全然好きじゃないけど、拒否すると協議が続くので我慢する事にした。
「分かったよ。じゃあ長いから『ヘル』って呼ぶ」
「フレイムの部分を削って呼んだら、せっかく入れた炎要素が1ミリも無くなるんだけど。やめてよ」
「うるさいな、下らない事にこだわりやがって!」
文句を言いたそうなテアに、何故こんな事に熱くなれるのかと疑問に思う。別に勝手に楽しんでいればいいのだが、妙にテンションが高くて鬱陶しい。
「そもそも魔剣に近いだけって言ってなかったか」
「うん、剣術から外れた異常の技の域には届いてない。けど魔剣って事にした方が格好いいでしょ」
「なんだそれ。有用なら別にカッコ悪くても――」
「テアとニルスの所のガキか!」
僕の言葉を遮ったのは、前に残飯をくれたジジイだった。彼は王都の街とスラムの境目で立ち往生しており、こちらを見ると困った様子で寄ってくる。
「おじいさん、何かあったの?」
「泥棒だ。ついさっきワシの妻の形見が盗まれた」
「それは災難だったな。これを教訓に今度からは大切な物は、しっかり盗まれないように管理しろよ」
遠回しに助けろと言ってるんだろうけど、今から練習をするのでそんな時間はない。だが立ち去ろうとすると、テアは僕の服の袖を掴んで引っ張った。
「犯人はどっちに逃げた? あと外見の特徴を教えて。私達がそいつを捕まえて形見を取り返すから」
「おい、勝手に話を進めてるけど練習はどうするんだ。というか私達って、僕も連れてくつもりかよ」
「おじいさんには私、小さい頃からお世話になってるから。それにリースも前に助けて貰ったでしょ」
「知るか。こんなジジイより練習する方が大事だ」
確かに死にかけてる時に残飯をくれたが、自分は足を怪我してまでジジイを助けてやった。それに何故この僕が、羽虫に恩を感じないといけないんだ。
「もう! 分かった。じゃあリースはここで待ってていい。おじいさん、取り敢えず情報を話してよ」
「奴は郊外にある森の方向に走っていった。あと外見だが顔は見えなくて、黒いローブを着ていたな」
説得する時間が惜しいと思ったのか、テアはジジイの話を聞きだした。僕も彼女を止めるより、さっさと捕まえてくれた方が早いので話には入らない。
「この老体では無理だ。頼む、あれは本当に大切な物なんだ。泥棒に逃げられる前に取り返してくれ」
「うん、急げばまだ間に合うかも知れない。すぐ終わらせるから、リースはおじいさんと待っててね」
そう言い残してテアは、形見とやらを盗んだ泥棒を追っていった。エーリカ達を殺さないといけないのに、これで彼女が帰ってくるまで練習出来ない。
「おい、クソジジイ。ふざけた真似をしやがって」
「ふざけているのは泥棒だ。それよりテア1人に行かせて大丈夫か? あの泥棒は武装していたんだぞ」
「はぁ!? 武装してたとか今、初めて聞いた!」
「しまった、気が動転して言い忘れていたようだ」
テアはステータスは言うまでもないが、現段階では武器の扱いも自分より優れている。だから僕が心配する必要は無いのだが、相手が武装してるという情報を知らなければ不意討ちされる可能性がある。
「ああ、クソ! 戻ってきたら覚えてろよジジイ」
暗い表情をしたジジイを横目に、僕は突き動かされる様に走り出していた。どうして羽虫如きの為に焦っているのかは、論理的に説明できそうにない。
そうして息を切らしながら森にたどり着くと、テアの背中を見つけて安堵した。彼女は立ち止まっており、こちらの足音に気付くと即座に振り返った。
「誰っ! って、リース。着いてきてくれたんだ」
「ふう……ここで何してるんだよ」
「足跡探し。街中で黒いローブを着た人が逃げていくのは見つけたんだけど、最初から凄い距離が離れてたから、遮蔽物の多い森に入る所で見失ったの」
「じゃあ、戻るぞ。もう泥棒には逃げられている」
雪道でもない限り足跡なんか見つからないので、姿を見失った時点で追跡は失敗だ。それなのにテアは「ちょっと待って」と言い、諦めようとしない。
「獣人やスキルを持った奴でも居ないと、足跡を辿るのが無理だなんてのはお前にも分かってるだろ」
「うん。だけど、おじいさんには恩がある。それに盗まれた形見って凄い大切な物だと思うんだよね」
「ジジイの妻の奴だったか?」
「そうそう。子供の頃おじいさんから亡くなった奥さんの話を聞いた事があるけど、仲が良くて、とても大切にしてたみたい。今でもその話は覚えてる」
テアはしゃがみ込むと、草の生い茂った地面をよく観察し出した。もし足跡を見つけて追跡しても、泥棒が森を抜けて逃走してた場合は追い付けない。
だが物を1つ盗んだくらいで、遠くに逃げるなんてコストに見合ってない。森のどこかに、盗品を溜め込んでいる根城があると考えた方が合点がいく。
「その形見が高い価値を持ってるなら別だが……」
地面に視線を落とし、ハーレムの一員だった獣人のミリアを思い出す。彼女は敵を追跡する時、嗅覚以外にも姿勢を低くして落葉などに注目していた。
「リースも探してくれてるの?」
「お前が諦めないと、今日の練習が出来なくなる」
テアがこっちに向かって頬笑むと、心臓が痛くなったので咄嗟に顔を背けた。それから僕もしゃがみミリアの真似をしていると、足音が聞こえてくる。
顔を上げて音のする方向を見ると、黒いローブを着た人が王都に向かって歩いていた。腰を落としているのが幸いして、相手にはまだ見つかってない。
「おい、アイツじゃないのか」
「うん。私が追いかけてたのは絶対、あの人」
「人違いだったらお前が謝罪しろよ。あと言い忘れてたが、泥棒は武装してたみたいだから注意しろ」
泥棒は王都に向かうのと平行して、探し物をしているのか辺りをキョロキョロと見渡していた。テアが僕に合図をすると、同時に不意討ちを仕掛ける。
「な……!?」
顔は隠れて見えないが、姿を視認された際に漏れた声から性別は男のようだ。僕は鞘に納めたダガーを構えると、刀身を叩きつけ気絶させようとする。
だが咄嗟にして魔術式を刻まれた石を取り出されると、攻撃魔術の発動を警戒して後ろへと下がる。それはテアも同様で、泥棒はその隙に走り去った。
「このクソ野郎がッ! おいテア追いかけるぞ!」
泥棒は森の奥へと逃げていき、その背中を木々を掻き分けてテアと一緒に追いかける。敵の足は速い上に、地形を熟知しているのか距離が縮まらない。
「リース、泥棒が持ってた魔導石には気をつけて! あれは多分、中級の攻撃魔術が打てる奴だから!」
「分かってる! あのゴミが脅威になるとは……」
魔導石は回数制限付きで、石に刻まれた術式を発動できるゴミだ。魔術が使えない雑魚しか必要としない上に、馬鹿みたいに高いので需要はほぼない。
下級魔術の魔導石でも金貨3枚はしたので、この泥棒は下民にしては相当儲かっているのだろう。窃盗でどれだけの額を稼いでいるのかが伺い知れる。
「魔術を打たれなかったのは、回数の温存か……」
或いは王都の近くで殺害すると証拠が残るので、森の奥深くに誘い込んで始末する算段か。その可能性を考えると、即刻捕まえないと大変な事になる。
「テア、敵の領域に誘い込まれてるかも知れない。さっさとクソ野郎を仕留める方法はないのか?」
「一か八か、ナイフでも投げてみる?」
テアは懐から小型のナイフを取り出すが、物を投げつけるなら石の方がいい。だが拾っている余裕も代案もないので、彼女の意見に賛同する事にした。
「投げて、頭にぶつけろ。体に当てても仕方ない」
「頭? 動いてるし、的が小さすぎて命中しないって。あと頭蓋骨は堅いから背中に投げた方がいい」
「馬鹿! お前、もしかして刺そうとしてるのか」
そう言ったが既に遅く、彼女はナイフを鞘から抜いて投げた。貴重な投擲物はクルクル回転しながら飛んでいき、泥棒の背中を掠めるが地面に落ちる。
ていうか命中していても、当たっていたのは柄の部分だった。僕は目を伏せて変わりの案を考えるけど、その一瞬で泥棒は悲鳴を上げて姿勢を崩した。
「は?」
見れば地面を蹴って後ろに突きだした足に、奇跡的にナイフが浅く刺さっていた。テアは距離を詰めて体当たりをすると、泥棒を押し倒して拘束する。
「リース、私が押さえつけてるから体を調べて!」
彼女は左足の太ももに刺さったナイフを抜き取ると、血に濡れた刃を泥棒の首筋に突き付ける。魔導石を取り上げなければと、僕も急いで駆け寄った。
それから身体検査を実行するが、ジジイから盗んだと思しき物も、武器の類いも一切出てこない。更には出てきた魔導石は既に回数制限が切れていた。
「なんだよ、コレ! お前、僕を舐めやがって!」
思い返すとコイツは、一瞬だけしか魔導石を見せなかった。回数制限切れには気付かず、まんまとブラフに引っ掛かって逃がしてしまったという訳だ。
「この人は、これだけしか持ってないの?」
「ああ、隠し持った武器とかで攻撃される心配もない。おいクソ野郎、黙ってないで何とか言えよ!」
腹が立って強引にフードを引っ剥がすと、中年の男は表情を引きつらせていた。その顔を見て、知人なのかテアは「ハーロルトさん」と小さく呟いた。
「お前の知り合いって事はスラムの人間なのか?」
「うん、お父さんと一緒に自警団に所属してる人。ねえハーロルトさん、これってどういう事なの?」
「私に聞かなくたって、もうすぐ分かる。ほら!」
次の瞬間、鈍い音と共にテアが意識を失って倒れた。後ろを見ると茶髪の若い男が棍棒を振り上げており、その光景を最後に目の前が真っ暗になった。




