1章 16話『テアvs元勇者』
再び療養目的だと軟禁されてから1週間、何故か僕は豚小屋にずっと住むことになっていた。というのもリースのテントは何者かに破壊されたらしい。
もう帰らせてくれよと命令したら、残飯野郎にそう告げられた。それから下賎の親子にここに住めばいいと説得され、なし崩し的に永住が決められた。
「本当にふざけるなよ……」
誰がそんな事をしたのか知らないが、この街の人間なら全員がやりそうだ。そいつのせいでクソ親子と住むことになったんだから責任を取って欲しい。
貴重品は冒険者ギルドのカードくらいで、それも懐にいれてたから何かが取られた訳じゃないけど。
「リース、今日からテアに剣術を学ぶんだってな。回復したのはいいが今度は無茶するなよ」
「うるさいな残飯野郎。あと僕が教わるのは剣術じゃなくてダガーの扱い方だ」
「なんでだ? 剣の方がいいだろ」
「腕力10しかないから、剣なんか重くて振れないんだ。分かったら黙ってろ」
残飯野郎はなんでレベルを上げないんだ?みたいな顔をしてたが、それ以上聞いてこなかった。僕もレベルが上がらない事は誰にも言うつもりはない。
「弱点を晒すなんて愚行だからな……」
「そうだリース!」
「だから、うるさいから喋るな」
なんで豚小屋のテーブルに、残飯野郎と2人で向かい合って座っているのだろう。今日から戦い方を教えるって言ってたのにテアは何をしてるんだよ。
コイツの顔を見ると、何だか知らないが無性にムカついてくる。だから僕は顔を伏せ仮眠を取ることにすると、残飯野郎は肩にそっと布をかけてきた。
「おい! ウザイんだよ!」
「ははははは、分かってるよ! リースは俺と喋りたくないんだろ」
「理解してるなら構ってくるな。というか何で拒絶されてるのに、そんな嬉しそうなんだよ」
「それはな――」
「やっぱり言わなくていい」
残飯野郎の事だし、どうせ罵られると興奮するからとか気色悪い理由なんだろう。説教するのと罵倒されるのが趣味とか、本当に救いようのない奴だ。
そうこうしているとテアが豚小屋に帰ってくる。その手には木製のダガーが2本あり、そんな攻撃力1程度の玩具で何をするのかと僕は疑問に思った。
「ただいま。お父さん、リース」
「おかえりテア、そのダガーは模擬戦用か」
「うん。リースは1人でずっと鍛練してたみたいだし、一度戦って見て技量を測ろうと思って」
「なるほどな、ラウラから借りてきた奴だろ」
「うん、よく分かったね」
残飯野郎は木製のダガーを左手で握ると、シュッと風を斬った。僕の斬り下ろしより遥かに遅いが、コイツがそれなりに武器を扱えるのは意外だった。
「アンタ、武器とか使えるんだな」
「リース、ちょっと前に俺がリードバルツ公国の兵士だって言ったの覚えてないのか」
「いや初めて聞いたんだけど」
「おかしいな。確かに言った気がするんだが?」
「アンタに興味がないから覚えてないだけかも」
リードバルツ公国は、確か僕の作ったエルシア王国に統合された軍事国家だ。軍隊が馬鹿みたいに強かったらしいけど、それ以外の事はよく知らない。
「テアの剣術は俺から受け継いでいる。お前が教わるのも必然的に俺が師匠から教わった剣術になる」
「うん。そういうことになるね」
「おい、僕が習得したいのはダガーだぞ」
「短剣の扱いも剣術をベースにしてるから大丈夫。というかダガーより剣の方が強いけどいいの?」
「このオッサンにも言ったが、僕は腕力が10しかないから剣は持てても振れないんだよ」
「レベル上げたら?」
「腕力だけ上がらないんだよ」
適当な事を言うと、テアは貧相な体を見て同情のような視線を寄こしてきた。全くの出任せなんだが、自分の細い腕を見てみると妙に説得力がある。
「ごめん、そうだったんだ」
「そうか、リースは腕力が上がらないのか。もっと早くに相談してくれたら良かったんだが」
「2人とも騙されてるし、この嘘は使えるな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、なにも。とりあえず川辺に行くぞ。僕は1週間の間ずっと待っていたんだ」
「じゃあ行こうか。お父さん、パス」
そう言うと残飯野郎は握ってた木製ダガーをテアに投げて渡す。どうやら斬れはしないようで、彼女は飛んできたダガーの刃の部分を手で受け止めた。
「リース。俺の師匠の言葉だがステータスは技量で補える。腕力が上がらなくても気にするな」
「本当、あんたは説教が好きだな」
「俺もオッサンだからな、持病みたいなもんだ。テアもあんまり無理せず、早めに帰ってこいよ」
「うん、いってきます。ほら行くよ」
そう言って彼女が腕を掴もうとするのを、僕は既のところで回避した。また馬の手綱を引かれるように、王都の人混みを歩かされるなんて絶対に嫌だ。
不思議そうな顔のテアを横目に、今度は道は知っているので僕が前を歩く。本当は腕を引っ張ってやりたかったが、腕力の関係上それは叶わなかった。
「そういえばリースは腕力のステータスが上がらないから、1回冒険者を諦めたの?」
「知るかよ、そんなこと」
「あっ、ゴメン。嫌な事を聞いたよね」
「別に。というかその哀れむような目を止めろ」
王都の街を抜けて森の中の道を歩いていると、テアは冒険者を辞めた理由を聞いてきた。本当に知らないのに、なんか気を使われてちょっとムカつく。
というかリースってカードだけ作って、冒険者としての活動をしてなかったんだな。逆に僕の方がなんでこの男が冒険者を辞めたのか気になってきた。
「お前の方こそ知らないの? なんで辞めたか」
「知らないよ。パーティーを組んでたみたいだけど、気付いたら辞めちゃってた」
「ふーん、お前でも知らないんだな」
「それからかな。テントの中で1日中、なにかよく分からない妄想をするようになったのは」
「そうなんだな」
「って、リース。それ全部自分の事でしょ」
「おい川辺が見えてきた。走るぞ!」
「なんで?」
自分が本物のリースじゃない事を追求されると面倒なので、露骨に話題を逸らした。彼女は首を傾げてたが、そんなのは無視して目的地に急いでみた。
鍛練場に到着すると、苦痛と吐き気がする程の殺意を思い出す。最近は少しだけ気が緩んでいたが、僕は本来ここで泥にまみれているべきものなのだ。
「おい、テア! 早く始めよう」
「リース、ちょっと待ってよ。というか急に走り出して、何か誤魔化してない?」
「そんな事どうでもいいだろ」
「もう自分勝手だな……」
そう言って急かすとテアは荷物を脇に寄せて、木製ダガーの片方を投げて寄こす。それを僕は宙で受け止めると、柄を握って、切っ先を彼女に向けた。
「模擬戦をやるんだろ」
「そう、リースの実力を確かめるの。ルールはダガーの刃の部分が当たったら負け」
ずっと豚小屋に軟禁されて、アイツらを惨たらしく殺してやる事だけを考えてた。ようやく体を動かし殺人の技術を会得出来ると思うとウズウズする。
テアから技術を絞り取って、利用価値が無くなったら捨ててやる事は前回と全く変わりはない。自分にはクズ薬草を使った無限鍛練ができるのだから。
「前回は切り時を間違えたが、今度は上手くやる。ただ指切りの約束だけは守ってやろう……」
「なにブツブツ言ってるの?」
「なんでもないから、やるぞ」
テアがダガーを構えると、その瞬間に僕は走り出し彼女を袈裟斬りにしようとした。しかし当然のように回避され、逆に腹部に刃の部分がめり込んだ。
「痛ッ! なにするんだクソ女!」
「はいリースの負け」
「おい、ちょっと待て。もう一回やろう」
「え? まあ呆気なさ過ぎて、実力を測るどころじゃなかったから別にいいけど」
普通に痛かったし、余裕みたいな顔をしてるのが本当にムカつく。確かに呆気なく負けたが、斬り下ろしを使えば余裕でこんな小娘はねじ伏せられる。
僕とテアはさっきと同じぐらいの距離を取ると、鏡で写したみたいに同じ構えを取る。今度はあの蜂と戦った時みたいに、待ってカウンターで倒そう。
「見てろ、その傲慢な鼻をへし折ってやる」
「はいはい。じゃあスタート!」
頭で考えていた通りに今度は待つと、予想通りテアの方から突っ込んでくる。僕はダガーを上段に持っていくと、その隙にまた腹に一撃を入れられた。
「うっ……だから、痛いんだよ」
「痛くないと緊張感が生まれないでしょ。もういい? 私、リースがすごい弱い事が分かったから」
「テアが思ってるほど弱くない」
「いやスライムと戦ってた時よりは遥かにマシだけど、動きはまだヘロヘロだよ」
自分が弱いのは十分理解してる。だが僕はムキになり、1度でいいのでテアに吠え面をかかせてやりたいと思った。
「じゃあ1回だけ僕の攻撃を受けてくれ」
「まあいいよ。だけどこれで最後ね」
「ははっ、分かったよ」
僕が何も出来ない無能だと思って引っ掛かったぞ。抵抗されないなら斬り下ろしは当たるし、その落葉を真っ二つにできる速さに驚くに決まってる。
僕は上段に、テアはいつもの構えを取る。そうして上から下へダガーを斬り下ろす瞬間、顔面に肘が飛んできて、痛みで攻撃行動を中断してしまった。
「な、なにするんだよ! お前、本当は僕の事を殴りたいだけなんじゃないのか!」
「ゴメン。気のせいだと思うけど、なんか危ないと思って咄嗟に手が出た。また殴っちゃうといけないから、今の素振りでやってみせてよ」
「ふざけるなよ、クソ女! ちくしょう」
2回も木のダガーで殴られた上に、今度は顔に肘を入れられたぞ。僕は内心ムカつきながら斬り下ろしを見せてやると、テアはそれを呆然と見ていた。
「ねえ、その攻撃を私に当てようとしてたの?」
「は? そうだけど」
「そんなの当てられたら怪我するでしょ」
「あ? お前もしかして……」
頭に血が上っていたせいで一瞬気付かなかったが、テアは完全に僕の斬り下ろしに畏怖していた。
別に何か得する訳じゃないが、なんとなく小さな達成感があった。そうだ彼女はいつも上から物を言ってくるし、この際僕も何か言い返してやろうか。
「テアは偉そうな事をいつも言ってる癖にこのくらいの事も出来ないのか?」
「私には無理。スキルとか使ってないよね」
「いや僕はそんなの1つも持ってないけど」
「そっか私の教えた基礎の素振りを、1ヶ月でここまで昇華させたんだ。凄い努力だよリース!」
「は……?」
勇者だった頃の僕は、何でも高いステータスでこなす事が出来た。だから何か努力したのも、それを人から褒められたのも生まれて初めての事だった。
思ってたのと反応が違いすぎて、言葉が続かない。そうしてると彼女は頭をそっと撫でてきた。
「動機は不純だし、血を吐くまで体をボロボロにしたのはマイナス。でも、なでてあげる」
「おい、触るなよ!」
そうは言ったものの、なぜか頭に乗せられた手を払いのけようとは思わなかった。本当にこのクソ女と一緒に居たら、頭がおかしくなるんじゃないか。
「てか煽ったんだから悔しがれよ」
「え? いつ煽ったの?」
「そんなのも分からない馬鹿なのか?」
「ゴメン。リースって普段話す言葉が汚すぎて、意図的に煽ってても他の言葉と区別がつかない」
「そんな汚くないと思うんだが……」
「普通に汚いから」




