1章 25話『かくれんぼ』
教会を目指して歩いていると、杖の扱いにも結構慣れてきたように感じる。鈍足なのは相変わらずだが、小さなデコボコで躓く事も少なくなっている。
切られた足の怪我も、薬草を練り込んだ軟膏を塗っているお陰で経過は順調だ。もし世界から薬草が消えたら、怪我による死者数は膨れあがるだろう。
「薬草、様々だな」
そんな事を考えていると、廃墟にしか見えない教会は目と鼻の先だった。何とはなしに指文字でいくつか言葉を作ってみると、ニルスの事を思い出す。
朝起きると案の定アイツは、酒を飲んでから記憶がなかった。覚えてない奴に文句を言っても仕方ないので、中身の残った酒瓶は棚の奥にねじ込んだ。
「あのゴチャゴチャと物が詰め込まれた棚の更に奥だ。当分あの酒瓶は取り出せないだろう」
ニルスはしょんぼりしていたが、これで酒の驚異から平和は守られた。もし奴がまた棚から酒瓶を引っ張り出してきた時は、間髪入れずに棚に戻そう。
「あ、おはようございます」
門を開けて教会の敷地に入ると、女が掃き掃除をしながら挨拶してくる。それを無視して通り過ぎると、あの子供2人が中庭で楽しそうに遊んでいた。
「ねえウベ、今度は隠れん坊しない」
「いいよ、じゃあお前が隠れる方な」
マルタに文字を教えたら借りを返した事にするので、この2人に用はない。だが隠れん坊をすると聞き、素通りしようとしていた足がピタリと止まる。
「おい、お前ら。隠れん坊するのか?」
「う、うん。どうしたのお兄さん」
「オレ、まだ怒らせるようなこと言ってない」
相変わらず警戒心は解けてないようで、子供2人の表情は硬くなる。だが僕はただ隠れん坊がしたいだけなのでコイツらに嫌われていようと関係ない。
「なあ僕も仲間に入れろよ」
「え? お兄さんが僕達と遊びたいの?」
「まあ、遊びたい」
子供の頃に歳の近い下民達が、よくそんな名前の遊びをしていた。僕もいつかやろうと思っていたのだが、今日までその事自体をすっかり忘れていた。
「どうしようウベ、入れてあげる?」
「怒らないって約束すんなら別にいいけど」
「分かった、絶対に怒らない」
この僕に上から目線で物を言ってくるのはムカつくが、一緒に遊ぶ以上は対等だ。悪口を言ってきたらぶっ飛ばすが、多少の無礼ならば許してやろう。
「よし、ルールを説明しろ」
「教会の中を隠れて、オニがそれを探すの」
「ふーん名前通り隠れるだけなのか。意外と単純なんだな。で、どうやって鬼とやらを決めるんだ?」
「じゃんけん! 勝った方がオニだかんな」
ウベはそう言うと「最初はグー」と掛け声を始めて、僕は咄嗟の事に戸惑いながらもグーを出す。見ればウベはパーで、大人しそうな奴はグーだった。
「やった! じゃな俺がオニな!」
「ウベ、急にじゃんけん始めないでよ」
握りこぶしを見ながら、自分が隠れる方になったのかと余韻に浸る。そうしているとウベは目を閉じて、急に100からカウントダウンを始め出した。
「99! 98! 97!」
「ははっ、知ってるぞ! この間に隠れるんだろ」
「なにやってるのお兄さん!」
大人しそうな奴は走り出したが、僕は杖をついているので早足になる事しか出来ない。すると彼はさっさと逃げればいいのに、こっちに戻ってきた。
「散れよ、僕はここら辺で隠れる場所を探すから」
「そんな所に逃げたらすぐ捕まっちゃうよ! 裏口から教会の2階に上がれるから、そこまでいこう」
「ん? そうなのか」
教会の横にある細い道を、大人しそうな奴に先導されて通る。僕が遅いせいでウベのカウントは60まで減っているが、彼が気にした様子はなかった。
「ウベはせっかちだから困っちゃうよね。僕は慣れてるから大丈夫だけど、今はお兄さんもいるのに」
「お前は隠れなくて平気なのかよ?」
「得意だし。それよりお兄さんの方が心配だから」
舐めた口を利かれているがは遊んでいる最中なので特に気にはならなかった。目的地である裏口にたどり着くと、子供は「ここだよ」と指を指を差す。
「上がってすぐの部屋に沢山、隠れる所があるよ」
「分かった、助言に感謝するぞ。よし僕の隠れん坊の腕をあのウベとか言う奴に見せつけてやるか!」
「うん! 僕も頑張るから一緒に勝とうね」
そういうと子供は無邪気な笑顔を浮かべて走り去っていった。隠れん坊上級者の彼には、自分がオススメする2階より隠れやすい場所があるのだろう。
僕は裏口の扉を開けて、杖をつきながら2階に上がっていった。だが階段の先にあったのは扉1枚だけで、聞いてた事との齟齬を感じながら中に入る。
「ここが本当に隠れやすいポイントなのか?」
辺りを見渡すとそこは何の変哲もない廃墟の一室で、朽ちたベッドと机に大きなクローゼットがあった。室内にはもうひとつ扉があったが時間がない。
僕は急いでクローゼットの中に入ると、内側から扉を閉めた。ここからじゃウベの声は全然聞こえないが、既に100秒はとっくに過ぎているだろう。
「聞いてなかったが、どうすれば勝ちなんだコレ」
最初は緊張感があったが、部屋の中には足音1つ届かないのでなんだか飽きてくる。だがあの子供は一緒に勝とうねと言ったので、頑張ろうと思った。
「アイツ、結構良い奴だったな……」
僕の事を警戒していた筈なのに足の怪我を気遣ったり、強いポジションを教えてくれた。未だに見つかっていないのはアイツのお陰なのかも知れない。
「もしかして僕達は勝ってる状況なのかもな」
真っ暗なクローゼットの中に隠れていても、同じ状況の仲間が居ると思えば心細くない。思えば僕は子供の頃からずっとこんな遊びがしたかったんだ。
何となく退屈だったので、自分が下民と呼んだ人達について考えてみる。今まで勇者である僕以外の奴等は、全員羽虫くらいにしか思っていなかった。
ただ主役である勇者の周りを何も考えず、ヘコヘコしながら飛び回っている下等な生物。だけど彼等にも苦悩があると知ってから、少し変化があった。
借りを返そうなんて思ったのは、人に対してのモノの見方が変わったからだろう。見過ごしていた気遣いや、優しさに気付かされる事も少しはあった。
自分以外の事を全く知らない上に、関心すらなかった事も理解した。それらを踏まえて考えるに、僕は人を勝手な偏見で見下していたのかも知れない。
「でも、無知なのは知れば解決するんだろ」
ニルスは昨日そう言っていたし、特別に優れた存在である自分が少しだけだが歩み寄ってやろう。まずはこの教会で少女に文字を教える事から始める。
「望むなら、あの2人にも教えてやるか」
そう考えていると裏口とは反対方向の扉が開き、足音が聞こえて来た。緊張感に妙な興奮を覚えながらも、息を潜めるとその場をやり過ごそうとする。
恐らくウベであろう人物は、部屋中をガサゴソと物色し始めた。それが徐々にクローゼットに近づいてくると、僕は通り過ぎてくれる事を静かに祈る。
「貴方はここで隠れて何をしてるんですか?」
しかし扉が勢いよく開けられると、そこに立っていたのはあの女だった。危うくウベに見つかったと思って肝が冷えたが、この場合はノーカウントだ。
「なんだ、お前かよ。邪魔しないでくれるか」
「貴方はここで隠れて何をしてるんですか?」
僕はクローゼットを閉じようとするが、腕力のステータスが劣るせいで力負けしてしまう。ムカついて睨むと、女は罪人でも見るような顔をしていた。
「今すぐに答えないと自警団を呼びます」
「なんだよ、子供と隠れん坊してるんだよ」
ここに隠れてたのがマズかったのか、女は静かな敵意をこちらに向けている。僕はその空気感に気圧されると、クローゼットから思わず降りてしまう。
だがここはあの子供に教えて貰った場所なのだから、隠れていようと問題ない筈。考えられるとすれば、彼女との間にはなにか認識のズレがあるのだ。
「おい、お前は何か勘違いしているぞ」
「貴方こそ子供と隠れん坊だとかふざけた嘘で、私が騙されるほど馬鹿だと勘違いしていますよね?」
「は? 何を言ってるんだよ」
「貴方は裏口の鍵を壊しこの部屋に侵入して、大修道院からの寄付金を盗みに来た。何か違いますか」
全部違うのだが、女が話してる事を聞いている内に1つ分かった事がある。あの裏口の扉は本来開かなくて、この部屋には絶対入ってはいけなかった。
あの子供もここが入ったらダメな部屋だとは知らなかったに違いない。女が感情的になるのも、その寄付金で子供達を養っているとか理由があるんだ。
「まず状況を説明するから聞いてくれ」
「問い詰めれば正直に白状するかと思ったら、まだ苦しい言い訳を続けるんですか。もういいですよ」
「じゃあ勝手に説明する。僕は――」
「隠れん坊に誘われたとか言うんでしょ? あの子達が怖がってる人を遊びに誘う訳がないですよね」
女はこっちを一方的に悪と断定し、見当違いな推論をまるで事実かのようにペラペラと喋る。探偵ごっこに夢中で、僕の話なんかは聞こうともしない。
「だから誘ったのは僕の方からだ!」
「そうですか。もう黙って貰って結構です」
彼女は頭に血が上っていて、こちらが何を言っても埒が明かない。ならば子供達に真実を証言して貰えば、自分が無罪である事が分かって貰える筈だ。
「じゃあ、あの中庭で遊んでいた2人に聞いてくれ。それで僕が隠れん坊をしてたと分かる筈だ!」
「もう聞いてます。ウベくん、クルトくんの2人が貴方が鍵を壊していたのを見たと言っていました」
「はぁ!? なんでそんな嘘を!」
「この教会に嘘を吐く子供なんて1人もいません」
じゃあ一緒に勝とうと言ったのも、優しくしてきたのも、全て冤罪で陥れるための罠だったのか。僕は恨みを買うような事なんて一切していないのに。
勘違いから警戒されてはいたが、そんな些細な事で窃盗の罪を被せてきたとしたら最低だ。彼等が陰湿な事をするのにも、何か事情があるのだろうか。
「いや事情があったとしても、こんなの酷すぎる。何でこんな残酷な事が平気で出来るんだよ」
「もう支離滅裂ですね」
「アイツらはだだの嘘吐きだ! 僕を信じてくれ」
「どこに信じられる要素があるんです? 人を無視したり、暴言を吐くようなクズでしょ、貴方は」
「僕はハメられたんだよ!」
そう言うと、前にもこんな事があったのを思い出す。クズに騙されて濡れ衣を着せられた時、必死に無実を訴えたが誰1人として信じてくれなかった。
「……あれ? 僕は知ってるじゃないか」
この女の目は冤罪で捕まった時の野次馬や、助けを求めても無視をした衛兵や通行人と同じだ。僕を騙した子供達はやり口がエーリカ達とそっくりだ。
「そうだリースもエーリカ達も、全員下民だった」
「何言ってるんですか気持ち悪い。ニルスさんはどうしてこんなクズを私に推薦してきたんですかね」
ついさっき自分以外の事に対して全くの無知だと思ったが、あれは完全に間違いだった。下民がどれだけ下等な生き物なのかを、僕はよく知っている。
「退けよ、羽虫。僕の通る道を塞ぐな」
「逃げようとしてるんですか? 今からニルスさんを呼んで事情聴取して貰うので大人しくして――」
「退けッ! お前如きがこの僕の邪魔をするな!」
女の顔面に杖を叩きつけてやると、彼女は小さな悲鳴を上げてのけ反った。その隙に彼女の横を通り抜けると、痛みを堪えながら足を引きずって歩く。
向こうの方から自らの矮小さを示し、思い出させてくれたのは幸運だった。気の迷いで危うく、羽虫に歩み寄るなんて間違いを犯してしまう所だった。
「僕とコイツらとでは住む世界が違うんだ」
「待て! この泥棒、盗んだ金を返して!」
「もし僕に少しでも触れたらこの廃墟にいる全員の首を跳ね飛ばす。脅しだと思うなら好きにしろ」
こんな奴らを殺しても良心は全く痛まない。臆したのか女は黙ったまま背中を見送り、僕は足を庇いながら来た道を戻って裏口からそのまま外に出た。
「僕の作戦は上手くいったのかな」
「あの人が出てきた。クルト、逃げるぞ!」
何か雑音が聞こえた気がするが、そんな奴らに構っていても仕方ない。とりあえず足の治療に専念して、指切りの約束通りテアが帰ってくるのを待つ。
「なにが借りを返すだ。僕はどうかしていた」




