ヘラケルの手紙 2節
猊下と旅を始めてから気づけばそこそこの時間がたち、2人旅が今や4人旅になりました。信徒の数の増え方としては緩いのでしょうか?指標が無いので判断ができません。けど良いことだとは思います。元々仕えていた主神とは離れて生活していたために教団という存在に生まれつき馴染みが薄かったのですが、最近はチェインメイデン教団教徒としての自覚も芽生えてきました。
そんなチェインメイデン教団に新しく入ったケテトさんとイヨカさんはとてもいい人たちです。お二人とも旅の経験があるので非常に頼りになります。それに私の事を気にかけてくれます。私に姉は居ませんが、姉が居たらあんな感じなのでしょうか。なんだか家族が増えたみたいで不思議な気持ちです。「友人」という枠組みで捉えるには私達の距離は近いですからね。いえ、生まれてこのかた友達なるものが真面に居ませんでしたが、それは私の身体と境遇によるところがあるので仕方ありません。
聞けばケテトさんも友人なるものは存在せず、イヨカさんは居たみたいですけどみんな遊びで負かしてしまって遊んでくれなくなってしまったそうです。
チェインメイデン教団信徒は妙に、その、境遇になにかしら問題があるみたいですね。いえ、こういってはなんですがそのお陰で私も正直気楽ですが…………。猊下はその様な人物を探し当てる才能でもあるのでしょうか?私はいまいちピンとこなかったのですが、本来改宗とはかなり覚悟のいる事なのだとケテトさんに言われました。故に改宗に応える、それも強い力を持った教団に移るならまだしも、このような零細教団へ改宗となると本来凄く珍しいそうです。
社会常識と言う点では、私達の中ではケテトさんが一番優れているのは間違いないでしょう。勉強になります。
そのケテトさんですが、少し前に頭を抱えていました。ケテトさんは猊下の事以外で取り乱すことがないのでどうしたのかと思いましたが、やはり猊下関連でした。
曰く、猊下が女慣れしているのが気になるそうです。
ふ、不敬かもしれないですけど、思わず詳しく話を聞いてしまいました。いつの間にかイヨカさんもふむふむと聞いていました。猊下は近くの川に水を汲みに行っているので猊下の事を内緒で話すにはこのようなタイミングしかないのです。
もしかすると、私達が仲良くなれるように敢えて自分だけ離れる時間を作っているのかもしれません。
ケテトさんは色々とぼかしてはいましたが、ケテトさんと猊下が良い仲のは教団に於ける公然の秘密です。世俗に疎い私でも流石に男女の関係などはわかりますし、成人した時母様に教わりました。それに狩りをしに森に出れば動物たちの行為を見る機会もありますから大きな戸惑いはありませんでした。最近はイヨカさんとも…………ハッキリとはわかりませんが、同じ女としてイヨカさんの猊下への態度がなにか違うのはわかります。
ともかく猊下の話です。その、ケテトさんの猊下の話を聞いていると胸が引っ張られるような、息が少し詰まるような変な感じになるのですが、好奇心が勝っちゃいます。
これが母様の言っていた「恋バナ」というものなのでしょうか。貴方が大人になったらしてみたいし、しているところを見てみたいと漏らしている時もありましたが、夢がかないました。
ケテトさん曰く、どうにも手のひらの上で転がされることが多いので猊下に「ぎゃふん」と言わせたいそうです。ケテトさん、演技がお上手なだけで本当は深い男性経験が全くなかったらしく猊下には歯が立たないとこぼしていました。本音としては、どういう女性遍歴なのかを聞いてみたいというのだと思いますが、そこはケテトさんも踏み込んだりしません。猊下が過去の事をあれこれ聞かれるのを嫌がるのはなんとなく私達も気づいています。
だからこそ、猊下が私に本当の名前を教えてくれたのを思い出すと、とても胸が温かくなります。ふわふわした気持ちになります。ケテトさんとイヨカさんにはとても申し訳ないけど、これは私だけの宝物であり秘密です。
だ、ダメです。ケテトさんが少し胡乱な目で私を見ています。余計な事を考えていたのがバレています。ケテトさんはとても察しがよいのです。気を付けなくては。
ケテトさんのノロケだか愚痴だかわからない話に耳を傾けていると、イヨカさんも参戦しました。イヨカさんも猊下が女性慣れしているように感じたそうです。イヨカさんの場合はケテトさんより更に濃い社会経験をしているので色んな話が聞けます。そのイヨカさんも慣れているというのだから相当なのでしょう。気になるのはイヨカさんが猊下とどれくらい進んでいるのかなのですが…………ケテトさんよりイヨカさんは自然と振舞うのが非常に上手なのでなんとも言えないのですが、その、私は獅羊族の中でも嗅覚が優れているのでなんとなく匂いでわかるのです。
一昨日でしょうか。イヨカさんからは確かに猊下の匂いがしました。入信して少ししたあたりから猊下に物陰で抱きしめてもらっているところをこっそり遠くから見たりはしていたのですが、それとは違う感じがします。ケテトさんから朝方、時々する匂いに近いです。ケテトさんも凄い色々と気を使っているとは思いますが、たぶん黄龍人と獅羊では嗅覚の鋭さが違うのだと思います。はい。というか、母上から稀に薄っすら感じた不思議な匂いの謎が今更解けてちょっと複雑な気分です。
一回、私が狩りに行って帰ってきた時、遠くからケテトさんとイヨカさんが凄く真剣な目で何かを話し合っていたのですが、私に気づいてやめてしまったのですよね。あの時大人の女性としてなんらかの話し合いがすんでいたのかもしれません。
そう考えると、朝には女性の香りがさっぱり消えている猊下の方が不思議なのかも。一体どんな手を使って私の鼻さえ誤魔化しているのでしょう。気になります。けど不要不急の夜更かしはダメと言われているので寝ずに聞き耳立てることもできません。凄くもどかしいです。
やっぱり、ケテトさんもイヨカさんも私よりとても大人です。
旅の途中で見聞きした貞操観念の違いによる話は正直私には付いていけない話でした。
私の両親は一夫一妻でしたが、本能として獅羊族は一夫多妻が普通なのは理解しています。私のうわさが広まった後、実は教団の祭事ということで1度獅羊族の集まる場にも顔を出したことがあるのですが、やはり一夫多妻の家庭が多かったです。強い男性でありながら妻が1人だった父は私にとっては非常に良き父でしたが、種族としては確かに変わり者だったのでしょう。
聞くところによれば、黄龍人族は一夫一妻、3種の種族の血が混じっているイヨカさんは深く考えたことがないと言っていました。黒妖狐は一夫一妻だそうですが、一方で赤鬼人族や三覚人族は夫婦の枠組みに拘らないと言っていました。赤鬼人族は集落全てが家族。誰が誰の子とか考えない。三覚人は気に入った人となし崩しで、父親関係なく母親たちが集団で育てる。
因みにイヨカさんは赤鬼人族の元で育ったそうなので基本的な考え方は無意識に赤鬼人族寄りと言っていましたが、本能が入り混じっているので完全に赤鬼人族の考え方でもないそうです。黒妖狐人族の父も種族としては一夫一妻ですが結構奔放だっただと普通に言っていました。結局種族がどうこうというより個人の考え方なのかもしれません。血が血だけにイヨカさんの場合は明確に誰が両親か明確なのでそこらへんも他の赤鬼人族とは違う感覚だった気がすると聞いて、こう、このような感想を抱くのは失礼かもしれませんが、面白い話だなぁと思いました。
うーん、私には本当に想像できない世界の話です。猊下はどうなんでしょう?種族も育ちも不明なので確認の手立てがありません。
教団の中には男女の付き合いに関しても明確に定めている所もあるそうですが、今の所チェインメイデン教団にそれを定める物はありません。そもそも眷属と言う特殊な存在相手だと普通の考え方なんか通用しないと考えた方が良いのかもしれません。
ということで、一応私達の間では猊下の事ではできるだけ喧嘩しないという協定が結ばれました。思ってることを我慢しろと言うということではなく、冷静に話し合おうという事らしいです。ケテトさんとイヨカさんはやはり私より考え方がとても大人です。なんで私も、とは思いましたが当たり前の様に誘われたので、はい。今の所、私は、猊下とは、その…………。
ケテトさんもイヨカさんも私にすごくこう、気を使ってくれると言いますか、私ってそこまでそんな風に見えますか?こんな事初めてで自分でも全然わからなくて…………わっ、なんかとてもケテトさんとイヨカさんが目をキラキラさせながら私を見ています。え、猊下と初めて出会った時?そうですね、そこら辺の話は結構省略して話していましたね。この流れは逃げられそうにないです。改めて話すとなるとちょっと恥ずかしいのですが、話さなきゃダメでしょうか?辛い部分は嘘でもいいからって…………いえ、もう気にしないことにしてるので今更ではあるんですけど…………うぅ、なんか恥ずかしいので別の機会に、ダメ?えぇ。
猊下ぁ、早く水くみから帰ってきてくださぁい!




