4章6節 汝、魔力蜷局ニ足ヲ踏ミ入レ 3
3日だ。ケテトととある約束をしたので具体的な時間制限ができた。これはある意味良いことだ。
俺達はもう習慣になったように朝日も昇る前から活動を開始し、魔力蜷局の更に奥へと突撃した。寄り道をせず真っすぐ。真っすぐ。いや途中で流石に見逃せないものがあった時は流石に取りに行ったけど、概ね真っすぐだ。
奥に行くほど魔力濃度は高くなり、空間も生物も変質の度合いが大きくなる。今までは大型の敵でも連携で容易く倒していた3人娘も連携して尚かなり手こずるような魔物が増えていた。何が怖いって、戦闘を繰り返すたびに連携力が上がっていて最初より更に強くなっているのに倒すのに苦労しているのだ。
あと小型の横槍がいよいよ生命の危機を感じるレベルになって気が常に張り詰めているのが結構響いているし、体力を消耗させているな。ゲームのせいで強い=デカイと無意識に刷り込まれがちだが、小さいまま強さを保ってたらそれは更に怖い。カブトムシが弾丸みたいなスピードでカッとんできたと想像してみよう。怖いでしょ?しかも角に毒があります。掠ったらアウトです。そんな奴が普通に居て、大型の敵と戦っている最中でも容赦なく飛んできます。うまく使えば戦っている敵にぶつけられますが、あまり狙って当てさせることは難しいです。
そのレベルの魔物が普通にわんさかいる環境が魔力蜷局最奥と言う魔境なのだ。
あと植物ね。油断してるとこいつらも攻撃してくるので攻撃頻度が序盤の10倍以上に跳ね上がってんよ。実入りも跳ね上がってるけどそれ以上にリスクがデカい。俺も自分の体力基準で動かないようにかなり慎重に動き、小まめに休憩をとるようにした。もう彼女達の顔に笑顔が一切ない。それぐらい危ないゾーンなのだ。
「一つ提案を、いえ、ここは私の我がままを通させてください。貴方達はここで引き返しなさい。私はここから一番奥まで単身で進み原因を調べます」
なんとか一息付ける時間を作り出し、遅めの昼食をとっている時にそう提案すると、予想通り凄い揉めた。
俺が実質残基無限みたいな状態である事をアピールしてもダメだった。理屈ではなく感情でヤダって言われちゃった。なので申し訳ないけど教祖として理詰めで説得した上で命令を出した。
釈明すると、興味本位ではない。最奥に踏み込んだ辺りではまだ興味の割合が大きかったけど今は違う。妙なのだ。自然界で生まれる魔力蜷局にしてはこの魔力蜷局はあまりに強力すぎる。動物が出入りしてないならまだしも生物も活発的に動いているのにこの状態は絶対に何かしらの異常が起きているとしか思えない。
自然の中で魔力蜷局が発生する原因は幾つかのパターンが考えられるのだが、一番多いのは『主』と呼ばれるレベルの強大な獣が死んだとき。『主』は多くの魔力を持っており、生まれ育った魔力との相性が高いので自然と魔力を引き付けて更に強くなる。だが、生きている間は移動もするので魔力が一か所に溜まらない。なので魔力濃度も異常な高さにならない。しかし、死んだ時は別だ。大きな魔力の塊がその場に放置された状態になり、それに更に周囲の魔力が惹きつけられる。そして過剰に魔力濃度が上がり自然界にも魔力蜷局が生まれるのだ。
だが、この規模と魔力濃度、変質度を鑑みると、明らかにこの魔力蜷局はおかしい。放置するにはちょっと危険すぎるレベルだ。確実にこの魔力蜷局を作り出した原因がある。
しかし、もうこれ以上のハードな戦闘はムリと判断せざるを得ないほど3人娘は消耗していた。引き返す分には全然問題ないが、更にハードな戦闘をすればそのうち取り返しのつかないダメージを受ける。俺みたいにカブトムシが頭に刺さっても「邪魔だなぁこの野郎」みたいな不死身性とどんなに戦闘しても全然朝と変わらないテンションならいいけど、強いとはいえこの子たちもカブトムシが刺さったら洒落にならないし、息だって切れている。なにより熱い。サウナよりマシってくらいで温度も湿度もおかしい。どんなアスリートだってこの状態で戦闘を続けたらのぼせてしまう。
というわけで強制帰還命令を発令。ダメです。今回ばかりは何を言ってもダメ。戻りなさい。はい。悲しそうな顔しない。俺は絶対に生きて戻ります。明日には帰ってくると思うので先に戻ってご飯でも作って待っててください。
死亡フラグはちゃんと立てたな。さてRTAを始めよう。
はい、よーいスタート。
◆
熱い。やはりこの環境、「暑い」のではなく、「熱い」。
この熱さとなると小型生物では適応限界があったのかようやく鬱陶しい突撃が減ったけど、熱さが洒落にならない。がむしゃらに一日中走り続けて遂に最奥の最奥まで来たな。
そしてお前が主か。立派じゃないか。
竜、なのか?牡牛の様な角、10mを優に超える体躯。岩の様な体の隙間からマグマの様な赤い何かがチラついている。デカいトカゲにトリケラトプスと火山をミックスしたみたいなやたらカッコイイみためしおって。ケテトの使い魔の素材として文句なしの最高級だ。
まずは先制!くらえカブトムシ!
ここに来る途中、木にブッ刺して捕獲して生け捕りにしておいたカブトムシ擬きを木から抜き投擲!そのフォルムは小さなレイピアにも似ていて、流線型の形状は極限まで空気抵抗を減らす。でもって脚と羽さえ引き千切っちゃえば大人しいもんよ。細長いボディは持ち手と錯覚するほどつかみやすい。
要するに、俺が今現在投げられる物でこれ以上に投擲に適した物は無いって事。
誰も逆らう奴がいないせいで油断してるのかしらんが、ぐーすか寝てるところを一方的に攻撃する。せっかく汗水たらして眷属が来たのに寝てるとか、不敬です、よっと!
一撃目。綺麗に目に着弾。カブトムシが深々と刺さって勢いそのまま激突の衝撃で体が潰れて死んだ。南無三。
痛みで飛び起きる溶岩竜。生物は驚くとつい口を開けて声を出そうとする。狙い通りだ。今度は俺の二投目が開けた口に刺さった。痛そう。まだまだあるぞーカブトムシ弾。
せい!せい!せい!せい!せい!
なーんて投げやすいんでしょうこのカブトムシ。しかも角には毒のオマケ付き。金属でもブチ抜くカブトムシの頑丈さと、素の投球で恐らく人間を容易に殺せる俺の怪力が合わさり最強に見える。カブトムシ弾はあと40発近く有るぞ。自分からどんどん飛び込んできてくれたので弾集めは楽だった。
真面目な殴り合い?誰がそんなもんしてやるか。治るたって痛いものは痛いのだから近づいただけで火傷し様な奴に誰が近づいてやるもんか。
へーいバッターびびってる~!
僕は!君が!泣くまで!投げるのを!やめない!
あ、弾切れだ。いつの間に。おっとそこの剣トカゲ君いいところに。頭にカジキの角みたいな生やしたコモドドラゴンみたいな魔物が突撃してきたので躱しつつ首をむんずと掴んでへし折り、角を根元からへし折る。
まさしく業物の槍。それいけドラゴンスピア!
俺の投擲した槍は今まで投げた何よりも速く飛び、カブトムシの毒が回ってふら付いていた溶岩竜の斜め前から喉を深々と貫通した。
しかしまだ死なない。タフだねぇ。主の誇りは捨てちゃいないって?
そんじゃ仕方ない。
まず、服を脱ぎます。靴も脱ぎます。マッパです。これで良し。
よーいドンでダッシュスタート。熱で植物も完全に弱り切っているので地面剥き出しで走りやすい。一気に溶岩竜の元まで駆け抜けて、最後っ屁のように飛んできたブレスは躱さず受けながら更に走る。うおおおおおおおアッチィ!しかしこれで終わりだ!火の中から焼けながら俺が出てきたのを見て、俺は確かに溶岩竜の目に恐怖が滲んだのが見えた。ビビっていた。ドン引きしていた。なんだコイツは、と。
それがお前が最後に見た景色だ!喰らえライダーキーーーーーーック!
俺のキックは首に刺さっていたドラゴンスピアを捉え、更にスピアを押し込んだ。主要な血管を貫き、気管を貫通し、そして神経を割く。いくら魔力で変質していても生物の限界を幾つも超えたわけじゃない。器官をある程度破壊すれば平等に死は訪れる。
はい!討伐完了!急いで解体だ!約束に間に合わなくなる!




