1章 27話『長い寄り道の終わり』
「あ、リースおかえり。お土産あるけど食べる?」
小屋に帰ってくるとテアが椅子に座っていて、床に荷物を広げていた。彼女は小さな麻袋を差し出してきたので、黙って受け取ると中身を開けてみる。
入っていたのはパサパサに乾いたパンで、その内の1つは半分に割って食べられていた。これはただの余った携帯食料で、断じてお土産などではない。
「羽虫が。土産がなんなのかも知らないのか」
「何そのクソ女とか、下賎の人間とかに続く新しい悪口は? あといらないならそのお土産返してよ」
「誰が返すか。所有権はもう僕に移ってるんだよ」
そう言って固いパンをガリガリと噛ると、テアは僕の顔をジッと覗き込んでくる。よく分からないので無視していると、向こうの方から目を逸らした。
「意味の分からない事をしないでくれるか」
「うるさいな! リースがなんか前に会った時よりも、元気なさそうだから心配してあげてるのに!」
「お前は随分と変わった心配の仕方をするんだな」
ていうか何故僕が羽虫相手に軽口を叩いたり、パンを受け取って普通に食べているんだ。コイツとも距離を取って、利用だけしてやる予定だったのに。
「で、リースは何か嫌な事でもあったの?」
「別になんでもないし、その口を閉じてろ自称姉」
特別な存在である僕は、こんな下等生物なんかとは相容れないのだ。マルタが泣いたのだって、自分の身の程をわきまえなかった本人が全部悪いんだ。
「リース――って、テア帰ってきてたのか」
そんな事を考えていると小屋にニルスが入ってくる。彼はこちらに何か言いたげな視線を寄こしてきたが、テアを見ると彼女との再会の方を優先した。
「おかえり、今回の遠征は長かったな。まあ怪我も無さそうだし、無事に帰ってきてくれてよかった」
「うん、ただいま。あっ、お父さんにもお土産あげないと。リースのと同じパンだけど食べるよね?」
「ああ、食べる。ありがとうなテア」
ニルスも麻布を渡されると、中に入っていたパンを水に浸けてから食べた。僕も同じようにしたかったが、真似したと思われたくないので無言で噛る。
「それでリースに聞きたいんだが――」
「うるさい。今忙しいのが見て分からないのかよ」
マルタの名前が出てきそうな気がしたので、適当を言って誤魔化そうとする。あの件に触れられるのは、自分には非がないのに罰が悪いから嫌だった。
「じゃあ食べながらでいいんだが、マルタが泣いてたのを偶然見つけてな。何か知ってる事はないか」
「誰、その子?」
「そうだ、テアは会った事がなかったな。マルタはここ1週間リースに字を教わりに来てた女の子だ」
ニルスの問いに答えずパンを噛っていると、テアはジト目を向けてきた。羽虫如きの癖して、この僕にそんな舐めた態度を取るとはなんて不遜な輩だ。
「おいクソ女、僕は前ほど寛容じゃないぞ」
「どうせリースがその子に、なにか嫌な事でも言って泣かせたんでしょ。ちゃんと謝った方がいいよ」
「嫌な事なんて言ってない! 1週間ずっと冷たく接して、今日でもう教えないから来るなって――」
しまったと思った時には、勢いに任せて大半の出来事をペラペラ喋っていた。ニルスは苦い顔をしており、テアは負の感情より濃くして見つめてくる。
「なんだよ! 僕は何も悪くない!」
「泣いていたのはそれが原因だろう。すまん、自警団が忙しくて気にかけてやれなかった。お前に色々あったのは知ってたから確認しておくべきだった」
「2人の問題なんだから、お父さんは悪くないよ」
何故この僕が悪者みたいな扱いされないといけないんだよ。そう思っていると、テアは荷物の中から粗悪な紙とペンを取り出して僕に押し付けてきた。
「その子に手紙書いたら? 面と向かって言いづらい事でも、文字にすれば素直に伝えられるかもよ」
「アイツに伝えたい事なんて別にない!」
「元気無さそうだったのは、その女の子を泣かせた事をちょっとでも気に病んでたからじゃないの?」
いつもみたいにテアは、こっちの調子を狂わせてきた。悪い事をしたなんて思ってないけど、ちょっと気に掛かっていたのだけは認めてやってもいい。
けど痛々しい笑顔を向けてきたマルタに、言葉なんか伝えても逆効果な気がする。僕は彼女の気持ちを頑張って想像した末に、紙とペンは突き返した。
「マルタに今更、僕が何を言っても嫌な気分にさせるだけだと思う。だから手紙は書かない事にする」
「それ関係は修復しないって事だけどいいの?」
「別に最初から仲良くなかった。アイツはニルスの方が好きだから、お前の方から埋め合わせしとけ」
そう言うと、静かに成り行きを見ていたニルスは「分かった」と首肯く。だが彼が発したその言葉とは対照的に、テアの方は全然理解していなかった。
「えっ? ちょっと状況が分からないんだけど」
なぜか困惑している様子のテアだったが、僕は無視してパンを噛るのを再開する。外はもう太陽が沈みかけており、今日はもう練習はできそうにない。
「マルタって女の子は私のお父さんが好きだから、嫉妬したリースが冷たく接して泣かせたって事?」
「俺はテアの方が何を言ってるのか分からないぞ」
「私の言ってる事、間違ってる? リースはマルタに恋愛感情を持ってるって所までは合ってるよね」
このアホ親子が意味不明な問答をし始めたので、僕は固いパンを食べ終えて小屋の2階に上がる事にした。今日は色々と頭を使ったから少し休みたい。
「ん? リース、もう寝るのか」
「疲れたからちょっとベッドで横になる」
梯子を登って、2つ並んだベッドの片方に背中から飛び込んでみた。自分の話をしてるのが下から聞こえてくるが、別にどうでもいいので目を閉じる。
このリースに入れ替わる前の僕は、ただ魔物を倒していれば良かった。だが今は考える事が多くて、何が正しいのかもよく分からなくなってしまった。
これまでは自分の行動や思考は全部正解だと思ってたけど、その考えも少し揺らいでいる。僕は悪くないし、間違っているのは周りの羽虫の筈なのに。
「あ、ごめん。リース、起こしちゃった?」
薄く目を開けると、テアが寝巻きに着替えようとしていた。時間の経過から少し眠ってしまっていた様で、小さな窓からは月明かりが差し込んでいる。
「ニルスとしていた意味不明な話は終わったのか」
「うん。お父さんが女の子を6歳の子供だって言い忘れてたから、恋愛絡みの問題だと勘違いしてた」
眠たい頭を抱えながら上体を起こすと、恋愛脳のテアを白い目で見た。僕が目を覚ましたからか、着替えるのを止めた彼女はベッドに浅く腰を下ろす。
「僕が女が怖いって事くらい覚えとけよ、自称姉」
「それくらい覚えてたよ。けど怖いのを克服するくらい、好きな子が出来たんだって思っただけだけ」
「お前はどうでもいい事ばっかり考えてるんだな」
「じゃあリースも何か考えてる事を言ってみてよ。私の事を馬鹿に出来るかどうかを判定するから」
「なんで僕の頭の中を明かさないといけないんだ」
ベッドから降りて立ち上がると、喉が渇いたので下に降りて水を飲もうと思った。テアは不満気な顔をしていたが、下らない事に付き合う必要はない。
「リース、何か悩みがあるなら私に相談してもいいよ。本当は今の会話で聞き出すつもりだったけど」
「なんだよ小賢しい奴だな。あと悩みなんてない」
僕は梯子を降りて1階の地面に足を着けると、テーブルに置いてある水瓶からコップに水を注いだ。それを一気に飲み干すと、少し冷静さを取り戻す。
もう羽虫の事なんて考えるのは止めよう。自分がやるべきなのは連中の気持ちを考える事ではなく、エーリカ達を残酷に殺して復讐を成し遂げる事だ。
「指切りの約束も守ったし、切られた足も治った」
これからは前みたいに復讐する事だけを考えていればいい。そうすれば余計な雑念も入らなくなり、今日みたいに頭がいっぱいになる事もないだろう。




