4章4節 汝、魔力蜷局ニ足ヲ踏ミ入レ 1
「なんだか熱いですね」
「環境の変質が進んでいる。規模も大きい。知識だけの物だが、この魔力蜷局は相当質の高い物だろう」
「面白いものじゃな。昔立ち入った遺跡の魔力蜷局にも近い空気を感じるぞ。当たり前だが油断は禁物じゃ。注意をよく払っ」
体感気温は30度を余裕で超えるな。湿度も高く独特の蒸し暑さがムワッと魔力蜷局に足を踏み入れた俺達に纏わりついてきた。
これが魔力子の凄い所であり怖い所。単一粒子だが何かしらの“方向”が定まると性質を変える。結果として温度が上がったりなど魔力蜷局内の環境を変えてしまったりする。
戦闘経験値の1番高いイヨカが先頭で魔力蜷局に入ったが、イヨカが説明している最中に早速襲撃者が。
「フンッ!」
鉾を振るよりも先に繰り出される見事な平手打ちが襲撃者を捉え、襲撃者はビターン!と地面に叩き付けられる。そこに容赦無く鉾の刺突で頭部を粉砕。流れる様に不意打ちしてきた襲撃者を仕留めた。
並の者なら仕留めるとまでは行かずとも姿勢くらい崩せただろうけど、イヨカには未来視があるからなぁ。哀れ襲撃者、南無三。
襲ってきたのは両手に乗るサイズのカエルみたいな生き物。ただし口元が肉食の昆虫みたいに鋭利な顎になっていて、的確にイヨカの頸動脈目掛けて素早い跳躍を披露した点は得点が高い。
「食えそうじゃな」
頭だけ潰したのは食うためか。咄嗟によくそんな判断が出来るな。まあ出来なきゃ道半ばで行き倒れしてた人生だったんだろうけど。
カエル肉は鳥に近いらしい。適当にサクッと捌いてみたが確かにそんな気がしなくもない。でも今食べる気にもならないからそこら辺の枝に刺しておく。
全体的な感じは、そうだな。程よいジャングル感がある。人が歩ける程度には環境が整ってる熱帯感だ。つまり生き物が繁殖しやすく、俺達も襲撃を受け易いという事である。
ファンタジーだと結構大きめの敵とばっか戦っているが、実際この様なフィールドだとサイズ自体はそこまで大きくない。大きくないからこそ接近され易く攻撃も当て難い。例えば山の中でスズメバチに遭遇しても「よーし殴って追い払うぞー!」とはなり難い。確かに全力のパンチが当たればダメージは入るだろう。けど素早いし当て難い。逆に犬ぐらいのサイズになればワンチャン格闘技による戦闘が候補に入ってくるだろうが、昆虫サイズだとならない。
ならないのだが、種族的に未来視出来たり虫も驚く動体視力をしてると拳闘で普通に倒せるのよね。耳もいいから虫の羽音で接近に気がつくし。
しかし油断は禁物。人間サイズの生き物を倒すには別に同じサイズになる必要は無い。その数十分の一のサイズでも毒さえあれば逆転できるのだ。怖いね。
「うむ、ここはかなり危険な部類の魔力蜷局じゃな。その分実入はかなりいいじゃろう」
だが生き物が豊富な場所ってのは同時に自然資源にも恵まれてるって事。通常以上にハイリスクハイリターンな魔力蜷局って事だ。
鳥獣達の足音や羽音を聞き逃さない様に自然と皆の口数が減り、ここ最近開発をしていたハンドサインによる意思疎通が起きる。いいね。実戦の中で使えることが証明されると皆もモチベーション上がるし、やっぱり使ってみると覚えも違うからな。
「ッ!!」
歩き始めて30分。おっと戦闘マシーンに移行していたヘラクルちゃん何かを発見。興奮した様に身振り手振り。どうやら何かとても価値のある物を発見したらしい。ヘラクルの指差し先には少し綺麗な池があり、その周りに何かが生えている。池か。色んな生き物が集まる危険なゾーンだが利益は高そう。
ん、イヨカも何かに気付いた様子。何?池をよく見ろ?ふむ、あーーー、なるほどね。これは絶対に収穫したい。
またまた襲ってきた顎虫カエルたちを撃退しながら池へルートを変更。間違いない。コイツは天然のお宝だ。
おっと猪に近いデカブツが居ますね。彼にとってもこれはお宝か。2m級。間違いなく池付近の主です。
しかしそれより速くスタートを切ったのは戦闘マシーンヘラクル。手に持つのは盗賊から鹵獲した鋭利な大きめのナイフ。因みに俺とケテトが魔法で強化してるので結構強いです。
ファーストコンタクト。猪の突進を綺麗に躱しつつナイフでカウンター。剛毛ごと皮を切り裂きダメージ。猪が痛みに身体はすくませた瞬間人間離れしたキックターンで再度襲撃。後方から馬乗りになり首を素早く3刺し。振り落とされない様に即座に離脱。
バックステップで距離を取るが猪もブチ切れ状態。小娘が許さんぞと振り向き突進の構えを取ろうとするが、ここで側面より土手っ腹に予想外の衝撃。ケテトが猪の気の逸れたタイミングで『衝撃』の魔法をぶち当てた。コントロールが難しい魔法なのですがキッチリ決めました。
そして人間離れした跳躍力で接近したイヨカが倒れた猪の首を1突き。小回りはナイフに劣るがやはり単純火力は圧倒的。猪を的確に仕留めました。ウチの娘強すぎ。俺が動く暇がない。
何が凄いって別に打ち合わせとかしてないでこの動きだからね。何となくで全員合わせてる。こわーい。
そんなデカブツが何を守ってたかというと、それは池の周りに生えてる草だ。
「ん、よっと。間違いないですね。回収しましょう」
厳密にはその草の根だな。
見た目で一番近いのは、観音菩薩さんが座っていることで有名な蓮。池などの沼に多く生えているが、別に水気の多く温暖な場所なら割とどこでもそこそこ育つらしい。けど、品質的には魔力が多い方が良いかな。蓮のような大きな葉に広がる赤い血管のような葉脈が特徴的で、多くの地方で呼ばれている名前を俺なりに翻訳すると『ブラッドロータス』ってのが一番近いかも。
で、蓮といえばその根も有名だ。なんせ「レンコン」って別名が与えられてるくらいだし。蓮の根と書いてレンコンだ。ただ、このレンコンは赤い。そして普通のレンコンより太いし穴も大きい。一見ちょっと怖い見た目のしているこのブラッドロータスを見つけて何故ヘラクルが興奮しているのか。
ブラッドロータスは毒性を持っていて、生のまま根や葉を齧ると愉快なことになる。地獄で暇つぶしに皆で自分の死にざまを語る時にちょっと盛り上がる程度には面白いことになる。ブラッドロータスが重宝されるのは実は葉も根も重宝するのだが、それ以上に高い価値を持つのが穴の中にたっぷりと溜まっている液体。ブラッドロータスは池の栄養を吸い上げてこの穴に貯めこむ習性がある。根が強い毒性を持つのもこの液体を守るためだ。
そんでこの液体、凄い甘いらしい。サトウキビジュースより甘い。なのでこの液体だけを取り出して、根の毒性が残らない様に液体を煮詰めると砂糖の様な物が作り出せる。まあこれがエグイ値段で街じゃ売れるわけだ。このような田舎だと金よりも物々交換の方が確実だが、物々交換でもこの赤蓮砂糖は凄い高値で取引される。甘いうえに栄養も豊富という隙の無い物体だからね。
で、この根や葉も砕いて干して熱してと色々と処理をするといい薬になるのだ。過剰投与は毒になるが適切に使えば殺菌にも使える。頭の天辺からケツまで余すことなく使い道がある素晴らしい植物なのだ。
ヘラクルがウキウキなのはそれを知っているからだろう。甘味が希少なこの世界じゃ赤蓮砂糖はごちそうだからな。
しかも池をよく見たら、食性の大きな虫も割といるじゃございませんか。うーん、この池、金の沼だ。方針を変更。今日は赤蓮、大猪、そして池の食えるものを回収を最優先。全員異議なし。やっぱりみんな甘い物好きなのね。
勢い勇んで始まった魔力蜷局探索初日は、猪の解体と赤蓮の精錬作業で終わった。ヤバいな。これは終わりどころの見つからない探索ゲーに手を出したような嫌な予感がする。




